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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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8.死者の世界

あけましておめでとうごさいます。本年もどうぞよろしくお願いします。

 祭りが始まった商店街にはそれなりに人が来ていた。祭り囃子が流れ各屋台や出店から漏れる食べ物の匂いがアーケードの中に満ちている。


 まだ人は少ないが、それでもあと数時間もすれば立派な人混みが形成されてここも酷く混雑するんだろう。

 危険を鑑みて祭りの間は走ることを禁じている通りを、疾走する俺たちの姿は非常に目立ったと思う。尤も、こっちは今そんな些細なことを気にしている暇はないが。


「ここ! ここだったよね!?」


「ああ、ここだな」


 路シェーヌからでも距離にすれば百メートルちょいくらい。脇目も振らずに急いだから、件のタバコ屋へはあっという間に辿り着いた。祭りの飾りが付けられた神社の斜向かい、通りと細い路地がぶつかるその角に看板がちゃんとある。


 窓口は神社の方に向いている。ダッシュで乱れた息のまま回り込んで正面から声を掛けた。


「すみません! お婆さんいますか! お話が聞きたいんですが!」


 販売所となっている窓口には誰の姿も見えない。覗く家の中は電気が落とされているのか暗く、ひょっとして留守にしているのか? なんでこんな時にと焦りが浮かぶ。


「このタバコ屋のお婆さんが噂を知ってるの?」


「そのはずだ。昨日桧山と喧嘩して先に帰られたって話はしただろ? その時に桧山のことを気に掛けてやれ、引っ張られ易いからって言われたんだよ。なんの根拠もなくそんな忠告なんて普通は掛けないだろ」


「うん、なんとも意味深だね。これは是が非でも話が聞きたいよ」


 嵩原に軽く説明している間も美樹本はずっと呼び掛けている。コンコンと窓もノックしているのだが応答はない。


「駄目だ。誰も出て来ない。留守なのかな?」


「ふむ。まぁ、今日は祭り当日だしね。現場の方に出ていてもおかしくはないと思うな」


「結構な年寄りだぞ。祭りの準備に駆り出すのは躊躇するような年齢だろうにあるか?」


 誰も出て来ないタバコ屋前であーだこーだと言い合う。冷静に考えればちょっとこれ大分外聞が悪いかもしれないなと、息と共に落ち着いてきた頭で思い付いた所で背後から声を掛けられた。


「私の店になんか用かい?」


 緩い声掛けに振り向けば、昨日見たばあさんがゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。間違いなくタバコ屋から顔を覗かせていた当人だ。


「あ、お婆さん!」


「タバコが欲しいんかい? あんたら、未成年だろ? 駄目だよ、若い内からタバコなんて吸っちゃぁ」


「タバコ屋がタバコ否定するんです?」


 嵩原、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。些細なやり取りは無視して美樹本が代表で話し出した。


「お婆さん、昨日、僕らに注意してくれましたよね? この時期は引っ張られ易いって」


「はて、そんなこと言ったかね?」


「折角言葉を掛けてもらいましたけど、でも桧山、昨日先に帰ってしまった男子がついさっき路地裏で消えてしまいました」


「……」


 どこか惚けたようにこちらを見るばあさんの目がゆっくり眇められた。シワだらけでたるみだってある瞼の向こうでじっとこちらを凝視する。


「このお祭りの最中には神隠しが起こるなんて噂もあるみたいですね。桧山は、神隠しに遭ってしまったんじゃないかって僕らは考えているんです。何かお話を知っているのなら教えてもらえませんか? 僕らは、桧山を助けたいんです。お願いします」


 言って深く頭を下げる。俺と嵩原も揃って頭を下げた。今はとにかく情報が欲しい。このままでは何をどうすればいいかも分からない。


「……」


 暫く沈黙が続き、やがて小さなため息が聞こえてきた。


「……神隠しとは違うんよ。ただあとを追っ掛けて死者の世界に迷い込んじまうだけなんだ。この時期はあの世とも近いからねぇ、死者を見掛けて、で、つい追っちまう人間が昔からいんのよ」


 ポツリと溢された言葉に顔を上げる。見れば神妙な様子でばあさんがこちらを見つめていた。

 神隠しではなくて、死者の世界に迷い込む……?


