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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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10.タバコ屋

 路地を進む。真っ直ぐな道には建物がずっと建ち並び、曲がり角や交差点に行き着くこともない。建物と建物の隙間もほぼほぼなく、つまりは脇に抜けることも出来ない。騙し絵のような一本道がずっと先まで続いている。


「……誰も、いないね」


 足は止めないままに美樹本がぽつりと呟く。これまで擦れ違った人間も建物内にいる人影も一人として出会していない。ゴーストタウンか? いや、ここは死者の世界らしいので間違ってはいないか。


「そうだね。これなら亨も直ぐ発見出来そうなものだけど……」


「その肝心の桧山もさっぱり見掛けないな」


 伸びる道は一本。桧山もこの道を通ったとしたらいずれ追い付くことも可能なのではと思いもしたが、進み出して多分三十分ほど、今尚桧山の背中さえ見えない状況に俺たちはいた。


「桧山処か人っ子一人出会さない、か」


「それに別れ道の一つもないよ。この世界ってこの道一本だけなのかな?」


「さて? でも疑わしいよね。ひょっとしたら亨は別の道を行ってるのかも」


 唐突に嵩原が新しい可能性など口にする。この道を辿ることで桧山に行き着くと信じて進んでいたと言うのに。なんでここで不安を煽るようなことを言うのか。


「別の道? いや、この一本しかないだろ」


「そうでもないみたいだよ?」


 言いながらすっと指を上に向けるのでその先を追った。嵩原の指は傍らに立っている電柱を指している。上向きということで視線を上げれば、自然と送電線が視界に入る。


「……あ」


「お」


 見れば長く前方に続くばかりだったはずの送電線、それが横にも別れていた。


「これまではさ、ずっと電線は前に伸びていたでしょ? でもああやって横に別れているのもあるみたいなんだよね。あれってあの先にも電柱があるってことじゃない?」


「それは、そっちにも道があるってこと?」


「そうじゃないかなって思うんだけど」


 道はここだけじゃない。当たり前と言えば当たり前の話だ。ずっと長々と続く一本道自体俺たちの常識からすれば異常な光景ではあった。それもここが別世界だと思うからこそどうにか飲み込んだと言うのが実状であったため、まさか実は他にも道はあるんだという考えに至ることが出来なかった。


「桧山は他の道に行っちゃった?」


「それは分からない。ただ可能性はあるよね。だからこのままこの道を進むだけだと問題かもしれない」


「桧山がどの道を行ったのか、その確認を取りたいな」


 つまり情報収集。この全く人気の感じられない路地で目撃情報を集めなければならない。無理じゃね?


「……どうやって確認取ったらいいの?」


「普段ならその辺りを歩いている人から情報を募る所なんだけどね」


 相変わらず周囲には人っ子一人いない。建物の中からも物音も気配もない。これでは情報の得ようがない。


「嵩原、無理だよ」


「諦めるのは早いよ。外にいないなら中ってね。ひょっとしたら誰かは建物の中にいるかもしれないよ?」


「そう、かなぁ。いたらいたで怖いんだけど」


「頑張れ。道を変える方法だって出来れば把握はしときたい。このまま進むだけじゃいつまでもどこにも辿り着けないかもしれない」


 怖いことを言う。とは言えその懸念だって理解出来ないこともない。長く続く一本道。遥か先まで続いてこちらでは視認も出来ないほど先まであるのが分かる。このまま進み続けたらそれこそ元の世界へは戻れないんじゃなかろうか。そんな不安は常に心の片隅にはあった。


「え、それどういう」


「ま、いいじゃない。聖は亨の無事だけ祈っておいて。一先ず情報収集をしよう。この世界のことを確かめるにはこの世界にいるものに聞くのが手っ取り早いってね。まぁ、上手くいくかは分からないけど」


 不安を煽る言い種だ。でも嵩原だって確証があって提案しているのではないことは理解している。ここは俺たちの知る常識が通用する世界じゃない。電柱から気付きを得るように、よくよく観察と考察を繰り返して慎重に事を進めなければならないだろう。二重遭難なんて引き起こす訳にもいかないからな。


 異様な世界に、気を抜けば茫洋となりそうな意識を引き締めて前を見据える。早い所、桧山を見付け出さないと。焦りは禁物だろうけど、じわじわと不安が迫り上がってきて仕方ない。



