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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
六章.鬼
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11.二度目の邂逅

 強い西日が池全体に掛かっている。距離を置いて見た明ヶ池は水面が空を写したように黄色い。一見すると酷く眩しく見えそうだが、実際は波が立っている訳でもないのでキラキラとした反射もない。風が吹けば日差しの強さも相俟ってとても直視は出来なさそうだなと思いながら池の側に寄る。


 池の畔までやって来て、まずはと俺が遭遇した鬼のいた辺りから調べてみた。ひょうたん型の池を囲む木製の柵に手を掛けて覗く。柵の向こうは直ぐ池だ。近くで見る池は濁った本来の色が見えて、底は土が溜まっているのか、暗い水面に西日を浴びる俺の顔が映った。


 明ヶ池の水質は良くもなければ悪くもないと言った所。名水に名を連ねるような透き通った水質ではないものの、だからと言って濁りに濁った沼みたいなものでもない。じっと見つめれば底に沈んでいる石の形がどうにか見えてくる程度の濁り具合だ。

 川と違い流動性に乏しいだろう池でこの濁り具合って結構ましな方なのでは? 自然に出来ていた池という話だし、水がどこかから湧いているのかも。もしくは機械でも仕込んであるのか。後者の方が有り得そうか?


 一先ずざっと水面を眺めてみる。濁りの緑と夕日の黄色で水底まで見通すのは無理そうだけど、鬼がいたこの位置から見える範囲では特別目を引くものはなさそうだった。


「……特に何もないね」


「底にも穴はなさそうかな?」


 二人も隣に並んで同じように池を覗き込む。水面に二人の顔も映し出されるが、それだけで変化も何もない。


「永野の時はここら辺にいた……よね?」


「俺が隠れていたのがあの辺りで、それで鬼は真っ直ぐに走って来たんだから大凡この辺だと思う」


「俺からも見えた位置ってなるからここより中央には行かないかな? 残念ながら動画は会長さんの手元にあるから確認取れないのがネックだねぇ」


 動画が見られたら位置の特定なんて簡単なんだがな。とは言えそう外れてもいないことは確かだ。街灯との距離を考えれば鬼が最初に立っていた場所はこの辺りで間違いないはず。


「鬼は柵に寄り掛かって池を覗き込んでいた。鬼はいつからいたか覚えてる?」


 検分作業か、嵩原に問われるのにどうにか記憶を掘り起こす。


「……分からないな。気付いたらもうここに立っててなんだあれ?ってカメラを向けた。あの時は偶にだが他にも人がいただろ? 盗撮するのもなんだし、見付かったら拙いとしか思ってなくて近くを通る時くらいしか気にもしてなかった」


「夜なのに人も想像以上には来てたもんね。僕も遊歩道を行く人は何人か見送ったけど、鬼が歩いてる所は見掛けなかったな」


「こっちも同様だよ。ひょっとして人に紛れてたりしないかなって顔は確認出来るならしていたけど、皆普通の顔だったね。あんな仁王像もかくやみたいな顔面の主はのんびり遊歩道を歩いてたりはしてなかった」


「……それだと、急にここに現れたってことにならない?」


 己の体を抱き締めるようにして美樹本がそっと池から距離を取る。鬼が自然発生するかもとか洒落にならん。俺も寄り掛かっていた柵からそっと体を離した。


「そうとも言えるかな? 件の鬼が妖怪って立ち位置のものなら神出鬼没もらしいと言えばらしい」


「妖怪って……。本当にそんなのいるのかな? そりゃ、見た目は鬼に近かったけど、ひょっとして別の何かを見間違えたってことも……」


 ここに来てまた新たな説が飛び出した。鬼じゃない別の何か? 待って欲しい。ここで更に捜査範囲を広げられるのは中々しんどい展開だぞ。


「神出鬼没で夜にしか現れず般若のような顔付きで角も生えた鬼っぽい奴! それと特徴として見られるのを嫌う。こんな妖怪とかっていないの、嵩原?」


「そこで俺に振るの?」


 ピンポイントながらも絞り込むには難儀しそうな条件だなぁ。妖怪とかってのは大概見た目直球な名前付けされてるもんだし、外見が鬼に似通っているならそれは鬼って呼称されてんじゃないだろうか。


