4.新たな噂
七不思議の検証報告会も無事に終わって五日、もう暫くはオカ研に呼ばれることもないだろうと油断していたこの日に、放課後になるなり美樹本に拉致された。桧山を使って捕獲しに掛かるの本当止めて欲しい。
「今度は一体なんだってんだ」
「また会長が新しい噂を手に入れたらしいんだよ」
ぶすっと睨み付けながら訊ねた所、手慣れた感じにそう返される。もうすっかり俺のことを部員かなんかだと思っていやがる。ほんの数ヶ月前までは同好会名すら秘していたのに、この開き直りっぷりってなんなんだ。
桧山に背後を取られながらいつもの四人で部室棟まで向かう。教室を出る際のクラスメートたちからの目線の痛さといったら。二岡なんて同情した顔でこっち見てたぞ。オカ研に向かうって聞かれてたのかね。
「桧山、逃げないから。だから腕離してくれて大丈夫だぞ」
「あ、うん」
連行される体で廊下歩くのも嫌なんで後ろの桧山へと願い出てみれば、奴はどこか遠慮のある態度で大人しく手を離した。いや従順に捕獲に動いといて遠慮もクソもないけども。
歩きながら後ろを見ると、どこか居たたまれない様子でそっと視線を落として静かにあとを着いてくる。その姿に悟られないようそっと息を吐いた。
ここ最近の桧山はどこかおかしい。変に大人しく静かで悪く見れば元気がない。新学期初日の騒がしさが鳴りを潜めて、今では言葉数も少々減ってしまったようにも思える。
普段が元気有り余り過ぎているので教師などは落ち着いたのか、なんて楽観していたりするが、同じクラスで過ごしてきた生徒側からすれば何かあったのではと邪推してしまうのが自然と言えた。
今の桧山は登校日のことを思い出させる。
まだ引き摺っているのかと腫れ物を触るように気にしている奴らもいるが、でも新学期初日の様子を見る限りはある程度吹っ切れていたのは確かなはず。
どうして今になってまた元気がなくなったのかは一番の仲良しであるはずの美樹本からしても心当たりがないらしい。
傍にいる美樹本へと視線で問う。チラリと窺い見た美樹本も困ったように眉根なんて寄せていた。
ぼんやりと何事かを考えている様子も最近の桧山からは頻繁に窺える。何か悩みでもあるのか。訊ねたが、美樹本であっても答えは返ってこなかったそうだ。
「会長さん、どんな噂を手に入れたか言ってた?」
どうしたんだろうなと、気にされない程度に気にしていれば嵩原の飄々とした問いが意識を浚う。
こいつも桧山の様子がどこかおかしいことに気付いてはいるのだが、でも気にする素振りなんてさっぱり見せずに普段通りに過ごしている。
桧山への対応も変わりなく、さらりと世間話を振ったり茶化したりと態度は自然体そのもの。桧山も特に構えることのない嵩原の態度には助かっているのか、ほっと気の抜けた表情を浮かべているのはなんとなく気付いていた。
こういうちょっと気まずい時にでも如才なく対応出来るから、嵩原は女子にモテるんだろうか。
「いや。ただ信憑性高いから是非とも協力してくれって鼻息荒く求められただけ。人手も多く欲しいって言うから皆連れて来た」
「やる気に満ち溢れているってことか……」
桧山の態度も気になるが、それはそれとして美樹本の注釈につい力ない呟きが溢れる。やる気になってる蘆屋先輩は個人的に地雷だって思ってんだけどな。また今度はどんな荒唐無稽な話が出て来るのやら……。
げんなりするこちらと違って、嵩原は面白いと言わんばかりに「へぇ」なんて呟いた。
「信憑性ねぇ。……ひょっとしてアレだったりするのかな?」
勿体付けるように楽しげに呟く。発言からしてこいつもなんか噂拾ってるようだな。
嵩原と蘆屋先輩、程度に違いはあれど両者共その手の話には一家言ある二人が同時期に噂を拾ったのか。これ被ってる可能性は否定出来ないよなぁ。もし二人のお眼鏡に適った話だったりしたらどうしよう。
「嵩原何か知ってるの?」
「どうだろー。まぁ、もしかしたら違ってたりするかもしれないし、それならまだ明かさない方がいいと思うんだよね」
