4.穂木乃神社
クリスマスに送る真夏の話。
喧騒のある商店通りを大通りとは反対方向に進んでその奥側、アーケードを抜けたその真正面にある神社の境内に俺たち四人は集まった。
そう四人。俺と美樹本と桧山、そして知り合いだからと雑用で右往左往していた濱田の奴もこちらへと向かわされたのだ。現在、燦々と降る太陽光の下、掃除道具片手に掃除中。
「あっつぅ……。掃除するにしたってまだ日陰の中の方がましだっつうの」
汗だらだら掻きながら箒片手にぶつぶつ呟く濱田は現時点で大分草臥れた様相だ。炎天下に辟易はしているようだが、それでなくとも本日は結構早い時間から通りの掃除を任されていたらしく、その疲れも出て来ているようだな。
「濱田君って実家が近くにあるんだっけ?」
「おうよ。商店街の横道一つずれたとこ。コンビニよりも近くに店あるから便利っちゃ便利だけど、こういう町内のイベントあると直ぐ人手だっつって引っ張られるのが面倒でしょうがねぇ」
文句を言いつつも箒捌きはしっかりしている。よく掃除させられてるんだろうなと分かる手付きだ。
なんで夏祭りの準備から神社の清掃へと役割がジャンプしたのかというと、一応この神社に祭られている神様が夏祭りの主体であるからだ。
元々商店街で行われる祭りはこの街を守護する神様への奉納祭りが起源であるらしい。奉納先はここの神社。その名も穂木乃神社だ。古くからこの土地に奉られていて長く古戸萩の地を守ってくれているのだとか。
小学生時代に社会科とかの授業で、地域交流だとじいさんばあさんの話聞く時には大抵語られた昔話だ。
なんでもこの地は元々あまり豊かな土地ではなく、細々と僅かに開墾された土地で以て暮らしていた所、穂木乃神社に奉られてる神様が祝いを授けてくれたことで恵み豊かな土地へと変わり一気に栄えたんだとか。
県の主要都市からも外れたこんな山に囲まれた一地方に、そこそこの人口が集まってるのもその名残だって話だ。よくある氏神信仰の典型だね、なんて嵩原が前に呟いていたな。信仰云々はよく分からないが、よくある話だってのは俺も同意する。
神社自体は街の中心に近い場所にあり、現在じいさんばあさんな年齢の住民たちが子供の頃から現存する大変古い社なんだとか。周りに住宅だ、開発だと建物が建てられていこうともこの神社の周りだけは全く変化なんか訪れず静かな環境がずっと維持されて守られているとのこと。
まぁ、神社そのものもそんな大きくないからな。道路からは階段で数段上がる、ちょっとした教室くらいかな?な狭い土地。入り口には大人が潜れるくらいの大きさの鳥居があって、その先に社がぽんと建っている。効果音から分かる通り社もそんなに大きな物ではない。よく見掛ける三角屋根のあれで高さは俺の目線よりちょい上。一応中に入ることは出来そうだけど屈まないと無理な大きさだ。
そして古い古い言われる通り、お社自体かなり年季の入った佇まいで、木造の表面は風雨に曝されてがびがび、色褪せや変なシミなどが窺えてとても我が街の守護神が座すとは思えない外観をしている。いや、古さを強調するなら酷く説得力ある佇まいではあるのだ。多分ぱっと見はうわボロい、だと十人中十人は思うと思うけど。
それでも守り神として長く鎮座していることに変わりはなく、また商店通りを抜けたその真正面にあることからも夏祭りを開催するともなればここを放置は出来ない。なので掃除役を押し付けられたという訳だ。一応ここの敷地も飾り付けはするし、直ぐ目の前の側道にも屋台なんかは並ぶので夏祭りの会場と言えば間違いでもない。
敷地は狭く人も頻繁に訪れる訳ではないので掃除自体は簡単だ。石畳を掃き清めて小枝や葉っぱ、その他ゴミが落ちているなら纏めて捨てる。敷地を囲うように小規模の林が神社の周りに生えているけど、そっちも十分もあれば見回れる規模なので仕事自体は楽勝である。
「ゴミ拾いOK、石畳も掃き終わり、裏手も綺麗になったよね?」
「そっちも大丈夫だな。社以外は綺麗になっただろ」
「まさかお社も掃除しろとか言われないよな? このボロをどうにかしろとか言われないよね?」
