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不死狩りと舌戦場の軌跡  作者: 暦師走
〈弐章:深淵ヲ往ク影法師〉
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【深層46日目()- 追記5】


やがて祭祀場も鎮まり返り、災厄の魔女を糾弾(きゅうだん)し終えたのだろう。

それからは不完全な不死を解く(すべ)を――そのためにも古都を脱出する(すべ)を、“共”に探す事を提案された。


返答する喉は持ち合わせていないが、いずれにしても答えるに値はしない。

これまで通り沈黙を通せば、途端にその場は解散となった。


2体の邪教徒に道行きを案内され、うち片方は幼女に手を伸ばすが、彼女は背後にその身を隠してしまう。


同行を拒絶しているのは明らかであり、残る1体が引き続き先頭に立てば、その間も幼女は腰布を握って付き従っている。



誰も彼も、一体何を企んでいると謂ふのか。




【深層47日目()】


連れられた先には長椅子が設置され、扉は鉄格子で出来た個室。

監獄にしか見えないが、横たわろうにも椅子の端を幼女が占拠している。

時折離れても程なく我が身に張り付き、しばしするとまた座りに戻っていく。


行動原理は一切謎に包まれているが、相手はかつての“災厄の魔女”。

地上を死者の楽園に変え、一目で生者の命を奪う天災そのもの。


油断は禁物であったが、ふいに部屋の外から聞こえた足音が注意を引いた。

途端に妖女が腰布にしがみつき、直後に牢が開かれるや、松明を携えた1人の邪教徒が入ってくる。


[……かつては敵同士だったとはいえ、このようなご無礼をお許しください]


松明を横に置き、深々と彼は頭を下げたが、同じ衣装と干し顔では見分けがつかない。

まだ幹部5体は、髭面や装飾品で違いが理解できたと謂ふのに。


[あなたの処遇をどうするか、上層部の間で意見は分かれていますが、良い結果は望めないでしょう。私も彼らも、昔はこうではなかったのです。商人であり、農民であり、炭鉱夫で…と、この話はすでに聞きましたね。ともかくあの者たちは、確かに洗脳から解放されました。現に彼女の不死を超越した謎を解くために…これ以上私の口から謂ふのも憚られますが…]


新たに説法を始めるのか。あるいは延長戦か。

どちらとも分からないが、隣でしがみつく幼女の震えが甲冑に響く。

意識を逸らす事も許されず、その後も辛抱強く話を聞けば、古都で繰り広げた大戦の裏側が語られた。



今でこそ“改心”した彼らだが、当時は戦士団の猛威に勝利を諦め、あえて拠点の情報を流したらしい。


大義名分を果たした我らは引き上げ、復活の法を用いた魔女とその一味は、再軍備を影ながらに図る。

次の災厄を広め、次こそ全てを得るために。




【深層47日目()- 追記】


予想通り、始めから全ては邪教団の手の内にあったらしい。

夥しい同胞の死や、先代隊長たちの最期すらも、彼らにしてみれば“茶番”でしかなかったのだろう。


邪教徒はさらなる計画として、魔女の力の源であった“聖、露漸璃愛(ろざりあ)の手稿”を公にし、その強大な力を広める事で彼女の力を――。

死を忘れた兵団の存在を、世の権力者にあえて見せつけた。


そして邪教徒の狙い通り、妖術に目を付けた神官たちが我ら戦士団を派遣したわけだが、道理で護衛も無しに古都をうろついていたわけだ。

罠に掛かって死ぬ度に理不尽な叱責を受けたとはいえ、今となっては過ぎた話。


やがて神官が持ち出した手稿の“一部”によって、不完全な死霊術が外界に蔓延り、大部分の禁書を収める邪教団が労せず大陸の支配権を奪う手筈だった。



だが予想外に持ち出された(ぺーじ)数の多さ。

さらに災厄の魔女(指導者)も凄惨な最期を迎えた事で…あるいは“転生の法”の反動により、幼児退行を引き起こしたらしい。

欠落した“手稿”によって計画も頓挫し、外界へ回収に向かおうにも、干からびた姿では探索も捗らないだろう。


古都の脱出を模索する傍ら、唯一の成果(幼女)から力を引き出す術も研究しているとの事だが……祭祀場の鮮血が現状の経過のようだ。


[…私は妻と娘に会いたい一心で教団についてきましたが、このような男に合わせる顔などありましょうか……お願いです。どうか持ち出された手稿を破壊し、覇屡母尼愛(はるもにあ)様を呪われた生よりお救いください。禁書を完全に破壊する事が出来たなら、我らの呪縛も解けるはずです]


長い話の末にようやく本題へ移るも、問題があるとすれば1つだけ。

外界に出られるかはともかく、子連れで任に当たるつもりはない。


それをはっきり“元凶”を指して伝えたつもりだった。


[…懸念は十分存じ上げております。ですが万が一彼女の記憶が戻られたら、我々はたちまち跪いてしまうでしょう。しかし生前の彼女に手に掛けたあなたならっ……失言でしたが、幼い娘が“研究材料”にされる光景は見るに堪えません。どうか彼女もお連れください]


一頻り捲くし立てた男は、踵を返して部屋を去っていく。

何が何でも幼女を押し付けるつもりのようだが、災厄の魔女を邪教徒の手元に残すわけにもいかないだろう。


かと謂って邪な神官どもの勅命も、増してや世界の命運など、正直どうでもよい。

災厄の魔女を封じるために封印の儀を執行し、自ら毒酒まで呷ったのだ。

彼女と我が身の因果が死後も続いているならば、その結末を追う以外に道は無い。



……やはり隊長など引き受けなければよかった。




【深層48日目()】


騒がしい祭祀場を裏手に抜け、行き止まりに立つ飾り棚の引き出しが開かれる。

直後に背後の壁が棚ごと横に移動すれば、躊躇なく男は潜っていった。


腰布を掴んで離さない幼女を脇に抱え、光のない一本道がやがて終わりを迎えた時。

踏み出した先は、災厄の魔女を封じた最奥の祭壇室。

深層も地下水脈も、宮殿も迷宮も通ることなく、意図も容易く辿り着いてしまった。



始めから掘りかけの道を進んでおけばと――堰を切ったように後悔が溢れるが、足は無意識に案内人の後を追った。




【深層49日目()】


食堂に辿り着いた。まさか料理でも振る舞うのかと期待したが、厨房をあっさり通り過ぎてしまう。


変わらない歩調で進み続け、やがて立ち止まった先は毒の井戸。

すぐ傍の壁の一部が押し込まれるや、急速に水が引いていく。


[ここを通れば外界にも出られましょう。この地区は私が管理責任を担っていましたので、隅々まで探っていた時に偶然発見したものです。万が一に備えて秘匿していた甲斐がありました……あなた方が通ったら、すぐに水を戻します。出来るだけ早く抜けてください。教団が持つ手稿は隙を見て私が始末します]


すぐに入れと言わんばかりに煽られるが、もはや彼を一瞥する事はない。

代わりに幼女に視線を移せば、毒沼の残り香に顔をしかめていた。



傍目にも小娘にしか見えない彼女と脱出した所で、これからどのような世界が待ち受けているのか。

いまだ戦乱が続いているのかも分からない外界で、災厄の魔女と送る旅路は想像もつかないが、もはや古都に留まる選択肢はない。


躊躇なく井戸に飛び込めば、風切り音と共に幼女の悲鳴がいつまでも木霊した。

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