あ、こりゃ駄目だ。上機嫌に美樹本からの質問を躱す姿を見て早々に諦めが付いた。多分被ってんだろうな。
自信ありげに情報秘匿だと突っぱねる嵩原に、また面倒な検証が始まるんだろうと覚悟を決めた。
「やぁ諸君! 諸君は『鬼』を知っているかな!?」
いつものように参じた部室で、蘆屋先輩が珍しく訪ねた俺たちを出迎える。
そして挨拶もそこそこに爆速でなんか言ってきた。大丈夫かな。扉閉まる前だったから先輩の叫びは廊下に響いていたかもしれん。
「会長、速いです」
「凄くやる気に満ち溢れている……」
俺たちまだ席にも寄ってないんだけど。いつものテーブル手前で、腕組んで仁王立ちする先輩はこちらの苦言なんかまるっと無視して続けた。
「『鬼』だ。日本では古来より悪鬼や邪鬼、あるいは鬼神という神格さえも与えて奉ることのある妖怪、怪物、不浄たる存在の代表格とも言える存在だ。時には不幸という禍として、時には病として、また時には魑魅魍魎の一つとして長らく我らの認識と共に存在し続ける未知なるものだよ。君たちの中にも明確な『鬼』たるビジョンはきちんと根付いているものと思う。最早我々の国では欧米で言う所の赤頭巾に対する狼のように、固定化された恐れ・敵対者の象徴と言っても過言ではないだろう」
いきなり始まった講義には目を白黒させることしか出来なかったが、話を聞くに要は今回の噂とやらは『鬼』が関係しているんだろうなぁと。
「あ、やっぱり会長さんが入手した噂ってそれですか」
多分ただ一人全く動じずにいただろうこの男、嵩原は不釣り合いなほど朗らかに共感なんてしてる。なんでどこかほくほくした雰囲気醸し出してんだこいつ。
「む? その言い方は嵩原君もこの噂を耳にしたのか?」
「それはもちろん。流れ立てほっかほかの新鮮な噂ですからね。俺にだって幾つかはルートっていうものがありますので」
「うむ。広く情報を集める体制というのは民俗学的なアプローチを行う上では必須と言えるだろう。やはり嵩原君は我が同好会に欲しい人材だなぁ」
「はは、俺はあくまで趣味で集めてるだけですから。義務になっちゃうと楽しめそうにないので遠慮させてもらいますよ」
「うぅむ。残念、実に残念だなぁ」
なんでこんな和やかに怪談収集を語れるんだろう。流れ立てほかほかとか意味分からんのだけど。
「あの、会長に嵩原。二人で通じ合ってるのなら僕たちは邪魔ですよね? もう帰ってもいいですか?」
「何聖? 嫉妬しちゃった? 俺本当にオカ研のポストは狙ってないから安心してよ」
「前にも言ったでしょ。そんなのは熨斗付けて明け渡すから遠慮せずに受け取ってよ」
焦れた美樹本が声を上げると嵩原が茶化し紛れに言い返し、そしてそれに更に美樹本が鋭角なボールを返す。声がマジだわ。
「ふむ。少々気が逸ってしまったね。君たちには是非とも手伝ってもらいたいんだ。帰られる前にきちんと話を通そう」
そうして、水が差されて落ち着きを取り戻した先輩によってやっと順序立てて説明が行われた。
「つまりだね、自然公園内にて『鬼』が目撃されたのだよ」
先輩が言うには、鳴子山にもほど近い場所にある明ヶ池自然公園、そこに『鬼』が出たらしい。
「鬼ですか……」
「目撃証言が始めて上がったのは先週土曜日、公園内の木立の向こうに頭に二本の角を生やした悪鬼もかくやと言った顔立ちの人間らしきものが突如現れたのだと言う。目撃者はその二本の角に、厳つく歪む顔を指して『あれは鬼だった』と証言した」
明ヶ池自然公園というのは名の通りの明ヶ池という池を敷地に有する公園だ。我が学校の敷地よりかは狭いが、プールよりも大きな面積を持つ池を内包した公園はそこそこに広く、園内は遊歩道や遊び場なんかも整えられていて日中や休日などには子連れの親子もよく訪れているんだとか。
そんな憩いの公園としてそれなりに名の通った自然公園に、突如として昔話に出て来そうな『鬼』が出現した訳だ。そりゃ噂にもなるか?
