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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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18.笑ってお別れ

 明かりの類は一切なく、暗闇が続くはずだったこの路地だが、進むに従ってだんだんとその様相が変わり出した。

 気付けば連立する店先に柔い光を放つ明かりが灯されて、それらが数珠で繋がるように先の先まで続いて路地を照らす。仄かな明かりは暗闇の中では蛍程度の光量しかないが、まるで道標のように横に続く光景はどうしたって一つのことを連想させた。


「お祭りの提灯みたいだね」


 美樹本がぽつりと呟く。そうだ、この明かりの感じはこの時期によく見掛ける夏祭りの装飾のようなんだ。

 訪れた変化に首を傾げながらも、連なる明かりに従って奥へ奥へと向かう。


「……あ。青白い人たちも戻ってきてるね」


 不意に嵩原が呟いたように、いつの間にか周囲に青白い影も現れていた。さっきまではただの一人としていなかったのに、今は路地一杯に広がってやっぱりゆっくりとどこかに向かって歩いている。今日一番の混みようじゃないかってくらい密度高く青白い影が俺たちの周りをゆらゆら蠢いていた。


「一体どこからこんなに出て来た?」


「人口密度上がってるよね? なんだか向かいのお店まで遠くなった気がするよ」


「……いや、待って。これ路地自体広がってない? ここってこんなに左右に幅あったっけ?」


 ごった返すという表現が正にぴったりな青白い影に感想を漏らしていれば、美樹本の奴がはっとなって左右に首を振らして言う。

 え?とこちらでも確認すると確かに道は横に広がっていた。俺たちはど真ん中を進んでいるんだが、ここから店先までの距離がどう考えてもこれまでより遠い。


「うわ、本当だ……。この感じ、車二台擦れ違えそうなほどの幅があるみたいだね。これまでの倍の大きさになってる?」


「それだと商店街くらいの幅ってこと? いつの間にそんな変化が起こったの……」


 不可思議な現象に揃って首を捻っていると、突然桧山が「あ!」と声を上げた。


「どうした?」


「叔父さんいた! あそこ!」


 ばっと指を指すのに視線で追えば、青白い影が人混みを作るその只中にぽつんと黒い頭が見えた。短髪のひょろっとした後ろ姿が人の波の間をゆらゆら揺れながら先へと行く。


「あの短髪は確かにあの時の男の人っぽいね。亨、間違いない?」


「おう!」


 力強く答える。まぁ、これだけ青白い影ばかりがいる中、くっきり人型維持してるものなんて他にいるとも思えない。見失わない内にと、急いでその背中を追った。


 青白い影の間を縫うように駆けて行く。一心不乱に叔父さんらしき背中を視界に捉えながら進んでいるのだが、一向に距離が縮まる気配はない。一定距離以上は縮められないのか、そんな錯覚を抱きつつもどうにか食らい付いていれば周辺の様子もどんどんと変わっていった。


 仄かな明かりが灯るだけの暗かった路地は次第に照らす明かりが増えていき、それに伴いそこを行く青白い影はだんだん輪郭が空中に溶けるようにぼやけていく。

 明かりが増えるに連れて僅かな喧騒だって耳に届き出す。たくさんの人で溢れた道であるように、さわさわと方々から確かな肉声が明るくなっていく路地に賑やかに響いた。それと共に祭り囃子らしき楽器の音まで紛れ込んでくる。

 音なんて蝉やヒグラシくらいしか鳴いてなかった静かな路地が、今ではまるで祭り会場であるかのような喧騒と賑わいに湧く場所へと瞬く間に様変わりしていった。


 どういった変化なのか。現実とのリンクとでもいうのか。気になるが構っている暇もない。

 まだ叔父さんの背を追っている。人波の所為で思うように進めないことに苛立ちを感じながらも、それでも諦めずに追い続けたから徐々にだが近付いてきていた。

 青白い影が視界のほとんどを占める中、僅かに見えるそれ以外の色が次第に大きくなるのが分かる。もみくちゃとなる人混みで、ただ見える背中を追ってがむしゃらに足を動かした。


 喧騒もお囃子も、叔父さんの背に近付けば近付くほどにだんだんと大きくなる。意識の片隅でそんな周囲の変化に疑問を持ちながらも、それでも先へと進み続けた結果、唐突に青白い影の群れから飛び出した。

 わっと四人で転がり出るようにして踏み込んだそこは開けた小さな敷地。見れば提灯の明かりで以てぼんやりと照らされた社が目の前にあり、周囲を軽く見回せばどうやら商店街近くのあの神社であるらしかった。


