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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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9.不気味な路地

「どういうことだと思う?」


 一先ず落ち着こうと三人で顔を合わせて話し合う。辺りはなんら変わりない路地裏だ。ただし、新たに道が出来ている。


「どういうことも、聖も思い当たってたんじゃないの?」


「そ、れは、そうなんだけど」


 嵩原の指摘に言葉を詰まらせる。現状の整理を行いたいのは分かるが最早起こった事象は明白だ。何故なら俺たちの背後には木造の、今直ぐにも倒壊しそうなほどに古ぼけた三階建ての家屋がある。

 ついさっきまで、影も形もなかったはずの建物があるという不可思議な現象が目の前で引き起こされていた。


「前面は行き止まりだったはず。そして背後には路地が続いていたはず。前後の様子が入れ替わっちゃってるね」


「僕たちがいつの間にか反対方向を向いていたって訳じゃないよね?」


「あの路地に三階建ての建物なんてなかった。それに路地から続く道も真っ直ぐじゃない」


 前方にある道は真っ直ぐと先まで伸びている。俺たちがいた路地は別の路地の横道、つまりは丁字路であって、繋がるとしてもそれは横に伸びる道であるはずなんだ。こんな真っ直ぐな道であるはずがない。


「えっと、それってつまりさ」


「死者の世界、お婆さんが言っていた所に俺たちも迷い込んじゃったってことじゃない?」


 嵩原が明け透けに口にすれば美樹本はぴしりと固まる。つまりはそう言うことだ。どうやら俺たちは桧山を呼び寄せる処か自らこっちへと赴いてしまったらしい。


「……か、回転装置とかでドッキリとか」


「こんな路地にそんな大掛かりな装置があるなんて驚きだね。ここは舞台か何かなのかな?」


「……」


 嵩原の嫌味に返せる言葉もなく美樹本は黙り込む。呆然とした様子を見せるが、それでも普段のごね方と比べればまだ大人しい。美樹本ももう察してはいるんだろうな。


「あの路地から俺たちもやってきてしまったってことか。ここに桧山はいるのか?」


「恐らく。思うにあの路地が出入り口なのかもね。亨も叔父さんを追っていた訳だし、差し詰めここがこの世とあの世を繋ぐ玄関なのかも」


「それだけだと冗談にしか聞こえないな」


 怪談やファンタジーに出て来そうな設定だ。でも、体感した身だからこそ冗談でも幻想でもないことは理解している。


「とにかく亨を連れ戻したいなら早く合流した方がいい。ここがどうなってるのかさえ俺たちは知らないからね、手遅れでもう連れて行けませんなんてなったら大変だよ」


「……それって僕たちにも言えない?」


「……」


 嫌な一言に皆黙る。そもそもどうやって戻ればいいのか。もう帰る道は塞がれている。


「……まぁ、行けたなら戻れるでしょ。多分」


「多分って!」


「ここでぐだぐだ言ってたって仕方ない。とにかく桧山との合流だけでも果たすぞ。帰り道は、まぁその時考えればいい」


 来ちゃったものは仕方ない。ばあさんは戻ってきた人間はいないと言っていたが入り口があるなら出口だってあるはず。そう信じてここは進むしかないだろ。


「洒落にならない……。今回ばかりは洒落にならない……」


「行くよ、聖。亨を連れ戻すって腹を括ったんだから頑張れ。それとも見捨ててもう帰る?」


「!? わ、分かったよ! 僕も行くよ!」


 きつい言葉で美樹本を立ち上がらせ、そして三人で覚悟を持って一歩踏み出した。


 今いる場所は路地の突き当たりだ。背後と、そして両側もよく見たら三階建ての木造の建物に囲まれていて行き場は前方にしかない。その前方はと言えば真っ直ぐな道と、これまた木造の建物が道の両側に並んでいる。こっちは二階建てや平屋などばらばらだ。土剥き出しの道を縁取るように建物も続いていく。


「路地……って見た目だね」


「それもさっきまでいた現実の路地裏に似てるね。賑わいとかは特にないか。そもそも人はいるのかな?」


「家に明かりはないな。まぁ、まだ昼間だし明かりは点けないか」


 路地から見える空ははっきりとした輪郭の雲が浮かぶ夏空だ。濃い青の空に白い雲が所々に浮いて、陰りの一切ない日差しが狭い路地に降り注ぐ。濃い影がそこかしこに落ちているのだが、不思議と汗が出るような暑さは感じられない。


