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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
五章.夏祭り
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7.神隠し

今年最後の投稿になります。皆様良いお年を。

 唐突に叫ばれた内容に意表を突かれる。神隠し? それはさっきの話か?


「何を言って……」


「桧山が、外を歩いてたらいきなり叔父さんだ!って言って駆け出して……! 急に何かのあとを追いだしちゃったんだよ!」


 必死に説明されるも頭に入ってこない。叔父さん? あとを追う? 急激過ぎる話の展開にこれは担がれているんじゃ、なんて逃避が頭を掠めるが、それと同時にぞわりと背筋が粟立つ。


「お願い一緒に来て! このままだと、桧山、どっかに消えちゃうかもしれない……!」


 要領は全く掴めず何が起こっているのかも判然としない。それでも放ってはいけないと何かが胸の内を騒がせる。


 振り向けば雑賀さんが深刻な表情でこちらを見ていた。俺と目が合うとこくりと頷いてくれる。雑賀さんだって突然こんな話を聞かされたら困惑するだろうに、何も聞かず背を押してくれるのは有難い。


「分かった。俺も手伝う。嵩原は桧山と一緒か?」


「行かせるのはまずいって止めててくれてるはずだけど、多分一人じゃ止めきれない。桧山、完全にあとを追うことしか考えてないから……!」


「そうか。なら早く行った方がいいな。雑賀さんすみません。そう言うことなのでちょっと出てきます」


「うん。こっちのことは気にしないで。僕も一緒に行った方がいいかい?」


「いえ、とりあえず俺たちだけで対応します。雑賀さんには店もありますから手伝ってもらうのは申し訳ないです」


「遠慮はしなくていいんだけどね。まぁ、体力では君たちには追い付けないだろうし、僕は店にいるよ。何かあったらその時は遠慮なく頼ってくれて構わないからね」


「ありがとうございます」


 雑賀さんの有難い申し出を背に店を飛び出す。早く早くと急かす美樹本の案内に従って急いで路地を駆けていく。午後の強い日差しが差し込む中、脇目も振らず入り組んだ細い路地を進んでいった。


 そして幾つか角を曲がると前方に見覚えのある後ろ姿が目に入る。嵩原だ。路地に佇み、しきりに周囲を気にしている。


「嵩原!」


 美樹本が呼び掛けるとこちらへと振り返る。傍に桧山はいない。


「桧山は!?」


「ごめん、振り切られた。ここに入ったのは確かなんだけど、そのあとにどこに行ったのかは……」


 周囲を見れば狭苦しく、建物の裏口ばかりが見える。気付けば路地裏に足を踏み入れていたらしく、建物の隙間はあれど道らしき道はない。


「あいつ隙間を行ったのか?」


「分からない。そもそも亨の追ってる叔父さんって言うのも俺たちは見掛けてない。何を目印にして進んでるのかも分からないんだ」


「や、やっぱりあの噂は本当だったの? 桧山、連れてかれちゃうの?」


 もう今にも泣き出しそうな顔で美樹本が言う。分からない。そもそも本当にこれは神隠しなのか? 桧山は死者に呼ばれたっていうのか?


「……ぐだぐた言ってたって仕方ない。こうなったら手分けして探そう。この路地に桧山は入ったんだな?」


「それは間違いないよ。確かにここに入っていくのを見た」


「そうか。なら三方向にでも別れて」


「……さん!」


 はっとして顔を上げる。桧山の声が聞こえた。まだ声の聞こえる距離にはいるらしい。


「今の!」


「まだ近くにいるな。聞こえたのはあっちか?」


「多分ね。一応別れて探そう。三人で広範囲をカバーすれば接触する可能性も上がるはずだ」


「うん!」


 三方向に別れて路地裏を走る。建物が近くあって落ちる影も格段に多くてどことなく暗い。道も細く表と違ってそこらに物が放置されていて走るのも大変だが気にせず駆けていく。


 時折聞こえる桧山の声だけが頼りだ。まだあいつは叔父さんを追っているらしい。それは本当に叔父さんなのか? 訊ねたいが、そのためには桧山に追い付かないとどうしようもない。


 息も上がり、噎せ返るような熱に額に汗が浮かび、そして幾つか角を曲がった所で漸く桧山の背中を捉えた。後ろなんて一切振り返らず、一心に何かを追って走っている。


「桧山!」


 声を掛けるがこちらを振り向きもしない。慌ててそのあとを追う。直線なら絶対に追い付けないが幸いここは入り組んだ路地裏だ。桧山もキョロキョロ辺りを見回し、時折立ち止まったりもしているのでその隙に一気に距離を詰める。


