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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
73/206

15.捕獲

「桧山!」


 美樹本の声が路地に木霊する。二人に遅れて路地へと出たために慌てて桧山の姿を探しに掛かるが、改めて見回した今度の路地は、これまでとはまた違った趣になっていた。


 狭い路地が長々と左右に伸びていることは変わりない。その路地を挟む建物が、これまでのコンクリやモルタルなどのデザイン性を推した近年の造りのものとは異なり、酷く古びた感じの総木材で建てられたものに完全に変わっていた。どれも築数十年は経っていそうな風化した佇まいであり、そんな建屋が見渡す限り路地を囲うようにして幾つも幾つも立ち並んでいる。


 見た感じでは傷みも激しいように思える。剥がれた板や錆び付いたトタン屋根など、長年の時の経過を感じさせる家屋はどれもどこか色褪せていて全体的に色味が暗い。経過した年月のその重みが色に表れているのだろうか?

 これまで明るい外観の建物ばかりが路地にはあったために、それらとの比較で本来なら暖かみを感じさせるはずの木材の色も、今は路地全体に影を落としているように見えてしまう。


 今まで通ってきた路地でも古い建物だなといった印象を抱く物は中にもあった。でもここは別格だ。この位置から見える全てがまるで年代を飛び越えてしまったかのように古い。授業で見せられた昭和の風景映像を思い出す。あれは白黒のものだったが、色が着いていたらこの路地のような雰囲気だったんじゃないかと思う。


 その古めかしい通りに青白い影が今度は犇めくようにして屯している。それこそ風景映像の中にいた通りを行き交う当時の人々といった佇まいだ。無声映像だったそれに倣うようにかなりの人口密度であっても聞こえてくる喧騒など一つもない。遠くからヒグラシの物悲しい鳴き声が響いてくるぐらいだ。


「また随分とレトロな路地に出たね。下見てみて。舗装もされてない土剥き出しの道路だよ」


 嵩原の指摘に視線を下ろせば、確かに砂利混じりの未舗装の地面がそこにあった。路面状態からしても時間を遡りし過ぎていないか? アスファルトで固められていない路面とか私有地くらいでしか現代ではお目に掛かることもないんじゃないか?


「桧山、いない」


 不気味に思いながら路地をキョロキョロ観察していれば、美樹本の悲しげな呟きが耳に届いた。そうだ、今は路地の雰囲気に呑まれている場合じゃない。


 改めて路地全体を見通す。青白い影がいよいよ以て邪魔だが、それでも桧山らしき姿はどこにも見えない。


「また見失ったか?」


「そうは思いたくないね。判子屋のお爺さん曰く直ぐに会えるって話だし、今なら追えば合流出来るんじゃない? 確か右に向かって走っていたよね?」


「うん。そうだよ。追えば間に合うよね?」


「そう信じて行くしか俺たちには出来ることはないんじゃないかな」


 各々に不安はある。でも恐らくは今が一番桧山に追い付ける可能性は高いはずだ。判子屋と、絶対に追い付けるという希望を信じて先に行くしかない。


 桧山が行っただろう路地のその先を見据えて誰ともなく駆け出す。


「桧山! どこ! 僕たちと一緒に帰ろう!」


「亨! いい加減帰るよ! まだ検証しなくちゃならない噂はいっぱいあるんだからね!」


「さっさと帰るぞ桧山! どれだけ探してると思ってんだ! いい加減こっちに合流しろ!」


 駆け出しつつ呼び掛ける。ヒグラシの鳴き声が遠く聞こえる程度の静かな路地だから、三人分の叫びは爽快なほど響き渡る。路地には青白い影が犇めいていて先を行くのも中々大変だが、それでも一度動き出した足は止まらずに僅かな隙間を縫うように先へ先へと走った。


 駆け出して暫く、路地の先を見据えて声が届くようにと僅かに上を向いていたからこそこの路地の最大の変化にも気付いた。どうにもここが薄暗いように感じたのは建物の所為ばかりではなかったらしい。

 気付けば空は黄色く暮れていて、あんなにも清々しく広がっていた夏の青空はどこかへと消え去っていた。今は太陽の姿も見えなくて明るい黄色の夕の空が頭上には広がっている。


 時間経過している? 確かにこちらの世界に来てから数時間、そろそろ日が傾き出したとしてもおかしくはない。勝手に死者の世界なんだから、ずっと明るいままで変化なんかないと思っていたのに宛てが外れた。

 もし日が暮れて夜にでもなったら。死者の世界という触れ込みからの危機感もあるが、何より暗い中での捜索なんて条件が悪過ぎる。完全に暮れる前に桧山と絶対合流しないと……!


