表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
72/206

14.世界の意味

「お前らのような、とは?」


 睨み付けてくるじいさんへと嵩原が返す。じいさんの警戒様は凄まじい。下手すれば今直ぐ追い出されそうだ。ここは押し負けることもなくマイペースに話を進められる嵩原に任せた方がいいだろう。


「この世界の者ではないだろ。こんな所まで迷い込んだか?」


「そうですね。そちらの想像通りです。実は友だちが先に迷い込みまして」


「いい。そっちの事情など知らん。さっさとここから去れ」


 取り付く島もないな。じいさんはあっさりと視線を逸らしてこちらを無視する構えだ。

 随分と拒否されている。どうしようと美樹本と顔を見合わせた。


「俺たちも早く帰りたいと思ってはいるんですよ。でも一人先行してしまっていてですね、そいつと合流出来ない内は帰る訳にもいかないんです」


「……また死者を追って界を越えた者がおるのか」


 嵩原の奴が塩対応にも負けずに説明すれば、じいさんはそう溢してはぁと息を吐く。察しのいいじいさんだ。迷い込んだとしか言ってないのに正確にこちらの事情を把握したぞ。


「あれ、ご存知でしたか?」


「そうでなければ生者がこちらへと迷い込むこともない。お前たちは巻き込まれたか? あとを追って来たか? どちらにせよここは生者のおるべき所ではない。さっさと帰るんだな」


 乗ってきた、そう思ったのだがまたあっさりと躱されてしまう。取っ付き難いな、このじいさん。他二人の店主とは大違いだ。


「連れと合流出来たなら帰りますよ。だから少々ご協力願いたいんです。俺たちが迅速にこちらの世界から立ち去るためにも、どうか協力してもらえません?」


「なんでわしが……」


「あなたは俺たちにさっさとこの世界から出て行ってもらいたい。俺たちもさっさと探してる人間を見付けてここから出たい。ね、両者共着地点は一緒なんですよ。目指すべき目標が同じなら、互いに協力し合えば達成も早くなる。そうは思いません?」


「ぐぬ……」


 つらつらと饒舌に語られる案にじいさんは思わず呻きを漏らす。説得というより論破しに掛かってないか?嵩原の奴。本当に口の回る男だ。伊達にいつも俺たちを丸め込んで噂の検証に向かわせていたりはしないな。


「協力と言ってもそんな大層なことまで求めたりしません。ただこの世界には俺たちの常識外の事柄が多過ぎる。道を渡ることさえ苦慮しましたからね。今も折角探している当人を見付けたと思ったのに、邪魔が入って追跡さえ難しくなってしまったんです」


「……邪魔だと?」


「ええ。先程こちらにいらしたこの世界の人、その黒い色違いが追ってきまして」


「なんだと!?」


 突然じいさんが吼える。ガタンとカウンターさえ揺らして前のめりになってこちらへと迫ってきた。険しく変化する表情も気配も尋常じゃない。


「もうヒトガコイの仏さんと接触しとったか……」


「ヒトガコイ?」


「未練が残り過ぎて我を失っとる仏さんだ。本来、この世界に帰る仏さんは皆あの世で未練もなんもかんも昇華して真っ新なままでおる。そしてこの世界にて極短い間生前のことを思い出し、ゆっくりと羽を伸ばして過ごしてもらうんだが、時折生前の未練があまりに強固に残っとる仏さんがその未練に引っ張られて我を忘れてしまうことがある。それが黒く染まった魂、お前たちが出会した仏さんだ」


 険しい表情のままにじいさんは語る。何か、色々と気になる発言があったな。


「帰る……。ここは死者の世界では?」


「そうだ。あの世から帰ってきた仏さんが留まるためにと用意された界だ。盆の時期だけ道が開き、現世へと戻ってきた仏さんが憂いなく過ごせるようにとここはある。盆を過ぎればまた閉じるが、それまでここは仏さんたちにとっては身を委ねられる故郷として存在する」


 つまり、この世界はあの世そのものではないと。だからタバコ屋も帰って来るなんて言っていたのか。正しくここは、あの世から帰って来る死者の溜まり場ってことか。


「まぁ帰って来るというのは理解出来ますけど、それでなんでわざわざ生前のことを思い出させるんでしょう? それだと未練を誘発しません?」


「なんら記憶も思いもなしに羽など休められるか? 昔を懐かしみ無聊を慰める、そうやってまたあの世へと戻りそしていずれかは旅立つ。この界は一時の遊行、そのためにある」


 死者を慰めることが目的の世界ということか? それで気持ち良くあの世に行ってもらう、いや、帰って来ているんだからもうあの世には行ってる? じゃあ、なんのためにそこまで歓待なんてするのか……。

 そもそもがお盆というのが先祖を迎え入れる行事だったか。なんで帰って来るんだろうな。子孫の顔を確かめるため? じいさんの言うような羽を伸ばすため? 盆休みに田舎に帰省するようなもんなのだろうか。だとしたらここはその田舎ってことになるのか? じいさんも故郷だとか言ってたし。


「それだと結局は未練を抱くのでは? だって生前のことを思い出せば、中々捨てきれない情念や欲だって一緒に再燃しそうなものですし」


「一度昇華の叶った思いなどに簡単には囚われん。一度でも切り離されればそこには川以上の隔たりが生じる。全てがただ『懐かしい』と、そう振り返って見えるものにしかならん。だからこそ、仏さんはどんな記憶も、思いも、ただただ懐かしむだけで一時の帰郷を楽しむのだ」


 よく分からない理屈だ。全てが懐かしい、要は懐古としたものにしかならないというのか? 生きている間にあったどんなことも、悪く言えばそんな些細なものにしかならないと? 死ぬと誰もがそうなるのか?


