19.一夏の思い出
第五章《夏祭り》ラストです。
今回は凄く長いです。一万字を超えています。
いろいろ纏めたらこんな量になった……。
夏祭り二日目である本日。そろそろ日も暮れ出した時間帯に俺たちはもう一度商店街へと集まっていた。
昨日はあれからいろいろと大変だった。桧山が姿を眩ませたのは凡そ五、六時間ほど。限られた人間にしか桧山の行方不明は明かしていなかったためにそう騒ぎになることもなかったのだが、でも雑賀さんとタバコ屋のばあさんには事情説明がいるだろうとまずは路シェーヌに戻って解決したと報告云々。
心配したよと説教を軽くかまされ、しかし迷惑を掛けたのは事実なので反論も許されずに唯々諾々と受け止めることとなった。
原因である桧山は戻ってきたその時からずっとしゅんと沈んで反省の意を表明していた。恐らくはそれだけではなかったんだろうけど、でも素直に謝罪を繰り返す姿から雑賀さんも変に突っ込んだことは聞かず、ただ「無事に戻ってこれたようで良かった」、それだけを言って許してくれた。
雑賀さんへの説明が終われば、次にタバコ屋へも挨拶に向かった。もう日も沈んでいたので会えるかな?と疑問に思ったりもしたが、案の定明かりの落ちたタバコ屋でいくら声を掛けようともばあさんが顔を覗かせることはなかった。
生存報告だけでもと美樹本は粘りもしたのだが、祭りが始まったと言うことで徐々に増え出した住民から向けられる視線に耐えることが出来ず、この時は仕方なく撤退、後日美樹本と桧山の二人で挨拶に上がることとなった。
嵩原などは詳しく話を聞きたいなどと欲望拗らせていたものの、あの世界を語るばあさんの態度を見るにあまり深追いはしない方がいいのではないかと思える。多分、ばあさんにはいなくなった誰かがいたのではないかと、そんな邪推が頭を過ぎるからだ。考え過ぎならいいのだが、もし当たっているならこれ以上思い出させるのも酷だろう。
結局昨日はそれでお開きとなり、なんだかんだ結構な時間を駆けずり回って疲れていた俺たちは即各自で帰宅となった。あ、嵩原はデートの予定があったようだけどどうしたのかね。結構とっぷり日が暮れていたようだったけど果たして間に合ったのか。
それで明くる日の今日だ。祭りの手伝いもなく、雑賀さんからのヘルプもないために昼近くまで寝倒していた所、美樹本の奴から連絡が来ており本日の祭りに四人で参加しようと誘われた。
男四人で?と疑問を持ちながらよくよく読めば、どうやら昨日の詫びに桧山持ちで屋台巡りしようとのこと。死人に鞭打つって言葉を知らないのかと訝しんだが、読み進めるとどうにも桧山から言い出したことっぽい。
昨日の今日で何があったと疑問が深まるが、ここで断るのも桧山が気にする可能性もあるかと思い参加することにした。
そして日暮れの商店街。祭りも最終日とあって人でごった返していて熱気も凄まじい。
「ああ、いた。おーい、永野」
どんどんと人の流れが増えていく大通り前にて、ガヤガヤ騒がしい商店街を眺めつつ待ちぼうけしていれば名前を呼ばれた。顔を向けると美樹本と桧山の奴が歩道をのんびりと歩いてくるのが視界に入る。手を振る美樹本の隣で、桧山の奴がちょっとだけ肩を縮めているのにまだ引きずってんなとそんな感想を抱いた。
「待たせちゃった?」
傍に来るなりそう聞いてくる。デートの待ち合わせか何かか? まだ時間前だし、男同士で気遣いも何もないだろう。いいやと首を振って答えた。
「お前たちだけか? 嵩原はまだ?」
「一緒に来てないからここにいないって言うならまだなんじゃない? 今日来るのかもちょっと分かんないし」
「? 約束したんじゃないのか?」
「一応来るとは言ってた。でも、昨日女の子との約束破っちゃったからその埋め合わせで忙しいとも言ってたんだよね。だから今日も僕たちに構っている暇があるのかは不明」
「やっぱ間に合わなかったか……」