「俺が聞いた噂もそれだよ。なんでも、身の丈二メートル以上はある大柄の鬼が池の畔に立っていて、鬼は見られていることに気付いたらさっさとその場をあとにしたんだとか。特に証拠映像とかはないけど急速に噂が広まってるね」
嵩原が先輩の話を補足する。自然公園に鬼。こう並べてみると、格段繋がりなんて見えてはこないな。なんだっていきなり鬼なんてもんが出て来るのか。
「鬼ってあの鬼?」
「一般的には頭部に角を生やし、筋骨隆々とした大柄の肉体に虎柄のパンツだけ履いてるってイメージのそれだよ。仏教においては地獄に落ちた人間の成れの果てとも、また人間を呵責する獄卒も鬼であるとされてるね。昔話なんかでは人を襲い人を食う怪物といった存在として語られることが多く、総じて乱暴で人知の及ばない化け物って印象が浸透されてるかな」
懐疑的に訊ねる美樹本へと嵩原はざっと鬼についての解説をする。そんな昔話に出て来るような鬼がこの現代の公園にぽんと現れたと。荒唐無稽にもほどがあるだろ。
「見間違いなんかでなくか?」
「見間違いである可能性は高いだろうね。件の公園は特に謂われなどもない、これまで入水自殺があったとか、怪奇現象などが見られたといった噂の一つもないなんの変哲もない公園だ。突然に鬼が現れるにしては脈絡がない」
思わず突っ込めば先輩から意外にも冷静な答えが返ってきた。あれだけ「鬼とは!」みたいに興奮していたのが嘘のような冷徹な声で語る。
「日本各地の池で見られる妖怪や幽霊の目撃談、もしくは地獄へと繋がるような逸話といったものは残念ながら明ヶ池には存在しない。あそこは祭神を奉っている訳でもなく、また発生の過程に何かしらの伝説が絡んでいる訳でもない。本当に自然に出来た池をただ整備して公園へと変えただけの場所なんだ。霊的背景がある場所ではないために、今回鬼が目撃されたことも謎の深い事象である」
難しい顔をしてつらつらともう既に分析の済んだ内容を先輩は教えてくれた。嫌に真剣な表情なのはそれだけ先輩も『鬼』なのかどうか疑っているということか。
現場の背景事情も細かに調べ上げているようで、以前とは違って思い込んで暴走している訳ではないようなのでちょっと安心か?
「その根拠に乏しい噂話の検証を会長は行いたいと?」
「ああ。だって気になるだろ? 何故鬼なんだ? 何故この時なんだ? どこからやって来たんだ? 考えれば考えるほどに興味深い。例えデマであったとしても、そんな噂が発生したその理由は是非とも突き止めたい所だ。論理的な繋がりがないならないで、その断絶を埋める何かが気になってしまうのは、最早探求者の性と言えるだろう」
訝しげに美樹本が確認をすれば、先輩は当然と言わんばかりに胸を張って答える。冷徹にも鬼でない可能性を語っていた姿はどこかに消え、目を輝かせながら学者の矜持を語る先輩は本当にイキイキしている。
デマであることさえ想定して、その上で探求の価値を見出すって学者ってのはよく分からない価値観持ってるよな。
「そう言う訳なので、我がオカルト研究同好会の次なる題目は『明ヶ池自然公園の鬼』、これを調べようと思う。皆、協力してくれるだろうか?」
こちらを見回して先輩は意思を確認してくる。今度は鬼ねぇ。先輩は妖怪との縁が太いんだろうか。
「俺はやりますよ。元より気になっていた噂ですし、本当に鬼がいるなら一目見てみたい」
「君は楽しそうでいいよね。僕には拒否権がありませんから。多分見間違いだと思うんだよなぁ」
嵩原も美樹本も参加と。同じ肯定を返しているのにその中身がまるで正反対なのは傍から見ていて面白くはある。
この流れで断るってのは中々勇気がいるだろ。桧山はどうせ「鬼!? 何それ見たい!」って感じに快諾するんだろうし、だとすると俺一人だけ不参加を表明するのは外聞も悪い。ここに連れて来られた時点でもう逃げ道はなかったと言えばそれまでだが……。
そう言えば桧山の奴、ずっと静かだな。普段なら先輩のテンションにも負けずに楽しげに騒いでいるだろうに、今日は一言も話してなかったか? ふと気になって桧山の様子を窺った、ら。
「桧山……?」
窺い見た桧山はなんとも複雑そうな表情をしていた。驚いているような、困っているような、焦っているような。
どこか怯えた様子まであって、少なくとも純粋に先輩のオカルト話に喜んでいるようには見えない。なんだってそんな顔をしているんだ?
