3.報告会
「報告会と仰々しく掲げてはいるが、やることは単純な情報の擦り合わせであるから皆、そこまで緊張することはないよ」
キリッと開幕の宣言を告げた先輩は、だが直ぐに笑顔を浮かべて紙面を配る。なんだと見たクリップで纏められたそれは、俺たちの提出したレポートのコピーであった。
「君たちが提出してくれたレポートの写しだ。本日はこれらレポートを元に更に検証を詰めていきたいと考えている。怪談の一つ一つ、当日の動きなど、覚えていることやレポートを読んで思い出したことなどを発言していって欲しい」
つまりは嵩原が睨んだ通りレポート頼りの話し合いか。これならあまり頭を悩ませずに済むか?
「発言ってなんでもいいんですか?」
「強く印象に残ったことや感想などがいいかな? まずは時系列に則していって怪談の考察から行おうか。互いのレポートを読むことにより書き忘れていたことなどが判明するかもしれない」
そんな訳で報告会は始められた。自分の文章が他人に読まれるってどうなの?と思わないこともないが、実際に比較検証をしていくと確かにこんなことがあったなと思うものが出るわ出るわ。他人の視点で語られる七不思議巡りには抜けや矛盾がそこかしこにあった。
「あれ? これ、扉勝手に閉まってない……?」
「あー、この本、気付いたら片付いていたわね。誰が片付けたんだろって思ってた……。え? 心当たり、ない?」
「……えっと、美樹本先輩の背中を押していたって誰、でしょうね? 私も先輩も押せなかったと思うんですけど……」
問題は矛盾だな。明らかにおかしい部分が擦り合わせることで浮き彫りとなってしまった。思い出したわ。全員に黙っていたけどそんなこともあったんだよな。
「……ひえ……」
意図せず不意を打ったような形になって美樹本が顔面蒼白だ。喜色満面の先輩の隣でカタカタ震えてる。そう、先輩は喜んでる。やはりやはりと喚きながら実際に引き起こされた異常現象に酷くテンションを上げていた。
「やはり七人で七不思議を巡ることに意味はあった! 七不思議の怪異とは別の霊の存在が浮き彫りになるなどこれは快挙だぞ! 君たちは素晴らしいものを持っているようだな!」
ひゃっほーいと今にも叫び出しそうなほどの有頂天で先輩は喜ぶ。そんなに嬉しい報告かね……? 唯一の部員は横で死にそうな顔色してるのに。
「これ……」
「うわ、マジで矛盾してる……」
「だ、誰かもう一人いた感じがしませんか……?」
女子は女子でドン引きしながらレポートを捲って確認している。朝日が何気に鋭いな。言ってることは大分怖いが。
「へぇ。てっきりあの女子トイレだけが本命かと思ってたけど、他にもそれっぽいのが紛れていたんだね。悔しいなぁ、全然気付かなかった」
先輩のもう片方の隣では嵩原が興味深げに紙を捲りながらなんか呟いていた。恐れ戦く人間続出のガチ怪奇現象に対して、悔しいなんて感情抱けるのはこいつくらいだろうな。
「真人は気付いていた派? あんまり驚いてないようだけど」
かと思えばついと視線を向けられてそんな指摘をされる。じっと観察なんてしてる場合じゃなかったか。ここで実は、なんて認めたらいろいろ面倒なことになりそうだ。
「いんや。全く気付かなかった。そんな些細なことに一々気付けるほど観察力なんてないし」
実際気付けたのは最後の最後でだ。後半では幾つかおかしさに気付いたりもしていたが、それだって回っている最中には深く考えることもなかったから。
「そう? ならそういうことにしておこうか」
何その言い方。含んだ言い様に睨み返すも嵩原は余裕の笑みを浮かべるだけだ。何を察した? もうちょっと驚いてやった方がよかったんだろうか。
気まずくなってふいと視線を横に逸らす。誤魔化すには適さない行動だと自覚していても、こういう時は口下手だと巧い返しも思い浮かばない。
せめてもの抵抗だと己に言い聞かせて視線を転じたその先で、じっとこちらを見つめる円らな瞳と目が合って思わず肩がびくりと揺れた。狭い部室の一角を占拠する棚、その中ほどでガラスケースに収まっている和人形と目が合った。
……なんだあれ? あんな物が一同好会の部室にあるものか? 現在の状況など全て吹っ飛んでつい凝視する。
いやに古びた佇まいの人形だ。おかっぱ頭の髪はボサボサで、軽く傾いだ体は不気味に前傾姿勢となっていて今にもガラスを打ち破って出て来そう。ここにあるってことはオカ研の持ち物だとは思うが、え、つまりそういうこと? あれってそういうアイテムだったりするの?
