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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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17.ヒトガコイ

「桧山!」


 はっとそれに気付くなり体は勝手に動いていた。棒立ちの桧山と美樹本の腕を取り思いっ切り自分の方へ引っ張る。

 突然のことで反応出来なかった二人がたたらを踏んだその背後で、暗い中でも更に黒い何かがぶんと斜めに空を切った。


「えっ!?」


「! 黒い影……! 未練ありありの暴走人間か!」


 勢いのあまりに軽くふらつきながら驚く美樹本に対して嵩原の奴は瞬時に事を把握した。その冷静さと頭の回転の速さが場違いながら羨ましく思う。


「……え」


「話しただろ? 死んでも未練が強過ぎて、俺たちに突っ掛かってくる黒い影だ。なんのために襲ってくるのかは分からないが、それでも無抵抗でいたら多分碌な結果にはならないんだろうな」


 判子屋のじいさんは仏さん、つまりこっちの世界にいるものにとっては無影響だと言っていた。それは裏を返せばそれ以外、俺たちには何かしらの影響があるってことになりはしないか? 心霊的な悪影響、世の中には祟り殺されるなんて概念も存在するんだ。捕まれば非常に拙い事態にも発展しかねない。


 事態を飲み込めていない桧山に端的に説明する。目の前には暗闇の中でも分かる黒い人型っぽい何かがうごうご蠢いていた。俺たちを追い掛けてきたそれと酷似している気がする。ここまで追い掛けてくるなんて、それほどまでにして俺たちに括る理由があるってのか? こいつの抱える未練と、何か関係があるとでも……。


 まさか、と思い付きが形になる前に美樹本の動揺し切った声が思考を遮る。


「どどど、どうする?」


「どうするも何も逃げ一択でしょ。幸いこいつは足が遅い。俺たちが全力で走れば充分撒けるはずだ」


「わ、分かった。確かにそれが一番かも」


 嵩原の冷静な分析に方針はさっさと決まったらしい。黒い影を凝視する桧山の腕を美樹本がパッと掴む。


「そう言うことだから、逃げるよ! 皆!」


 美樹本の合図に合わせて一斉に駆け出す。俺も促されるままに足が前にと進んだが、直ぐ横を走っていた美樹本が急につんのめったことでこちらも思わず足を止めた。

 どうしたと目をやれば、美樹本は立ち止まったままの桧山の腕を懸命に引っ張っていた。


「……桧山!?」


「……なぁ。この、黒いのも、人なのか?」


 驚いて名前を呼べば、桧山は黒い影を見つめながらどこか呆然とした声を出す。様子がおかしい。


「未練、だっけ。それってさ、もっと生きたいとか、旨いもん食べたいとか、そんな心残りって奴なんだよな? この黒いのは、その未練が強いんだっけ?」


 こっちには目もくれず淡々と聞いてくる。なんだ、何か凄く嫌な予感がする。黒い影は変わらず蠢いて、いや、じりじりと接近してきているか? 黒い靄を撒き散らしながら、不吉に近付く黒い影を桧山はただ突っ立って眺めていた。


「叔父さんもさ、そんな未練、抱えてるんじゃないかな」


 焦るこちらを気にもせず、いやに冷静な声音で以て桧山は呟いた。変わらず目は黒い影を見つめたまま、確信を持ったように口にする。

 黒い影は桧山の目の前まで接近していた。こうなったら抱えてでも逃げるしかない。そう思って腕を引っ張る美樹本の加勢だと、こっちは桧山の脇に腕を差し込んで運ぼうとするも、こいつ梃子でも動く気がないのかぐっと腰を落として抵抗してくる。


「桧山! 駄目だって! 逃げようよ!」


「この、馬鹿桧山! 抵抗するな!」


「この、この黒い影は叔父さんかもしれない。だったら俺、逃げられない」


「はぁ!?」


 とんでもない解釈に声が裏返った。この黒いのが桧山の叔父さん? なんでそうなる!?