 話を聞ける相手を見付ける。そのためにインターホンを押したり扉を叩いて在宅しているか確認するが返事は全くない。片っ端から当たりにいくけどいずれも反応はなく扉もぴしゃりと閉め切られていた。商店と思わしきものも同様でいらっしゃいなどと歓迎されることもない。


「駄目だね。どこも開かない」


「住宅はともかく商店も音沙汰がないとは。商売するつもりがないってこと?」


「この世界で商売って成り立つのか?」


 軽口を叩くも状況は芳しくない。依然手掛かりはゼロだ。進展は望めなく代わりに奥へ奥へと進まざるを得ない現状に焦りが募る。


「ここって、本当に誰もいないのかな……?」


「少なくとも亨の叔父さんはいるんじゃない? あとを追って辿り着いたんだし」


「タバコ屋のばあさんの言う通りなら死んだ人間はいるはずだが。……、ん?」


 ふと微かに煙い匂いが鼻先を掠める。どこかで焚き火でもしてるのかと反射で思い付くが、だとしたらそこには誰かがいるってことにならないか?


「なんか煙たいぞ」


「ん、本当だ。焚き火してる?」


「いや……、多分これ、タバコの煙じゃない?」


 嵩原の指摘にああと合点がいく。煙い割りには煙は一切見えないのはそういうことか。焚き火じゃなくてもタバコならそれを吸う誰かが確実にいるよな。


「どっちから漂ってきてる?」


「前方、だね。向こうから流れてきてるよ」


 すっと嵩原が前方を指差す。匂いはそちらから流れてきている。つまり喫煙者はそっちにいる。


「行くか。やっとの手掛かりだ」


「第一住人発見って奴だね。この場合は死者ってなるのかな?」


「不謹慎に怖いこと言うの止めて」


 微かに香るタバコの匂いを伝い、真夏の路地を進んていった。




 匂いの元とはそう時間も経たずに遭遇することが出来た。路地の途中、鼻を刺激する匂いが濃くなるそこで立ち止まれば、直ぐ近くにはとある店舗が建っていた。どこかで見たような窓口が軒の下にあり、上には壁にくっついて古ぼけた看板がある。『タバコ屋』という掠れた印字がどうにか読み取れた。


「まさかの店舗」


「吸ってる誰かじゃなくてその大元に辿り着くとは思わなかったよ」


「匂いも強くなってるし、多分ここが発生源、なんだよね?」


 『タバコ』という分かり易い看板を見上げて戸惑い気味に議論する。周囲に漂う匂いの強さからここが目的地であることは間違いない。

 タバコ屋は販売口で売買を行う昔ながらのスタイルの店だ。つまりはばあさんの店と似た形をしている。閉め切られた窓の向こうにカラフルなタバコの箱が積み上げられているのがこちらからも見えた。


「また古いタイプな……」


「でも路地の中のタバコ屋さんってこんなイメージだよね」


「カウンター式でショーケースが机代わりにあって、で、そのショーケースの中に各々で飾り付けなんかしてて斜め上なセンスについつい見入っちゃったりするよね?」


「「分かる」」


 昔ながらの個人商店あるあるで盛り上がっている場合でもない。気を取り直してタバコ屋の様子を窺う。窓は閉められているようだが匂いは確実にこの辺りが出本になってる。恐らくは店員はいると思うんだが。


「と、とりあえず呼び掛けてみようか」


 いざ住人と接触するともなれば及び腰にもなるというもの。美樹本が勇気を出して恐る恐る近付いて声を掛けた。


「あ、あのー、すみません。誰かいませんか?」


 窓から見える奥へ向かって声を上げる。しかし応答はない。


「あのー、すみません。お店の方はいらっしゃいませんか?」


 今度はもう少し声を張って、ついでに窓もノックしながら尋ねる。コンコンと硬質な音が上がるが、やはり誰も出て来ない。


「すみません。誰か、誰かいないんですか?」


 流石に三度目ということで半ば自棄になって声を上げる美樹本。窓もゴンゴン鳴らしているのだがそれでも答えはない。なんだ、結局空振りか?


「駄目だ、出て来ない」


「おかしいね、これだけ強く匂ってるなら誰かは確実に吸ってるはずなんだけど」


 まさか居留守? 俺たちが未成年だから対応しないとかそんなコンプラ的な処理なんてされてないよな?