「……叔父さん!」


 あと少し、大分距離も縮まったその矢先に、横へと顔を向けた桧山が大きく叫んだ。これまでと違う声音だ。確信を持った弾んだ声。そこにいる誰かへと確かに届けるための呼び掛けの声だった。


「まっ……!」


 止めようとするも目の前で桧山は横に折れる。また路地に入ったんだ。慌ててあとを追い掛けた。住居と住居のほんの隙間。古い木造の荒ら屋といった風情のその建物の間に勢いを付けて飛び込んだ。


 チリーンと風鈴の音が耳を掠める。急いで飛び込んだその細い路地の先、木造の家屋で囲まれた行き止まりのそこには、叔父さん処か桧山の姿さえ影も形もなかった。




「桧山が消えたってどういうこと!?」


 目の前で起こった不可思議な現象に呆気に取られるのも暫し、直ぐに美樹本と嵩原の二人を誘導して現場に呼び寄せた。事情を説明しながらも目は何度も路地の奥へと向いてしまう。いくら見返しても目の前の路地は行き止まりで他に抜ける道はない。


「落ち着いて聖。つまり亨はこの路地に入っていって、それであとを追ったけどいなかったってことだね。抜け道があるんじゃないの?」


「確認してみろ。建物の間に人が通れそうな隙間はないし扉の類も皆閉まってる。屋根を上がったとかあいつならやりそうだが、流石にそれなら俺も目にはしてる。路地に入るまで五秒もなかったはずだからな」


 この辺りは旧市街と言うか、何十年も前に建てられた家屋が並ぶ一角だ。都市計画なんて意識していない雑多な街並みは複雑に路地も入り組んでいて、家と家の隙間も狭くなっているため通り抜けられる箇所は限定されている。目の前の袋小路など横に抜ける道はなく、また囲む建屋も皆二階建てだ。屋根に上がったとしても絶対俺は目撃している。


「……確かに、ここは行き止まりみたいだね。だとしたら亨はどこに行ったんだろ。本当にここに入っていったの?」


「間違いねぇよ。目の前で入ってくの見たんだぞ。……どこに行ったのかは俺にも分からん」


 そう答えるしかない。まるで煙のように消えてしまった。どこに行ったかなんて俺の方が知りたい。


「……やっぱり噂が? 桧山は連れてかれちゃった……?」


 顔を青冷めさせた美樹本が呟く。神隠し。夏祭りの間にだけ起こるとされた怪談。あの世から帰ってきた死者が連れて行くという話。

 そんな馬鹿なと否定したい。でも、目の前で起こったことを思えば有り得ないとは言い切れない。


「……なぁ、その話、もっと詳しいことは分からないのか?」


「残念だけど、俺が知ってるのは夏祭りの日に生者がどこかへ連れて行かれるって概要だけなんだ。民話の内の一つっていう体でね、身内が亡くなったばかりの人は夏祭りには参加せずゆっくりと供養に努めましょうって、軽く戒めとして載っていたのを見掛けただけなんだよ。詳しくは分からない」


 一縷の望みを懸けるもそう上手くはいかないか。もしこれが本当に神隠しであり、桧山が死者に連れられてしまったのなら。逸話を聞けばその対処法も分かるかと思ったんだが。


「ひ、桧山……」


「……一先ずどこか落ち着く場所に行かない? ひょっとしたらただ見落としがあって、亨もどこか別の道に抜けてしまったのかもしれないよ。連絡が付かないかも確かめないと」


 ショックを受けて固まる美樹本をチラ見し、そのあとに嵩原が提案を口にした。嵩原の言う通り万が一の可能性はあるだろうし、それに美樹本も休ませないとまずいかもしれない。ここは一旦立て直しを図る方がいいか。