まぁ、そうなるか。普段ならここでイケメンざまぁとか言う所だが、昨日の奴の活躍っぷりを考えると手放しに喜ぶのも憚られる。せめて集られろぐらいに抑えておこう。
で、そんな嵩原のピンチを招いた当人はと言えば、なんとも気まずげな様子で視線をチラチラ彷徨わせていた。
「桧山」
声を掛ければびくりと肩が揺れる。分かり易いのは桧山の長所であって短所でもあるな。チラリと美樹本に視線をやれば困ったように眉をハの字にされた。そんな反応返されてもな。
「あー、今日は桧山の奢りだって?」
とりあえず諸々のことは放り出して本日集まったその理由を突いてみる。お礼のつもりなんだろうけど、昨日の今日でよくもまぁ、そうアグレッシブに動けるもんだな。
「う、うん。その、皆には迷惑掛けたから、俺がいろいろお礼するのがいいのかなって」
案の定の解答だ。もじもじ居心地悪そうに返される答えは桧山にしては歯切れが悪い。態度に関しては突っ込まずにそのまま話を続ける。
「それが屋台巡り?」
「うん。えっと、駄目か? あ、喫茶店で奢る方が永野的にはいいのか?」
「もうバレたから何も言わずに食わせたけどな、本当ならあんまりバイト先には来て欲しくないんだよ、俺としては。今後も絶対俺がシフト入ってる時に食べに来るなよ? いいか、絶対に来るなよ? 振りじゃないからな」
気を遣ったのかなんなのか知らないが、あんまり知り合いに働いてる所に来られるのもこっちとしては困るんだよ。
もちろん金銭的には助かるのだが、それ以上に目の前で自分の話されるのが精神に大分くる。正直昨日の突発の食事会染みた奴も俺的にはしんどかった。
「そんな必死にならなくても。あそこ雰囲気いいから僕また行きたいな」
「だったら平日の午後だな。休日は止めとけ。それと祝日。今も平日は駄目だ。九月になってからにしろ」
「どれだけ僕らに来て欲しくないんだよ永野は」
呆れたとため息吐かれながらツッコまれるが知ったことか。喫茶店は俺の職場だ。俺の都合がまず以て優先されるべきだろう。
「やぁ、待たせたね」
そんな感じにぐだぐだ話し合っていると、いつもの気障ったらしい聞き慣れた声に呼び掛けられて振り向いた、ら。高身長の体を深い青の浴衣で以て包み、ばっちりと決めた嵩原が数人の女子を引っ提げて目の前にいた。
「なんだ嵩原。早速自慢か?」
「いきなり敵意が心地良いね。でもそう言う訳じゃないんだよ」
やれやれと首を振って答える。ハーレムを堂々とひけらかしておいてそうじゃないとはどういった了見か。答えによってはその帯取ってやるぞ。
「彼女たちには昨日遅れたってことで只今お詫び中。でね、聖たちとも待ち合わせしてるって言ったら一緒に行きたいなって可愛くお願いされちゃってね」
つまりは仲間に入れてくれ宣言か。これを厚かましいと捉えるか、それとも可愛らしいと捉えるかで非モテとモテが区別される、そんな理不尽な問題あったらどうしよう。
「桧山の奢りなんだけど?」
「やっぱそこがネックだよね。ま、俺も無理が言いたい訳じゃないから」
美樹本が難色を示せば嵩原の奴はあっさりと引いた。女子に向き直るなり駄目ですと告げてえー?とブーイングなんて受けてる。
モテるのも大変だな、なんて他人事で冷めた目を向けていれば、それからがこいつの真骨頂だった。
「ふふ。俺だけじゃ不満かな? 俺としては綺麗な子たちを独り占め出来て嬉しいんだけどな」
爽やかに笑って告げたこの一言により女子共は皆ぽうっとして嵩原に見入った。不満そうに眉なんて寄せていた全員が、だ。こいつ、たったの一言でこの数の女子を射止めた、だと……。
「彼女たちの分まで奢らせるのは亨に悪いからね。それじゃ、俺はこっちで楽しんでるから。三人も折角の祭りなんだし楽しんで来なよ」
そう爽やかに宣言して嵩原は女子を引き連れ人混みの中へと消えていった。何あれ。結局あいつなんのためにこっち来たの? 俺たちは一体何を見せられたの?
