12.第六の七不思議
また階段をギシギシ鳴らして階下に下りる。踊り場の窓から漏れ出る月明かりで、柔く明るかった周囲が途端に真っ暗になる。懐中電灯の明かりと比べても心許ないにもほどがあったのに、いざ途切れるとあんな弱い光でもあるだけで違うんだなと現実逃避気味に考えた。
先に下りた美樹本たちの周囲をさりげなく見回す。あと一人、誰かいたように見えたが、でも確認したって近くには他にいない。人数を数えても俺を含め七人しかこの場にはいなかった。
やっぱり気の所為だったか。なんとなく安堵しつつそんな結論に至った所で美樹本が「あれ?」と声を上げた。
「どした?」
「いや、あと七不思議は二つあるはずなんだけど、これに載っているのは残り一話だけなんだ」
「「「「「え?」」」」」
声が唱和する。美樹本は何度もページを捲り確認する。
「……やっぱり、あと検証していない七不思議は一つしかない。僕たちは五つ、回ってきた、んだよね?」
「え、ええ。そうよ? 最初が美術室で、次は図書室……」
「その次は保管庫で、それから階段に行った、よね?」
「それでついさっき踊り場の鏡を確認しました。合計で五つに間違いありません」
それぞれこれまでの道程を思い出しながら数えていった。うん、五カ所回ってるな。
「だよね。……最初が『第五』、次が『第三』……、それで『第二』、『第一』となって、さっきが『第六』……。……うん。残ってるのは『第四』の七不思議だけで『第七』の怪談が載ってない」
美樹本が結論を告げる。『第七』の不思議だけ載ってない。これは手抜かり? それともわざと? あの先輩ならミスしたとは考え難いな。
「意味深な『七』抜け……」
「七不思議って七話全部知っちゃうと大変なことが起きる、なんて言わないかな?」
「ありますよね。だから六話だけしか明らかにしちゃいけないって、本だと最後は濁されたりしてるのよく見ます」
「ん? じゃあ載ってないのは間違いじゃないのか?」
「……」
確かに、七不思議に関してはそんな噂も最早定型文染みて付き纏っている。だから七話は載せなかった? むしろ嬉々として確認するのがあの先輩の業だと思う。
「嵩原は七話目って知ってる?」
美樹本が不意に問い掛けた。さっきから議論に入りもせず、黙り込んだままの嵩原は問われるのにニヤリと笑みを返す。
「知ってるよ。当然じゃない」
「教えてはくれないの?」
「会長さんは多分敢えてそれに載せなかったんだと思う。皆の先入観を排除させたかったのかな? なら俺は会長さんの意図に倣うだけだよ」
嵩原も単純なミスとは見てないようでそう言って断ってきた。先輩の意図ねぇ。七不思議のラストは先輩自らが語るとかそんな演出考えていたりするかも?
「……考えていても仕方ないか。とにかく、このメモに纏められた分は回った方がいいよね。会長が何か企んでるとして、それは最後の七不思議を検証すれば表に出てくるはず。何もなかった時はその時に考えればいいか」
暫く沈黙した美樹本はそんな楽観的な答えを出した。まぁ、やることはまだ残っているんだ、あーだこーだと頭を悩ませる段階でないのは正しい。
「ア、アバウトだね」
「時間制限もあるんだから悠長には構えていられないもの。ここは最後までメモの中の不思議を検証し終わったら、そこで新しく指示がくると信じて行動するしかないんじゃない? もしもの時は嵩原君を頼ればいいし」
「うーん、そうだね。会長さんが忘れたって線も捨て切れないから、もし動きがなかったらその時は開示するよ。七不思議は七つを巡って始めて完成するからね」
「その拘りはちょっと理解出来ないわね」
呆れたように二岡は嵩原を見る。気付けば嵩原も大分明け透けにオカルトマニアっぷりを女子に対しても見せているな。テンション上がってるのか?