 試しに窓にも手を掛けるが、しっかりと施錠がなされていてこちら側からはどうやったって開けることは出来ない。これはどうにもならんか。美樹本も諦めて窓口から離れた。


「折角人に会えると思ったのに」


「期待していた分残念だよね。第一死者発見とはならなかったか」


「その言い回し気に入ったのか? まぁ、こんな世界にあるんだ、タバコ屋やってる奴も恐らくはこの世界の住人ってことだろうし、よく考えればなんら準備なく対面するのもよくないんじゃないかって思えてきた」


「それは。……言われてみるとちょっと怖い、かも」


 想像したのか自分の体を抱き締めてふるりと震える美樹本。そんな美樹本の背後に動くものが見えた。


「なんだい。なんか用かい?」


「ひえっ!?」


 突然声を掛けられて美樹本は盛大に飛び上がる。ばっと振り向いた先にはタバコ屋の窓口から顔を覗かせる誰かがいた。さっきまで人の気配もなかったカウンターのそこにいつの間にかじいさんが一人、上体を預けるようにしていた。


「え……、あ……」


「タバコ買いに来たんかい? どれにするよ」


 言って傍らに置いてある棚から幾つか取り出す。赤や青や緑と様々な色合いの小さな箱をカウンターに置いてこちらへと差し出してきた。どれも商品名などは記載されていない。色とそれぞれ簡易なデザインが印刷されているだけだ。


「え、いえ、僕らは未成年ですから、タバコはちょっと……」


「あー、関係ない関係ない。皆吸ってるもんだから気にせんでいいんよ。ほれ、どれにする?」


 なんら忌避することもなく男、老人はこちらへとカラフルなタバコを押し付けてくる。流石に成人に見えているってことはないよな?


「タバコもいいんだけど、俺たちちょっと訊ねたいことがあるんです。俺たちくらいの年齢の男を見掛けませんでしたか?」


「んん?」


 嵩原が横から割り入ればじいさんはキョトンとした顔でそちらへと視線を向けた。嵩原に意識が向いたのを切欠に美樹本は俺の方へと避難した。さっと背中に隠れた所を見るに怖がっているようだな。


「た、嵩原はよく普通に話し掛けられるね」


「情報を得るにはまたとない機会だしな。一応話も通じそうだし、嵩原としても貴重な体験をしてるって意識の方が上で気にしてないのかもな」


 窓から顔を覗かせるじいさんは、見た目は完全にただの老人にしか見えない。日がな一日店番に立ってのほほんと過ごしていそうな出で立ち。でもこの世界のことを考えれば、それは当然生きている者ではないと言うことで。


 現状って死者と交信しているようなものなんだろうか。目の前にいるじいさんはしっかりと体もあるし、とてもあの世とかの住人には見えないんだけど。


「男?」


「こちらの世界に迷い込んでしまったようで、俺たちは連れ戻すために追って来たんですよ。短髪の背はそこそこに高いスポーツ少年って感じの男です。今急いで探しているんですが、この道を通ったりしてませんか?」


「ああー、うん?」


 うん。黙って見守っていようと思ったんだがどうにもじいさんの反応が覚束ない。何も難しいことは聞いてないはずなのに頻りに首を傾げてよく分からないといった態度を取る。これは、ボケているのか、それとも答えられないのか。


「だ、大丈夫かな?」


 要領を得ないやり取りに美樹本も心配げだ。第一死者がこれとは、幸先が不安だな。


「こちらの人を追って迷い込んでしまったんですよ。俺たちはその男と一緒に元の世界に帰らなくちゃいけない。だから見掛けたのなら教えて欲しいんです」


「追って? 迷い? ……あー、ああー。そうかい、そうなんだねぇ」


 お。反応があった。どこに切欠があったのかは知らないが、じいさんは得心がいったとばかりに何度も頷いている。


「理解頂けましたか?」


「なるほどねぇ。ならタバコは要らんなぁ。必要なのは菓子かね? それとも判子か? いや全部要らんのか?」


 じいさんは一人納得した様子でよく意味の分からない話を続ける。意思疎通が適ったと思ったのは間違いだったか?