「……嵩原の本気? こっわ……」
「何が一番怖いってあんな気障な台詞も似合うのが怖い。女子も満更じゃないのが本当末恐ろしい」
「あいつ女子と本当に仲いいのな」
震え上がる俺と美樹本とはちょっと違って、感心したように呟く桧山も別の意味で末恐ろしいな。
とは言え嵩原の奴、あいつその内絶対刺されるだろ。希代のモテ男のモテっぷりにそんな予感に背筋を這う震えが止まらん。
なんとも言えない空気にさせられたが、とりあえず俺たちは俺たちで当初の予定通りにしようと遅れて夏祭り会場へと入る。
赤い提灯が連なり暗くなり出した闇を払う様は正に祭りのそれ。数多くの屋台も照明のライトが点けられていて、煌々と明るい光がそこらの人を黄色く照らしている。天井を見上げれば曇ったガラス板の向こうに暗い空が見えた。
「さて、それじゃ何を奢ってもらおうかな」
わくわくといった気持ちを隠そうともしない美樹本が周囲に目をやりながら溢した。人混みで視界は狭いが、屋台の幕や幟なんかはちゃんと見えているので好奇心と食欲が擽られる。香ばしい匂いなんかも人混みを無視して届けられ、夕飯前の空きっ腹を嫌でも刺激してくる。
「やはり定番? 焼きそばやお好み焼き」
「それにタコ焼きにイカ焼きもあるよね。焼きトウモロコシも売ってあるって聞いたな。しょっぱい物だけじゃなく甘い物もいいんじゃない? 綿飴にリンゴ飴にあとカキ氷も外せないよね」
美樹本と二人で結構好き勝手に言いまくるが、この間桧山からはストップのスの字もなく調子に乗るなといった怒りの言葉もない。チラリと様子を窺えば、桧山は神妙な表情を浮かべて突っ立っているだけだ。
これ大丈夫か? ひょっとしたら荒療治的に集る必要があるのかもしれん。
そう思い美樹本へと視線を戻せば存外真面目な顔でこくりと頷かれた。
「おい桧山。ぼけっとするなよ。お前の奢りってのに間違いはないんだな?」
「え? お、おう。お詫びだし欲しいの買うぞ」
「だったらこんな回遊なんかしてたって仕方ない。片っ端から屋台制覇してやる。人の金でもなけりゃ出来ないことやってやろう」
「ええ!?」
無体にも告げてやれば流石に桧山も反応を見せた。今日始めてのオーバーなリアクションにニヤリと笑って屋台へと向き直る。
「美樹本も手伝え。俺たちで今年は制覇してやろうぜ」
「了解。去年ほどじゃないけどそこそこ屋台の数も多いって話だしね。これはやり応えありそうだ」
「ええええ」
ノリノリな美樹本に反して早くも引け腰な桧山を連れて、元気に呼び掛けする屋体の一つへと特攻していった。
商店街だけでも屋台の数は二十以上ある。神社前の側道の方にまで店は並んでいるために、総数では多分三十とかそんないくんじゃないか? それら全制覇、射的なんかのミニゲームは抜かしたとしても軽く五千は吹き飛ぶ散財に桧山は早々に根を上げた。
「軍資金、尽きました……」
わざわざ財布を開けて宣言してきた。残金百二十一円。ぎり水が買えるかって所だな。やはり学生の身で祭り仕様の屋台の梯子は荷が重かったか。
「結構保ったね」
「意外と買えるもんなんだな」
とは言えそこそこには屋台も巡れた。俺と美樹本の手には様々なビニール袋やらカップやらがある。小一時間屋台を回った成果だ。当然、全て桧山の奢りである。
桧山の軍資金も底を尽き、大量の荷物を抱えたこともあって一先ず人混みを抜けようと神社前まで避難してきた。こちらにも屋台は出ているんだが商店街内部よりかは大分人波もましだ。躍起になって人を呼び込んでいる店主もいなく、全体的にまったりと、喧騒から離れたい人間が避難しているのか老人やら本当に小さな子供やらの姿がちらほらしている。
適当にそこらに臨時で置かれているベンチに腰掛けてはーと三人で息を吐いた。
「中々な量になりましたよ、これ」
「高校生男子の胃袋でも消費出来んのかってくらいにはあるな。やっぱり屋台制覇って無謀だった?」
「自分のお金では絶対にやれないよね。これだけ買えるなら単価高くてもっと美味しい物買ってる」
「それには同意だな」
「ふ、二人がやりたいって言ったんじゃん! なんかコレジャナイって感じ出すなよな!」
忌憚ない意見を美樹本と言い合ってたら流石に桧山が怒った。悪い悪いと謝りつつ買ってきたものを次々に開けていく。
「まぁ、とは言っても屋台飯が美味しいのは分かってるから。タコ焼きも焼き立てでふわふわだ。折角だし暖かい内に食べようぜ」
「カキ氷もさっさと食べないとね。桧山は何食べる? フランクフルト? それとも唐揚げ?」