「あんまり暑くない?」


「影が多いからかな? それともここはあの世だから……」


「怖いこと言うの暫く禁止!」


 わざとらしく声を潜めて宣う嵩原に美樹本が強く返す。美樹本を問題なく稼働させ続けるのにも必要な処置だな。進むと、ふと軒先に気になる物が現れた。


「これ……」


「あ。風鈴だね」


 あの行き止まりの路地から一件二件隣の建屋。古く傷みも目立つ木造の平屋のその軒先、そこに青い波の描かれた風鈴が一つぶら下がっていた。夏の風物詩と言えばそうだが、直前に起こったことがことなのでどうにも目が行く。


「そう言えば風鈴の音色がしてたね」


「あれを音色、なんて綺麗な表現で片付けていいのかな? 正に洪水のような、瀑布のような怒濤の響きだったけど」


「そ、そうだったね。あれもなんだったんだろ? あの路地、風鈴なんてどこにもなかったよね?」


「風鈴もそうだが風の類だって吹いてなかったぞ」


 思い返せば返すほどに不可解な体験だ。風鈴の音に思考も掻き乱されて、それで気付けばこの状況だ。世界を移動したこととも何か関係があるんだろうか?


「風鈴の音が道が開く合図、いや、繋がる切欠だったのかも。異界への侵入で独特な音がしたなんて話はよく聞くからね。実際、俺たちは風鈴の音を聞いてこっちに来てるし」


 風鈴を見上げた嵩原が気になることを言ってきた。繋がる切欠、ね。


「そうなのか?」


「異なる世界へ渡るためには何某かの切欠が必要だっていうのは本当によく言われてることだよ。それこそなんらかの儀式や特異な現象を鍵として知らない世界に迷い込むという話は古くからある。一時流行りもしたでしょ? 異世界へ行く方法とか」


「知らん」


「僕ら嵩原ほどオカルトに傾倒してないし」


 つい返答が冷たいものになってしまったが、嵩原と同類とは思われたくないので致し方ない。嵩原も今更この程度は気にもしないし。


「賛同者がいなくて悲しいよ。まぁ、そう言うものなんだよ。音というのは広く空間を支配する。そして同時に分かり易い何某かの発露でもある。雷鳴なんて想像すれば分かり易いかな? 現代でもBGMはその場の雰囲気作りには欠かせないものだし、目と並び知覚器官の最たるものとしてある聴覚は世界を認識する上では欠かせないものと言える。風や水、葉の擦れや砂の落ちる音、雑踏や衣擦れ、信号の切り替わる音や工事の音とか、それだけでそこで何が起こっているのかを耳だけで判断することも可能だ。世界を認識させる一つの要素が音だとすれば、世界そのものが切り替わる、それを示す音が存在したって何もおかしくはないと思わない? この風鈴はあの路地の空間を支配すると共にこちら側へと変化させる、そんな役割があるのかもしれないね」


 饒舌に語るが何を考察してるのか。風鈴を見つめる目を見れば好奇心に逸っているのがよく分かる。キラキラと言うよりもギラギラと評した方がいい熱量を湛えているからな。


「……よくは分からないけど、ここからなら元の世界へと戻ることも出来そうってこと?」


「どうだろう。可能性はありそうだけど、なんとも言えないね。試しに鳴らしてみるかい?」


 そう言って風鈴へと手を伸ばす。あれ、あの金属の棒が大量に並んでる楽器みたいであればあの大音量も再現出来そうではあるよな。ここには風鈴は一個っきりしかない、いや、周りを見れば対面と、それから数戸先の家の軒先にも風鈴がぶら下がってるな。この辺だけ集中してないか? 嵩原の考察通りの意味とかあったりするんだろうか? まぁ、それでも全部合わせたってあの轟音の再現なんて無理だろうけど。


「止めておいた方がいいんじゃない……? 本当に風鈴が切欠なのかも分からないし、無理矢理鳴らしたら拙いことが起きるかもしれない。それにもし上手くいったとしても、まだ戻れないよ? 桧山を連れて帰らないと」