「なるほど。それならあの黒い影はイレギュラーと言えそうですね」


「……黒く染まった仏さんは、あの世に行って尚捨てきれない未練を抱いたまま帰って来ておる。下手に生前のことを思い出させれば抱える未練により囚われてしまうが、ここは帰って来る仏さんは皆迎え入れると決まっておる。だから記憶も思いも、求めるのであれば答えるのがわしらの仕事だ」


「それって大丈夫なんですか?」


「ここにとっては些事にもならん。未練に囚われているからと言って他の仏さんに悪いことなんてなんもない。未練はあくまで個人が抱えているもの。あの世ですっきりしてきた仏さんにとってはただ遠い存在として遠巻きにされるだけよ」


 暗い考えに染まりそうになる中、黒い奴の話題になったため慌てて意識を切り換える。一先ず、今は黒いのを躱して桧山と合流するそのことだけを考えないと。


「俺たちは追われましたけど」


「お前たちだからこそ追ったのだ。仏さんからすれば生者の背負う光はあまりに生々しい……」


 そこまで語った所で唐突にじいさんははっと我に返ったように目を見開く。あれ?と思えば、また警戒心を露わにしてこちらを睨み付けてきた。


「お爺さん?」


「……とっとと帰れ。ここに留まるべきではないとこれで分かっただろう。生者は生者の世界で死ぬその時まで過ごしていればいい」


 そう言って横を向くじいさん。急に梯子外された。これはあれか、じいさんずっと無自覚に質問に答えていたのか。思えばかなりな塩対応だったのが、いきなりべらべらとよく喋り出して情報を渡してくれるのが異常だった。黒い影に驚いていたし、それで気が動転していたんだろうな。


「もうちょっと教えては頂けませんか? せめて黒い人への対処法なんかあったら俺たち助かるんですけど」


「そんなもんない。言っただろう、こちらからすれば黒いお人はなんら問題とならん。追うのはお前たちが生きているからだ。追われたくなければさっさと現世に帰れ」


 横を向いたままで答えられる。これは宥め賺すにも時間が掛かりそうだな。折角色々と知れたと言うのに、肝心の黒いのの対処法が分からない。


「……お願いします! 教えてください!」


 どうしたもんかとじいさんの横顔を見つめていたら、美樹本が前に出て頭を下げた。ちらりとじいさんの目だけが美樹本へ向けられる。


「迷っているのは僕の友だちなんです。ちょっと、最近悲しい出来事があって、その所為でこちらの世界に迷い込んでしまったんです。僕はそいつを絶対に連れて帰りたい。ずっと僕が大変な時や辛い時は傍にいて励ましてくれてたんです。だから一人でどこかに行かせたくないんです。だから、どうかそいつを追う方法を教えてください。お願いします。会えたら、直ぐにこちらの世界からも出て行きますから、お願いします……」


 深く頭を下げて訴える。表情は見えないが届く声は震えている。必死な懇願につい目を逸らしそうになる。


 じいさんの方を見れば、横目で見ていたのが真正面に向き直ってじっと美樹本を睨んでいた。睨む、というよりあれは苦々しく見ているか? 口を引き結びなんとも複雑そうな顔で下げられたままの美樹本の頭を見つめている。


 押すなら今だろうか。美樹本の懇願に心が揺れている今、更に畳み掛けてみる。


「そちらにとって俺たちが異物だと言うことは概ね理解しています。でも、俺たちだってここで引き下がる訳にはいかないんです。そいつを連れて帰らない内にはここから出て行くことも出来ない。先に進まないといけないんです。どうか、知っていることがあるなら教えてください」


 じいさんの顔を見つめ願う。話し出すと同時にこちらへと目を向けたじいさんの顔が驚きに変わっていった。その見開いた目を見つめながら真摯に希う。


 暫く静かな時間が続いた。美樹本は頭を下げたまま、俺とじいさんはじっと見つめ合ったままだ。嵩原はそんな俺らを静かに眺めていた。


 水を打ったように静かな空間は、やがてじいさんの唸り声によって霧散された。


「ぐう、むむ……。頑固な小僧共め……」


 悔しげにそう漏らす。うっすらと汗を掻き、眼鏡の奥の瞳を不機嫌そうに細めているが、しかし警戒感といったものはなくなっているように見えた。バンとカウンターを叩き力なく項垂れる。