「だって、だって叔父さんいきなりだったって。信号渡ろうとして、そこに居眠り運転の車が突っ込んできて、何メートルも飛ばされて、当たり所が悪くてそのまま、即死だって。叔父さんは死にたくて死んだんじゃない。絶対、もっと生きたいとか、もっとやりたいことあったとか、そんな気持ち持ったまま死んだんだ。未練なんてありまくりなはずなんだよ。だから、だから叔父さんかもしれない。だから俺の前に来たのかもしんない……!」


 じっと黒い影に目を向けながら、まるでこれが正解だと言わんばかりに桧山が叫ぶ。そんなことってあるか。じゃあ、桧山の前に現れた叔父さんってなんなんだ。わざわざ桧山をこっちに呼び寄せるために出て来たってのか?


「桧山、何言って……!」


「死に汚く未練抱える死者なんてそう珍しいことでもないよ。だからそいつが亨の叔父さんかどうかは分からない。本当にそれは叔父さんで間違いないの? 別の誰かが偶々出て来ただけじゃないの?」


 他からも否定的な声が届く。嵩原の言う通りこの影が叔父さんなのかは分からない。うっすらと人型に見える何かでしかなく、個人の特定が出来そうなものは何一つとして見当たらない。


「どこをどう見てお前の叔父さんだって言うんだ!」


「だって! じゃあなんでここにいんだよ! 俺に、俺に何か言いたいことあったから来たんじゃねぇのかよ! なぁ、違うのか? 叔父さんじゃないのか?」


 とうとう影に向かって話し出した。影は目の前だ。頭らしい出っ張りが桧山と、ついでに俺たちの頭上を覆う。


『●●●●●●●●』


 極間近にまで接近したことで、この黒いのがぶつぶつと、何かをしきりに呟いている声が聞こえてきた。頭の上にある黒いものから低い声が途切れることなく何事か喋り続けている。ぞわっと全身に鳥肌が立った。


『●●●●●●●●』


「叔父さん……、叔父さんなのか? ……俺に何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


 じっと真上を見つめて桧山は訊ねる。黒い影は尚もぶつぶつと高速で話し続けており、その内容はどうにも聞き取れない。早送りのように圧縮され高速で流れる呟きは、ひょっとしたら誰かに聞かせようと思って囁いているのでもないのかもしれない。


 意思疎通の叶わない一方的な囁きに、だけど桧山は意を決したように話し出した。


「……俺もさ、すっごく驚いたんだ。いつものように、そろそろ叔父さんが帰ってくる頃だなって。父さんも母さんも、親戚でもああそんな季節なんだなって、皆で夏だなって言ってて。俺も叔父さんが帰ってくるの楽しみにしてたから、だからまた、俺んちに一杯荷物抱えて帰ってくんだろうなって、そう思ってた」


 じっと目を逸らすこともなく語る。見逃さないようにと見開いていた目は語り掛ける内に、眩しいものを見るように細められて、でも別に、光なんかに目を眇めている訳じゃない。


「……本当に、急だった。いつものように、叔父さんからまた里帰りするって、だから今年もよろしくって電話きて、それでまた変なお土産持って帰ってくるのかなって、祭りでいっぱい買うのかなって、そんなこと思ってたら、そしたら、事故に遭ったって、即死、だったって。か、体だけ戻ってきて、訳分かんなくて、気付いたら、葬式も、なんもかんも終わってて」


 ひくりと桧山の喉が震えた。


「俺、俺、何も言えてない。思い出したんだ、俺叔父さんに何も言えてないんだ。お別れも言ってない、これまでのことだって、お世話になったこととか、嬉しかったこととか、何も、何も言えてなかった……! 信じられなくて、叔父さんはまだ、まだ生きてんじゃないかって、思ったから……!」


 真上に向かって震えた声を吐き出す。細めた目尻からつっと涙が流れた。涙は耳の傍を通り、顎の縁をなぞって首へと落ちる。


「だから、俺、言わないと。俺も叔父さんに言いたいこと、ううん、言わなくちゃいけないことがあるんだ。ちゃんと、叔父さんに言わなくちゃいけないこと言って、それで、それで今度こそ、ちゃんと、お別れ、しないと……! じゃないと、じゃないとさ、俺、ちゃんと叔父さんのこと見送れない……!」


 涙を溢しながら桧山は必死に叫んだ。言わなくちゃいけないこと。叔父さんに会って何をするのかと聞いて、それで桧山は言いたいことがあると答えた。本人は何を言いたいのか理解していなかったけど、それを今、自覚したようだ。

 ちゃんとしたお別れを迎えること。そのために桧山はこんな所まで追ってきたのか。


 ひくひくと喉を鳴らし、ぐすぐす鼻を鳴らしながらそれでも桧山は目を逸らさない。叔父さんだと思っているから離したくないのか。

 対して黒い影は頭上から見下ろして依然聞き取れない呟きを一方的に溢しているだけ……?