「お爺さん?」


「なんも心配要らんよ。なるようになる。染まるも染まらないもあんたらとここ次第だぁ。神様は誰でもちゃんと受け止めてくれる。何、怖いもんなんてなーんもありはせんから安心しなさい」


「はあ」


 そして安心なんて一つも出来ないことを言われた。染まるってなんだ。受け止めるって何をだ。ニコニコ人の良さそうな顔で笑ってるのが凄く不気味だ。


 嵩原も少々困った様子だが、でも情報を得ることを優先させたか、ずいとまたじいさんに迫る。


「それなら、道を渡る方法だけでも教えてはもらえませんか? この道以外にもここには道は存在しますよね? ずっと建物が並んでいて横に抜け出せそうにないんです。他の道への行き方を教えてはもらえないでしょうか?」


 畳み掛けるように訊ねた、その時だ。


「お? すまんね、お客さんだ。ちょっと脇に退いとくれ」


 嵩原の横、俺たちとも違う箇所を見て唐突にじいさんはそう断りを入れてきた。客? 俺ら以外に誰かいるのかと辺りを見回せば、いきなりぬっと青白い影が目の前に生えた。


「え!?」


「ぎゃっ!?」


 短い悲鳴が上がる中、青白い影は滑るようにしてタバコ屋の前に立つ。恐らく、多分人。頭っぽい出っ張りに腕っぽい分岐、下半身は完全に筒状で地面近くでは透けてしまって浮いているように見える。足があるのかは分からないが、それでも多分この影は人間だと思われた。元、が頭に付くが。


「ななななっ」


「え。人、か?」


 驚きに固まるこちらなど無視して、じいさんは現れた人っぽい影へと気安く笑い掛ける。


「はいはい、いらっしゃい。どれにするね? 始めはこれがおすすめだね。馴れてきたらこっちなんていいよ。お、これにするかい? はいよ、毎度あり」


 一方的に話し続け最後は取り引きが成立したのか、箱を一つ手渡してそう告げる。影は影で終始うごうご蠢いていたかと思えばじいさんから箱を受け取りまた滑るようにタバコ屋をあとにする。路地の奥へとそのまま移動する姿を、俺たちは呆気に取られて見ているしかなかった。


「……何、あれ」


「……ここの住人、なんじゃない?」


 そう答えるしかないよな。この世界でじいさんの次に見た人っぽいもの。大凡外見は人から外れてしまっているが、それでもなんなのかと言えば住人?と呼ぶしかない。


「えっと、お爺さん、さっきの人?は一体なんですか? お爺さんは客と呼んでましたけど、あれは人なんですか?」


 余程気になったのか臆せず嵩原の奴じいさんに詳細を訊ねていった。対してじいさんは「ん?」なんてまたきょとん顔を浮かべる。


「さっきのお客さんかい? そうだよ、人だよ。わしは人間相手の商売してんだからねぇ」


「そうなんですか? でもとても人……、いや、俺たちと同じようには見えませんでしたけど。こちらには彼のような『ヒト』がいるんでしょうか?」


「あー」


 気の抜けた声を上げ、じいさんは頷く。


「ここにいるんはあんな人たちばかりだよ。皆帰って来てんだ」


「帰って、来てる?」


 どういう意味だと訊ねる暇もなく、じいさんは突然「よっこいしょ」と腰を上げた。


「さて、暫くお客さんも来そうにないしちょいと休ませてもらうよ。年取ると長く店に立てないのが不便だねぇ」


「あ、ちょっとお爺さん」


 嵩原が引き留めようと声を掛けるもじいさんは相手にせず窓に手を掛ける。カラカラ小さな音を立て窓が閉まっていく。大して話を聞けていない。さっきのあれがこの世界の人と言うなら、恐らく意思疎通出来る存在は限られていると思えるのに。


「まっ」


「じいさん待ってくれ」


 こちらからも引き留めに掛かるが閉まる窓は止められない。こうなったら腕でも突っ込むか、そう短慮を起こしそうになった所でじいさんがこちらを見た。


「道を渡りたかったら店に頼んでみるといい。ちゃんと訳を話したら通らせてくれるかもしれんからねぇ」


 ニコリと穏やかに微笑み窓を閉めた。くるりと背を向けて暗い店内の更に奥にじいさんは遠ざかっていく。窓ガラス越しに、奥の方で開けっ放しになってる障子の向こうへとすっと折れていくのが見えた。それでじいさんの姿は完全に見えなくなった。


「……店?」


「お店を通過したら道が渡れるってことかな?」


 なんとも謎掛けのような答えを返され、微かにタバコの匂いが漂う店前で俺たちは顔を見合わせた。





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