「何見てるの真人……」
嵩原もこちらの視線を追ったのか声が不意に途切れる。こいつはどんな顔で人形を眺めているんだと振り返って見たら、何故かにやぁと嫌らしいニヤけ面なんて浮かべていた。
「あ、真人も漸く気付いた? あれね、オカ研のコレクション。代々の部員が集めてきた所謂曰く付きのアイテムなんだって」
「曰く付きって」
やっぱそんな直球の物かよ。棚は奥まった場所にあったから今の今までさっぱりと視界に入ってなかったわ。口振りからして嵩原は随分前から存在を知っていたようだな。
「噂やら追ってるとその手の品とも出会すことはあったそうで、手元に置いておきたくないって持ち主から預かってここに保管している物だそうだよ。あの人形は髪が伸びるとも丑三つ時になると血の涙を流すとも言われているそうでね」
「どっちかにしろよ。欲張りにも二パターン兼ね備えようとするなよ」
マジかよ。オカ研本当にやべぇな。普通曰くのある品とか要らないって言われて引き受けるか? そして飾るか? その感性が本当理解出来ん。
「……ねぇ、ちょっと何不穏な話してるのよ」
ドン引きしてたら二岡にバレた。そっと見やれば二岡だけでなく能井さんも朝日もこっちを引き攣った顔で見ている。会話聞かれてるわこれ。
「いや、別に」
「誤魔化しても遅いわよ。髪が伸びるとか血の涙を流すとか聞こえたんだけど。ねぇ、嵩原君?」
「……あは。まぁ、目の前で話してたしそれは聞こえちゃうよね」
嵩原ー! 誤魔化そうと頑張ったけど嵩原の奴があっさりと口を割って無駄になった。嵩原の肯定に女子組の顔が引き攣る。
「ヒエ……!」
恐る恐る振り返って背後を確認した能井さんが驚いて悲鳴を上げる。びくりと体を揺らした拍子にガタリと椅子が鳴った。狭い部室内に木霊した音に全員の視線が能井さんに集まった。
「……ん? どうかしたかな、能井さん?」
トリップしていた先輩の意識も戻ってきたようだ。あわあわと混乱と恐怖で答えられない能井さんの代わりに二岡が口を開いた。
「すみません。あちらにある棚には曰くのある品が収められていると聞いたんですが……」
「ん? ああ、そうだね。確かにあそこにあるのはいろいろと逸話のある物だよ。そう言えば紹介してなかったかな?」
あっさりと認められて変な空気が部室内に漂う。まるで実はもう一人いた部員を紹介し忘れていたような止めよう。この例えはいろいろな意味で洒落になってないかもしれない。
「……この部室には呪われた品が収められていると」
「呪いというとまた違うんだが、まぁ、傾向としてはそんなものだね。オカルトの研究をしているとどうしたってその手の品との縁も結ばれ易い。あの棚にあるのは歴代オカルト研究同好会の部員が縁あって持ち込んだ物たちだ。手元に置いておける物はああして飾っているんだよ」
「置いておける……?」
「しっ。深く聞くと拙い話が出て来そうだから黙ってましょ」
気になる物言いについつい反応を示した能井さんを二岡が小声で諫める。ナイス判断だと言えよう。
「え、えっと、ずっと飾ってあったんですか? 全然気付きませんでしたけど……」
「そうだね。君たちにも紹介しておけばよかったかな? 中々興味深い物も中にはあるんだよ」
恐る恐る問う朝日に先輩は自慢げに答えるけど、分かるかなぁこの温度差。片や怯えで表情が引き攣り、片や自慢のコレクションに気付いてもらえてウハウハ。
趣味って理解してもらえない時には本当になんも共感してもらえないもんだ。人の趣味に対してとやかく言うなという意見もあるだろうが、今目の前で行われているやり取りに限ってならば決して受け取り側にだけ問題がある訳ではないと言えた。
「あの人形はね、三代ほど主を代えながら可愛がられていたものでね? その内二代が不幸にも人形の目の前で非業の死を迎えてしまったばかりに怨念が籠もってしまったとも言われていてね、だから三代目となる持ち主が今度は自分が不幸な結末を迎えるのではと恐れて手放した物が我が同好会に預けられたという経緯があってね」
嬉々として語る内容は酷く凄惨だ。その話が本当だとしたら洒落になってないのでは? そしてそんな話をなんだってこの人は笑顔で語れるのか。
聞かされてるこっちはもうドン引きの上に能井さんと朝日が今にも泣き出しそうなんだけど。
「……嵩原も知ってたのか?」
「そりゃ、怪しい物があるっていうのは把握してたよ。何も心霊関係って場所に限った話でないし。人形系が多いけど、中には幽霊画とか亡くなった人の形見とか、それこそ呪物的な品だってあそこには収められているよ。見る?」
「いい。正直存在自体知りたくもなかったわ」
こそっと聞いてみたら案の定いいお返事が。そう言えば七不思議のオチで、この部屋でいろいろ検証なりなんなりしてるんだからそれは異常現象が起こっても不思議じゃない的なある種開き直りみたいなことも言ってたっけ。
変な噂も流れていたはずだが、それってこの棚の中にある物が原因なんじゃねぇの? 事実を知った今、棚方向から変なプレッシャー感じて仕方ない。
「他にも我が同好会の手により保管されている珠玉の品はたくさんあってだね、悪魔が取り憑いてるとされるタロットカードに物の真実を写すとされる鏡、更には幽霊の声が録音に紛れたカセットテープなど決して他では相見えることもない品々が大量にあってだね……!」
コレクション自慢をまだ続けている先輩を引いた目で眺めていれば、自然と向こう側の様子も目に入る。真正面の桧山はぼうっとした顔で女子組を見つめていて、あれは話を聞いているのかいないのか。
別に桧山は呪われた人形とか怖がらないだろうからここは気にしなくてもいいとして、問題はその隣だ。桧山の隣、先輩の影に隠れて見え難いが、微動だにせずテーブルへと視線を落とす美樹本の表情は完全に死んでいた。怖がるでも嫌がるでもなく、ピクリともしない真顔でじっと光のない目を下に向けている。
……まぁ、知らないはずがないよな。どうしてこんなにも怖いものが苦手な美樹本がオカ研なんてものに捕まってしまったのか。哀れを誘う姿にそっと両手を合わせて心身の健常を願っておいた。
結局この日は浮き彫りにされた怪奇現象の存在が成果と呼べて、その結果酷くご機嫌になった先輩による全く望んでもいないオカ研珠玉のコレクションショーが開催されたために、日が落ちるまで俺たちは拘束されてしまった。やっぱりマシンガントークからは逃げられないのかなぁ。
こうしてオカ研に対する忌避感が今度は女子組にまで見事伝播され、更に同好会との隔たりが形成されるに至ったのであった。




