3.夏祭りの手伝い
登校日も無事乗り切り、あとは夏休み後半をただ過ごすだけ、そう思っていたのにどうにも巡り合わせが悪い。
気付けば夏祭りの会場となる商店街、そこで祭りの手伝いなぞ行っていた。
「ごめんね、真人君。バイトとは直接関係ない手伝いなんてさせちゃって」
アーケードになっていて日差しが弱くなってる分、まだ暑さもましな商店通りで箒片手に清掃なぞしていれば、会場の飾り付けに使う電飾を抱えた雑賀さんが寄ってきて謝られた。商店街からは一個横道に逸れた路地で喫茶店を営んでいるこの人、『喫茶路シェーヌ』の店長である雑賀さんは俺の雇い人だ。
「いえ、いつもお世話になってるのでこのくらいは別にいいですよ」
人の良さそうな温和な顔を、申し訳なさそうに歪める雑賀さんに首を振って答える。実際、雑賀さんにはかなり面倒を掛けているからな。
俺は主に休日と長期休みの時にだけ雇ってもらうという変則的な形態を取っている。平日は学校があるため時間的に合わないという事情があるものの、それでも週二日ほどの勤務状況って大分緩いよな? 高校生ならもうちょっとシフト増やしてもいいんじゃね?って俺自身思ってる。
実働の方も調理補助という立場であり、客を相手にするのは専ら雑賀さんとなっている。俺は基本調理に専念していて客の相手はしなくていいと申し渡されているので楽をさせてもらってる。調理も簡単なものしか担当せず、複雑な料理は雑賀さんが作るのでぶっちゃけ俺いなくてもよくないと思わないこともない。
シフトでも我が儘を言い、仕事内容に関しても譲歩を願い出るのは雇われとしてはどうかと思う。それでもこの喫茶店以上に俺にとって都合のいいバイト先もないんだ。多分猫の手程度には役に立っていると思うのでどうにか続けていきたいと思ってる
「そう言ってもらえると助かるよ。まさか急に夏祭りへの参加が言い渡されるとは思わなかったからね。君がいてくれて本当に良かった」
ははと朗らかに笑うが全身から疲れが滲み出ている。本来、雑賀さんの店は夏祭りの会場となる商店通りからは外れているため強制参加となるはずがない。会場となるのは大通りに繋がる入り口から奥の神社前の小道までの凡そ百メートルはいかないくらい。メインストリートに店を構える人間はほぼ参加することになるが、その他は任意であって雑賀さんも去年は祭り囃子を聞きながら呑気にお茶を飲んでいた。
それが今年になってこうもあくせくしているのは、どうやら商店組合の方から参加するようにと強く請われてしまったかららしい。
「去年は長雨の影響もあって、とにかく商店の皆さんは必死に売り上げを出そうと頑張っていたからね。夏祭りなんて恰好の稼ぎ場だ。商店通り以外に店を構える店主も、多数出店や屋台での参加を募ったからそれは例年になく賑やかな祭りになったんだよね。でも今年は特に天候も荒れずに例年通りの穏やかな気候だったでしょ? そうなるとまた今年も夏祭りに参加しようって意欲に溢れる人たちも少なくてね。去年が盛況だっただけに今年は盛下がるんじゃないかって夏祭りの運営さんが危惧しちゃったみたいなんだ。実際参加の申し込みも去年の三分の二ほどだって言ってたけど、僕からすればそれは例年通りなんじゃない?って感じだよ。ま、そんな訳で僕の所も何かお店出してって言われちゃったんだよね。僕は喫茶店だから屋台とか向いてないのにねー」
昨日急に連絡が来たかと思えばこんな裏事情を明かされた。組合に所属しているため嫌とも言えず、こうして急遽俺も手伝いとして駆り出されてしまったのだ。まさか地区外に住んでて祭りの準備手伝わされるとは思いもしなかった。
「やれたとしても簡単な雑用程度ですけどね。それより雑賀さんは出店の準備は大丈夫なんですか? 大量にクッキーを仕込まないといけないって言ってましたけど」
喫茶店の商品は屋台向きでない。そのため同じく屋台には向いてない他店舗と合同で一つの出店を出すことにしたようで、雑賀さんは本日朝から必死にクッキー作りに精を出していたのだが。
「お店の方は小休止。クッキーは冷ましてる所だね。これから飾り付けしないといけないんだけど、まぁ、それも冷めてからだよ。屋台で売るってなったらきちんと乾燥させないといけないから待ち時間がちょくちょくあるんだけど、だからって手が空いてるだろって雑用押し付けられちゃ堪んないよねぇ」