「え、はれ? ここ、神社?」


 荒い息の合間に美樹本が裏返った声でそう溢す。キョロキョロと落ち着きなく周囲を頻りに見回す。


「商店街の先にある神社だね。……ここは現実なのか? それともまだあちら側?」


 興味深いと、そんな気持ちをありありと込めた声で以て嵩原も呟いた。

 なんでいきなり見知った神社に辿り着くのか。地理どうなってんだと混乱していると、一人呆然と立ち尽くす桧山の背が視界に飛び込んできた。桧山はじっと前方を見据えている。


「叔父さん……」


 小さな呟きにそう言えばと前方へと目を向けた。

 俺たちは今神社の入り口、鳥居から少し進んだ所に固まっている。前方、境内の中央にはぽつんと小さな社が鎮座していて、その社には一抱えほどもある大きな赤い提灯が社を照らすように飾られていた。


 その提灯の灯す柔い明かりの下に一人、ひょろりと背の高い男がこちらを向いて立っている。シャツにチノパンとその辺にいそうな恰好で佇む誰か。下半身は闇に呑まれたように見えないそこに、確かにその人はいた。


「亨」


 誰かがよく通る声で桧山を呼んだ。張りのある落ち着いた声だ。聞き覚えがある。少し前に聞いた桧山を呼んだ声だと瞬時に気付いた。


 男はニッと快活に笑った。


「叔父さんっ!」


 ぶわりと、吹き上がるような桧山の叫びが辺りに木霊した。歓喜のような、悲痛なような、複雑な感情が込められているだろうなんとも言えない声で桧山は叔父さんを呼んだ。くしゃりと顔面が今にも泣き出しそうに歪む。


「おーう、久しぶり。一年振りくらいか? お前また背が伸びたか? 年々どんどん大きくなっていくなぁ」


 迎えるあちらはワハハと、感極まる桧山など無視して笑いながら日常の延長のように語り掛けてくる。「前はこんなんだったな」と親指と人差し指でこんなと十センチくらいを示す姿は親戚の親父のそれだ。


「どうだ? 学校生活は変わりないか? 部活も楽しくやってるか? お前あんまり勉強得意じゃないし、またお母さん困らせてたりしてないか? お前の運動能力は大したもんだ、推薦だって狙えるだろうけど少しは頭の方も鍛えろよ? 学生ってのはどうしたって成績で評価されるもんだからなぁ。俺も憶えがあるぞ、えんらい苦労したんだ」


 自然な流れのように始まる身内の会話。ニコニコ笑顔で語られるそれを部外者もいるんだからと遮る気にもなれない。

 桧山以外の三人が揃って口を噤む。なんとなく、これは邪魔してはいけないような気がした。


「お、叔父さん……、俺……」


「おうおう、どうした? お前が泣くなんて珍しいなぁ。なんだ、女の子に振られたか? まぁ、お前は面がいいけどどうしたって鈍いからなぁ。女の子の方がもう!ってなっちゃったか? 大丈夫だぞ、亨。お前は良い奴だ。一時もう!って思われたって、お前のことが好きなままならきっと寄り添ってくれる。女の子ってのはなぁ、中々複雑な中身してるもんだが、それでも一度好きになってくれたら優しく包み込んでくれるもんなんだ。これは俺の経験からして間違いない! ま、叔父さんは結婚してなかったけどさ」


 つらつらとまるで見当違いな言葉を並べ立てる。一方的なアドバイスだけど、そこには確かに労る気持ちも込められていた。

 この叔父さんはこれまでずっと、こんな調子で桧山を元気付けたり励ましたりしていたのだろうか。そんな風に思わせるとても堂の入った語りだった。


「ちが……! 違うんだよ、叔父さん……!」


 ブンブンと首を振る桧山。饒舌に語る叔父さんとは違い、桧山は涙ぐんでて声も震えて時折掠れている。自分からも話し掛けたいんだが、しゃくり上げる喉から滑らかな言葉なんて出せるはずもなく不器用に途切れてしまっている。

 桧山も言いたいことがあるんだ。話を聞くだけじゃなく、自分からも伝えたいことがあった。今、必死にそれを伝えようとしている。でも上手くいかないからまるで駄々っ子のようにブンブンと首を振ることしか出来ていない。


