2.第一回対策会議
「今時っ、剃刀レターっ!」
腹を抱え笑う嵩原が憎らしい。
人の不幸をなんだと思っているんだと文句が二個も三個も出て来そうであるが、何より腹立たしいのは俺が嵩原の立場だったら同じように笑っていただろうことが簡単に想像出来ることだ。
嵩原が剃刀レターを貰って来た際にはきっと指差して笑うだろう。そう予見出来るだけに今その立場にないことが本当に口惜しい。
現在時刻は昼休み。騒動があってからは中庭から足が遠退き、今では屋上が専ら俺たちの昼食場となっている。基本屋上への出入りは禁止されているのだが、俺たちは高校生、ルールなんて知ったことかとこそこそ隠れて使用している。
基本立ち入り禁止ともなれば当然他に人はいなく、今現在悪い意味で目立っている俺からすればそれは実に都合が良い。視線を気にせず食事に集中出来る環境の素晴らしさと言ったら。人の視線にストレスを感じる動物たちの気持ちも、今ならば骨身に染みるほど良く分かる。
ちなみに鍵は掛かっているのだが扉自体大分がたが来ていてちょっとしたコツで開けることが出来る。そしてそのコツは代々極一部の生徒たちの間に継承されていて嵩原がその情報を入手してきたのだ。
ルール破りも続けば伝統となるいい事例である。
「笑ってる場合じゃないよ、高原。それ、どうしたらいいと思う?」
大して重く受け止めていない嵩原と違い美樹本の顔色は悪い。心配そうに昨日俺が受け取ってしまった件の手紙を見つめている。
その隣には桧山が、美樹本ほどではないけれど同じように難しそうな顔をして手紙を見ていた。こちら二人はどうやら真面目に剃刀レターについて考えてくれているらしい。
「はー、笑った笑った。で、その時代錯誤も甚だしい手紙について、だね。どうするもこうするも捨てちゃえばいいんじゃない?」
「そんな簡単に……。差出人は不明だけど、相手は刃物を送って来てるんだよ? これ、危なくないかな?」
あっさりと答える嵩原に美樹本は不満げに返す。
一見剃刀レターと聞くといつの時代の人間だと突っ込みが入りそうなものだが、よくよく考えてみれば剃刀は立派な凶器だ。それを相手に送るというのは普通に考えれば害意があると示しているようなものだろう。
送り主は俺に対して悪意を抱いている。そう思えるからこその相談だった。
「まあ、剃刀を送ってくるっていう精神性を考えると不安になるのも分かるけど、だいたいこういう輩っていうのは直接文句を言えないからこそこんな陰湿な手段に出るのであって、だいたいはそれ以上のことは出来ずに終わることが多いんだよ。文面を見てもぶつけるべき正論を書かずに罵声を綴るしか出来ないみたいだし、そんな奴、本気で相手してやる価値はないよ」
ひらひら手紙を振りながら嵩原の奴はあっけらかんと言い捨てる。
嵩原に意見を求めているのは奴がこう言った修羅場に慣れているからだ。これまでコマした女は数知れず、男共から浴びた嫉妬と憎しみは十や二十では利かない。
そんな嵩原だからこそ俺が受け取ったこの剃刀レターに関しても経験者として有益な助言でもくれるのではないかと相談することになったのだ。美樹本が。
剃刀レターに一番衝撃を受けたのが美樹本だったらしく、俺以上に不安になり心配しているようで動揺が随所に見られる。
まあ、そうやって相談した結果、なんとも辛辣な意見が出てきた訳だが。
「相手してやる価値って……」
「陰湿な手段を用いてくる奴っていうのはそれを好んで使うかそれしか取れる手段がないかのどっちかだ。前者の場合は絡め手こそを警戒すべきだし後者の場合はそれなら最初から無視出来る。どちらにせよこっちから積極的に動くと逆に不利益を被るのは俺たちだからね。無視が一番なんだよ」
ニコニコ笑顔で語る内容は実感の籠った経験者の意見そのもの。普段浮かべている胡散臭い笑顔そのものなのに何故だか壮絶なものを感じるのは俺の気の所為なのか。
「嵩原、なんか怖い……」
「これも経験かと思うけど、怖いから詳しく聞くのは止めておこうね」
桧山と美樹本がひそひそと言葉をかわす。その意見には俺も賛成なので賢く黙っていよう。
「じゃあ、嵩原としては特に対策のようなものは取らなくても大丈夫だと?」
「まだ不審物を送られたくらいだしね。この手紙から差出人を特定するのは難しいしそれに聖たちがボディガードをしてるなら手の出しようはないでしょ。そうだよね?」