「だって心当たりがあるならそれはもう特定したようなものじゃない」


「残念だけど俺の脳内には該当しそうなデータはないよ。聖の挙げた特徴は最終的に鬼だって言ってるの自覚ない?」


「もしかしたら! 間違われてるのもいるかもしれないじゃん! タヌキとアライグマくらいに紛らわしかったりするかもしれないでしょ!」


「また可愛い例え出してきたなぁ」


 凶暴性はどっこいどっこいかもしれないけど被害の程度が段違いだぞ。

 多分鬼じゃないといいなって希望が暴走してるんだろうけど、あの嵩原からしても思い当たるものがないって言うなら望みは薄いと思うんだ。妖怪ってそこそこ個性のある描かれ方してるし。


 興奮のあまりに声が大きくなる美樹本をどうどうと宥める。一応周囲には情報に飢えたハイエナがいるんだ。あまり注目を集めるのもよろしくない。


「確かに今回は出現理由からして謎が多いけど、でも俺は鬼だと思うなぁ」


「な、なんで言い切れるの? 角なら牛だって山羊だって生えてるじゃん」


「それだけじゃなく、実はね、鬼にもいろいろと発生の種類で違いがあってだね」


 また嵩原が推理なのか薀蓄なのか、判断の難しい長文を語るかなと思った時だ。


「面白そうな話をされてますね。私も参加させてもらっていいですか?」


 第三者の声が急に横合いから掛けられてギョッとする。すわハイエナ共が絡んで来たかとばっと振り返れば、そこにはどこかで見た憶えのある眼鏡の男が立っていて。


「……おや?」


「あれ、あなたは、確か……」


 二人も憶えがあるらしい。驚きながらも記憶を探る俺たちに向かって、男はペコリと軽く一礼しながら身分を明かした。


「お久しぶりですね。古戸池以来でしょうか? またあなたたちは『噂』を追っているんですか? 一応自重すべきではと申したはずなんですがねぇ」


 古戸池、という名称で記憶が繫がった。この男は数ヶ月前に出会した、自称市役所職員その人だ。


「……あの時の……」


「お久しぶりですね」


 わぁと一気に目が死んだように輝きをなくす美樹本とは違い、嵩原は余裕綽々と爽やかに挨拶なんて返してる。肝の座り方が違うなぁ。

 俺は美樹本と一緒の小心者だから胡乱な目をつい向けてしまった。蘆屋先輩の話では所属の確認が取れていなかったはず……。


「元気そうで何よりですが、現在この場所はとある噂が広まっており若干の治安の悪化が見られています。出来るなら早々に立ち去って欲しいのですが」


 残暑厳しいこの時期でも、パリッと糊の効いたワイシャツにネクタイを締めて男は冷徹に言い放つ。黒縁の眼鏡をクイッと上げながらこちらをレンズ越しに眺めやってくるが、その目に宿るのは警戒かそれとも呆れか。発言から察するに多分呆れだろうとは思う。


「あ、そ、そうですか。僕たちも日が暮れる前には帰りたいなって思ってたので、早々にお邪魔します……」


「お察しの通り、また『噂』の解明に乗り出しているので簡単には帰れませんね」


「嵩原ちょっとぉ!?」


 取り繕う美樹本の頑張りを余所行きの笑顔で以て一瞬で一蹴する嵩原。おいおい、相手は自称地元の役人だぞ? 通報され掛けた過去を忘れたのか?