「あ、う、うん……」
ガサガサ袋を漁って次々と胃の中に押し込んでいく。屋台飯は出来立てだからこそって所もあるから早くに食べ切った方がいいだろう。とは言え量が量だ。どうにか半分を消化した辺りで限界が見えてきた。
「粉物が手強い……」
「食べ歩きだって言うから大体味の濃い物ばかりだしね……。しかもシンプル且つ手早くってなるとどうしたってガツンとくる物が中心になる」
ソースはもう飽きた。濃い味もきつい。甘い物はそもそも、そこまで量は食えないから論外。結論として屋台制覇なんて三人でやるもんじゃないな。
「……」
この中で一番胃袋的ポテンシャルの高い桧山もさっきから綿飴持ったまま固まってる。普段の食べっぷりからすればまだ余裕はあるはずなんだが。
食べてくれないと困るなと軽く最低なことを考えていればぽつりと桧山が小さく呟いた。
「……屋台制覇するのにも金って掛かるのな」
綿飴を見つめながらそう溢す。どういう意味だとはてなが頭に浮かんだ。美樹本が言う所、毎年屋台をコンプリートしていた訳だからそんなの分かり切ったことじゃないのか? 今更どうした?
「俺さ、叔父さんに毎年五千円とか渡されて買いに走ってたんだよ。ぱっと札を財布から出されて、それで出来るだけいろいろ買ってきてくれって。そう言われて祭りの屋台片っ端から覗いて買ってくんの。流石に最後の方だともう小銭もそんな残ってなかったりすんだけどさ、でもなんとか買えてはいたんだ」
どうしたと思えば唐突に桧山は叔父さんとのエピソードを語り出した。一瞬虚を衝かれるも、そもそも屋台制覇とか思い出させるようなこと提案しといて驚くもクソもないかと思い直す。桧山自身に悲壮感も見られなかったから黙って耳を傾けた。
「叔父さんは何の気なしにお金出してたけどさ、屋台をコンプリートするくらい買いまくるって凄い金掛かるんだな。俺、今日自分でやってみて、なんだろ、酷く実感した。今までは叔父さんの金だったから大金を払ってるって感じはしなかったんだ。多分食べ物と交換出来るチケットくらいにしか思ってなかったんじゃないかな? 一杯買えても、これで叔父さんも父さんも喜ぶって、そんな風にしか考えなかった」
静かに語っていた桧山がふと顔を上げる。商店街から漏れる明かりに照らされた横顔は、真面目な表情もあってか酷く大人びて見えた。
「自分が楽したいからって、叔父さんは言ってたけどさ、それだけでこんな金払うのかな? 叔父さん、いっつも大量に抱えて戻ってくる俺を凄く楽しそうに笑って迎えてくれてたんだ。なんだか、そんな俺を見たいから毎年買いに行かせてたんじゃないかって、今思ってる」
しんみりと桧山はそう締める。その目は昔を思い出しているのかどこか遠くを眺めているようにぼうっとしていた。
桧山の叔父さんが何を思って子供に大金なんか渡していたのか、それで祭りの屋台飯なんかを買わせていたのか、その本当の所はもう確認しようがない。訊ねられる当人はもうどこにもいないからな。
桧山の考えたように、久しぶりに会う甥っ子を楽しませるためにもしかしたら少なくない身銭を切っていたのかもしれない。
真実がどうかは分からない。それでも、桧山の中に残る思い出が笑顔だって言うなら、あの叔父さんとしてはそれがいいと言って退けそうなそんな気はした。
「そっか。実際にお小遣いがすっからかんになった感想はどうなの?」
「鬼かお前」
「辛い。飯は旨いんだけど明日から買い食い出来ないってので今すっごく後悔してる」
「お前も答えんのかよ」
しんみりした空気が台無しだ。学生という身での豪遊は時期が早かった、そんな感じに話の着地が決まりそうでなんだかなぁ。
「今更言うのも卑怯だとは思うが、別に無理してまで奢ってくれなくても良かったんじゃないのか?」
「母さんから美樹本たちに迷惑掛けたんだからお礼くらいしてこいって渡された金だから。俺五百円くらいしか持ってなかったし気にすんなよ」
「お前の金じゃねぇのかよ。五百円ならそう買い食いも出来ねぇだろうが」
駄菓子でも買い漁る気かこいつ。気の抜けるようなネタバレに脱力すれば、そんなこちらを眺めてイタズラが成功したように桧山が笑う。
なんとも締まりのない展開だが、こんなダラダラしているのも日常と言えば日常か。
とりあえず調子に乗って買い漁った食べ物くらいは責任持って食べ切らないといかん。純粋に祭りを楽しむといった気概から責任感へと気分がシフトされていく中、気付けば知り合いが目の前にいた。