はあとため息を溢す。祭りで出すのは少しでも華やかになればとアイシングクッキーに決まった。日持ちする点も考慮すれば焼き菓子は正解と言えるけど、飾り付けるのにも手間が掛かるために雑賀さんも疲れが溜まっているようだ。
「お疲れ様です。それ、飾り付け担当に持って行けばいいんですか? なんなら俺が運びますよ」
「え? いやそれは悪いよ。真人君だって暑い中お仕事してるのに」
「掃除はほぼ終わってますよ。綺麗に仕上げるとなると雑賀さんにお任せするしかないですし、内のことが出来ない分外の雑用は俺に任せて商品作りに集中してください」
言い出せば遠慮して雑賀さんは断ろうとする。でもきちんとした商品の製作など俺には荷が重いし雑賀さんが担当するしかない。適材適所というものだ。
「いいのかい……? そうしてもらえると助かるけど……」
「ゴミ袋も片付けないといけないんでついでです、ついで。早く店に戻ってください。商品は雑賀さんじゃないと作れないんですから」
「君だって中々……、はいはい、それじゃお言葉に甘えさせてもらうね。ありがとう、真人君。あとは頼むよ」
荷物を受け取り店に戻る雑賀さんを見送る。足早に路地に向かう姿を見るに、やはり製作が押しているのかもな。雑賀さんが失敗するとは思えないが、もう少しゆとりを持って作業に当たれるように俺も気を回すべきか。
とりあえず俺は俺で仕事を片さないと。汗が額に浮かぶ中、電飾の束を抱えて商店街を行く。車が二台擦れ違えるかなといった広さの通りには、準備のために集まった人間がそこかしこで忙しなく動き回っているため熱気もじりじりと感じられた。
中心は俺たちから見ての親世代、商店通りに店を構える店主やその関係者、あるいは近場に住んでいる一般住民とよくこの通りで顔を見掛ける人間ばかりがいる。皆張り切った調子で屋台の設置やブース確認、夏っぽい装飾の取り付けなどに邁進しているのは、それだけ夏祭りを楽しみにしているということなのか。
ちょこちょこ見掛ける俺と同い年くらいの学生らなんかは嫌々手伝ってるのが見て分かるくらいなんだけど。文化祭の準備でも楽しむ奴と面倒と思う奴で反応別れたりするもんな。濱田の奴もうへぇとか言ってたし、裏方作業でもやる気出せるのは素質に依るよな。
工場のラインバイトとか、俺は平気な方だと思うけど桧山なんかは一分と保たなそう。そんな風に余所に考えを飛ばしながら飾り付け担当の所に足を運んだら、なんでだかそこに酷く見慣れた顔を見付けてしまった。
「あれ、永野?」
わいわい脚立囲みながら提灯飾る一団に近付くと、そのおっさんやら親父やらの中に見知った美少年とイケメンがちょこんと立っていた。美樹本と桧山だ。俺が気付いたのとほぼ同時に美樹本もこっちに気付いた。
「なんでここにいるの?」
「……それはこっちの台詞なんだが」
「僕たちはお祭りの手伝いに駆り出されたの。僕も桧山もこの商店街には家族でお世話になってるからね。永野も手伝い? それお祭りで使う備品でしょ?」
胸に抱える電飾を指差されてあっさりと見破られた。美樹本は本当に理解が早い。あんまりバイトしているとか知られたくないんだけど、どうすれば回避出来るか。
何か話題はないかとチラリと視線を周囲に動かす。すると当然美樹本の背後で気鬱した様子で佇む桧山の姿が視界に入る。飾りが仕舞われてる段ボール抱えたままぼんやりと立ち尽くす姿は、やはり平素の桧山を知っていると違和感を感じずにはいられない。
美樹本に近付いてこそっと訊ねる。
「桧山に変わりはないか?」
「うん。気落ちしたままで変化なし。それもあって祭りの手伝いを言い付けられたってのもあるんだ。おばさん、桧山のお母さんから気晴らしになるかもしれないから一緒に行ってくれないかって頼まれたの。人手も必要だったみたいでさ」
なるほど。だから今日いきなり出会すこととなったのか。確かに体を動かすのはいい発散方法だとは思う。
チラッと桧山に視線を向ける。相変わらず突っ立ったまま一歩も動こうとしない。これ動いてるって言えるのか?