 ピクリと男も肩を揺らすが、しかし叱咤など口にすることもなくやれやれとただ首を振った。


「忠告を聞き入れる気はないんでしょうか?」


「まだ日もありますし条例に引っ掛かるような時間帯でもないですし。そしてここは公に公開されている公園です。今直ぐの帰宅を要請されるなら、それを認めるだけの法令なり論拠なりを示して頂けませんと従うのは難しいと言わざるを得ませんね」


 どうなるかと恐々としていれば随分滑らかに抗弁を口にする。理論武装は完璧だと言わんばかりの饒舌っぷりだ。

 あれか、以前は完全なる不法侵入で言い訳も口に出来なかったその腹いせも入ってたりするのだろうか。


「ふむ。確かにこの状況では強制なんて出来はしませんね。私としても深夜帯に見掛けたならともかく、この夕方に高校生を補導するというのも根拠がない」


「ご理解頂けたのなら良かった。こちらは別に法にも公序良俗にも反するような行動は取っていないですし、いざ通報されたとしても何が何やらといった具合ですが」


 なんかバチバチしてない? 見えない火花が両者の間で散ってるような錯覚がするんだけど。嵩原、腹いせなのかなんなのか知らんが喧嘩売るのも大概にしとけよ? 見ろ、美樹本が緊張のあまりに軽く魂飛ばしてるぞ。


 はらはらと見守るこちらの心情へ格段の配慮なんかも特になく、仕方ないと言いたそうに男はふうと一息吐き出してすっと凪いだ目を向けてきた。


「ええ。確かにあなたたちは何ら法に違反することも行っていない単なる私人です。学校帰りに公園で青春でもしに来ましたか? 同性だけというのも青春の一ページを飾る分には充分なんでしょうか? 個人的にはもう少し彩りがあった方がいいとは思うんですが」


 許された、多分許されたんだろうけどそれにしたって出て来たその解釈なんなの? 何を勝手に恥ずかしいイベントぶっ立ててんだ。

 意趣返し? それは嵩原だけに向けて欲しい。


「違いますよ。女の子としかそんな一ページは作りたいと思いません。最初に言ったでしょう? 俺たちはここに噂の解明に来たと」


「……ちょっ!?」


「ふむ、聞き間違いにしようと思ったのですが、そこは譲る気はお有りでないようですね」


 明け透けな言い様に美樹本が復活してツッコむも、男はさして気にもしてないようであっさりとスルーする。ああ、美樹本が着いてけなくて唖然と口開けてる。


「どのような噂を耳にしたのかは知りませんが、それでも単なる好奇心で関わるには中々に難産な課題だと思いますが」


 忠告だろうな。突き放すように言われるのも嵩原はそよ風のようにあっさり受け流す。何を言われようと調査は止めないという不動の意思を感じられる。

 男も察したようではぁとため息を吐いた。


「治安が悪くなっているのは本当なんですよ。あまりマナーのなっていないお客さんが今日の朝から公園に詰め掛けて、それで訪れる人々に取材を強要するものでこちらも対応に忙しいんです。現状、ここであまり騒ぐのもよろしくはないですよ? 何か知ってるのかと様子を窺ってる人間もいるようでしたし」


 そう言ってちらっと男は周囲に目をやる。倣ってこちらでも確認すれば、俺たちを窺ってるだろう人間が二、三人と一瞥しただけでもそれだけ視界に入ってきた。

 別に周囲を見渡した訳でもないのにこれだ、公園全体であればもっといるってことになるだろう。


「え……」


「あれ、ちょっと目立ち過ぎたかな?」


「ただでさえあなたたちは目を引く格好をしてるんです。地元の学校の生徒なんて、その手の者からすればいい情報収集源ですよ? あの手の情報入手優先の輩はしつこいものなので、あまり無防備に振る舞うのも如何かと思いますが」


 すっとぼけた解答する嵩原に男ははぁとため息を溢す。発言内容からして、男が話し掛けてきたのって補導云々は建前で周囲の輩への牽制が目的だったりする? 俺たち気付かない所で助けられてた?