元より七不思議にはそこそこ思い入れがあるようだったし、今は女子<七不思議となっているのかもしれない。
「んで、六つ目の不思議ってなんなんだ?」
「六つ目は、……『第四の不思議、トイレのゑみさん』だって」
トイレ。とうとう学校の怪談でも鉄板のものが名乗りを上げて来たのか。
六つ目に当たる七不思議、『トイレのゑみさん』は体育館横の女子トイレの怪談であるらしい。
体育館横に外付けで建設されたトイレは元々、運動部の生徒が気軽に使えるようにと用意されたもので、靴を履き替えなくても利用出来るよう土足での使用を前提としている。
一応体育館からも道は繋がっている。地面に下りるための短いスロープ前に小さな下駄箱とサンダルが置いてあるので、履き替えれば屋内の生徒も利用は出来るのだが、基本土足が許可されているだけトイレ内は汚れており、好き好んでここを使用する生徒も少なく平素はひっそりと静まっているとのこと。
そんなトイレでなんで怪談が語られるのか。使用率の低さから、昔ここで自殺が行われてしまったのだと言う。
「場所は女子トイレ、当時酷いイジメを受けていた女生徒が追い詰められて首を吊り……ってことらしい。それ以来女子トイレの奥の個室は『出る』と噂されて、今では使用禁止になっているんだって」
美樹本が事の詳細を歩きながら読み上げる。現在部室棟を出て体育館へと向かっている。部室棟と体育館は通路で繋がっているため上履きでも移動出来るから楽だ。当然その通路への扉も鍵で以てきちんと管理されている。こんな所も開けっ放しって、駒津はちゃんと最後に全部施錠し切れるのか?
で、問題のトイレは体育館の北側、東寄りに建物に隠れるようにしてある。現在移動中の前方左手側の暗がりに存在するはずだ。
「外履きでの利用が出来るトイレか。こんな所にトイレなんてあったんだ」
「立地としてはテニスコートとも近いから確かに運動部にとっての利便性はありそうなのよね。でも使われてるって話は私も聞いたことがないわね」
「建物の影に入って目立たないし、やっぱり土足ってなると汚れ易くもなるでしょ? 公園のトイレや公衆トイレを思い浮かべれば嫌煙されるのも納得出来るよ」
「そこかー。そう言えばあったな。特別棟の方が近いっつってそっちばっか行ってたから忘れてたわ」
のんびり向かいつつ雑談に花を咲かせる。話題はトイレの存在感。二岡の言う通り土足使用が許可されているのなら運動部など、外で活動する人間からすれば使い易いはずだ。なのにがっつり運動部の桧山からも忘れられているとは存在感の薄いトイレだ。
「噂が原因で人が離れた?」
「ううん。それだと怪談と矛盾する。元々人気があまりなかったんだろうね。大体は嵩原の推測通りかな?」
近付いて行くことでトイレ周りの環境と言うものも視覚的に理解することが出来る。体育館の北側東寄りなために、早朝といった時分にはどうにか日が差し込むこともあるだろう。しかし、恐らく正午前には完全に体育館の影に呑まれ、そしてそれ以降は全く日が差し込まずずっと日陰の中にあると思える。なんせトイレの背後には倍以上もある高い体育館の壁がそびえ立っているんだからな。
目の前にぽつんと佇む外観だけは明るいベージュのトイレは、ぺたりと体育館に貼り付くようにひっそりとそこにあった。
「本当に併設されてるね」
「これ、入り口側しか大きな窓みたいな物はないのね。背中側は完全に体育館に貼り付いてるから構造上無理なんでしょうけど」
件のトイレは北側に出入り口が向いている。利便性の関係でそうなったのか? その結果、側面に窓を付ける訳にもいかずに採光部は入り口側にしかないようだ。
これ電気点けないと中は真っ暗だろうな。なんとなくもう避けられた理由が分かったような気がした。
サンダルに履き替えてスロープを下りてトイレ出入り口にて一先ずストップ。懐中電灯でよくよく外観を照らすが、建物自体は木造ではなく多分コンクリート製、ベージュの塗装がされているが長く屋外にあるため全体的に薄汚れている。
入り口はドアノブ付きの扉が付いていて磨りガラスが上部に填まっている。そこは公衆トイレ風に衝立じゃないんだ。磨りガラスから内部の様子が窺えそうだが、当然中は真っ暗なため懐中電灯で照らしても白く光が反射して中は見えない。
「七不思議は女子トイレの方……。嵩原、ここは検証したの?」
「聖は今凄く馬鹿なこと言ってるよ? 俺が女子トイレに上がり込む訳ないだろ?」
平然と嵩原へキラーパス投げる美樹本は涼しい顔をしている。対して嵩原は動揺しているのか、若干早口で弁明していて珍しいものを見れた。女子トイレに侵入とか事案だからな。
「なんだ、部室棟に引き続いて未検証なの? 七不思議ツアーのコンダクターとか名乗ってる割りには手抜かり過ぎない?」
「……七話目を明かさないって言ったの、結構怒ってるのかな?」
ひくりと口端を引き攣らせて言う嵩原にこれが美樹本の嫌がらせだと理解する。これまでのことと手間取らされることが美樹本的にビキビキきてるんだろうな。ここぞとばかりに報復決行とか流石美樹本。
「ま、まぁ、二人共落ち着いて。美樹本君、ここの七不思議って具体的にはどんなものなのかな? 確か、ゑみさんって言ってたよね?」
「あ、ごめんね。えっと、『二十二年前に自殺したゑみさんは、未だトイレに留まり自分をイジメた生徒を恨み続けている。その恨みを蘇らせることで、ゑみさんをこの世に呼び出すことが出来る』……だって」
「……それって、降霊するってこと?」
驚いたように二岡がポツリと呟いた。
「? 嵩原、こうれいって何?」
「霊を現世に降ろすことだよ。主に人体に宿らせて交信、要は情報のやり取りを行う目的で実行される霊との交感手法の一つだね。霊的親和あるいは修行をしないと出来ないとされてる」
「……つまり、霊を呼ぶ?」
「そんな理解で充分だね」
さくっと嵩原の講義により怪談の内容理解が済む。その降霊を俺たちはこれから実行すると?