「……頑迷に拒んだ所で自ら帰ることもないか……。ならば導いた方が事も早くに済ませられるか」


 独りごちた呟きだが、でもその内容は。近くにいた嵩原が耳敏くその呟きを拾う。


「それでは?」


「……仕方ない。しようがないからその探している者の元へと導いてやる。それならばヒトガコイの仏さんと出会すこともないだろう。比較的ここを荒らされずに済む」


 はああと深いため息のあとに続いた答えは望外のものだった。まさか黒いのへの対処を飛び越えて桧山本人への接触に協力してもらえるとは。


 がばりと美樹本が頭を上げた。


「え!? み、導いてもらえるって」


「これ以上お前たちにこちらを歩き回られては敵わん。その探し人がおる道へわしの方で繋いでやる。お膳立てしてやるのだから見付けたら早急に帰るんだぞ。いいな?」


「は、はい……! ありがとうございます!」


 涙ぐんで美樹本はお礼を言う。まさかまさかの展開だ。一気に目の前の霧が晴れた心地だな。これなら桧山も直ぐに捕まえられそうだ。


「今、道を繋いでやる。こっちに来い。全員でその探し人の姿を思い浮かべなければ道は繋がらん」


 カウンターの一部動かせる上蓋を押し上げてちょいちょいと俺たちを手招きする。カウンターを越えて店の奥へと通されるが、そこは店内から見た通り引き戸があるだけの店の裏だ。ガラス窓からは変わらずにどこかの路地が見えている。


「思い浮かべる、ですか?」


「そうだ。わしはお前たちの探し人なんて知らん。だからお前たちが示せ。ここでは繋がりがあるならどこへだって行ける。そうなっとる」


 またもや謎理論を展開されるがあまり細かいことは気にするべきじゃないんだろう。本来、俺たちが関わりを持つべき世界でもないんだ。


「桧山を想像……」


「美味しそうにチキンステーキ頬張ってる姿でもいいかな?」


「サッカーやってる時とか、もうちょっと格好いいシーンがあるだろ」


 引き戸を前に三人並べられてうだうだ話し合う。いきなり桧山を思い浮かべろと言われても中々難しい。サッカーやってる姿とか、美味そうに食べ物飲み込んでる姿とか、脳内には呑気そうな桧山ばかりが過ぎる。

 でも強烈に映像として残っているのはこちらへ迷い込むその直前のものだ。路地の奥に叔父さんを見付け、安堵したような、今にも泣き出しそうな顔で消えていったその横顔が忘れられない。


「桧山……」


 いつも脳天気そうに笑ってるあいつでもあんな顔をするんだな。当然と言えば当然だ。身内を亡くしたんだ。残された者が底まで沈むように悲しむのは当たり前のことだ。それなのに桧山も元気を取り戻したと安易に思い込んでしまったのが悪かったのかもしれない。あの路地に消える前、もっと必死だったら桧山を止められていたかもしれない。


 美樹本ではないが俺だって桧山を一人で行かせたくなんてない。いくらなんでも早過ぎるだろ。さっさと連れ戻しに行かないと。

 そう、強く決意した時だ。


「むむ……!?」


 じいさんの唸りが聞こえてはっと我に返る。それと同時に目の前の引き戸の窓ガラス、そこを走り抜ける誰かの姿を捉えた。汗を流し、今にも泣き出しそうな顔で歯を食いしばるのは桧山当人だ。


「桧山!」


 美樹本が名を呼ぶ間に桧山は前回と同じように右へと消える。繋がったってことか? 今、この扉の先に桧山はいるのか。


「お爺さん、今のは」


「……どうやら繋がったようだな。今、この戸はお前らの探し人の元へと繋がっとる。行けば直ぐにでも会えるだろう」


「本当ですか……!?」


 パアと美樹本が顔を明るくさせる。じいさんは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らして答えた。


「嘘など吐くか。いいからさっさと合流して来い。そして早々にここから立ち去るんだな。お前たちがいては仏さんものんびり羽など伸ばせまいよ」


「ご親切にどうも。お爺さんの協力には、早急なこの世界からの立ち去りという約束で以て答えさせて頂きますのでご心配なく」


「ふん。どうだか。ま、いつまでも留まっていたとしていずれ仏さんになるだけだ。好きにすればいい」


 最後の最後に怖いことを明言されてしまったが、何はともあれこれで桧山も漸く捕まえられる。ガラガラと勢い良く戸を開け放ちじいさんへと礼を述べて外に飛び出す。じいさんの確約はあるけど、桧山の足の速さを考えるなら速攻で追った方がいいだろう。


 美樹本、嵩原と続く背中に俺もと一歩踏み出した所でふと背後からじいさんの声が聞こえてきた。


「……お前の声は少々大きい。口を開く際には気を付けることだな。ここではその声は遠くまで響き易い」


 忠告めいた内容に思わず振り返る。だが、既に体は外へと出てしまっていたので引き戸もほぼ閉まり掛けていた。僅かに開いた隙間から、暗がりに消えていくじいさんのその背中だけが一瞬見えて、瞬時にピシャリと戸は閉まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