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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
六章.鬼
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9.広がる噂

 奇矯な体験をしてしまったものだが、先輩自ら調査NGを出してくれたので肩透かしとも思えるほどの平穏な日々が戻ってきた。まぁ、一晩しか経ってないけど。

 これが平常ならば続けて公園に赴いて情報収集なりと足で稼ぐことも課せられていたかもしれないがそれもない。普通に授業を受けて普通に放課後素早く帰路に着ける素晴らしさよ。

 もうあの危機一髪的な状況に遭うこともないと思えればそれは気も抜ける。だからこそ、朝から含みのある笑顔を浮かべる嵩原にもそこまで注意を払ってもいなかった訳だ。


 いつものように訪れた昼休み。四人で食べ始めたその開幕に嵩原はいい笑顔で爆弾を落とした。


「あのさ、なんかね、また鬼が出たって」


「「「は?」」」


 いただきますをして直ぐの発言である。三重奏になったリアクションも意に介さず、嵩原は笑顔のままに続けた。


「昨日の夜、例の公園でカップルが遭遇したようで一部で凄い騒ぎになってる。どうしてか鬼がカップルに向かって来ちゃったらしくてさ。ばっちり写真なんかも撮れちゃってるの。SNSに上げちゃったもんだからもう大変。あ、写真見てみる?」


 こちらの無反応も気にも留めずいそいそスマホを弄って「はい」と差し出してくる。見れば投稿者のコメントと共に一枚の写真が画面にはあった。


 暗い夜の写真だ。背景は真っ黒でぼんやりと灯る明かりは多分これ公園内の街灯だな。写真の中央には酷くブレているが人らしき姿が写っている。両手を掲げて撮影者の方へと走り寄っているのか、足下は更にブレてしまっていてほぼ暗闇が掻き混ぜられているようにしか見えない。


 こちらを真正面に捉える顔面は一応判別は出来そうだ。ライトの明かりだろう白で浮き上がった人相は、ブレの所為もあって酷く歪んでいて目と口がぽっかりと穴が空いたように黒い。その形は共に端が吊り上がっていてまるで般若の面を模しているようだ。

 怒りなのか、あるいは憎悪なのか、とにかく尋常じゃない良くない感情を撮影者にぶつけているのだけは感じ取れた。


「これ、逃げながらも咄嗟に撮ったんだって。池の側で立ち尽くしているのを見てなんだろって見ていたらいきなり振り向いて襲い掛かって来たって投稿者は言ってる。……どう見ても『鬼』だよね?」


 そっと身を乗り出して小さく確かめるように言ってくる。更に目を眇めて見れば、鬼だと言う人物の額には角らしき突起も白くぼやけていたが見えた。俺が遭遇した鬼と同じものなのだろうか。つか二日連続での鬼登場ってヤバくない?


「……これ、拙くない? その襲われた人に怪我は……」


「ないらしいよ。慌てて逃げたら追い掛けては来なかったのか無事に逃げられたって。その所為もあってこの写真もインチキだ加工だって、そっち方向での騒ぎの方が現状では大きいかな? 動画だったらまた違ったんだろうけどね」


 顔を青冷めさせて美樹本が訊ねるのに嵩原の返答は気楽だ。まだ本物の鬼が出たと、そんな騒ぎにはなってないってことだな。でも、一躍明ヶ池自然公園の名が有名になったことは間違いないだろう。


「これを見て皆どう思う?」


 スマホを掲げながら曖昧に問いを投げ掛けてくる。感想とするなら、それこそ先に美樹本が言ったように拙いだろう。騒動が広がるという意味でも、怪我人が出るかもしれないという意味でも。

 事の重大さに押し黙るこちらの心情を察したように、嵩原は潜めて笑うと歌うように囁いた。


「やっぱりさ、俺たちで真相暴いてみない?」


 誘い掛ける言葉は驚くと同時に、ああやっぱりとどこか納得のいくものであった。


「え、な、でも会長が」


「止められてはいるけど、これ放置ってのものよろしくなくない? 今の所鬼が本当にいるって知ってるのは俺たちを含めて極僅かなんだ。このまま座して待って、それで重傷者なんて出たらその時は結構な騒動になっちゃうと思うよ? だったら早い段階で何かしらの手を打っておくべきだと思うんだけど」


「う……」


 嵩原の正論に美樹本もつい黙る。一理ある意見だ。あの鬼の膂力の凄まじさは実体験を通して理解している。その力が誰かに振るわれると想像しただけでも大変な騒ぎになるのは目に見えて分かる。早々に手を打つべきこともな。


「う、で、でも、昨日の今日で会長との約束を反故にするのも……。それに嵩原は脅しも掛けられてたでしょ」


「それはあくまで夜間調査に関してでしょ? 今回は歴とした証拠写真も上がってる、その線から情報辿るのも有効だと思うんだよね。そもそも、鬼は何故あの公園に急に出るようになったのか、その理由だって現状では判明してないでしょ? 原因が分かれば対策だって打てそうなものだけどね」


 そう言われると確かになぁとも思う。昨日今日と鬼は連続で現れた。その前が噂が流れてから二日だか三日だか間が空いてることを考えると、別に公園に常在している訳ではない? 姿を現すのにも何か条件があったりするのだろうか?

