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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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16.未練

 帰り道を探しつつ叔父さんも捜索する。方針が決まったのなら立ち止まっている訳にはいかない。暗くなってきた路地で、さぁ行こうかと一歩踏み出したものの、そのあとが続かない。


「……帰り道もなんだけど、叔父さんの行き先とかって分かる?」


 困ったような顔で美樹本が聞いてくる。生憎と返せる答えは持っていない。


「桧山?」


 あんだけ強固に会いたいと言い続けていたんだ、叔父さんと会える算段もきちんとあるはず。そのはずだ。


「え?」


「ずっと追ってきたんでしょ? この道の先にいるの?」


「それは、分かんね。ずっとさ、叔父さんの後ろ姿がちらちら道の向こうとかに見えてたからそれで追っ掛けてた。どこ目指してたんかは俺も知んない」


 ふるふる首を振られて否定された。俺たちと同じ状況だった訳だ。また鬼ごっこの再開か?


「路地を進むしかないの……?」


「それかお店の人に聞くかだね。どうする? 判子屋さんまで戻る?」


「……ちょっと顔会わせ辛い」


 せやね。会った所で「帰れ!」と言い返されるだけだろ。あの判子屋のじいさんはいろいろと知っていたようだから情報を得るには適した相手と言えるだろうけど、これ以上の協力を求めるのも難しい気はする。

 そうなると別口で当たるか、もしくはこのまま進むかってことになるな。


 改めて路地を眺める。夕日の赤が空に広がる今、路地の大部分は暗闇の中にある。路地は様々な建物で以て囲まれているんだから日が落ちれば明かりが点いて明るくなりそうなものなのに、ここは大多数が閉店状態だから一向に明るくなる兆しもない。

 電柱に備え点いてる街灯だって無反応だ。普通このくらいにはパッと点いてるだろ、パッと。


 日が暮れたもんだから昼間と違って路地の先は見通せない。恐らくはどこまでも真っ直ぐとした道が続いているんだろうに、今じゃ数十メートルも離れればその先は闇の中にあってよく見えないときた。これからはこの暗さの中を進んで行くしかないのか。スマホのライトはどれだけ働いてくれるか。


「とにかく進むしかないかもね。亨はどっちから来たの?」


「ん、向こう。叔父さんはこっちに向かってたからずっと走ってた。でも見失ったからどうしようってここでキョロキョロしてた」


 向こうと俺たちが来た方向を指差す。と言うことはこのまま進むしかないってことだな。よし、覚悟を決めるぞ。


「いるとしたらこの先か。じゃあ、僕らもあとを追おうか。皆、スマホで明かりを確保しながら進もう。一応黒い影には注意を払うってことで。目標は第一に叔父さん、第二に帰り道だよ」


「了解。この暗さだと黒い影も視認するのに手間取りそうだけどね」


「黒い影?」


 ハテナを浮かべる桧山と共に路地を行く。そうだ、互いに情報の交換もしないとな。とりあえずまずは唯一の危険存在っぽい黒い影から伝えればいいか。


 さっぱりと数が減った青白い影を横目に擦れ違いながら、俺たち側の体験談を桧山に語った。


「青白い影? 店を使って道を渡る?」


 話すんだけども桧山にとってはチンプンカンプンな内容であったらしい。青白い影なんて直ぐ傍にいるぞと指差して教えてやれば、それで初めて認識したようでかなりビックリしていた。ずっと路地にはいたはずなんだが、桧山には見えてなかったのか?


「お店も通過してないの? それならどうやって道を渡ったの」


「渡ったってのがよく分かんね。叔父さんは普通に角曲がったり家の横道に入ったりしてたぞ。だから俺そのあとに着いてっただけで店ん中に入ったりなんてしてない」


 聞くに桧山が駆け回っていたこの世界は普通の路地裏といった風であったようで、そこらに横道や抜け道があって結構ジグザグと彷徨っていたらしい。

 ずっと真昼のように周囲も明るく、強い日差しが差し込む中を建物の影に入りながら少しでも涼しさを得られるよう移動していたのだとか。だから俺たちと出会って、急に周囲が夕暮れになっていて驚いたそうだ。桧山的にはそう時間も経っている感覚はなかったらしい。


 なんだそれ。俺たちとなんでこんな違うんだ? 叔父さんのあとを追っていたからか? ここの住人とそれ以外では世界の見え方も違うってこと?