「神隠し、じゃない……?」


「この土地の神様はそんなことしませんよ。ただ街の者を守ってくださってる。死んだあとも安らかにあれるようにとちゃんと行き場を用意してくださってるって、昔から語り継がれていんのよ。この土地に生まれたもんは皆最期はここに帰って来て、そして家族や子孫を見守りながらゆっくりとあの世に向かう、そう言われてるね」


 神隠しの噂を否定しつつばあさんは顔を横に向ける。あとを追えばその先には神社があって、つまりはばあさんの語る神様は穂木乃神社の祭神と言うことか?

 守護神だとは聞いてはいるが、この神社の神様ってのにはそんな逸話もあるのか。昔話でも聞いたことのない話に面食らっていれば、こちらへと視線を戻したばあさんが「ただ、」と更に話を続けた。


「ただね、そうやって帰って来られる場所があるからこそ、生きてる者とも距離が近付いちまうのよ。この時期はそれが更に顕著になるからねぇ、ふっと、祭りに死んだ人間が紛れることもあんの」


 すっとばあさんが顔を地面に向ける。顔に掛かる影は、そのままばあさんの内面を表しているようだ。斜めになって見え辛くなった表情からも、暗く憂いた様子が感じ取れた。


「……未練があればついつい追っちまう。昔っから人のなすことに変わりはないんだよねぇ」


 嘆くようにも、仕方ないと諦めているようにもその呟きは聞こえた。


「……僕らは、僕は桧山を連れ戻したい。死者のあとを追うって、それは桧山も無事じゃ済みませんよね? 助けるにはどうすればいいんですか?」


 縋り付いて答えを求める。必死な美樹本に、だがばあさんの表情は晴れない。


「あとを追ったもんが帰ってきたって話は聞かんよ。あの世はあの世だ。紛れたらそん世界のもんになるって言われとる」


「そんな……!」


 無慈悲な解答に美樹本が声を上げた。まさか、そんな取り返しの付かないことになるのか? ……あの時、ちゃんと追い付いていれば……。


 後悔に苛まれる、そんなこちらをばあさんがじっと見つめてくる。俺は今どんな顔をしているんだろうか。誰も何も言えないまま、ふとばあさんが歩き出した。


「悪いことは言わんよ。あんたらまであとを追うのは止めておきな。まだ若いんだ、あの世なんかに行くもんじゃないよ」


「あ……」


 一方的に告げてタバコ屋へ戻る。引き止めようと美樹本は手を上げるが、こちらに向けられた小さな背中は頑なに拒否を示しているように見えた。思わず言葉も詰まる。


 販売所の窓の横、そこにある扉を開けてばあさんは中へ入っていく。扉も閉まり掛けたそこで、背中は向けたまま嗄れた声が届いた。


「……それでも、どうしても助けたいんなら名を呼んでおあげ。いなくなったそこで想いを込めて名前を呼んだら、そしたらまだ届くかもしれんよ。向こうも気付いてくれるかもしれん」


 届いた声は、桧山を助けるその手掛かりだった。曖昧で多分に願望の込められた答えだ。具体性を欠いていて本当にそれでいいのかと疑問が胸の内に湧く。


「え? あ、あの」


「それ以外にわたしは知らん。……友だちも大切だろうけど、自分だって誰かの大切な人間であることを忘れちゃいかんよ」


 戸惑うこちらを置いて、ギィと閉まった扉の向こうにばあさんは消えた。結局こちらを一度も振り向かなかった。残されて、自然互いに顔を見合わせる。


「……た、試してみるしかないよね?」


「他に方法もないんだ。当たって砕けてみようよ」


「砕けてどうする。……でも、やるしかないだろうな」


 さくっと打ち合わせを済ませ商店街へと戻る。目指すはあの路地だ。道中が入り組んだ道程で辿り着くのも大変だが、それでも向かわずにはいられない。

 蝉の声が鳴り響く中、それらを引き離すように一心に走った。




 通りを抜け横道に入り、全員で道を確認しながらどうにかあの路地へと戻って来られた。目の前には家屋で囲まれた行き止まりがある。


「名前を呼べば、いいんだよね?」


「気持ちを込めてってお婆さんは言ってたけど、つまりは亨のことを思い出しながら呼べばいいのかな?」


「無事でいるかとかどこにいるかとか、そんなことを思いながらでもいいのかもしれない。要は桧山に語り掛けるようにして呼べってことなんじゃないか?」


 思えば桧山はずっと叔父さんを呼びそのあとを追っていた。いなくなる直前でもあいつの意識は叔父さんただ一人に向いていたんだ、向こうに行くにはそうする必要があるのかもしれない。