 鬼が出て来たその根本の理由を把握することもそうだが、鬼が現れるその条件を知ることが出来たならまた対策の立てようはあると言える。


「まだ鬼による被害らしい被害は出ていない。でもね、それがこの先も同様かって言うと決してそんなことはないはずだよ。誰かが犠牲になる前に、止められるなら止めてしまった方が俺はいいと思うんだけどなぁ」


 渋る美樹本に畳み掛けるようにして嵩原はどうだろうと嘯く。いや、あながち大言でもないか。俺たちが本当に鬼をどうにか出来るなら嵩原の言い分も決して間違いではない。


「……」


 苦渋を浮かべる美樹本氏。怖い、やりたくない、蘆屋先輩に叱られると拒否する理由があるのと同時に、人として被害が出ると分かっていて放置してもいいのかという葛藤があるのだろう。なんたって美樹本は真面目だし。

 実に真っ当な倫理観が奴には根付いているからこそ、嵩原の言い方についつい引っ掛かってしまうんだよな。これは分かっていて道理を唱える嵩原が狡い。


「……うぐぅ」


 果たして、美樹本が次に吐いた言葉は観念の呻きであった。


「……危ないことはなし。あくまで鬼の痕跡あるいは出現条件の絞り出しに限定。絶対に夜には公園には行かないこと」


「充分だね。一先ず今日の放課後から調査を始めようか。真人もそれでいい?」


 ついでのように問われる。三人の中で一番説得が難しいと言ったら美樹本なのだからあまり気にもならない。俺も発言らしい発言はしてないし。

 調査の継続についてはやはり嵩原の道理前面押しが心にのし掛かってる。やりたくないなんて拒否るのは簡単だが、その結果鬼による被害者なんて出た日には眠れるかね。

 関係ないと言えば関係ないんだけど、でも知り得た立場にあるってのが今回に関しては本当都合が悪い。こちとら小心者なんだよちくしょう。


 暫し悩んだ末に俺も観念して頷いた。


「放置は難しいよなぁ……」


「決まりだね。じゃあ、会長さんには秘密で動くってことで。皆もいい?」


「了承はしたけどさ、もう言ったけど夜は本当駄目だからね? 絶対に鬼を拝みに行くとかやらないからね?」


「そこは心配しないでいいよ。俺だってむざむざ会長さんを自首なんてさせたくないし。あくまで日中限定だから。門限はきちんと守りますよ」


 念押しする美樹本にも冗談交じりの答えを返す姿を見るに、どこまで了解しているのかは分からんな。鬼の危険性を一番説いた当人がなんで一番他人事染みているのか。嵩原のその神経の太さは時々本当信じられん。


「……な、なぁ」


 胡乱な目を嵩原に向けていた最中、不意にか細い声が聞こえた。それは桧山で、常にない頼りない声音についパッと反応して振り向いてしまった。

 見えたのはこちらへ伺いを立てるように、気弱に眉根など寄せた酷く青冷めた顔だった。


「えっ。ど、どうしたの桧山?」


 動揺も激しく美樹本が直ぐに問い質す。見れば嵩原も不可解だと言わんばかりに軽く眉根が寄っていた。多分俺も似たような表情をしていると思う。


 こちらの反応もあってか、まだ一口も囓られていない惣菜パンを握り締めながら桧山は言い難そうに顔を俯かせる。

 その仕草だって桧山らしくない。いつもなら堂々とどんな意見でも口にする桧山は、現在まるで叱られるのを待つ小さな子供のように身を縮めてしまっていた。


「……桧山」


 どうしたものかと混乱する中、一番付き合いの長い美樹本が静かに桧山を呼んだ。その呼び掛けにピクリと桧山の肩が揺れ、それから恐る恐ると顔が上げられた。


「何かさ、言いたいことがあるんだね? どうしたの? 僕で良かったら聞くよ?」


 本当に小さな子供に語り掛けるように美樹本は桧山へと囁く。二人にしか通じない何かがあるのか、とりあえず今は傍観に徹する方がいいだろう。嵩原だって無言で成り行きを見守ってる。


「……」


「うん、と。サッカー部のこと? それとも鬼に関することかな?」


 迷いの表情で視線をさ迷わせる桧山に美樹本が心当たりをゆっくりと告げていく。鬼、と口にしたその瞬間またピクリと桧山の肩が動いた。


「鬼について、何か言いたいことがあるの?」


 しっかり見逃さなかった美樹本は静かながらもはっきりと踏み込んでいった。言い淀む桧山は、それでも何秒か視線を彷徨かせたあと、覚悟を決めたと言うように美樹本の顔を見返す。


「う、うん。俺、皆に言わないといけないことが……」


 そこまで語った所でふと桧山の目が俺を捉えた。懐っこい焦げ茶色の瞳がこっちの顔を映したと思えば、瞬時にその顔が引き攣って固まる。はっと息を吸い込んで、そこで体の動きまで止めてしまった。


 分かり易い異常な反応に驚きと困惑が一瞬で湧き上がる。桧山は今、俺を見て動揺した。どうしたのかと訊ねる前にまた桧山の視線が机へと落ちた。


「……桧山?」


「……」


 美樹本が声を掛けても、今度は桧山も反応を返さない。顔を背けてこちらを見ようともしない。言い様のない空気が四人の間に立ち上る。


「……」


「……やっぱり、なんでもない。なんでもないんだ」


 誰もがどう声を掛けたらいいものか。悩んで押し黙る中、桧山が取り繕うようにして溢す声だけがくっつけた机の上に空しく転がった。





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