「桧山! どこだ!」


 焦りから何度も何度も呼び掛ける。その度に狭い路地に声が反響する。日はどんどんと陰っていき、建物が落とす影も濃く長くなっていく。

 路地に落ちる影が濃くなれば濃くなるほど、周囲にいる青白い影が発光しているかのように白が滲んで薄闇の中に浮き彫りになっていく。黄色の夕日が作り出す黒い影のその中で、青白く細長い影がポウッと行燈のような柔らかい光を発して暗い路地を仄かに照らし出していった。


「桧山!」


 どれだけ叫んでどれだけ走り続けたか。気付くと周囲にはぽつぽつとしか青白い影もいなくなり、斜めに伸びる影ばかりが狭い路地を覆っている。その暗い路地の真ん中にぽつんと佇んでいる誰かの背中が見えた。


「……っ、桧山!」


 喉が裂けんばかりに美樹本が大声で呼び掛ける。びくりと肩が震え、背中を向けた誰かが振り返った。見えた顔は間違いない、よく見慣れた桧山の驚きの表情だった。


 やっと見付けた。感慨に耽る間も惜しんでさっさと桧山に駆け寄る。半端に振り向いたまま固まる桧山の、その首目掛けて腕を叩き付けた。


「うぐぇっ!?」


「確保、確保ー!」


「ごめんね亨。特に恨みはないけど拘束させてもらうね」


「特に恨みはないがこのまま首をキメさせてもらう」


「ぐえぇ! なんで!?」


 わーわー騒ぎながら桧山を拘束していく。美樹本は桧山の胴体にしっかりしがみ付き、嵩原は片腕を捻って背中に貼り付けるように極める。そして下がった上体に合わせて俺がラリアットの延長で桧山の首を脇に固めた。限りなく詰みに近い状態が完成した。


「ちょ! お、俺が何をしたー!」


「自覚もないのか馬鹿ー!」


「もうちょっと捻ろうか」


「なんなら意識落とした方が平和かもしれない」


「まっ! ちょっ、タンマタンマ! ギブギブギブギブ!」


 酷い悲鳴が静かな路地に響き渡る。やっと、どうにか桧山との合流も果たせた。夕日が赤く変わっていく中で、なんとか夜を迎えずに確保出来たことにほっと安堵のため息を吐いた。




 痛め付けることにより大人しくなった桧山を囲んで散々にこれまでの愚痴をぶつける。どれだけ俺たちが奔走し、どれだけ桧山を見付けるために頑張ったか。

 それら苦労話を「お前が暴走するからだ」と滾々と文句を交えて伝えれば、語り終える頃には桧山はしょんぼりと肩を落として反省の姿勢を見せるまでになっていた。なんたって地面に正座しているからな。これ以上ない反省の姿勢と言える。


「――そう言う訳で、僕たちは君を追ってこんな所まで入り込んじゃったってことなの。分かった、桧山」


「うす……」


「道中もね、君を見掛けることもあって僕たちいっぱい名前呼んだんだよ。でも全然気付いてもらえなかった。ずーっと突っ走っていてね、直ぐに見失っちゃったんだ。どうせ君は気付きもしなかったんでしょ?」


「はい……」


「必死だったのは分かってるつもりだよ。でもね、勝手にどっかに消えられて、それで僕らもおうちの人も、他の人たちだって桧山のことを全く心配しないなんて思ってるの? 桧山がいなくなって悲しむ人がいないと思ってないよね? こんな明らかに異常な世界に迷い込んで、それでも帰ろうとせずむしろ全力で駆け回るってなんなの。桧山には危機意識とかないの? ねぇ」


「はい……。ごめんなさい……」


 くどくどと美樹本の説教が止まらない。桧山は完全に萎縮していてしゅんと縮こまってしまっている。正座なんてしているからシルエットも実にコンパクトなものだ。平均身長くらいの男子高校生なはずなのに、今の姿は小学生くらいにも見えてくるな。