「私たちが行う検証は、その降霊なんですか?」
「……そう、なる? 七不思議は、呼び出せるとしかないね。こっちは呼び出したからと言って願いが叶うなんてオチはない」
「悪魔の召喚に引き続き今度は降霊ねぇ。なんだかよりカルト的な感じになっていってるのは私の気の所為?」
「始めなんて画鋲だったもんね。それと比べたらなんだか、ちょっと怖いよ、ね……」
小さな呟きは尻窄みになって周囲の闇の中に溶けていく。降霊も怪談としては鉄板ネタではあるが、だからと言って自ら積極的に行いたいことでもない。
「……呼び出し方も載ってる。これやれってことだよね……」
「あ、流石会長さん。手順まで調べてあるんだ。こっちは曰くまでで具体的な降霊方法までは突き止められなかったんだよね」
「お? 嵩原なのに?」
「それって煽り? いや、この七不思議は我が校ではそれなりに有名処であるみたいで、話自体は直ぐに見付けることは出来たんだけどさ、何故か降霊の仕方だけはどの資料当たっても載ってなかったんだよ。適当な眉唾だからそこまで設定が練られてないのか若しくは」
そこまで語って嵩原はひゅっと息を吸い込んで言葉と一緒に吐き出した。
「載せちゃいけないものだったか、て。そう当たりを付けていたんだよね」
不吉な言い回しに全員押し黙る。これからその秘匿されたかもしれない降霊を実行しようとしてる時になんてことを言うのか。……いや? 危険性があるかもと提示したのか?
「……やるのか美樹本? ちょっと怪しい気がするが……」
「そ、そうだよね。降霊なんて安易に手を出していいもんじゃないだろうし、ここは奥の個室を確認するだけで……」
「やらないの? 気になるなぁ。単に会長さんの執念が真実を掘り出しただけかもしれないのに。まぁ、やらないならやらないでいいけど、やり方は教えてくれない? どんなのか気になる」
「えー……、まぁいいけど。知ったからってやろうとしないでよ」
「だから俺は女子トイレには入れません」
軽いやり取りを交わしながら冊子を手渡しする二人。だが、暗いからか受け取りに失敗して地面に落としてしまった。器用なことにページが開いてしかもそっちが真下。土剥き出しの地面にパサリと軽く音を立てて落下する。
「うわっ!」
「何やってんだ?」
「滑っちゃった。貴重な資料なのに汚したら事だ」
とか言いつつ特に慌てる素振りもなく嵩原はひょいと冊子を回収する。パタパタ叩いて土汚れを落としていくが、そう言えば夕方に雨が降ったし下手すれば濡れてるのでは?