「あ、あの? ひょっとして僕たちを助けるためにわざわざ……?」


「これ以上通報事案なんて増えて欲しくありませんからね。それも含めての出来るだけ早めの帰宅の促しであったんですが」


「あ、その、気遣って頂きありがとうございます」


「いいえ。君たちは未成年ですし大人として庇護するのは社会道徳に則するものですから」


 素直に感謝する美樹本へ男は何の気なしにあっさりと告げる。どこまで本気で言ってるのは分からないが、俺たちに危機意識を縫い付けようとしたことに間違いはないっぽい。

 こっちとしても鬼に関する情報が得られるなら渡りに船であるが、目立って蘆屋先輩の耳に入れば事だし、それに男曰く少々厄介な相手でもあるらしいからここは大人しく撤退とした方がいいのかもな。強制的に取材を取り付けようとするってそれだけでも遠慮したい相手だし。


「ねぇ、こう言ってもらったんだし、僕らも早々に帰った方が……」


「待った待った。それだとなんでここまで出張って来たのか分からないでしょ? せめて新しい見解くらいは見付け出したい所なんだから」


 嵩原粘る。まだ調査を続ける算段か。とはいえ新しい見解も何も、池になんら不審な点もなかったとなればもう手掛かりはないだろうに……。


「これ以上調べて何か見付かるか?」


「現地調査では進展が望めそうにないかな? でも、ここに丁度話を聞けそうな相手はいる訳だし」


 そう言って無表情で事の成り行きを見守る男を一瞥する。え? 忠告をしに来た相手から情報抜き出そうとする、普通?


「おや?」


「え、嵩原マジで言ってるの?」


「本気だよ。あなたは以前も土地にある謂われ等にお詳しかった。そんなあなたなら、ここ明ヶ池に関する曰くにも心当たりなどがあるのではないでしょうか? 良ければ教えて頂けませんか?」


 なんでそうなると訝しく思ったが、嵩原の言う通りこの男は以前会った時にも土地の謂われをスラスラと答えていた。市の管理する土地だから把握もしていたとなれば、ここ明ヶ池自然公園だって管轄は市だろうから嵩原や先輩の知らない逸話を知っている可能性もある、か。


「流れている噂についてではないのですか?」


「その噂が流れているのがこの公園です。噂と土地と全くの関連がないなどとはまだ断言は出来ません。もちろん、巷に流れる噂についてもご存知のことがあるのならお教え願いたいですが」


「あまり首を突っ込むなというのが私の主張なんですがね」


 やれやれと首を振る。これは駄目かな? 男の態度から交渉失敗を悟る。が、意外にも男はそのまま話を続けた。


「この池に関するお話でしたら別に構わないでしょう。そちらの望む新たな見解とやらに代わるかは分かりませんが、それで満足して帰路に着くというのであれば教えるのも吝かではありません」


 なるほど。話す対価にこちらの早期帰宅を持ち出したか。相手から譲歩を得られたのならこちらからも何か差し出さないといけないのが交渉の基本だわな。


「んー、それは内容により」


「分かりました。申し訳ないですがそれを条件にお話ししてもらえませんか? 僕らも手掛かりが得られたのなら帰りますから」


 あ、更に吊り上げようとした嵩原が美樹本に遮られた。あまりに見事な横入りに以降の台詞取られてやんの。


「ちょっと聖……」


「もう調査は充分でしょ。それにわざわざ忠告をしに来てくれた人相手に集るような真似するのは良くない」


「その通りですね。人として最低限の礼節は守らなければ手を貸してくれる人だっていなくなりますよ。私が持つここの池に関する情報、欲しくないのですか?」


「それは欲しいですけどね。全く、仕方ないな。こっちが把握している情報でないかも確認取ってないのに」


 嵩原が渋々ながらも引き下がったことで交渉は成立した。




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