6.増えた仲間に『縁切りの神』
俺が腹を括ったことで改めて女子二人に事情を話す。とは言えこれまでのことをかい摘んでさらっと流すだけなのでそう時間は掛からなかった。
女子二人は自分たちの昼食もそっちのけで出歯亀に殉じていたようで、昼休み終了の時間が近付く中、話を聞きながら必死に自分たちの弁当を食べ進めている。
俺の身に起こった呪いの手紙の下りを話し、次いでそれが縁切りを促す類いのものであると説明すれば二人とも神妙な顔をして箸の動きを止めた。
「扉の影から聞いてはいたけど、このご時世そして高校生がネットで呪いを募集して実行するとか、なんというかアレね」
「うん……。おまじない、とは違うもんね。他に手段はなかったのかな」
困惑したようにそう犯人をディスる二人。真っ当な、というか一般的高校生が恋敵に呪いを仕掛けるというのはやはり少数派か。
雑誌とかに載っていそうなお呪いではなくガチモンの呪いというのも、否定的な印象を抱かせる役目を買っているようだな。
「信じ難いけど本気で呪おうとか思っているのならまずまともじゃないわよね、その差出人」
「うん。だから僕らも対応は慎重にしてるんだ。変に刺激してもっと酷いことになるのも嫌だし、僕らが警戒してるのを察知されるのも良くはないと思ってる。だから二人とも個人で動くようなことは絶対にしないで欲しいんだ」
「ええ、勿論。刃物を人に送り付けてくるような相手なんて一人で対応しようなんて思わないわ。あなたたちの邪魔はしないから安心して」
「わ、私も。協力したいのに邪魔するなんて本末転倒だもんね」
なんとか太い釘も刺せて女子二人の行動にも制限は課せられそうだ。勝手に動かれるのは本当に危険だからな。
「それにしても『縁切りの呪い』ね。そこまでくっつくのが嫌なら正面から付き合うなとでも言えばいいのに。卑劣なことをするわね」
「誰しもがそんな勇気ある行動を取れる訳じゃないよ。擁護するつもりはさらさらないけど、抱えた気持ちを素直に相手にぶつけられない人間なんてそこらにいるよ。二岡さんのように明朗な性格の子も素敵だけど、恥ずかしがってついつい口ごもる女の子も可愛いと俺は思うな」
「あら、ありがと。口説きがなければいいことを言ったと思ってあげたんだけどね」
プリプリ怒りを露にする二岡に嵩原は平常通りだ。隣で嵩原の言にうんうん頷いている能井さんは、あれは見なかった振りをしてあげた方がいいのだろうか。
「で、でもそう考えたらその一年の子ってすごく勇気があったんだね。永野くんに直接こ、告白したんだから」
「まあ、そうね。少なくとも、今呪いなんて掛けている人間と比べたら余程勇敢よね。真正面から来たんでしょ?」
「うん。そう。僕らがお昼ご飯を食べている所にしかも単身でね。第一印象は真面目そうな感じだったし、あの子もこのお祭り騒ぎを気にしてるって噂で聞いたな」
美樹本が答えれば能井さんが顔を暗くして俯いた。
「その子も可哀想だよね。勇気出して告白したら異様に騒がれちゃって……。それに、『呪い』はその子にも影響するよね」
「……そう、だね。永野と一年の子の縁を対象にしているから。呪いの成就はあの子の失恋になるのか」
言われてはっとしたように美樹本が呟く。
俺と一年、朝日の縁を切るための呪い。嫉妬した醜い野郎の僻み程度にしか思っていなかったが、言われてみればそれはあの一年の気持ちを踏みにじることを意味するのか。
呪いを掛けられたという点ばかりに目がいっていて結果には大して注目していなかったな。俺としては縁が切れることに特に思う所がないから、余計に意識の外にいっていた。
「関係ない人に自分の気持ちをどうこうされるなんて納得がいかないよ」
「そういう所が考え足らずよね。望んでもいないのに横槍入れられて、それで愛しの彼女が喜ぶとでも思っているのかしら」
