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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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12.黒

 ギィと軋んだ音を立てて開け放した扉の向こう、そこはどこかの路地裏といった雰囲気で左右に道が伸びている。

 またか、と思えど驚きはない。いい加減無限に続きそうな路地というものにも馴れてきた。


「こっちも変わらず路地なんだね」


「道の幅は車一台通れそうかなってほど、両側に建物があって抜けられそうな細道もないと。この世界はこんな道だけで成り立っているのかな?」


 きょろきょろ辺りを見回しながらそんな感想を漏らす。道を挟むようにしてある建物はあまり変わりない。住宅や商店などの個人規模の建物ばかりであり、マンションや大型の商業施設といったものはここからでは見当たらない。一個前の道と比べれば多少年代を感じさせる一昔前の外観のものが多いように思えるが、まぁ人気のなさは健在なようだから大した違いもないだろう。

 色が濃く、表面に罅も見られるアスファルトの道が長々と続く。等間隔に立つ電柱と一緒に、道には先程よりも多くの青白い影がゆったりと人の波を作り出していた。


「……こっちの方が影は多いんだね」


「そうみたいだな。それとも向こうが少ないだけだったか?」


「その辺りは判断のしようがないよねぇ。ひょっとしたらこっちに集客出来る何かがあるのかもしれないし」


「集客て」


 嵩原の言い草に思わず突っ込む。まぁ、影も人であるらしいし、ならこの状況も盛況であると言えないこともないかもしれない。路地を埋め尽くすほどとはいかないけど、擦れ違うのも多少大変かなと思えるくらいには青白いものが視界には入っているからな。路地に落ちる濃い影も、少々大きくなっているような……? ん?


「いや、のんびり観察している場合じゃなかった。それで永野、桧山はどっちに向かってた?」


「向こうだ。左から右に走っていってたぞ」


 何か違和感を感じた気がするが美樹本の声にそれもどっかへと消える。

 訊ねられるのに路地の奥を指差した。あれは確かに桧山だった。奴は一心不乱にただ前に進んでいた。

 俺の答えに二人は頷いた。


「向こうだね。よし! 追い掛けよう!」


「亨も一つ所に留まってくれないよね。どこかそこら辺りで休んでくれてたらこんなに俺たちが迷走することもなかっただろうに」


「あいつの体力はお化けだからな。それでいて足まで早いんだから簡単に追い付けないのは当然と言えば当然だ」


「それだと延々と追い付けそうにないんだけど大丈夫? はぁ、どうにか先回りとか出来ないものかな」


 漸く桧山の姿を捉えたということでやる気も湧いてくる。口では文句を言いながらも、若干声が明るくなっているから嵩原も同じなはずだ。

 ここで絶対に捕まえる。口に出さなくたって全員そんな決意であることは間違いない。青白い影を避けながら、路地の奥へと駆け出した。




 暫く走り続けるが一向に桧山の背中は見えてこない。道は一本道だ、俺たちのように道を渡れでもしない限りはこの道の先に奴はいるはずなのに。まさかずっと走り続けていたりしないだろうな。


「……ご、ごめん、限界……!」


 十分近く走り続けてとうとう美樹本がダウンした。ゼハゼハ荒げた息でギブを告げるのでこちらも足を止める。俺たちの中では一番体力がないので致し方ない。


「無理するなよ。ずっと歩き通しだったしちょっと休むか」


「ごめん……。自分の、体力のなさが、情けない……!」


 言いながら道路にへたり込む。せめて軒先ででも休ませた方がいいだろう。ちょうど自販機とベンチが近くの商店の前にあったのでそこに座らせた。飲み物もいるかと自販機を確認したが、見るからにかなり古めかしく塗装も剥げた自販機は電源が入っていないのかうんともすんとも言わない。