「昔っから桧山は本当に向こう見ずで、こうと決めたら梃子でも動かない所があるのが時々本当に危なっかしくて、そこをおばさんも気にしているんだからもう少し落ち着きを」


「はいはい。いろいろ言いたいことがあるんだろうけどそこらで一旦仕舞って。ね、ちょっと気を落ち着けようか聖」


 いつまでも続きそうな美樹本の説教を嵩原が止めた。あん?と美樹本がヤンキー張りのガン付けを、桧山が助かった!と救世主を見るような目を嵩原に向ける中、当の本人はにこやかに話し出す。


「判子屋のお爺さんも言ってたでしょ? 無事合流出来たならさっさとここから出て行けって。約束したってこともあるけど、俺たちもね、少々この世界に長居し過ぎたんじゃないかなぁって思うんだ。見てよ」


 言ってピッと人差し指を立てる。指を見ろってことなのかと一瞬誤解するが、くいくい上へと動かされるのに空を見ろということかと理解した。先程も確認はしていたが、頭上に広がる空は真っ赤な中に黒色が見られてもう夜へと向かっていた。


「え、わ! こ、ここって日が暮れるの!?」


「そうみたいだね。このままだと夜を迎えてしまう。一応、ここは死者の世界という触れ込みなんだし夜になる前には帰った方がいい気がするんだよね。ほら、夜は死者の時間だとも言うし」


 ニコニコ楽しそうに不吉なことを言う。だが夜を迎えるまでに帰ろうと言うのは同意だ。これ以上ここに留まって、また不可思議なものに巻き込まれないという保障もないからな。


「そ、そっか。そうだよね、桧山とも無事に合流出来たんだしもうここにも用はないよね。それなら早く帰ろうか」


「……俺、帰りたくない」


 はぁ?と三人の声がハモる。冷たい地面に正座なんてしたまま、桧山の奴は俯いて帰らない宣言をかましてきた。あれだけ説教されてまだ強固にそんなこと言えんのか。


「ちょっと桧山。さっきも言ったけどこの世界に留まり過ぎるのは良くないんだよ? またどんなことに巻き込まれるかも分からないんだ」


「話によるとあまりに居過ぎるとこちらの世界のものになってしまうんだって。それってつまりは死ぬってことだよ。亨は死んじゃってもいいやって思ってたりするの?」


「……っ」


 二人から諫められて桧山は言い返すでもなく俯いてしまう。膝に乗せられた両手がぎゅっと強く握り締められた。

 言いたいことは分かるし、事実そう説明はされていたが、嵩原も少し言い過ぎな所がある。そもそもの発端を思えばあまり触れてやるべき事柄でもないだろう。ひょっとしたら、諫めに紛れさせて探りを入れている可能性も嵩原なら考えられるけども。


 俯く桧山の頭を見下ろす。小さく渦を巻く旋毛が見えた。上から見ているからか、どうにも今の桧山は凄く小さなものに思えて仕方ない。俺の知る快活としたスポーツ少年の面影はどこにも見当たらない。


「……なぁ、桧山」


 しゃがんで顔を覗き込むようにして声を掛けた。名前を呼んでも顔を上げようとしないから、桧山が今どんな表情を浮かべているのかは分からない。俯いたままの桧山に覚悟を決めて切り出した。


「お前さ、なんで叔父さんを追ったんだ?」


 ひゅっと空気が張り詰める。頭上から息を呑む気配がする。気にせずに核心に至る問いを投げた。


「叔父さんと会えたとして、それでお前どうするつもりだったんだ?」


 じっと俯く桧山を見つめたまま訊ねた。死んだ人を追ってどうするのか。さっきの嵩原以上に酷な質問かもしれない。でも、ここに来てまだ帰りたくないなんて言われたらそうまでして一体何をやろうとしているのか、気になるのは当然のことだろう。だから訊ねてみた。