 不器用な桧山を叔父さんは困った顔で見返した。


「あー……、そうだったな。俺ばっか話してても駄目だわな。全く、俺は気にしてないってのに、何を変なとこ義理堅くしてんだか」


 やれやれと首を振って「仕方ないな」と軽く笑った叔父さんは、これまでのどこか剽軽とした雰囲気を払って優しく桧山の顔を見つめる。


「おっしゃ。そんじゃ、亨。言いたいこと言え。叔父さんはどこにも行かないぞ。ちゃんとお前の話を聞き終わるまで、ここから離れないからな」


 にかっと笑って桧山を促す。その底抜けに明るい笑顔は桧山ととてもよく似ていた。


「……っ、お、叔父さん。俺、俺さ……!」


 しゃくり上げながら、ひくひく喉を震わせながら、桧山は促されるままに訥々と必死に言葉を重ねた。

 学校のこと。部活のこと。家庭内の些細なやり取りに叱られたこと。嬉しかったこと。

 そんなとりとめのない話をえぐえぐと泣きながら話す。正直聞き辛く一つ語るにも時間を掛けていたけど、それでも懸命に話し続けた。黒い影に襲われながらも精一杯宣言したように、桧山は後悔の気持ちを全部吐き出すつもりで叔父さんへ向かい続けた。


 叔父さんもそんな辿々しい話を嫌な顔の一つも見せずにうんうんと聞き続ける。時に笑顔で、時に困ったように眉根を寄せて、それでも桧山の話が続く間は一回だって余所に意識なんか向けることなく耳を傾けていた。

 二人だけしかこの場には居ないような振る舞い。黙って見守っている内に、これは叔父さんにとっても最期のチャンスなのかと、ふとそんな考えが頭を過ぎった。

 桧山が叔父さんに話を聞いてもらっていたように、叔父さんも桧山の話を面と向かって聞ける日はもう今が終われば二度と来ない。


 なんとも言えない感情が胸の内で複雑に絡み合う中、長々と続いた桧山の近況報告もやがて終わりを迎えようとしていた。一通り話尽くしたか、ずずっと鼻を鳴らした所で桧山の声が途切れる。言葉の代わりにはーはーと荒い呼吸音だけが響く中、にっかり笑った叔父さんが口を開いた。


「そーかそーか。また一年でいろいろあったなぁ。俺からしてみりゃ一年なんて一回寝て起きたら経ってたみたいな感覚だけど、でもやっぱ十代からしてみりゃやっぱり長いもんなんだなぁ。これがジェネレーションギャップって奴かぁ。すっごい年食った感じで嫌だわぁ」


 ふざけた調子でそう溢す。とほほなどとわざとらしく溢していたのが、瞬間すっと真顔になって真っ直ぐに桧山を捉えた。


「だからさ、お前らにとってのこれからって本当に長いもんだからさ、だから気軽にこっちになんか来るなよ。いくらなんでも来るのが早過ぎる」


 ピリッと空気がひりつく。目力の強い眼差しが桧山を突き刺す。ひくっとまた桧山の喉が鳴った。


「お、叔父さ……」


「びっくりしたぞ。なんだって亨がこっちにいるんだ。しかも友だちまで連れて来て俺本当たまげたんだからな。来るにしたってあと六十、いや、八十は先の話だろうに。まぁ、俺は大分早くになったけども」


 あっはっはと笑い飛ばす。先程までの真面目さはどこへやったのか、緩急の激しさに桧山が何も言えずにいると、今度は苦笑を浮かべる。


「でもま、長生きはするもんだ。亨、お前の気持ちは聞いていたよ。まさか俺にお別れ出来なかったことをこんな気にしているとは思わなかった。別にいいんだぞ? 俺だっていくらなんでも突然過ぎたし、葬式の間呆然としてたからってそれで怒るほど狭量じゃない。むしろすっごく悲しんでもらえて叔父さんとしては可愛がった甲斐があったなぁって思ってるくらいでさ」


 ははと笑うのに桧山はブンブン首を振った。


「違う……! 違うよ、叔父さん……!」


「ん、まぁそうだったな。俺もさ、どうせなら笑って家族とは別れたかった。本当突然過ぎたからそんな余裕もなかったけど、こうしてお前が追ってきてくれたからどうにか叶いそうだ。ついさっき来るなとか言ったばかりだからなんだが、でもありがとうな、亨。おかげでちゃんと、笑って別れられる」


 にっこりと、心の底から嬉しそうに叔父さんは笑う。夜の闇に半ば埋もれている状態なのに、まるで日の下にいるかのような朗らかな笑顔を桧山へと返した。これで良かったと、これが見せたかったと言わんばかりのなんの曇りもない晴れやかな笑み。