「ボロとか言わない。それは大工の範疇でしょ」
汗を拭いながらも比較的短時間で一通りの清掃は終えられた。流石に神社の敷地内にはなかったが、周囲の林には空き缶やらビニール袋やらのゴミが落ちていたためにそれなりに手間取りはした。とは言えゴミ袋の三分の一が膨れる程度だけども。
「このあとはどうする?」
「また向こうに戻って報告だね。それやったら次の仕事言い渡されるだろうけど」
訊ねるのに返ってきた答えで自然と目が商店街の方に向く。わいわい多くの人間が行き交って屋台やら飾りやらを設置していく姿が見えた。皆大層張り切っている様子で、確かに今あそこに戻ればまた別の仕事を言い渡されるのは簡単に想像が付く。
「休憩! 休憩しよう! もう俺ダメ! ちょっと休ませて!」
いの一番に休憩を叫んだのは濱田だ。実際朝から手伝っていたともなればそろそろ休みたくもなるだろう。わぁと林の方に駆けてその日陰の下に滑り込むようにして腰を下ろしてしまった。地べたとか気にもしてない。
「……僕らも休む?」
「そうするか。結構汗も掻いたしな」
俺もそこそこ疲労感が溜まっていたので休憩に否やはない。水が飲みたいけど、生憎と財布は喫茶店に置いてきてしまったので今は手元に金がなかった。せめて涼は取りたいと同じく日陰に避難する。冷えた地面が服の中の籠もった熱気を吸い取ってくれるようでちょっと爽快。
「あー、あっつー」
「今年もまた暑いよねぇ。明日も気温高いんだっけ?」
「予報だと晴れるらしいな。そうなると気温もそりゃ上がるだろ。流石に最高気温更新とまではいかないみたいだが……」
「ただでさえ暑いのに明日は更に祭りでドン」
「止めてよ。去年はそれこそ蒸し上がりそうなほどの人出だったから洒落になんない。今年はそこまではいかないだろうけど……」
ぐたっと地面に腰を下ろしてどうでもいい話に花を咲かせる。テンポ良く会話は続いていくが、残る一人、会話に混ざることもなく黙っているあと一人がどうしたって視界の端でも意識の端でも気になって仕方ない。
「……あ、あー、そう言えばさ、お前らって祭り行くの? ってか美樹本は去年も行ってた口?」
濱田の奴がぎこちなく話題を変える。問われた美樹本は何事もなく答えた。
「うん。毎年桧山と一緒に行ってる。なんだかんだお祭り屋台って一年に一回しか見られなかったりするから毎年楽しかったりするんだよね。割高だけどなんか食べ物も美味しく感じるし」
「あー……、それはなんとなく分かるなぁ。焼きそばとかタコ焼きとか普段とそう変わらないはずなのに無性に美味いよなぁ。具とかそんな入ってないのにマジで満足するっつうか」
分かる。屋台飯ってそこらの店構えてる料理と比べてもシンプルだったりするのに、祭りの間だとこれが正道みたいに感じたりするもんな。
昼前ということで腹も減っていた影響から屋台飯トークで盛り上がるが、途中ではっとなった濱田がいやいやと話を戻した。
「いやそうじゃなくて。それだとさ、今年も桧山と一緒に祭り参加すんの? つか永野と嵩原も一緒とか?」
話向きから濱田が何を狙っていたのか察した。つまりは桧山を元気付けるプラン、それを立てたかったのか。祭りで気晴らしどうこうと話したばっかりだしな。
「んー、どうだろう。桧山とは一緒に行くだろうけど、永野と嵩原かぁ」
「約束とかしてねぇの? お前ら仲良いじゃん。いっつも飯一緒に食ってるし」
「だからって学校外でまで一緒って訳でもないよ。まぁ、一緒に行くの楽しそうだけどさ」
「そうだろそうだろ! なら四人で参加したらいいじゃん!」
自分の思惑通りに事が進むのが嬉しいのか濱田の声はでかい。そこまでして桧山を元気付けたいのか。俺も人混みは苦手だけども、今年くらいは参加するのもいいかもしれないな。
「うーん、そうだね。永野、一緒に行く?」
「そう、だな。まぁ、去年よりかは人も少ないだろうし、今年は手伝いもしたんだ。結果を見るのも悪くないかもな」
「そっか。なら嵩原も誘ってみる? でも夏祭りデートするからって断られそうな気もするけどね」
「それならそれでいいじゃん! 女の子連れて来てもらおうぜ!」