「そうだな。……申し訳ないけど、路シェーヌに戻るのが良さそうだな。あそこなら俺たちも冷静になれるだろ」


「そうなるよね。亨も戻ってくるかもしれないし。とりあえず戻ろうか。ほら聖、しっかりしなよ。まだ神隠しに遭ったかどうかは分からないんだからさ」


「……う、うん。そう、だよね……」


 答えつつも美樹本の顔色は悪いままだ。嵩原に促されて路地を戻るが、その足取りだって実に頼りない。入り組んだ路地裏をゆっくりと三人で引き返した。


 元の道へと戻りそのまま路シェーヌの扉を潜った。


「あ、皆戻ってきたね。どうだった……」


 ドアベルの音にカウンターに立っていた雑賀さんがこちらを見る。桧山がいないことは一目見れば分かるから、雑賀さんの声は途中で尻窄みとなって消えた。


「……桧山君はどうしたんだい?」


 こちらの様子を悟り、慎重に訊ねてくる。


「……追い付けませんでした。それで、雑賀さんにお願いがあります。桧山を探す協力を頼めませんか? あいつ、もしかしたらここに戻ってくるかもしれないので」


「うん。もちろんいいよ。他の人たちにも手伝ってもらうかい? この辺りに精通している人はそれなりに知ってるから、彼らなら桧山君を見付け出せるかもしれない」


 不躾な頼みなのに雑賀さんは快く承諾してくれた。人手についても、あまり事態を大きくはしない方がいいとも思うが、しかし放っておく訳にもいかない。ここは甘えるべきか。


「はい。手伝ってもらえるなら、」


「神隠しの噂について詳しい人を知りませんか?」


 返事の途中で美樹本が割り込んだ。えっと思い顔を見れば、青冷めたままでいやに真剣な目を雑賀さんへと向けている。


「神隠し……?」


「僕らが一から調べたって間に合わない。今直ぐ噂の真相を知る人に話を聞きたいんです。まだ、今なら桧山を助けられるかもしれない」


「聖」


 戸惑う雑賀さんへ鬼気迫る様子で美樹本は言い募る。嵩原が止めるが聞く耳を持とうとしない。

 なりふり構ってはいられないんだろう。雑賀さん相手に、隠しもせずになんら確証のない街の噂の情報を求めているんだ。美樹本は桧山が神隠しに遭ったとそう確信を得ているんだろう。


「神隠し……。嵩原君が言っていた夏祭りの噂だね? もう言ったけど、生憎と僕はそんな話は聞いたことがないし、だから噂に詳しい人、と言うのにも心当たりはないんだ。ごめん、役に立ちそうにないよ」


「そう、ですか……」


 腕を組み悩ましくしながらも雑賀さんはそうと答えた。美樹本の奴は明らかに消沈した様子を見せる。藁にも縋る思いなんだろうな。


「ごめんね、美樹本君。でも商店街に住んでる人なら知ってるかもしれないよ」


「詳しい話を聞けるでしょうか? 出来れば表層部分だけでなく、どうしてそんな噂が出回ったのか、本当に死者に連れて行かれるのかその辺りの確たるお話を聞きたいんですが」


「んー、そこまで確かな情報となると、それこそお年寄りくらいに聞かないといけないかもね。ここの夏祭りってもう何十年と続けられているって話だし、その噂も古いお話ならお年を重ねた人に訊ねた方が正確なことは聞けるんじゃないかな? 僕が全く聞いたことがないってなると、僕世代の人間は噂自体知らないかもしれないね」


「お年寄り……」


 嵩原と雑賀さんの会話を聞いて何か引っ掛かるものがあった。お年寄り、噂を知る……。何か、何か直近で気になることを言われた、気がする。


「……商店街……、お年寄り……、噂……」


 必死に違和感を思い出そうとする横で美樹本もぶつぶつと何事か呟いている。そしてパッと顔を上げるなり俺の方を見て叫んだ。


「永野! あの人、タバコ屋のお婆さん!」


 具体的な人物像が飛び出してきて俺の方でも記憶が蘇った。


「そうか……! あの人、確か引っ張られるとか忠告してきたな。それってもしかして、神隠しのこと言ってたのか?」


「かもしれない、ううん、多分そう、そうだよ! あの人なら詳しいことを知ってるかもしれない、早く話を聞きに行こう!」


 二人だけで話を纏めて早速と行動に移す。嵩原と雑賀さんが話に着いて行けず困惑した様子でこちらを眺めているが、今は詳しい話をする時間も惜しい。


「事情は向かいながら話す。だから嵩原、黙って着いてきて!」


「すみません、雑賀さん。話を知っていそうな人物に心当たりがあったので今から向かいます。時間がないので事情などは話せませんが、戻ってきたら説明はしますのでどうか桧山が戻ってこないかだけでも見ててくれませんか?」


「あ、うん。それくらいならいくらでも請け負うけど……。君たちだけで探すつもり?」


「えーと、お話を聞いて対処出来そうなら俺たちだけで動きます。あまり大事にしても今は祭りの最中ですしね。いろいろな人に迷惑を掛けるのもあとが大変そうなので、出来れば多方面への協力願いは留めて頂けたら助かります。すみませんね、我が儘言って」


「別にこれくらいなんてことないよ。でも、気を付けてね。神隠しなんて、普通ならまず遭遇しない現象だって忘れないでね」


「あはは、それはこの二人に言ってくださ……、聖、ちょっと引っ張らないで。真人も止めて」


 雑賀さんにあとを任せて急いで路シェーヌから飛び出す。目指すはあの神社前にあるタバコ屋だ。戸惑う嵩原を引っ張り、お囃子が聞こえる中一気に商店街を駆け抜けていった。




また新年にお会いしましょう。

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