 だとしたら俺たちがこれからやることは。ふと先程のばあさんの話が脳裏を過ぎる。『死者の世界』。『この街で生まれた者はこの街へと帰って来る』。それが本当なら……。

 ぎゅっと手の平を強く握り締め胸の内に湧く感情を押し込める。やらなければならないんだ。このまま桧山を見捨てるなんて出来やしない。


「皆で一斉にでいい?」


「……一度に呼んだ方が届くかもな」


「直ぐにどうこうとはならないだろうし、ここは数押しでいいんじゃない? 順番で呼ぶのも間が抜けてるし」


 拙速であることを優先して狭い路地でそれぞれ桧山へと呼び掛ける。大丈夫なのか、無事なのか。心配と戻ってこいという気持ちを込めて名前を呼んだ。


「桧山ー。どこ行ったの? 帰ってきてよ」


「亨、早いとこ戻ってきなよ。皆心配してるよー?」


 路地のあちこちを向きながら二人は声を掛け続ける。狭い路地に音が反響する。人通りも全くない、路地の奥の行き止まりだ。お囃子だって遠いここに桧山を呼ぶ声だけが木霊する。


 俺も覚悟を決めてすぅと息を吸って声を出した。


「桧山。どこにいるんだ。どこまでいったんだ?」


 呼び掛けるも答えはない。三方を囲まれた裏寂れた路地があるだけだ。


「桧山。叔父さんと一緒にいるのか? 叔父さんとは会えたのか?」


 チリンと涼やかな音がどこかから聞こえた。風鈴? それだけで他には二人の呼び掛けしか聞こえない。返事はまだない。


「桧山。そんなに叔父さんと会いたかったのか? 離れたくなかったのか?」


 チリンとまた風鈴が鳴る。変だな、風鈴なんて見掛けないし、風は吹いていない。音の大きさから言っても近場で揺れていることは間違いないのに、この路地のどこにも風鈴は飾られていなくて、その上微弱な風だって吹いてきてない。

 頭の片隅で違和感を抱きながらも、日陰の中、夏の蒸し暑さと日を遮っているから冷えた路面の寒々しさが混同する中、また呼ぶ。


「桧山。そんなに……」


 あとに続く言葉を思わず飲み込んだ。思い出すのは迷いなく叔父さんの元へと向かったその横顔だ。一瞬しか見えなかったが、あの時、桧山は確かに安堵したように笑っていた。


「桧山」


 望んで行ったとして、それでも簡単に見送るなんて、そんなこと出来るはずがない。


 戻って来いと、そう願って名前を呼んだ、次の瞬間。


「わっ!?」


「なんだ!?」


 チリリリリンとまるで鈴の音のような硬質な音が周囲に轟く。重なってしまって煩いほどだが、でもこれは風鈴の音だろう。まるで数十個と軒にぶら下げた風鈴が一度に鳴っているかのように激しい音が周囲を満たす。


 他の音が掻き消える。微かなお囃子も、二人の声も、自身の呟きすら風鈴の音色の波に飲み込まれていく。複雑に絡んで鳴り響く音はまるでさざ波だ。押し寄せる波のようにして音がだんだんと大きくなっていき、そして呑まれた。


 チリーンと一つ風鈴が鳴る。そしてあれほど煩かった音がすっと消えた。耳の奥で反響がわんわんとあとを引く中、それが耳鳴りに変わりそうなほどの静けさが辺りに広がった。


「……?」


 恐る恐る顔を上げる。気付けば耳を押さえ蹲っていた体を起こすと、そこはなんの変哲もない路地裏だった。左右に木造の建屋が並んでいる。


 ……いや、左右?


「え、あれ……。おかしいな。僕の気の所為?」


 背後から美樹本の戸惑う声が聞こえてくる。動転しているのがありありと分かるが、今は俺も似たような状態だ。碌に反応も返せない。


「こんなことってあるんだ……」


「ね、ねぇ、これってつまりそう言うこと? そう言うことなの?」


 どこか感慨深い様子の嵩原に美樹本が取り縋っているようだが、そんな身内の反応よりも目の前の光景にこっちは意識を取られていた。


 顔を上げたその向こう、確かに行き止まりだった路地のその先に、何故か道が出来上がっていた。





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