「……思えば、一々お店を経由して道を渡るって構造自体不便なものだよね。こちらの世界の人たちにとっては、ここは亨が見たような入り組んだ路地なのかも」


 ぽつりと嵩原が呟く。やっぱそうなる? 桧山がそっち側になったのは叔父さんの影響か。


「俺と皆で見えてたもん違ってたのか?」


「そう言うことだね。恐らくは亨は叔父さんの影響を受けてか、あるいは追い掛けたからこちらの世界と同じように見えた。原因はそうなんじゃないかと思うけど……」


 そこまで語ってじっと桧山を見つめる嵩原。その思わせ振りな振る舞いに桧山が「ん?」と首を傾げた所で口を開いた。


「ちなみに亨。亨はこの世界のものを口にしたかな?」


 その質問にざっと数時間前に話した内容が脳裏に蘇る。確か、ヨモツなんとかとか言っていた。このタイミングでその質問って。同じく察したようで美樹本の顔が分かり易く引き攣った。


「? なんだよいきなり」


「そこらに自販機とか置いてあったでしょ。亨は走り通しだったみたいだし、飲み物くらい買って飲んでたかなって。実際どうなの?」


 桧山は訳分からんと首を捻るが聞いてるこっちは生きた心地がしない。まさか、でも。そんな言葉が頭の中でグルグル回った。

 果たして答えは。


「……途中で喉渇いたなって思うことはあった。でも俺財布持って来てなかったから買えなかった。だから買ってないしなんも飲んでない」


 しょぼんと肩を落として萎れた様子を見せる。セーフか? いや、庭先の水道を拝借している可能性もある。


「何もか? どっかそこらの家の水道借りてたりしないか?」


「それって泥棒じゃね? ああ、うん、まぁ正直飲みたいなって思うことはあったけど、でも叔父さん見失うといけないから寄り道してる暇もなかった。直ぐ家の向こうに行ったりめっちゃ先にいたりするから目離せなかった」


 セーフ! セーフだ! 桧山この世界の住人になってる説は完全に否定された!

 はーと深く息を吐き出す。隣で美樹本も胸を撫で下ろしていた。桧山が桧山なだけにそこらで買い食いしている可能性もあったが、良かった、ああほっとした。


「? なんだお前ら?」


「亨が財布忘れたことを喜んでるんだよ」


「えー、なんでそんなこと喜ぶんだ? あ、お前らは財布持ってる? ちょっと飲み物買ってくんない? 金はあとで返すからさ、俺喉カラッカラでしんどい」


「ダメ! ダメだからね! ジュースは元の世界に帰ってからだから!」


「え、お、お茶でもいいんだけど……」


 異常に噛み付く美樹本に困惑した桧山が斜め上な答えを返す。桧山がヨモツなんとかといった信仰を知っているはずもないだろうし、説明してやれば理解はするかなと思えど語ってやる気はない。

 あくまでそんな考えもあるって話で、事実そんなルールがあるかも分からないならわざわざ口にすることはないし、それに実行されても困る。


 ちらと嵩原がこちらに目をやり、慣れた様子でウインクをかましてきた。多分喋んなよって合図なんだろうな。軽く呆れながらも了解と手を振って嵩原からの視線を散らす。


 そんなやり取りをしている間にも、カッカッして飲み食いを拒否し続ける美樹本に桧山もたじたじになってた。なんでこんな否定されるんだろうとその顔には書かれてるんじゃないかね。いろいろとあって、美樹本も大分過保護を拗らせて熾烈な態度になっているから無理もない。