苦笑と共に吐かれた台詞に濱田が物凄く食い付いた。その反応にん?とくるものがあった。それは美樹本も同じようで。
「……濱田君、君も夏祭り参加組?」
「参加というか、お前らモテモテ野郎共のお零れ狙い。美樹本、桧山、嵩原の二学年モテ三銃士で釣り上げれば女の子も大量参加となるんじゃねぇの? こっちはこっちで集まった子の中から適当にナンパするんで気にするな」
「気にするなってそれはちょっと無理」
いい奴かと思ったらがっつり私欲だった。昨日からそうだが、なんでそんな女子に飢えてんだ、こいつ。
「何? 僕らを使って女の子集めさせる腹積もりなの?」
「ったりめぇだろ!? お前らの所為で校内フリー女子の数は激減してんだぞ!? 俺ら非モテに少しは還元しろってんだ! この野郎!」
「……君の理屈だと、集まる子は皆僕ら狙いってことになるけど、そんな子たちナンパして楽しいの?」
「楽しいか楽しくないかじゃねぇ! 一夏の思い出を作れるかどうかって瀬戸際なんだよ! 例え一番がお前らだったとしても二番三番に並べば充分この夏に意味は生まれる!」
「清々しいほど後ろ向きだ……」
悲しい宣言だけども勢いがあるためにいっそ爽快だ。いや馬鹿だなぁって思うけど。高校生男子って悲しい生き物だなって思うけど。
「なので正直モテ三銃士さえいればいいので永野が参加するかはどうでもいい」
「おい」
ぶっちゃける濱田に思わずツッコむ。何かを振り切ったらしい様子で実に失礼なことを口にする。濱田の企みに俺の存在は全く影響がないのは事実だとは言え、だ。
「どうか、どうか頼めないか? お前らが夏祭り参加するって噂流せば絶対女の子たちも集まると思うんだよ。なんならもう浴衣姿拝めるだけでも満足出来るから。可愛い子の項見れただけでも良しとするから。なぁ、頼むよ。客寄せパンダになってくれよ、な?」
「もうどこからツッコめばいいか分からないよ、僕」
拝み倒す濱田に美樹本も呆れ返ってる。真正面から客寄せになってくれって頼むのもどうかと思うし、勝手に譲歩の形を取った個人の欲望の内容も気持ち悪い。必死さだけは伝わってくるが、だからこそそこまでやるか?という呆れも胸の内から湧いてくる。
「お前と嵩原と桧山さえいれば多くの男子が満足な夏を過ごすことが出来るんだよ、だから是非とも夏祭りに参加すると確約を……」
「……俺、行かない」
「え?」
濱田による必死の交渉が繰り広げられる中、それまで黙って聞いていた桧山が唐突に口を開いた。ポツリと吐かれた声に顔を向ければ、何故か桧山は辛そうな表情を浮かべている。悲しそうに目尻の下がった目が地面をじっと見つめていた。
「俺、夏祭り行かない」
「え、ひやま」
「え!? マジで!? そ、それだと俺らの夏祭りde出会い作戦が破綻しちゃうんだけど!?」
何その作戦名? しかも『俺ら』って他にそれの賛同者いんのかよ。
いや違う。今気にするべきはそこじゃない。
「ちょっと濱田君黙ってて。桧山、夏祭り行かないの?」
「……うん。行かねぇ」
美樹本が訊ねるも返る答えはむべもない。これには美樹本も困惑しているようで、困ったように桧山の横顔を眺める。
「えっと、体調悪い? だからお祭りも行きたくない?」
「……そんなんじゃねぇ」
「……じゃあ、どうして? 桧山、毎年屋台制覇するくらいお祭り楽しんでたでしょ?」
そう美樹本が口にした途端、桧山の顔がくしゃりと歪んだ。えっと驚かされる。今にも泣き出しそうでその表情に動揺する。
「え? 桧山?」
「お、おいどうした? 何、しつこかった? 俺たちしつこかったか?」
慌てて二人が言い募るも、桧山は何も答えずにぐっと口を引き結び、かと思えば一瞬で立ち上がって駆け出してしまった。こちらが虚を衝かれている内にあっという間に鳥居を潜って道を左に行ってしまう。
「え、あ、速っ!?」
「ちょっ、桧山!?」
流石のサッカー部。慌ててあとを追うも下の道に下りる頃にはもうその背中は見えなくなっていた。マジで足速過ぎる。
「どこ行った?」
「わ、分かんない。桧山、本気になると電車ともそこそこいい勝負するし、もう結構遠くまで行っちゃったかも」