 いや、徐々に、徐々にだが内容が聞き取れるようになって……。


『……クナイ、……ニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ』


 只管に水のように溢れ落ちてくる呟き、それを理解して背筋がぞっと粟立つ。テープの早回しのように同じことばかりを呟き続けているその声、まるで黒い澱みを吐き出すような、そんな暗い囁きがただ死にたくないと訴え続ける。


 かと思えば呟く内容が変わる。


『ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』


 続けて落とされたのは酷い怨嗟だ。平坦に機械的に吐き出し続ける言葉は、反対にどうしようもない恨みを内包しているようでただただその強い感情に心胆から凍らされる。

 なんとなく、ただなんとなく理解した。こいつは桧山の叔父さんではない。


「桧山! 逃げろ!」


 ゆらりと揺れた黒い影に一気に危機感が募って桧山を急かす。もう一度抱えて逃げようとするも、ピクリとも動かせなくて一歩も進まない。根でも生やしたかのように微動だにしない。


「嫌だ! 叔父さんの話聞くまで俺行かない!」


「違う! お前の叔父さんなんかじゃない! こいつは違うんだよ!」


 そう叫んだのがまずかったのか、頭上の黒い影は突如ぶるぶる震え出して挙動が一気に怪しくなる。今度こそ何かしてくるかと身構えた所で、頭らしき出っ張りの、その表面にぐばりと亀裂が三つ走った。上に二つ、下に一つ。亀裂は楕円に開き、それらが逆三角形に並んでこちらを見据える。


 そう、目と口。それらが黒い影の中に尚暗い黒として生えた。


『……』


 生まれた口から大分明瞭になった囁きが流れ落ちる。


『……ナゼ、ナゼダレモイナイカナシマナイドウシテヒトリダケデタビダタナイトイケナイイヤダシニタクナイヒトリデイキタクナイドウシテソバニイナイナゼナゼナゼナゼイヤダイヤダイヤダヒトリハイヤダシニタクナイユルサナイユルサナイカナシイイヤダシニタクナイユルサナイシニタクナイシニタクナイ……』


 淀みなく語られる本心は最早呪詛だ。孤独と恨みと死ぬことへの恐怖を極間近で滾々と訴えられる。その囁きに心当たりはない。だから恐らくこいつは全くなんの関わりも持たない赤の他人のはず。その事実に心理的な距離が生まれ、だからこそ恨みの籠もった囁きを聞かされても自失するまでには至らない。

 だが、延々と囁かれ続ければその限りでないのは本能的な部分で察せる。


「桧山!」


 思いっ切り力を込めるが動かない。桧山は凍ったように黒い顔を見上げている。美樹本と嵩原も助けに入ってくれるが、それでも桧山を動かせない。


「桧山! 駄目だって桧山!」


「流石に、これは、ちょっとおかしいかなって。三人でも動かせないって、物理法則無視し過ぎ」


 苦戦している間にも黒い影はゆっくりと俺たちを覆うように動く。頭上だけでなく左右からも黒い腕が迫ってきていた。このまま捕らわれたらどうなるか。不吉な予感に粟立つ全身に必死に力を込めた。