 流石に見ていられなかったのかここで嵩原が割り込んだ。


「まぁまぁ。なんなら帰ったらお祭りで奢ってあげればいいでしょ。俺たちの世界と時間が連動しているなら丁度盛り上がってる時間じゃない?」


 言われて実に久しぶりに祭りのことを思い出した。確かにそろそろ夜を迎えてもおかしくない。今日は午後から開催されていたが、人が集まるのはやはり日が暮れてからだからな。嵩原の言う通りこれからが祭り本番と言える。


 祭りでなら飲み物も食い物もなんでも揃うだろう、そう思って嵩原の提案に賛成しようと口を開き、そしてくしゃりと歪んだ桧山の顔を見てそう言えば祭りは地雷ワードだったことも思い出した。


「……あ、嵩原馬鹿!」


 美樹本も桧山の変化を認めて慌てて嵩原を諫める。嵩原もきょとんと一瞬呆けた表情を浮かべるが、瞬間思い出したか「あ」と小さく声を漏らした。


「……俺、祭りは、行かない」


 泣きそうな顔でそう反抗する桧山。やっぱりまだ地雷のままであったらしい。


「ごめん、完全に忘れてた。でも、どうして? お祭りなんて亨の好きそうな催しだし、それに毎年参加してたんでしょ? 今年はどうして行かないの?」


「……」


 無遠慮な質問に桧山の足が止まった。俺たちも止まらざるを得ない。

 こいつ、俺たちが触れられずにいたことをこんなあっさりと。本当に敢えて空気読まないな。


「おい嵩原、そんな無理に聞き出すことは」


「だって気になるじゃない? 聖曰く毎年屋台コンプリートしてたんでしょ? それが今年になって頑なに行かない、なんて言われると何があったんだろうって勘繰るのが人間ってもんじゃない。二人も気になってるでしょ?」


「勘繰るって……」


 あんまりな言い様に美樹本が不快そうに眉を顰めた。今にも嵩原への注意が口から飛び出しそうになったが、その前に起こった変化によって嫌でも意識が余所へと逸れた。


「……う」


 なんでだか桧山が小さく嗚咽を漏らし出したのだ。これにはギスった空気も一瞬で吹っ飛んだ。


「…え!? 桧山!?」


「わ、亨が泣くなんて珍しい」


「お前な」


 事の元凶だろう奴が何を他人事みたいに。流石にこれは言っとかないとと嵩原を睨み付ける。桧山の方は美樹本がどうにかフォローするべく慰めに掛かってるから任せておこう。


「いや、言いたくないなら言わないでいいんだよ!? 嵩原はあんなこと言ってたけど、言うのが辛いならそんな無理しなくても……!」


 必死に言い募る美樹本に俯いた桧山は力なく頭を振るばかり。そんな返事も出来ないほどに追い詰めたかと焦るが、でもどうやら違ったらしい。


「……祭り、行きたくないのは、俺、毎年叔父さんから小遣いもらって、屋台廻りしてたから」


 訥々とした呟きが桧山から聞こえてくる。どう言った心境の変化か、俺たちに夏祭りを拒否する理由を明かす気になったようだ。

 言い難そうに途切れ途切れと話す様は決して聞き易いものではなかったが、それでも聞こえてきた内容は理解出来た。そして同時に納得もいった。やっぱり叔父さんが関係していたらしい。


「叔父さん、夏祭りの屋台飯好きで、でも自分で行くの面倒って、毎回俺に頼んでたんだ。俺も好きなもの買って来いって、いっぱい、小遣いくれて。頑張って毎年屋台回って、それで家に持って帰ったら、父さんと一緒につまみにして飲んでた。今年は、もう、それも見れないって思ったら、俺、俺……」


 ほろほろと溢れ落ちるように桧山は思い出を語る。ぐすぐすと何度も鼻を啜り、どんどんと荒くなる呼吸によって言葉も詰まる。頑なに夏祭りへの参加を拒否したのは、つまりは嫌でも叔父さんの不在を思い知らされるからか。