「そこら辺が自己中心的な感じだね。自分さえ良ければ相手のことは考えない。一方的に呪いの手紙なんて送り付けてくるような、頭の飛んだことやらかす人間らしい考え方だと思うよ」
「もうちょっとましなアプローチは出来ないものかしらね。こんな影でこそこそするような手段ばかり取って、それで自分の思いは伝わるとでも本気で思っているの? 告白をしろとまでは言わないけど自分の良さを当人に見せるとか、そういう方向で努力した方がよっぽどいい結果に繋がるでしょうに」
犯人ディスが続く。まあ、掛けられている迷惑が迷惑なのでフォローするつもりなんざ欠片も湧いてこない。二岡のディスが若干鋭さを増している気がするが、間違ったことを言っているとは思えないのでスルーだ、スルー。
主に二岡と嵩原の間で会話が盛り上がっている最中、何かを考え込んでいた風の美樹本が難しそうな顔で唸りを上げる。
「うーん、これまで完全に狙いは永野だけだと決め付けて動いていたけど、これはあの一年の子の方も気にしないといけないかな? 呪いの成就云々はともかくとして、そういう悪意を持つ人間が出てきたことぐらいは伝えておくべきだったか」
悩ましそうな顔をするのに口を挟む。
「言っておいた方がいいか? それはそれで無駄に怖がらせそうだが」
「永野しか狙っていないのなら、その方がいいかもしれないけどね。一応あっちに変な手紙が届いていないかくらいの確認はしているんだよ。結果は何もなし。それで永野にだけの嫌がらせだって断定した訳だけど、呪いっていうのが双方に影響するタイプなら楽観視も出来ないよ。一年の子への被害も肯定出来るタイプなら、そっちには手を下さないなんて安易に信じ込めるはずがない」
必要かと思って訊ねたら思っていた以上に深刻な返答が。
ここに来て俺にしか仕掛けたりしないだろうという思い込みが払拭されて、美樹本も参っている様子だ。
ぶつぶつと今後の対応はなどと呟く姿にお前がそこまで張り詰めなくてもと思いはするが、かといって俺が代わりに何か出来る訳でなし、これまでも影ながら守ってくれていたのは美樹本なのだから申し訳なく思うが朝日への手回しも任せることにしよう。
「そもそもなんだってその一年の子は永野になんて告白したのかしら。人の趣味をとやかく言うつもりはないけどすぐ側に人気者がいるのにどうして永野? 前から知り合いだったの?」
ふいに二岡がこっち向いて不可解という顔をしてなんかディスってきた。先程まで犯人を散々にボロクソに言っててなんで急にこっちに話を振ってきた? 不意打ちで傷付くこと言うの止めろ。
「知らん。あの顔なら一度見たら記憶には残ってるだろうから、覚えがないなら会ったことはないんだろ。だから好かれた理由も分からない」
「本当? だとしたら一目惚れ? ないでしょ」
「梓ちゃん、さすがにちょっとそれは永野くんに対して失礼」
「まあ、真人に一目惚れはちょっとないよねー」
「嵩原くん!?」
顔の整った奴が虐めてくる。
確かに俺は容姿はいい方じゃないだろうよ。眇めた目が怖いとか言われたことあるし、ちょっと陰気とか言われるし。でもそこまで貶されることはないと思うんだ。普通だ普通。
万に一つも一目惚れされる可能性が極僅か、ひょっとしたら人生で一回くらいあるかもしれないだろうが。言ってて悲しくなってきた。
「あー、そのことなんだけどさ」
うぐぐと内心で唸っていれば桧山の奴が唐突に声を上げる。手持ちの惣菜パンを食べ尽くした後、ペットボトル片手に黙り込んでいたがそう言えば酷く静かだったな。
難しい話では口を噤むことが多い男だが一般的にはお喋りな部類に入るだろうに、思い返せば事情説明の後からは一言も発してなかったか?