「桧山!」


「叔父さんごめん。今、話聞くから……」


 魅入られたようなぼんやりした目を桧山は影に向ける。その姿を見て、暴言が口から飛び出しそうになった、その時。


「おーい、おーい」


 どこからか気の抜けた男の声が聞こえてきた。俺たちの現状には全くそぐわない、街中で見掛けた知人に呼び掛けるような、そんな気楽な声だった。


「おーい、おーい」


 また繰り返される。こちらとしては幻聴か何かかと簡単に切り捨てられるようなそんな些細な声にしか思えなかったのだが。それでも劇的な反応が起こった。


「! 叔父さん!?」


 半ば自失していた桧山がはっと我に返って叫ぶ。ぐるりと首を巡らせて声の聞こえた方にと振り向いた。声は後方から聞こえてきた。釣られて背後を振り返る。


「おーい、亨ー」


 背後の十メートルほど離れた位置。そこに一人の男が立っていた。年の頃は恐らく四十手前くらい。短い黒髪の下には気安げな笑顔を浮かべてブンブン手を振っている。ワイシャツにチノパンとどこにでもいそうな恰好で桧山の名前を呼ぶ。


「……っ、叔父さん……」


 感極まったように桧山は目に涙を浮かべた。マジで叔父さんであるらしい。なら、目の前のこいつはやはり。


「叔父さんはあっちだな」


 横から話し掛けた。涙ぐんだ目がこちらへ向く。俺の顔を見る目はとこかほんやりと焦点もずれているが、それでも桧山はこくりと確かに頷いた。


「だったらさっさとこいつから離れるぞ。桧山、お前も動け」


「う、うん」


 了承が返るのにぐっと全身に力を入れる。今度は桧山も一緒に動いた。後ろへと下がり、覆い被さろうとする黒い影から全員で離れようとするも、だけど体が何かに引っ掛かるようにして先に行けない。


「……よく見たら、これ周りになんか黒い靄みたいなものがあるね」


「……本当だ。これって確か、黒い影から出てたものじゃ……」


 言われて確認すれば、確かに暗闇とは別に黒い靄が俺たちの周りに漂っている。まるで丸く円を描くようにして四方を取り囲んでいるが、特に足下は酷く覆われて最早黒い。これが手足に絡んで、それで動けなくされている?


「え、拙くない?」


「拙いだろうねぇ。これ捕らわれたってことじゃないかな? 亨が早く避難しないからー。俺たちも巻き込まれたー」


「ご、ごめん!」


「そんなこと言ってる場合!? 早く抜け出さないと!」


 とは言えどうすればいいのか。振り払いたくても払う時ばかり透過して手応えがない。その癖離れようとすればがっちりと絡み付く。くそ、向こうにばかり都合がいい。


「なんか、なんか対処法は!?」


「判子屋さんは教えてくれなかったからねぇ。もうちょっと粘着したら良かったかな?」


 呑気に答える嵩原にふと思い付くものがあった。ズボンのポケットを探り小さな箱を取り出す。乾いた紙箱の中でコロコロと塊が揺れ動く。


「永野、それ」


 桧山が俺の手の中を見て呟いた。取り出したのは駄菓子屋のばあさんからもらったキャラメルだ。誰かに食べさせろ。ばあさんはそう言ってた。俺たちが食べる訳にはいかないって言うなら、相手はもう決まってる。


 蓋を開けて手の平に中身をぶちまける。茶色く四角い塊が四個転がり落ちて手の平でぶつかり合った。それらをぎゅっと握り締め、頭上の顔のその口へと殴り付けるように押し付ける。


「え!? 永野!?」


 驚く声を無視して押し込む。もう片方の手で更に覆い黒い影の口元を完全に塞ぐ。ぽっかりと空いた口の中へ、手の平からキャラメルがコロコロと転がっていくのが分かった。


 暫く押さえ続ける。すると、徐々に周囲を漂っていた黒い靄は薄れていき、手足に絡み付く影も見えなくなっていった。突っ張っていた両手を下ろし、足下を見下ろせば薄い闇があるだけで自由に動ける。


「な、何がどうしたの?」


「真人、一体何をしたの?」


「駄菓子屋のばあさんからもらったキャラメル食わせた……。困った時には食わせろって言われたから」


 答えつつ空になった箱を見せる。中身は全部黒いのに食わせた。短慮かもしれなかったと今なら冷静に思い返せるが、下手にケチって効果が見られなかったらその時点で詰みなんだ。思い切ったからこそ好転したと信じよう。