「駄目だな。買えそうにない」


「真人、ヨモツヘグイって知ってる?」


「なんか不穏な感じがする響きだな。いきなりなんだ、おい」


 唐突な質問に鼻白みつつ聞き返せば、民間で語られる所の異界での注意事項なんだとか。

 要は異界にあるものを口にするとその世界のものになってしまうという一種の信仰みたいなものがあるらしい。日本神話においてイザナギだかイザナミだかがどうのと説明されたが、とりあえず安易には異世界の食べ物などを口にしない方がいいとのこと。


「お前、駄菓子屋で大人買いするみたいなこと言ってなかったか?」


「あれは駆け引きのためだもの。買うつもりはちゃんとあったけど、口にするとは言ってないし。まぁ、お婆さんから拒否されちゃったけどね」


 必要ない的なことは言われたけどあれってそういう意味だったのか? 渡されたキャラメルを思い出す。これも俺が食べるなと明言はされていたが、じゃあ一体誰に食べさせろって言うんだ。


「そんな云われもあるから、例え食べられそうな物を見掛けても口にしない方がいいと思うんだ。飲み物も当然アウトだからね」


「……駄菓子屋辺りで言ってくれないか、そんな大事そうなことは」


「食べ物屋の前でこの世界のものは食べない方がいいよなんて言えって?」


 驚いたなんて顔で返されるのに閉口する。それは、まぁ、常識のない振る舞いと言えばそうだけども。


「僕の傍で不穏な話をする……」


「だって聖、ここで飲み物買って渡されたら躊躇なく飲んでなかった? 俺一応親切心で教えてあげたんだけど?」


「……」


 ぐうの音も出ないとはこのこと。軒先の水道とか、放置された缶とかなら絶対に口にはしなかっただろうけど、こんな自販で買った物なら疑いもせず飲んでいた可能性は否定出来ないな。

 幸い、これまで桧山を追うことに必死で補給するといった行動に移らずにいたから問題はなかった。長時間の探索となれば無補給ともいかなくなるから、その辺りを気を付けないといけなくなるかもなぁ。あまり暑くないとは言え動けば汗は滲むし。


 より効率的に動く必要があるかもと考えていると、気まずげに視線を逸らしていた美樹本が何かに気付いてはっとなる。ついでその顔色がざっと青冷めた。


 何事だと訝るこちらに震えた声が懸念を伝えた。


「……これ……、桧山は大丈夫かな?」


 問われて、その深刻さにこちらもさぁっと血の気が引いた。


「……あいつ、ヨモツヘグイとか知ってる」


「いや知らないでしょ。亨だし」


 宜もない。でも俺も同意だ。だとすると拙いよな、これ。


「あいつ体力はあるけど何も飲み食いせずにいられるってことはないよな?」


「そりゃ亨も人間だし、動き続けるにはエネルギーを補給する必要はあるでしょ。ずっとかどうかは分からないけど、これまで動き回り続けていたなら飲み物くらいは求めていたとしてもおかしくはない」


 そうだな、そりゃそうだよな。つまりはこうしている間にもあの馬鹿はエネルギー補給のためにこの世界のものを口にしているかもしれないってことだ。


「美樹本。悪いけど休んでる暇はなくなった。急いで桧山を見付けないと」


「分かってる。見付け出したら絶対奢らせる。永野のバイト先で高いお菓子注文してやる」


 何かを振り切ったらしい美樹本が呪詛を吐きながら立ち上がる。心配も過ぎれば怒りに変わるという典型か。気持ちは分かるが俺のバイト先で憂さ晴らしは止めて欲しい。


「黒頭。とにかく黒頭を見付けよう。道は真っ直ぐの一本道だしそこにだって青白いのが屯しているから黒色は目立つはずだ。確認さえ出来ればあとは怒鳴り付けてでも止めてやる」


「聖が大分キてる。最早頭の色だけで亨を見極めようとしてるよ」


「実際外れてる訳でないしいいんじゃないか? 美樹本が怒鳴り声で名を呼んだら流石に桧山も足を止めるだろ」


「頼もしくはあるけどね。ま、確かに有効ではある。どこかそこらのお店に入ってないことを祈ろう」


 ぶつぶつ作戦なんだか恨み言なんだか分からないことを呟く美樹本の提案に従うことにする。路地はこれまで以上に見通しが悪くなってるし、色での判別というのは苦肉の策とも言えた。青白い影は透過性があるものの、だからと言って向こう側を完全に透けさせるほどではない。