 目の前の桧山は顔を上げない。真下を向いてこちらを見ようとしない。拒絶されていると思える態度だ。だが、そんな意など汲むこともなくただじっと見つめ続けた。


 暫くしてぽつぽつと呟きが聞こえてきた。


「……俺も、よく分かってない。……叔父さんと会って、そしたら、なんか、なんかいろいろ、言いたかったんだと思う。こんな所まで着いてきて、ずっと、叔父さん見付けることしか考えてなかったけど、多分、俺、会って、なんか言いたい。……なんか、言わなきゃいけないことが、あった気がするんだ」


 酷く小さな呟きでつっかえつっかえ胸の内を語る。具体的にどうしたいかは自分でも不明だと。少なくとも、一緒に行くとかそっち方向ではないみたいだな。


「言わなきゃいけないことか?」


「うん。……分かんないけど、多分、言いたいことがあるんだよ、俺。何言いたいかは、頭ん中ぐちゃぐちゃで、自分でも訳分かんないけどさ、すっごく、すっごくなんか、この辺がむずむずすんの。吐き出せないと、多分俺、ずっと、叔父さんのこと探してそう」


 この辺と胸の辺りを押さえる。吐き出したい何か。有り体に言えば別れの挨拶や感謝の言葉。無事の旅立ちを祈るといったことが亡くなった当人へ向ける一般的な伝言ではある。まさか桧山が恨み言なんて言うとは思えないし、多分挙げたもののどれかなのではと思う。


 どうしようか。しゃがんだまま腕を組んで悩む。今直ぐにでも帰りたい所だが、でも桧山は帰りたくないなんて言う。しかも叔父さんへの伝言を果たせないとずっと探していそうとまで言ってきた。このまま帰っても勝手にまたこちらへ迷い込まれたりしたら目も充てられない。

 どうしたもんか。うーんと悩んでいたら、横ですっと美樹本がしゃがみ込んできた。


「叔父さんと会って、言いたいこと言えたら桧山はちゃんと帰る?」


 おいと思わず口に出そうになった。でも視界の端で桧山の手がピクリと反応を示したのでギリギリで思い止まる。


「もう二度と、こんな所まで追い掛けずに叔父さんのことをちゃんと見送れる?」


「……言いたいこと、言えたら。俺だって、ここにいるのは、多分良くないことだって、分かってるから」


「そっか」


 桧山の答えに短く返すと、美樹本は立ち上がって俺と嵩原を見やった。


「ごめん、二人共。そう言う訳だからもう少しだけ付き合って」


 迷いのない宣言だ。そうなるかなと思っていたけど、本当に予想通りになってしまった。


「約束破っちゃう?」


「申し訳ないけどそうなる。でもここで帰ったってまた桧山が迷い込まないとも限らないでしょ。だったらもう、この機会に済ませておいた方がいいと思うんだ。あと少しだけ居残りさせてもらおう」


 茶化す嵩原にも毅然と返す。覚悟が決まった顔してんな、美樹本。気付けば桧山も顔を上げてまん丸な目でそんな美樹本を見上げていた。


「永野も、いいかな?」


 美樹本がこちらを見てくる。許可を求めてきてるけど、もう腹の内は完全に決まってんだろ。見下ろす目は拒否は許さないと言わんばかりに圧が籠もっていた。


「……分かった。分かったよ。どうせ帰り道だってよく分かってないんだ。探すついでに叔父さんも探す。それでいいだろ」


 投げ遣りに言い放つ。どうやってこの世界から帰ればいいのか分かってないしな。入り口まで戻ればいいのかもしれないけど、それだと結構時間掛かるから出来れば近場に出口とかあってくれると助かる。


「そうだね。出口さえ分かっていたら叔父さんと会えたら直ぐに戻れる訳だ。俺もそれでいいと思うよ」


「うん。二人共ありがとう。桧山、そう言うことだから、一緒に叔父さん探そうか」


 ほっと笑顔を浮かべて桧山へと語り掛ける。桧山は変わらずポカンと美樹本を見上げているが、その顔がじわじわと喜色に変わっていくのが分かった。

 桧山にやる気が満ち溢れていくのを確認してよっこいしょと立ち上がる。俺に続くように、桧山も元気良く立ち上がった。


「お、おう! 皆、ありがとう!」


 路地いっぱいに轟くような大声で桧山は感謝の言葉を叫んだ。普段のような明るく元気な声と、満面の笑みを浮かべる桧山につい苦笑が漏れた。




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