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不死狩りと舌戦場の軌跡  作者: 暦師走
〈弐章:深淵ヲ往ク影法師〉
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【深層7日目()】


道先案内人を追うこと数日。

立ち止まれば亡霊も佇み、歩き出せば再び進みだす。


常に一定の距離を保つその正体はいまだ謎に包まれ、挙句に遭遇した頃よりも濃くなった影は、まるで人の如く生き生きとし始めている。

いずれ生前の面影が見えてきそうな一方で、今ならば仕留められるのではないかと。


ふいに浮かんだ企みを気取られぬよう、間合いに跳び込む準備をしていた刹那。



突如亡霊が姿を消した。



まさか気付かれてしまったのか。慌てて駆け付けてみれば足元が滑る。

一瞬身体が宙に浮き、大蜘蛛の棲み処で味わった感覚が続けて我が身を襲った。




どうやらその先は崖だったらしい。




【深層8日目()】


遥か高い頂きより落下し、辿り着いたのは川底。

生身では無事で済まなかったろうが、肉体無き身には関係ない。

損傷個所も兜の右半分で済み、大蜘蛛に穿たれた胸当てからは泡が噴き出していた。


水中でも問題なく活動できる事は知れたが、代償として愛刀が半壊。

幸い漬け壺は無事であっても、大半の物資は流れてしまった。


古都より持ち出した装備は殆ど消えたとはいえ、水底を歩く趣向も実に興味深い。

興味深くはあるが……亡霊は何処へ消えたのだろうか。




【深層9日目()】


巨大な洞穴に流れる川底を進み、始めこそ新たな道順に心を躍らせていたが、前方が全く見えない。

水の抵抗で速度も思ふように上がらず、渋々陸へ這い上がった時だった。


眼前に亡霊がぽつんと佇み、心の臓があれば凍て付いた事だろう。


だが彼女は見下ろすだけで何もせず、ふいに笑い声を零せば踵を返して去って行く。

距離が開けばいつもの如く立ち止まり、道順を示すように眺めてくる。


相も変わらず目的は読めないが、声まで生気を宿し始めた気がしたのは、聞き違いでは無いだろう。




【深層10日目()】


岩を撫でる水音は中々風情があるが、地底湖の静寂にかまけるわけにもいかなかった。

魚影を探す一方で、少し離れた川辺に佇む亡霊からも目を離せず、予断を許さない状況に気が休まらない。


だが微動だにしない様子に警戒が緩み、注意を逸らした瞬間――ばしゃりっ、と。

不自然な水音に魚かと思ゑば、水辺に腰かけた亡霊が、半身を浸けて蹴り上げているところだった。



霊に足は無いと謂ふ噂は、所詮噂であったらしい。




【深層11日目(晴れ)】


遠方に小さな光が見え、やがて光輪の中へ踏み込む頃には、見渡す限りの森が広がっていた。

遥か遠方で欠けた天井より神々しく光が差し込み、地表から運ばれた種が育ったのだろう。


鳥の鳴き声も頭上から降り注ぎ、外界の息吹が漆黒の深淵に吹き込んでくる。


久しく忘れていた陽射しの温もりが、伽藍洞の甲冑に隅々まで染み渡るが、日光浴をしている時間はない。

緑があるなら獣もいるはずで、大穴より落下した肉が落ちている可能性がある。


古都に閉じ込められて以来、これほどまでに心躍る日が来るとは夢にも思わなかった。




【深層12日目(晴れ)】


地底の森を丸1日散策し、入手したのは木の実だけ。

鳥の囀りは幻聴だったとでも謂ふのか。


もっとも飛び立つ影はおろか、姿すら見ていない様相から、天井の穴に声が流れ込んだのやもしれない。

鼠の類も見当たらなかったが、まだ資源たる草木が山程ある。


葉を毟り、根を掘り出し、川水をふんだんに沸騰させた草の根スープを完成させた。

香辛料に塩胡椒も加え、煮立つ前に火から離せば早速口にしてみた。



不味い、という程ではない。

土の味に辛うじて調味料が勝り、苔や茸では得られない新食感も悪くは無かった。

汁物の喉ごしも、布越しされた毒水とは比べものにならない。


食後には黒葡萄(ぶらっくべりー)らしき物も頬張り、中々の夕餉であった。




【深層13日目(曇り)】


一面が霧に覆われたが、恐らく天井より雲が吹き込んだのだろう。

その間も昨夜設置した虎挟(とらばさ)みを注意深く確認したところ、どれも収穫は無かった。


魚も貝もいない川。

蝙蝠のいない巌窟。

獣のいない森。

邪教徒が蔓延る古都。


景色の変化は気分転換には良かったが、気力を満たすには程遠い。

そろそろ本来の目的に戻るべく、この場を去るべきだろう。


思ゑば足跡1つ見受けない事を鑑みれば、邪教徒が使っている道でもない……まさか見当違いの道を歩いているのだろうか?

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