 目をゴシゴシ擦ってどうにか泣き出すのを堪えようとする。なんだか、酷く痛ましい姿だ。当たり前だと思っていた光景が急に見れなくなるってのはショックが大きいもんだからな。だから桧山も夏祭りに参加なんて出来なかったのか。屋台なんて見たら嫌でも思い出すから。


「桧山……」


 なんと声を掛ければいいのか。皆何も言えずに桧山を見つめる。嵩原も無表情で桧山を見るだけでお得意の口上を披露しようともしない。責任取れ、と突っ込むのも憚られる重い空気が辺りに漂う。唸るような嗚咽が静かな路地に響いた。


「……それだけ、桧山にとって叔父さんって大切な人だったんだね」


 美樹本が優しく語り掛けた。目元を手で覆い、顔面を隠す桧山にそっと寄り添う。桧山は無言だ。泣くのを堪えている押し殺した息遣いだけが聞こえてくる。


「いっつも屋台を梯子して、よくそんなお金あるなって思ってたんだけど、叔父さんからお遣い頼まれてたんだ。それなら毎年両手一杯にご飯抱えていたのも納得だよ。ずっと、叔父さんのために買ってたんだ?」


 美樹本の指摘にひくりと喉を震わせる。美樹本は桧山と一緒に何度も祭りに参加していたらしいからな。嬉々としてお遣いをこなす桧山の姿もそれだけ見てきたってことか。


「桧山さ、いっつも両手に抱えてる割には夏祭りの会場ではそんなに食べないで直ぐ家に帰ってたよね。それって叔父さんに届けるためだった? 全部冷め切る前に急いで帰ってたよね」


「……う……」


 こくりと頷く。健気だな、そんな感想が溢れ出た。要は好いようにパシり扱いされていただけだと思えるのに、桧山は多分嬉々として叔父さんに届けたんだろうな。いつもの笑顔で祭り会場を走る姿が脳裏に浮かぶ。

 そんな素直に買いに走るほど、桧山は叔父さんに届けようと真面目に考えて、そう振る舞うくらいに叔父さんのことも好いていたんだな。


「そんなに叔父さんに食べさせたかった?」


 ゆっくりと訊ねられて、桧山はまたこくりと頷いたあと、少し遅れて横にブンブンと振った。そして震える声で話し出した。


「……一緒に、一緒に食べてた。買って帰ったらよくやった!っていつも褒めてくれて、それで、テーブルで広げて皆で、好きなもの食べて。叔父さんも父さんも、酒飲みながらいろんなこと話してて。俺も、混ぜてもらって、それでいろんな話、聞いてもらってた。部活とか学校とか、友だちとか、いろいろ。それ、叔父さんも楽しそうに聞いてくれて」


 すうと息を吸い、はーと深く吐き出して続けた。


「……俺、それがすっごく楽しかった。どんな話も笑って聞いてくれて、頑張ってんだな!って褒めてくれるのが、俺、すっごく嬉しかったんだ……! だから、今年もいろいろ聞いてもらおうって、頑張ったなって言われたくて、なのに……!」


 最後は嗚咽に紛れて途切れた。桧山は絞り出すように胸の内を吐露する。震えた声は静かな路地に響き渡った。辺りはすっかり暗くて、気付けば青白い影もどこかに行ったのか周囲には見当たらない。桧山の叫びを聞くのは俺たち以外には他に誰もいなかった。


 ただじっと、顔を覆う桧山を見つめる。こんな時どんな言葉を掛ければいいのか。桧山の叔父さんは死んでしまった。今更どうすることも出来ない。

 桧山はただ、その死に向き合っていくしかないんだ。そう思えどそんな月並みな言葉なんて掛けられるはずもない。結局何も言えず見ていることしか俺は出来ない。


 肩を震わせる桧山を黙って見つめる。暗く夜の闇が広がる路地で桧山は肩を縮込ませて突っ立っている。その暗い背後で、突然暗闇が動いた。




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