「何豪遊してるのよ」
「こ、こんばんは、皆」
同クラスの女子、二岡と能井さんが浴衣姿で俺たちを見下ろしている。地元の祭りでえらいめかし込んでるなというのが俺の正直な感想だ。
「あれ? こんばんは」
「こんばんは!」
桧山が元気良く挨拶を返すと二岡がチラリと確かめるように視線を向けてきたが、結局は何も言わずに世間話を振ってきた。
「それで? 男三人集まって食い倒れでもしてるの? 随分と贅沢なことしてるのね」
「まぁ贅沢は贅沢だな。なんたってこれは桧山の奢りだし」
「はあぁ?」
何させてるのと言った非難が顔に浮かんでいる。話だけ聞くと憤るのも分かるが、でもこれは桧山が言い出したことだし。ついでに桧山の金でもほぼないし。
「ひ、桧山君奢らされちゃったの?」
「うんにゃ。俺が奢るって言い出した。美樹本たちには面倒掛けたから」
心配そうに訊ねる能井さんにあっけらかんと桧山が答えたから誤解は解けそうだ。よく考えたらこのまま広められたら面倒なことになりそうだし、こっちからも幾つかフォローしておくか。
「二人共一個でもいいからもらってってくれ。桧山の奢りだ」
「いくらなんでも突然過ぎない?」
美樹本からツッコミが入るが口を噤ませるには共犯者にさせるのが一番手っ取り早いんだって。その上食いもんも減らせることが出来る。一石二鳥だろが。
「なんでいきなりお裾分け始めてんのよ」
「ひ、桧山君に申し訳ないんだけど」
「おー、持ってってくれていいぞ。俺も二人ももう食い飽きてきてたし」
「え? 桧山も?」
俺だけでなく桧山までもお裾分けに積極的なのに美樹本が驚きの声を上げた。普段のこいつからすればまだ腹の容量は空いているはずだしな。
意外と思える桧山のギブアップにどうしたのかとガン見したら、当人がいやーと頭を掻きながら訳を話してきた。
「昨日もさ、夕飯は屋台飯だったんだよね。父さんが目一杯買ってきててテーブルの上凄いことになってた。だから俺ももうちょっと飽きた」
へへ、と笑いながら明かすのに多少の気まずさが胸の内に湧いた。屋台巡りとか桧山からしたら完全にお付き合いでしかなかったのね。そう言うことは先に言っておいて欲しかったなぁ。
無理矢理付き合わせたその罪悪感にそっと目を逸らし掛けるも、当の桧山は嫌な顔なんか一切浮かべずに女子二人にお裾分けしてる。気にしてないのか? 不思議に思っているとそっと二岡がこちらへと寄ってきた。
「……少しは元気出たの?」
「見れば分かると思うが」
主語はなくとも言いたいことは分かる。頬を赤らめた能井さん相手に美樹本と一緒に買った物を進める姿に影はない。完全に吹っ切れたということはないだろうが、それでも少しは胸の内は晴れたと思う。
二岡もそんな桧山を視界に収めてそっと安堵の息を吐いた。
「そっちは女子二人での参加か?」
「折角だしね。結構学校の生徒は来てるみたいよ? さっきハーレム状態の嵩原君見掛けたし」
呆れたような二岡の答え。それは俺らも確認してる。屋台巡りしてる間に何回か見掛けたりしたのだが、なんか見る度に人数増えていたような気がした。
ひょっとしてこの混雑も嵩原が一割くらい原因だったりするんじゃないか? ふと濱田の思惑通りかと記憶の奥の方に閉まってた作戦思い出してげんなりした。あいつは上手く一夏の思い出なんて形成出来たのかね。
「ちょっと」
濱田の青春に思いを馳せていたら強い声で引き戻された。遠い目から戻ってくれば、目の前には不機嫌そうに肩を怒らせる二岡が。
「あ? なんだよ」
「なんだよじゃないわよ。呼んでるのに無視するんじゃない」
お前は俺の彼女か。いや、彼女なんていた試しがないから知らんけど。でも世の中のカップルってこんな些細なことでイチャつくイメージがあるな。
「まだなんかあるのか? というかお前も早く分けてもらえよ。甘い物ばっか残ってるから」
「……あんたは他に一緒に来る人はいなかったの?」
「は?」
なんだいきなり。他に一緒に来る奴? それは誰のことだ? こいつら以外に祭りに誘われるような親しい相手なんて俺にはいないぞ。自分で言ってて傷付いた。
「何言ってんだ?」
「……別に。心当たりがないようならそれでいいわよ。言われた通りお裾分けしてもらってくる」
急な話題振りに始まり、急な締めで以て二岡は話を断ち切ってきた。ぷいと顔を背けて食べ物選ぶ能井さんに合流しに行く。なんだあいつ。意味不明な行動に不可解さしか残らなかった。何かを急に思い出して不機嫌になったのか?