「分かる。野球でも内野ゴロよくセーフにしてた。校庭に侵入した犬とどっちが速いかって競争してんのも見た。結構接戦してた」
「マジかよ」
あいつ変な所で変な伝説打ち立ててたりしないか? ともかく、話を聞くと追い付くのは無理そうだな。
「ど、どうしよ。そんなに夏祭りに誘われるの嫌だった?」
「そう、なんじゃないか? まさか泣き出すなんてなぁ。俺誘ったのまずかったかなぁ」
「……言ってても仕方ないな。美樹本、桧山と連絡は取れないか」
「なーにしてんのぉ」
急いで桧山を見付け出さないと、そうして動こうとしたその出鼻を挫くように間延びした声が横合いから掛けられた。見れば角に立つタバコ屋からばあさんが顔を覗かせている。
「あんたら、境内では静かにしてないと駄目でしょう? 神様が眠っておられるんだからねぇ」
大分高齢なようで、しわしわの口から発される言葉は間延びしていてテンポが遅い。瞼だって垂れ下がってどこを見ているのか分からないほど目が細まっている。表情は読み辛いが、掛けられた内容からして咎められているようだ。神社でのやり取りは位置的にも聞こえていておかしくないか。
「あ、ご、ごめんなさい」
「さっき駆けていった子もどうしたの。まさか苛めたりしてない?」
「いやいや、違いますって。ちょっと、行き違いって言うか」
「苛めなんて悪いことすんじゃないよ? 性根の曲がった人間ってのは、どこの世界からも弾かれちゃうからねぇ」
「いや、だから苛めてはいないと」
ゆったり説教してくるばあさんには悪いが、今は呑気に話をしている暇もない。このまま桧山を放置と言う訳にはいかないからな。
「すいませんけど、今少し急いでいるんです。騒いだことは謝りますので、これで……」
「さっきの子を、追い掛けるのかい?」
辞去しようとすれば遮って訊ねられる。まさか追っ掛けて苛めを続ける、なんて思われてないだろうな。
「え、まぁ……」
「あんまり追い詰めてやるんじゃないよ? 今の時期は引っ張られ易いからねぇ。友達だって言うならちゃーんと、見守っててあげんのよ?」
「え?」
意味深な語り掛けにまじまじとその顔を見返すが、ひょっこりと建物の影から覗いていた顔は引っ込み、直ぐにガラガラと窓も閉められた。
なんかモヤモヤするが、しかしそっちに気を取られている暇もない。
「美樹本、桧山の自宅に連絡出来るか? 桧山が戻ってるか確認したいんだが」
「あ、う、うん。ちょっと待って」
「お、俺も桧山のスマホ掛けてみるわ」
そうして慌てて連絡を取った結果、桧山の自宅との電話の最中に本人が無事帰宅を果たして、どうにか事は迅速に解決となった。つか速過ぎるだろう、十分足らずで家まで帰れるのかあいつ。
桧山の母親もいなくなったかと思えば突然帰ってきた桧山に驚いていたらしいが、こちらから覚束ない説明を行うと一先ず事情は把握してもらえた。
とりあえず今日はもう外にも出そうにないから祭りの手伝い等は任せると申し訳なさそうに告げられてしまった。まぁ、これで手伝いあんだから戻ってこいというのもなんだしな。多分桧山が駆け出してしまったのも、俺らの何かが引き金にはなっていたんだろうし。
ともかく俺らまで帰る訳にはいかない。掃除完了の報告も兼ねて、桧山は体調が悪くなったから帰ったと口裏を合わせて商店街に戻ることにした。実際にこの炎天下での屋外活動はいくら体力のある高校生でもきついものがあるからな。充分説得力はあると思われる。
それにしても、夏祭りに参加すれば桧山の気晴らしになるかもという見込みが断たれてしまったのは痛いな。むしろ心底嫌がられてしまったみたいだし下手をこいた形だ。そこまで引き摺ってるのか? ともあれ、もう無理に誘うのも止めた方がいいだろう。
そう美樹本と濱田、特に濱田と厳重に打ち合わせて荷物を抱えて商店街のアーチを目指した。
まだまだ喧騒で湧く中報告を行った結果、人は減っても仕事は減らねぇんだよと散々に扱き使われて、結局貴重な労働力として夕方まで働かされてしまった。容赦ねぇんだよ、おっさん共が。