 桧山も身長は平均くらいはある。影に紛れていたとしても頭くらいは見えるだろ。そう信じてまた探索へと戻っていった。




 路地の奥へ向かえば向かうほど青白い影も増えていっているようだ。今では二、三の集まりもそこらにあって通行の邪魔をしている。ぶつかりに行くのも避けているためにどうしても左右に避けながらの進行とあって時間と体力を消耗してしまう。


「多い! 何これ!」


「どんどん多くなってくるな。こっちはメインの通りだったりするのか?」


「知らないよ! もう突っ切りたい!」


「あんなに怯えていた聖がこんなにヤケクソに……。この短時間で強くなったものだね」


 感慨深く呟く嵩原は置いといて、美樹本の主張にもちょっと頷き掛けてしまう。どうせこの影には触れられない訳だし無視して進んでもいいんじゃなかろうか。もしかしたらヨモツヘグイみたいに何かしらのペナルティが存在するのかもしれないけど、正直もう一々避けるの嫌になってきた。


「やるか?」


「一応まずは腕なり足なりで具合を確かめてから実行はすべきだろうね。敵対行動とみなされて襲われるのも面倒だし」


「敵対……。敵対するか? 意思なんて感じられないが」


「こちらの世界の人だと言うし、元は生きた人間だったって言うなら自意識もあるとみるべきじゃない? 単なる人型の何かだと侮るよりかは警戒を持って当たる方がいいでしょ」


 嵩原の言も正論だとは思う。影は皆緩やかに動いてはいるのだが、そこに個の意識は見ている限りは感じられない。自動で動く何かといった印象が勝つ。

 しかし、だからと言ってただの人の形をなぞったものだと断定するのも危ないか。もしこいつらと敵対して一斉に襲い掛かられることがあったら、桧山の捜索処の話じゃなくなるからな。


 でも邪魔臭いものは邪魔臭いんだよなぁ。急いでいるのに先を行けないことにストレスが溜まる。蹴散らすとまでは言わないが、左右に寄ってくれたらそれだけで大分楽になるのに。


「あっ!」


 詮ないことを考えていた最中、美樹本が声を上げた。どうしたと問う暇もなくざかざか先を行く。


「待て、美樹本。桧山を見付けたか?」


「黒いのが見えた! 多分あれは頭だ、桧山じゃないかな!」


 なんだって? 美樹本の視線が向かう先を追う。青白い影が蠢くその先、左右に寄ったり揺れたりしているその向こうから確かに黒いものがチラ見えした。

 この世界で黒い頭を持つものなんて、俺と桧山以外には見掛けたこともない。


「桧山か!」


「早く行こう! また見失ったら面倒!」


 確認して直ぐに駆け出す。影を避けて迂回し、そうしている間も黒い頭を視界に収め続ける。そいつは動いていないのか、こちらから近付いていけば頭はどんどんと大きくなっていった。


「この、向こう……!」


 軽く息を荒げて美樹本が青白い影の前に出る。もう大分近くまで来た。目と鼻の先だ。


 こちらも青白い影を掻き分けて前に進む。どうにもこの辺りは影が多い。立派に人混みと評せるくらいには密度が濃く進むのも苦労する。影が集まる何かがあるのかと意識の片隅では気になりつつも、今は桧山を優先すべきだと青白い影の壁を擦り抜けて前に出た。出て、そこで見えた光景に思考が一瞬停止した。


 青白い影の向こうにあったのはなんの変わりもないこれまで通りの路地といった風景。罅の入った道路も古めかしい建物も健在だ。全てがすっきりとよく見える。

 そう、何故だか目の前の数メートル四方、そこだけ青白い影も全くいなくて開けた空間がぽつりと広がっていた。あれだけうごうごと蠢いていた人影が一切見えないその空白地点にて、濃い色のアスファルトの中央に見慣れないものが立っていた。