結局一通り屋台飯の残りを見分したあと、それぞれ一食ずつ持って二人は去っていった。もやもやといった気持ちを置いて行かれたが、とりあえず抱える飯は多少減った。
「まだ残ってるんだけどな」
「あとはリンゴ飴に揚げドーナッツ、ポップコーンとかか。地味にきついね」
「なんか喉渇いてきた」
桧山の訴えにより飲み物の買い出しに赴くことになった。とは言え俺は留守番。荷物番にと命名されてしまった。
「じゃあ行って来るよ」
「気を付けてな。つってもそこの自販機だけど」
ぽつぽつと人が出歩く中、遠くなっていく背中を見送る。一人残されると途端に静かになるな。お囃子だって聞こえてくるし、ちょっと先には尋常じゃない人口密度が観測されてるのに俺の周りは静かだ。
ベンチに両手を着いて軽く仰け反る。アーケードもないこっちの空は星が綺麗に見えている。もちろん大海とか言われるような散りばめられた星空なんてものじゃないが、一際強く瞬く大三角形くらいは問題なく捉えられた。思えば、あっちの世界で星って見たっけ?
死者の世界。正確には一度あの世に行ったものが戻って来られる場所、だったか。なんでそんなもんがあるのかは分からない。神様が用意したって言ってたが。
仰ぎ見ていた首を元に戻してぐるりと傍らへ向ける。闇の中に浮き上がる鳥居が見えた。その奥にある小さな社も、人の姿もなくぽつんとそこにある。
古戸萩の守護神、ねぇ。どこにでもある伝承だ。神様なんてまさか、信じ難い気持ちが胸の内に湧き上がる。確かに不可思議な世界はあった。説明のし難い現象とも立ち会ってしまった。でも、でもだ。それでもと否定する自分が頭のどこかにいる。
だって結局あの世界では。
「こんばんは。先輩」
柔らかい声が傍から聞こえてきて意識が帰ってくる。はっとなり神社から視線を逸らせば、直ぐ目の前に淡い色の浴衣を着た誰かが立っていた。髪が浴衣に合わせてアップになっていたから気付くのが遅れたが、こちらを見下ろして仄かに笑うのは久しぶりの朝日だった。
「……朝日?」
「はい。お久しぶりです」
はにかんでそう返す。朝日とはあの七不思議の検証以来、もう一月近く振りの顔合わせになる。まぁ、学年も違うし接点もこれといってない先輩後輩の間柄ならそう珍しいことでもないだろう。
「朝日も夏祭りに来てたんだな」
「はい。先輩も、お友だちとですか?」
「いつもの奴らとだな。そっちもか?」
「はい。友だちに誘われて。折角だから皆で行こうって」
そう言うが朝日は一人でいるようにしか見えない。はぐれたのかと周囲を見回せば、何故か焦ったようにパタパタ手を振ってきた。
「あ! と、友だちって言っても女の子ですから! 女の子同士で来てますから!」
「え? ああ、まぁ、そうなんだろうな……?」
何に焦っているのか分からないままに適当に答えてしまったが、これよく考えたら男に誘われて来たと誤解されたくなかったからということか? 自意識過剰に思えるけど、急に黙り込んだ朝日は暗い中でも分かるほど顔が羞恥に染まっていた。
「……」
「……」
気まずい空気が流れる。二岡の言った一緒に来る相手ってまさか朝日のことだったりしないよな? この空気にはっと思い至るもそんな関係じゃないし。連絡先の交換自体してないんだから誘うとか誘わないとか以前の話だし。
「えっと。その友だちはどうしたんだ? 今は一人でいるだろ」
気を取り直して訊ねる。朝日もはっとしたように答えを返してきた。
「ちょっと休憩です。人混みがあまりに酷かったので。直ぐそこで休んでるんです」