「どのこと? て言うか口周り食べ滓ばっかで汚い。行儀悪いよ、桧山」
「お、わり。……で、そのことってのは一年女子のこと。多分俺ら揃って会ってるぞ」
その一言に男三人は思わず声を上げた。意外な情報だ。と言うか揃って会ってるとはどういうことだ。
「え、そうなの?」
「おう、多分。俺見たことあったし記憶じゃその時お前らもいたし」
「俺たち四人がいた時……? それ学校外?」
「おーう。周りが暗かったしどっかそこらの道路だった気がする」
「……いつだ、それ」
「それがそこがわかんね」
お手上げと手を上げる。美樹本も嵩原も必死に思い出そうと眉間に力を入れているが芳しくはないようだ。俺もこいつらと連んでいる時を思い浮かべたが引っ掛かるものは何もない。
「本当に見たのか? 記憶違いじゃなくて?」
「絶対かって聞かれると困るけど、多分あの一年だと思うんだよなー。なあ、お前らは覚えてねぇの?」
逆に聞かれるが覚えがないものは覚えがない。二人も同じなようで首を横に振る。
「せめて季節くらいは分からない? 暑かったとか寒かったとか」
「そこがはっきりしないんだよなー。暑くはなかった、寒かったかな? 長袖着ていたような気がする」
「それだと秋、冬? でもまあやっぱり心当たりは浮かばないねぇ」
どれだけ考えても思い当たるものは何もない。ここまで空振るなら思い違いじゃないかと思うんだが、少しばかり引っ掛かるものがあって切り捨てるのも躊躇われる。
なので一応桧山にはどうにか思い出してくれと頼むことにした。元気良く「おう!」と返事をされたが、正直思い出せるかどうかは五分五分だろうな。
「初対面じゃない可能性があるのね。でもなんで四人の間にこんな齟齬が生まれるのかしら。嵩原くんなら一度会ったことのある女の子の顔なら絶対忘れないでしょうに。ね? 三花」
「……」
俺たちのやり取りを不思議そうに眺めていた二岡が能井さんに同意を求める。それに対する返事はない。見れば、能井さんは心ここにあらずといった様子でぼうっと宙を見つめていた。
様子のおかしい彼女に、二岡はその顔を覗き込んで声を掛ける。
「三花? どうしたの?」
「……あ、梓ちゃん? ん? え、何?」
「何って……」
はっと我に返って返事をするが浮わついている様子はまだ残っている。突然どうしたのだろうか。何か気付いたことでもあるのか。
問い質したい気もしたが生憎と昼休み終了五分前と美樹本が告げる。教室までは距離があるために早々に撤退しなければ授業に間に合わない。慌てて広げていた昼食の名残を片付けた。
片付けに手を動かしつつ今回の話し合いを振り返る。
女子二人というイレギュラーこそあれ、それを除けばいろいろと収穫はあったな。中でも呪いの正体に近付けたのはでかいだろう。
幽霊見たり、じゃないが詳細が分からない状況よりもはっきりと狙いが分かっている方が気が楽だ。このまま犯人まで辿り着けて憂い全部晴らせればいいんだけど。
そこまで考えてそう言えばと思い出す。とっくに片付けを終わらせて立ち上がっている嵩原に声を掛けた。
「嵩原、確か女子二人が乱入する時に何か言い掛けていただろ。何を言おうとしていたんだ?」
訊ねればん?っと生返事をされ、一瞬視線が外れてすぐに戻ってきた。
「ああ。そう言えばそうだったね。気になる?」
「なるに決まってるだろ。他に注意すべきことがあるなら聞いておいた方がいいだろうよ」
「んー、そうだよねぇ」
何を考えているのか、嵩原は勿体振るように話し出しを渋る。俺への配慮とか遠慮ではないのはそのにやつく顔を見れば分かる。
あ、これは別に聞かなくてもいい話か。
「あ、いいわ。別にどうでもいい話ならわざわざ口にしなくてもい」
「いやー、直接関係あるかは分からないんだけどねー。ただこれも一応呪いの提供者が書き込んでいたことだから知らせておいた方がいいかと思ってねー。一応ねー」
愉快そうにそう口する嵩原の態度は完全に苛めっ子のそれだ。いい予感のしない語りっぷりに自然と眉間にでも皺が出来ていたか、こちらを覗き込んだ嵩原の口許がさらにサデスティックに吊り上がる。
「本当に大したことじゃないんだけどさ、なんでも呪われた者の前には縁切りの神が直々に縁を切りにやってくるらしいよ。大きな刃物を持ちしゃきんと刀身を鳴らしながら近付いてくるって。日々ゆっくりと、けれど確実に刃先を向けて迫ってくるんだって。まあ、全くの出鱈目、アクセントで付け加えた話だろうけど」
あははと笑って締め括る。なんだそれと知らず強張った肩から力を抜いて呆れた目を贈ってやった。
嵩原の言う通りそれはフレーバー的なおまけなんだろうけど、何故だか頭の片隅に引っ掛かって残った。