 そいつは全身が真っ黒だった。周囲の影同様頭らしきでっぱりに腕らしい分岐が二つあり、そして下半身は筒のように真っ直ぐで地面近くでは透けていて浮いているようにも見える。

 黒い以外では青白い影との差異も窺えない色違いが、開いた空間の只中に地面から伸びているように立ち竦んでいた。


「あれ? 亨じゃない」


 唖然と見入る傍らで嵩原が飄々と呟く。黒い頭=桧山の図式は確かに崩された。でも今はそこを気にしている場合か?


「……何、あれ……」


 異常とも思える黒い影の登場に美樹本が怯えた声を上げる。イケイケどんどんな気配もなくしてしまったようだ。無理もないけど。あの黒いのはそれだけなんだかおかしい気配がする。


「察するにあれと見間違えたってことかな?」


「そう、なるな」


 声を潜めて訊ねてくるのにこちらも囁きで答える。青白い影から見えていた黒はあいつで間違いない。桧山でなかったことは残念だが、下手に突っ込まずに済んだのは幸運だったと思う。今はとにかく距離を開けるべきだろう。


「下がろう。なんかおかしい」


「ここだけ人気が掃けているのもあの黒いのの影響かもしれないね。こっちの世界の住人がこれほどまでにあからさまな行動を取ってるんだ、ここは俺たちも倣う方が賢い選択ってもんだろうね」


 周囲に目を向けたあとそんな推測を語って同意してくる。なるほど、青白い影が急にいないのは黒いのを避けているからか。だとしたら俺たちもそれに倣った方がいい。


「美樹本。静かにだ。静かに後ろに下がれ。青いのの後ろに隠れれば一息つく」


「う、うん……」


 そろりそろりと後ろに下がる。背を向けるのも嫌なので顔は前を向いたままだ。開けた路地のその中央で、ぽつんと一人佇む黒いのから少しずつ距離を取る。

 青白い影から一歩前に出ていたのが横に並び、そして後ろへと下がれた。あとはこのまま身を隠すようにして静かにこの場を離れればいい。桧山のことも気になるが、今はとにかくこの場をどうにか凌がないと。


 余所に気を向けたのがいけなかったのか、ふと黒い影がゆらりと揺れて振り向くような動きを見せた。青白い影越しに黒い頭と目と目が合った、気がした。


 まずい、そう思えたのは一瞬だ。


『……●、●』


 低い唸り声のあと黒い影から靄のようなものが溢れ落ちる。液体窒素から立つ白煙のように、それは重力に従ってふわふわと地面に落ちていった。まるでそれを避けるように周囲の青白い影がさっと道の端に寄る。


『●●……、●●●●●!』


「逃げろ!」


 言葉にならない咆哮を上げ、黒い影が向かってきた。慌てて反転し逃げ出す。鈍くしか反応出来なかった美樹本の背を押し、冗談のように開けた路地を走る。どの影も関わりたくないと言わんばかりに建物の方に寄ってしまっていてこれじゃモーゼの海割りみたいだ。そんな軽口を口から吐き出しそうになったが、言ってる場合じゃないなと冷静な部分が諫めてくる。


「どうする! 逃げるだけで充分か!?」


「最悪は駄菓子屋に戻ろう! お婆さんに迷惑掛けるのは申し訳ないけど、悠長に気にしてられる余裕もないからね!」


「その手があったか!」


 周囲の建物に入れないことは充分に確認済みだ。こんな一本道で鬼ごっこなんて捕まる未来しか見えなかったが、そう言えば駄菓子屋を通ってこの道に来ていたな。すっかり忘れていた。


「そう言うことだから、聖! 駄菓子屋まで頑張れ!」


「……ひ、ひは……」


 酸素不足なのかそれとも恐怖故なのか。がたつく呼吸音で返事をする美樹本を連れて、俺たちは全力で進んだ道を戻っていった。




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