「……あ」
「え、何」
「ページ濡れた」
案の定汚れ発覚。すっと差し出された開かれたページは、全体的に茶色の土汚れが目立ち所々水の染み痕も見られる。派手に汚れてしまっているなぁ。
「あー!」
「やっちゃった☆」
「お前曰くの貴重な資料になんてことを」
幸い汚れも染みもそう酷くはなく、文字も擦れているのが幾つかあるが、読めないというほどでもない。暫くパタパタ風送れば問題なく乾きそうである。
「大丈夫?」
「やっちゃったわね」
「うわ、どうしよう。これ会長に怒られるかな?」
「多分大丈夫じゃない? メモと言う話だったしまさかこれが原本と言うこともないと思うよ? 会長さんならもっとちゃんとした形で纏めてるだろうし、過失ならそう怒らない……」
「? 嵩原どうしたの?」
希望的観測なんだかお得意の読みなんだか分からない推測を述べていた嵩原の声が止む。美樹本が不審そうに顔を覗き込むと、すっと嵩原がページの一部を指差した。
「これさぁ、元々こうだった?」
短く訊ねられるのに該当箇所へと目を転じる。見ればページの下部、降霊方法を記した箇条書きのその下、数段空白を空けたそこから下が完全に水で滲んでしまっていた。
「……これ……」
「元々こんな風になっていたならいいんだけど」
「……それなら僕が気付いてる」
苦み走った声を美樹本が出すのも無理はない。その滲んだ箇所は文字だっただろう黒い染みがべちゃっと広がっており、明らかにそこに何か書き込みがあったことを示唆していた。なのに文字は完全に潰れていて読めない。数行程度だが、それでも取り返しの付かない被害出てる。
「読めねぇな、これ」
「な、なんて書いてあったんでしょう……」
「どどどうすんの嵩原!?」
「やっちゃったもんは仕方ない。せめて降霊方法だけでも無事だったことを喜ぼう。多分やり方はこれで完結してるでしょ?」
数段空いた空白を見るに、恐らく読めなくなった所はまた別口の書き込みであった可能性は高いが、そんなあっけらかんと言い切れるか? 美樹本が大分焦った顔してるのとは対照的に嵩原は涼しい顔だ。
それにしても器用に文が削除されてしまっているな。次のページには何も書かれていない点からこれが最後の書き込みなのだろうけど、一体何が書かれていたのか。
「ま、会長さんにはきちんと謝れば大丈夫だよ。これ事故だしトラブルなんだからしょうがない。俺も一緒に謝ります」
「う、うん。それは勿論僕も謝るよ。でも、ここになんて書いてあったか……」
「恐らくはちょっとした考察か諸注意かな? ともかくちょっと読み込ませて。ついでに文字の痕でも探ってみるよ」
「あ、嵩原」
結構なやらかしであるはずだが、嵩原は頓着せずに読み込みに掛かった。そこまで降霊のやり方が気になるか。
美樹本は仕方ないかと息を吐く。確かにやらかしたのならもうどうしようもない。冊子についてはあとでしっかり謝罪するとして一先ずこの場をどうにか乗り切ろう。
「気を取り直して、トラブルはありましたが調査の方は行いたいと思います。トイレ内の探索のみで終わらそうと思いますが、僕らは内部に侵入出来ません。女子の皆に頑張ってもらうことになります」
「うん、まぁ、そうなるわね。流石に手伝えとも言えないわ」
「わ、私たちだけかぁ。……えっと、春乃ちゃん、大丈夫かな? 私たちだけで行こうか?」
「い、いえ、私だけが残る訳にはいきません。一緒に行きます!」
一応は怪談の謂われがある訳で、そこに女子だけを向かわせるのも中々心配なことだが致し方ない。
「無理はしないでいいからね? もしどうしても駄目なら、三人が目を瞑ってさえいてくれたら僕らが中に入るのも」
「聖」
ガチガチに固い表情で決意を滲ませる朝日が見ていられなかったか、美樹本が勇気の提案を口にした所で嵩原が割り込んできた。
「ん? 何? 読み終わったの?」
「ちょっと気になることがあって。ここ読んで」
すっと差し出した冊子の一文を指差す嵩原。不審げに眉根を寄せた美樹本も、素直にその指された箇所に目を落とす。スマホを翳しながらその文章を読み上げた。
「何? 降霊のやり方だね。えっと、『七人が明かりを持って個室を照らし、“あそぼうよゑみ”と一音ずつ呟く。するとゑみさんが現れる』……。ぶ、不気味だけど、これが何か?」
反射のように怯みつつ美樹本は強気に言い返す。降霊と聞くと思い浮かぶ儀式的なものではなく、なんだか普通の呼び掛けといったやり方なんだな。
「まさかやりたいとか言わないよね?」
「そうじゃなくて、ここ。この『七人』って所。ここがさぁ、ちょっと恣意的じゃないかな?」
「恣意的?」
「この七不思議巡りを始める際に会長さんが言ってたでしょ? 七という数字を用いることによる変化云々って。あの言葉はこの怪談に掛かってたりしない?」
「……あ」
指摘され美樹本が呆然と声を吐き出す。つまり、丁度七人いる訳だし降霊も試してみろよと、先輩はそれを望んでいると言いたいのか。
「わざわざやり方まで載せているんだし、会長さんやけに七人って数字を喜んでいたから多分そう言うことなんじゃない?」
「……」
機嫌良く言葉を重ねる嵩原に対し、美樹本が浮かべた表情はと言えば正に絶望、それであった。