手で示すのでそちらを見れば、商店街への出入り口付近で固まってる浴衣姿の集団がいた。なるほど。つまりあれを抜け出してわざわざこちらに来たと。
「挨拶とか別にしなくていいんだぞ?」
「つい見掛けて、話し掛けたくて来ただけです。……ご迷惑でしたか?」
そう言ってちょっと悲しそうな目をする。止めて欲しい。ただでさえ美少女なのに、本日は浴衣姿という更にレアな恰好までしてるんだ。その上アップな髪の所為で普段と印象が違っていて正直凄くドギマギしてる。
あまり長い時間話し続けるのもまずい気がした。ここはこの空気を誤魔化すためにも一石二鳥を狙おう。
「律儀な後輩に労いを授けよう。と言う訳でこれらを進呈する」
「え?」
残っていた食べ物群を朝日に押し付けた。数がそこそこあるが、まぁ見た所あちらも団体さんだ。食べ切れないってほどではないと思う。一応、残ってるの甘い物ばかりだし。
「え、そんな。頂けませんよ」
「こっちも持て余しているから引き受けてもらえると助かるんだよ。甘い物は苦手だったりするか?」
「いいえ。でも、こんなに一杯……」
確かに量はあるか。朝日も両手に抱えてるしな。それだけ残ってることに俺は改めてげんなりしてしまうんだけども。
「良ければ友だちとも分け合ってくれ。調子に乗って買い込んで、それで食い切れなくて困ってたんだ。協力してもらえると助かる」
「……それなら……。あっ!」
「おっと」
持ち切れずにリンゴ飴がポロリと落ちる。地面に落ちる前に受け止めたのでセーフ。包装はされてるけど、流石に落っこちた奴は渡せない。
「悪い。持たせ過ぎたな。これも持って行けるか?」
「あ、はい。あ……」
持たせようとリンゴ飴を手の中に差し込めば軽く指が触れ、朝日が小さく声を上げた。
「あ、悪い」
「い、いえ……。そ、それじゃ、ご馳走様でした!」
ばっと頭を下げて一目散に踵を返す。浴衣で駆け足とか器用なことをするが、運動神経もいいのか食べ物を落とすといったこともなく友だちの元にまで戻っていった。やっぱり触れるのは拙かっただろうか。セクハラとか言われないよな。
「……あ。桧山の奢りだって言うの忘れた」
大事な部分伝え忘れてた。まぁ、朝日の性格なら後々お礼云々とか言い出しそうだし、その時に明かせばいいか。無断で残りも差し出してしまったし、二人にも説明しないとなぁ。
すっかり片付いたベンチ周りを見て頭を掻くが、それにしても二人が中々帰って来ない。見れば自販機の傍には見当たらない。別の所まで買いに行ったか? 途切れることの多い人波を軽く見回して二人を探す。
「……ん?」
その人波に、一瞬桧山の姿が見えた、気がした。でも直ぐに人波に紛れて見えなくなってしまう。こちらを向いていたようだけど、あれ別人か? 直ぐに寄って来ないと言うことは多分違うんだろうな。
気を取り直してまた暫し人の流れを観察していれば、やがて二人がペットボトルを手にして戻ってきた。やっぱりさっきのは見間違いだったらしい。冷えたボトルを受け取り、朝日へお裾分けしたことなど話して暫くベンチでうだうだ過ごした。
その後に再度祭りに繰り出し、奢ってもらったお礼にと射的を桧山に奢ってやったら見事に大容量のスナック菓子なんて当てて誰に押し付けると争ったり、一夏の思い出刻んでる濱田たち男子の姿見掛けたり、そんな男子勢の前を悠然と女連れ立って歩く嵩原見掛けたりと、まぁいろいろあったがこうして今年の夏祭りは賑やかなままに過ぎていった。
これにて第五章は終了です。
お読み頂きありがとうございました。
次章、第六章《鬼》は来週日曜日30日から連載開始です。またお付き合い頂けたら幸いです。