「……! 俺も、俺も最後に、叔父さんと話せて良かった……! 言いたいこと言えて、良かった……!」


 そんな笑顔に報いるように、震える喉を必死に振り絞って桧山も叫んだ。その叫びに叔父さんも満足そうに頷きを返す。


「俺もお前の話が聞けて良かった。来年からは、こんなとこまで来ないで墓前ででも語ってくれ。別にさ、無理矢理対面なんて果たさなくったって話す声は聞こえてるさ。答えることは出来ないが、それでもお前の声はちゃんと届いてる。だから追い掛けたりしないでちゃんと長生きしろよ。いいな?」


 問われるのに何度も、何度も桧山は頷く。それに安心したのか、軽く笑ったあと叔父さんは俺たちの方へと初めて目を向けた。


「うちの甥っ子のために危ない橋を渡らせてしまって申し訳ない。こんな風に誰に似たんだか向こう見ずな所があるが、でも根っこは真っ直ぐな優しい奴なんだ、どうかこれからも仲良くしてやって欲しい」


 桧山を相手にしていた時とは全く違う、酷く落ち着いた大人然とした話し方で頼まれるのに、軽く面食らいながらも了承を返す。

 ほっと安堵を溢す叔父さんの目がつっと美樹本に向いた。


「美樹本君も頼むよ。君のようにしっかりしていて、物事を深く捉えてくれる友だちってのは亨には絶対に必要だろうからなぁ。出来れば愛想尽かさずに付き合ってくれると叔父さんとしては嬉しいよ」


「あ、はい。僕の方もお世話になってますし、それはもちろん」


「そうか。それを聞けて安心した。出来れば勉強面でも面倒見てやってくれな」


「それはちょっと荷が重いなって中学の三年で思い知ったので快諾は無理です」


 美樹本の辛辣な答えに叔父さんは高く笑う。一頻り笑ったあと、ふと後ろへと視線を投げ掛けた。叔父さんの背後には提灯の明かりも届かない真っ黒な闇が広がっているため、そこに何を見付けたのかはこちらからは分からなかった。


「ああ。そろそろお別れのようだ。俺も戻らなければいけないし、君たちもそろそろ帰る時間だな」


 唐突な閉幕に桧山がはっと息を呑む。一歩足が前に出た所で叔父さんが片手を突き出してそれを止めた。


「まだ来るなって言っただろ? こっちは俺たちのような者の世界であって、お前たちみたいなこれからがある人間の来る所じゃない」


 厳しく言い捨てるが、しかし次の瞬間には人好きのする気の抜けた笑顔を浮かべた。


「何、また来年になったら会えるんだ。その時にまた話は聞かせてくれ。待ってるぞ、亨」


 会えるのが当然と言った風に言い切られるのに、桧山はもう声も出せずに何度もうんうん頷いた。

 もうあとを追うこともなく、しっかりと二本の足で踏み止まる姿を眺めた叔父さんは、満足したようにくるりとこちらに背を向ける。


「祭り囃子が聞こえてきたから、ついでに久しぶりに祭りの空気でも味わおうかなって出歩いただけなのに、まさか甥っ子が引っ掛かってくるとはなぁ。こういうのも巡り合わせって言うのかね?」


 よいしょっと何かを抱え持つ仕草にえっとなって手元を窺えば、その両手に何故だか白いビニール袋を大量に引っ提げていた。いつの間に、とかなんだそれ、とか疑問がグルグル頭の中で回るが、叔父さんは答えるつもりはないようで首だけで振り返るとにっかり笑って言った。


「それじゃな。あ、今年の屋台もなんだかんだ言って旨いもん出してるみたいだからお前も楽しめよ、亨。俺は先に頂いてるから、潔斎だなんだは気にせず好きに食え。いいな?」


 最期の念押しがそれでいいのかと疑問を残す形で終わり、叔父さんは闇に向き直ると今度こそ振り向かずに進んでいった。白い背中は闇の中に溶けるようにして消えていき、それに従って祭り囃子の喧騒がだんだんと大きく激しくなっていく。


 叔父さんが神社の暗闇の中に完全に消えた時、騒がしいお囃子や人の喧騒が明瞭に周囲に溢れた。気付けば俺たちは年に一回の祭りで騒ぐ夏祭りのその只中で、古いお社を前に呆然と立ち尽くしていた。




次回エピローグ。

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