「ま、そうだね。あまり派手に動くのもよくないかもしれないしね」


 美樹本の説得に嵩原もあっさりと手を引っ込めた。元よりそこまで本気でもなかったんだろう。


「とりあえず探索を続けよう。路地は先に伸びてる。進めば桧山とも会える、よね?」


「現状でやれることは他にないしね。ここに亨がいるって信じて行くしかないよ」


「立ち止まってたって仕方ないしな」


 探索を再開する。路地はまだまだ先へと続く。と言うより一本道しか現状見えていない。横道も行き止まりもなく、先へと伸びる道がずっと前方にあるだけだ。今時では私有地以外ではあまり見掛けることのない土の道が続く。

 砂利を靴裏に感じながらの進行だ。古ぼけた、多分何十年前に建てられたと思われる建物に挟まれた道は、そう進む前に様相が一気に変わった。

 道が単なる土剥き出しからアスファルトで舗装された物に変わった。乾いて砂なども見える平坦な土の道、そこから若干盛られて進む先には濃い灰色のアスファルトが敷かれている。見える道の先の先まで、舗装路は延々と伸びていってるようだった。


「なんか急に変わった」


「その言い方は実に亨っぽいねぇ。でも的確に状況を著してはいる。見てよ、建物まで変わってるよ」


「え?」


 嵩原の指摘に落としていた視線を周囲に向ければ、変化した道路のその境目きっかりに道を挟んでいる建物の様子まで変わっていた。

 始めは古臭く長年放置されていたような出で立ちの家屋が並んでいたはずが、舗装路の先では新築住宅の展示会にありそうなモダンな造りの家やコンクリート製の建屋など、現代にも馴染みのある造りの物がずらっと立ち並んでいる。一気に時間が数十年と進んだかのような急激な変化模様だな。言えば片や昭和、片や近年といった感じか。


 そして道の雰囲気の変化と一緒にアスファルトの路面から生えてきたようににょきりと電柱も現れ出した。コンクリート製の灰色の柱が等間隔に並ぶ。所番地など、電柱には住所の情報が載っていたりもするのだが、生憎とここにある電柱には住所の明記はされていなかった。見上げれば三本の送電線が遠く先の方まで伸びているのが確認出来るだけだ。


 どこかの住宅地にでも迷い込んだように酷く見慣れた感じの路地が続く。日常にも近い光景に一瞬ほっと安堵が胸の内に湧いたりもしたが、それも直ぐに立ち消えることとなった。

 静かなんだ、とても。店舗や住宅、人の営みが問題なく行われていそうな小綺麗な外観に反し、道の両端に建つ建物はどれも一貫して人気だけは全く感じられなかった。


「不気味……。外観もしっかりしてるし、軒先に花壇なんかもあるのに人の気配は全然しないよ」


「電気も点いてないし、動く人影や物音だってしない。まるで家だけがポンと置いてあるみたいだ」


 周囲を見回しながらそんな感想が漏れる。空は晴れていて、強い日差しの落差として濃い影が雑多な建物の合間に落ちている。その様はまるで夏の一場面を切り取ったかのようだ。日に照らされた軒先には簾を這うゴーヤなのかそれともヘチマなのか蔓性の植物が植えられていて、芝に覆われた庭にはビニールプールが放置され傍らにチョロチョロと水を吐くホースが添っていたりする。

 遠くからはセミの鳴き声が木霊し、正に夏といった風情なのに。残暑に茹だる街中を歩いているような気分にさせるが、でもそんな映画ともアニメともに出て来そうな風景は致命的なまでに人が欠けていた。


「……住宅地にしても、ちょっと静か過ぎるかな」


「……早く、桧山を見付け出そう。なんだか長居はしたくない」


「同感だ。さっさとここから出よう」


 不気味だと今にも口に出しそうな顔で呟く美樹本に同意を返す。元よりここは死者の世界という触れ込みだ。死んだつもりも死ぬ気も俺たちにはないんだから、とっとと用件を済ませて退散してしまった方がいいに違いない。

 長居すればそれだけこちらの世界に馴染んでしまうのか? 払えそうにない不安を抱きつつ、人気のない路地を気持ち早足で進んでいった。




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