 黒い影は固まったように動かない。今の内と離れれば、問題なく距離が取れた。辺りを漂う靄が邪魔することもない。確認次第、全員で後ろへと逃れた。


「どうにか助かった……?」


「キャラメルを食べさせて癇癪起こしていた人間を大人しくさせたってこと? 子供じゃあるまいに」


 理解し難いみたいな顔されるけど俺だって言われた通りにやっただけだ。事の分析なんかより、とりあえず今はここから離れるべきだろう。


「とにかく逃げるぞ。また襲ってこないとも限らない」


 釘を刺せば神妙な表情で二人はこくりと頷く。一歩、踏み出した所で桧山が着いてきていないのに気付いた。


 振り向けば桧山は動かない黒い影を見つめている。俺たちを見下ろした時そのまま、離れてみれば項垂れたように佇むそいつの目の前でじっと顔を見上げていた。


「おい桧山」


 声を掛ければゆるく首だけで振り向く。どこか茫洋とした顔に自然と眉間にシワが寄るが、でも目はしっかりとこちらに焦点が合っているようなのでそのまま無言で傍に寄った。


「行くぞ。叔父さんも追わなくちゃいけないだろ」


 気付けばあの男はどこかに消えていた。漸く目の前に現れた探していた当人だ、ここで見失う訳にはいかない。


「あ、うん。そうなんだけどさ」


 反応鈍く、こちらを向いていた目が黒い影に戻る。何がそんなに気になるってのか。同じように見上げるも、キャラメル効果なのかなんなのか顔は黒が滲んで目も口もはっきりしない。


「この人も、死んでるんだよな」


 無言で並んでいたらポツリと桧山が聞いてきた。何をと思うが、静かな声に問い返すのも憚られて素直に頷いた。


「ああ、そうだ。死んでる」


「死にたくないって言ってた。この人も死にたくて死んだ訳じゃないんだな」


 平坦に、確認を取っているだけといった風に桧山は呟く。なんでそんなことを聞いてくるのか。見た顔は少し寂しそうで、その上柔らかい目を影に向けていた。


「俺もさ、叔父さんには死んで欲しくなかった。もっともっと長生きしてさ、ずっと祭りの屋台飯一緒に食べていたかった」


 寂しそうな声で語る。でもその表情はどこか達観としていて、口元には小さな笑みも浮かんでいた。


「死ぬと悲しいよな。だってもう二度と会えない。あんたもさ、悲しい? 俺も悲しいし寂しいよ。絶対のお別れじゃん。死んだ人とはもう、絶対に会えない。それってさ、すっごく寂しくて悲しいよな」


 思い偲ぶように、桧山はゆっくりと俯いた。


「死んで欲しくなかった。あんたもさ、もっと、長生き出来たら良かったよな。そしたらさ、もっと話聞けたし俺も話せたと思うんだ。いろんなことをさ、好きに話せたと思うんだ。そしたら多分、別れる時も少しは笑って見送れたんじゃないかなって思う」


 優しく、桧山は黒い影に語り掛ける。口元には寂しげな笑みを浮かべたまま、襲われたことも忘れたように桧山の奴は素直に黒い影を悼んでいた。

 ふと黒い影がゆらりと揺れた。はっとなって睨み返すも、襲ってくるようなことはなくてゆっくりと体が地面に沈むように背が縮む。黒い靄を溢しながら、気付けば俺たちを越える大きさだった影は膝を折ったように小さく地面に蹲る。


 見下ろすほどの大きさの影は頭を酷く項垂れる。まるでしょんぼりと肩を落としているようだった。


「……桧山、行くぞ」


 もう何も言うことはない。桧山に声を掛けて背を向ける。あれは多分、もう大丈夫なはずだ。背中を見せたって襲い掛かってくることはない。


「うん。……じゃあな。俺たち行くよ。俺、叔父さんに会いに来たんだ。後悔しないようにちゃんとお別れ言ってくるよ」


 背後からそんな挨拶が聞こえてきた。それに黒い影が答えたのかは分からない。話し声なんて何も聞こえず、直ぐに桧山は俺の横に並んだ。隣に立つ顔を盗み見ると、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。


 もうすっかりと日の落ちた路地を奥に向かって進む。誰も何も言わず、この先に待っているだろう今回の騒動の決着を、その終わりを思ってただ足だけを動かす。重い気配を漂わせる桧山を連れて、暗闇が続く路地を俺たちは進んだ。




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