「……効果あるか?」
「……び、微妙かもしれない」
美樹本もついつい苦しい答えを返す。こしょこしょやり取りを続けていると、横合いからダミ声が割り込んできた。
「おい、それ飾り付けの電飾か? さっさと取り付けねぇといけねぇから渡してくれ」
見れば恰幅のいい親父が活気に満ちた様子でこっちに手を差し出していた。この商店通りに店を構える八百屋の主人だ。昔ながらの八百屋で、よく夕方時には声を張り上げて客引きなんぞしているから声も立派にガラガラになっている。目利きに自信があり、実際この店で買う野菜は新鮮で種類も豊富だ。
「ああ、はいはい」
「おう、永野さんちの倅か。お前も手伝いに来てくれてたのか?」
「まぁ、そんな所です」
電飾渡しながら問われるのに答えを濁す。顔見知りなために突っ込んでくるけど、今は傍に美樹本もいるんだ、あまり深く聞かないで欲しい。
そう願えども周囲には見知った大人が大量にいる。通り掛かりの肉屋のおばさんがやーねぇと高い声を上げて更に割り込んできた。
「八郎さん、さっきも説明あったでしょ? ほら横道の喫茶店、あそこの手伝いで来てくれてるんですよ」
「おお、そう言えばそんなことも言ってたな。喫茶店なんてハイカラなとこでバイトとは、お前も格好付けるようになったなぁ。なんなら俺んとこに手伝いに来てくれてもいいぞ。力仕事には事欠かねぇからよぉ」
ガハハと笑って電飾抱えてさっさとどっか行く八百屋親父。器用に俺の秘密暴露してから去りやがって、デリケートな部分を無意識ながらも荒らすから娘さんもさっさと都会に行っちまうんだぞ。
あとには荷物の減った俺とまじまじとこちらを見る美樹本と桧山が残された。
「……永野、バイトしてたの?」
目を瞬かせたあと訊ねてくる。幸運にも聞こえてなかったとかそんなことはないんですね。
「……まぁ」
「へぇ、そうなんだ。ひょっとして、僕たちの集まりのためにシフトで無理言ったりした? バイトがあるなら言ってくれたら良かったのに」
もうと若干の不満を漏らす美樹本だけど、気にするのはそっちか。ま、まぁ、美樹本ならまずは気遣ってくれるよな。これが嵩原だったら絶対根掘り葉掘りしてくることが予想出来るので、そっちには絶対バレないようにしないと。
「喫茶店って言ってたね。それってどこにあるの? この通りには確かなかったよね?」
「あー、それなんだが、なぁ美樹本」
「……永野、バイトしてんの?」
どうにか口止めをと美樹本に切り出そうとすると、これまで黙り込んでいた桧山がふっと顔を上げて聞いてきた。久しぶりに自発的な声聞いたぞ。
こちらを見つめる少々落ち窪んで見える二重の目を見返して、ぎこちなく頷く。
「あ、ああ、そうだ」
「……そうなんだ。喫茶店って、料理作ったりするのか?」
「ま、まぁそうだな。俺は簡単な物しか作れないけど、クッキーとか、パンケーキとか、あとは軽食だったらどうにか」
思わず聞かれたままに答えてしまう。男が料理はともかく焼き菓子云々はからかわれるネタみたいな所があるから黙っときたかったんだけど、興味深そうに聞いてくる桧山には抗えなかった。確か桧山甘い物も好きだったはずだし。
「そうなんだ。……パンケーキちょっと食べたい」
「……流石に今日明日は祭りの方に掛かりっきりだから無理だけど、他は水曜以外は開いてるから食いに来いよ。明日の祭りでもクッキー売るし、なんなら買って店の売り上げに貢献してくれ」
「……それは、ちょっと楽しみだな」
元気のない笑みをそっと口端に乗せる。流石に食べ物に釣られるだろとかそう安く見積もったつもりはなかったが、それでも若干上向きにはなったんじゃないだろうか。これは夏祭りで連れ回すのも有効かもしれない。
「ちょっと」
そんな感じに胸の内だけで安堵していたらまだいた肉屋のおばさんにぐいと肩引っ張られた。同時に桧山が飾り付け担当に呼ばれる。桧山の意識が手伝いに向いた所でおばさんが俺と美樹本に事情を訊ねてきた。
「亨君、随分元気ないじゃないの。どうかしたの?」
甚く心配そうな顔をして聞いてくるが、話を聞けば桧山は肉屋の常連らしい。ちょこちょこ部活帰りに買い食いなどしていたそうだが、ここ最近はさっぱり姿を見掛けなかったのでどうかしたのかと心配していたのだとか。今日やっと顔を見たと思っていたらあの消沈っぷりだ、そりゃ気になりもするか。
美樹本と二人で軽く事情を説明すると、おばさんはさもあらんといった風情で何度も頷いた。
「お通夜があった、てのは耳にしてたけど……。そう、仲の良かった叔父さんだったのね」
「桧山ずっとあの調子で……。それで気晴らしにもなればってこちらのお手伝いに参加させてもらったんです。毎年お祭りを楽しみにしていたので……」
「そうね、亨君出てるお店全部回るって毎年顔出していたものね。それなのにあんなにしょんぼりしちゃって……」
おばさんの台詞に自然と桧山の方に意識が向いた。張り切って飾り付けを行うおっさん共に交じりケーブルやら備品やら運んでいるのだが、気落ちがそのまま動きにも表れているため反応の鈍さに声を荒げられるのも少なくない。
元気な桧山を知っている人間も多く、溌剌さが全くないことに違和感を抱いている様子も見えるが、全員が全員事情を知っている訳でもないしなぁ。これはあまり桧山一人だけで働かさない方がいいかも。
「手伝いに行った方がいいな」
「そうだね。それじゃ、僕たち行きますので失礼します」
「待った」
軽い挨拶でこの場を離れようとすると、おばさんから両手突き出されて止められた。まだ何かと振り返る俺たちに、おばさんはにっこり笑ってとある提案をしてきた。
「折角だし、あんたらには別の大切な仕事任せるわ」
正に鶴の一声といった感じに俺たちは急遽別の役目を言い渡されてしまった。