「え? 桧山? どうしたの?」
気付いた美樹本が慌てて声を掛ける。常にない態度の桧山に心配がその顔には浮かんでいた。
「……なんでもない」
問われた桧山は一瞬はっと顔を強張らせるも、直ぐにかぶりを振って俯いた。なんでもありそうな態度だが、訊ねるのを拒否する硬い空気が背けた顔から感じられた。
「……そう? ……もしかして、今日何か予定入ってた? 無理矢理付き合ってくれてた? 何か他に急ぎのことがあるとか」
美樹本もそう深くは突っ込まずに別口から探りを入れ出す。この場で浮かない顔をしているとなれば美樹本の言う通り他に用事でもあったかとなる所だが、でも桧山はそれも首を振って否定した。
「な、なんでもない。俺は別に、何もないから。だから気にしなくていいぞ。予定だってないし」
「本当……?」
「……うむ。桧山君、別に無理に付き合わなくてもいいんだぞ? これはあくまで私からの一方的な要求であり、君たちが協力してくれるかどうかは義務ではなく、君たちの善意によって決められるべきことである。断ったからといってそれで何か君たちに不利益がもたらされるといったこともない」
拙く突っぱねる桧山に美樹本が渋々ながら引き下がれば、今度は先輩が真面目な調子で話す。先輩も桧山を見ておかしいと思ったのか、静かに言い含める声には心配する響きが籠もっていた。
そんな真剣なトーンで話す先輩にも、桧山は首を振って大丈夫だと言い返すのみ。
「だいじょぶ、です。本当に、予定とかなんもないから、だから俺も調査に同行、します」
「……そうか。だとしたらとても助かるよ。桧山君には多く手助けもしてもらっているからね。普段から感謝しているよ」
強硬に参加すると折れない桧山を思ってか、先輩は粘ることもせずあっさりと引いて、その上で柔らかく笑って受け入れた。
変に追い詰めるよりも鷹揚に受け止めた方がいいと判断したのか? こう言った所は本当に年上然としていて頼もしくも感じるな。
なんとも言えない空気が漂うこととなったが、この流れで俺だけ拒否するのは、面白いことになるかもしれないけれどやはりそんな勇気はなくて、結局いつもの四人での検証となった。早速このあとから始めるんだと。やれやれと思いながら立ち上がった所で予期しない爆弾が降ってきた。
「うむ。それでは皆で検証と行こうか」
「はい。とりあえずまずは下見でも……? あの、会長もどこかへ出掛けるんですか?」
荷物を抱えて扉へと向かえば、俺たちの後ろに先輩も続いていた。お見送り? いつもは意地でもテーブルから離れずに見送る先輩がわざわざ?
「何、今回はまた一筋縄ではいかない類の噂かも知れないからね。私も同行しようかと思うんだよ。久しぶりのフィールドワークだ。楽しみだね」
「……え?」
わくわくとした雰囲気を纏う先輩からの答えに、美樹本の「えぇぇ」と困惑に満ちた声が中途半端に開いた扉の隙間から周囲に響き渡った。