「まあ、そうだね」
確認した美樹本が反対に問われて神妙に頷く。そのやりとりにちょっとした違和感を覚えたが今はそれ処ではないなと疑惑は飲み込んでおいた。
「結局相手の出方を待つしかないのかな?」
「今はそうするしかないんじゃないかな? こんな嫌がらせを継続してやるかどうかは相手の胸先三寸、無警戒よりかはあるかもしれないと身構えていた方が素早く対応も出来るでしょ。心当たりがあるっていうなら目星を付けることは可能だけど」
視線が俺に集中する。心当たり、ね。当然それは一つしかない。
「どう考えても今の騒ぎと関係あるよな」
「まぁ、タイミングを思うとね。日頃の不満がここに来て爆発っていうのも考えられなくはないけど」
美樹本も同意してくれる。刃物を送られるほどに恨まれているとしたら朝日関係くらいしか思い当たるものはない。
「俺も同意見だね。そもそも真人って交遊関係そんなに広くないしね。こんな恨まれるほど関わりのある相手もいないんじゃない?」
嵩原の言葉がぐさりと心に突き刺さる。
ああ、そうだな。嵩原の言う通り俺は友達が少ないよどうせ。今回は悪意ある相手の搾り出しに貢献出来たんだからむしろ良かったんだ、きっと、多分。
「んー、つまりあの一年を狙ってる奴が犯人ってことか? だったら怪しい奴に片っ端から聞いてみるか?」
桧山が首を傾げながら提案すれば美樹本はすぐに否定した。
「ううん。あまり派手に動かない方がいいと思うよ。今は差出人の本気がどの程度なのか分からないし、変に刺激して過激派になられても困る。それに便乗犯が出ないとも限らないしね」
「あー、なんだか面倒なんだなぁ」
美樹本に諌められて桧山はお手上げと言わんばかりに天を仰いだ。ともかく、と声を張って注目を集めた嵩原が後に続く。
「今はとりあえず静観だね。このことは出来るだけ外に漏らさないようにして真人の周囲をなるべく警戒する。嫌がらせがこれ以上ないならそれで問題なし。さらに続くならどうにか相手を特定して止めさせるしか解決方はない」
結局は待ちの姿勢だ。今の所、校内の俺の下駄箱への投函ということで犯人は学校関係者である可能性が非常に高く、そして動機の面から言っておそらくは学生、さらに朝日に好意を持っている者だろうと推測が出来る。
そんな犯人像はどれほどの人間に当て嵌まるのか、さすがに全男子生徒とまではいかないが確実に三分の一はいると言われてしまえばその事実が恐ろしい。
それだけの好意を向けられている女子に告白されるって俺が一体何をしたと言うのだろうか。
そんな多くの容疑者相手に一々取り調べなど出来るはずもなく、マークして現行犯を狙うというのも無理難題だ。
こうなればこちらから取れる手段というものはほぼない。手掛かりも特にない以上、相手が動いてくれない限りは解決のしようがない。
「犯人に繋がる物証はこれだけ、か。これだって手掛かりとしてはなんの意味もないしね」
嵩原から手紙を受け取って美樹本がしみじみと呟く。
真ん中にただ一文ある『呪われろ』という文章は、筆跡からの追及をかわすためか所謂定規文字というもので書かれていた。
犯人の周到さを証明する証拠だ、おそらく指紋の類いも残ってはいないだろう。
「慎重と言うべきか、凝り性と言うべきか」
「私怨による犯行でも冷静に己の痕跡は残さないように振る舞える、頭でっかちな陰険タイプかな? こういうのは机上でばっか考えて現実と乖離してくれるから、むしろドジ踏んでくれるんで追及が楽なんだよね」
「また嵩原が黒いこと言ってる!」
ドラマの見過ぎか小説の読み過ぎか。現実で定規文字なんてやらかす野郎がいるのかと改めて現物を見て思う。
人への嫌がらせを決行しつつ自身の痕跡は残さないようにする、その激情と冷静さの二面を両立させる精神状態というのは一体どんなものなのだろうか。興味はあるが理解はしたくないな。
その理解したくない精神状態の人間に悪意を持たれているという現状には溜め息しか出てこない。
「永野、大丈夫だからね。これからも付き添いは続けるし絶対一人にはしないから」
「おう! 俺も美樹本も嵩原もちゃんとお前を守るぞ! 友達だからな!」
「えー、俺もなの? 男と一緒とか嫌なんですけどー」
「こんな緊急事態の時くらいその性分を我慢すること出来ないの君は」
おっと。溜め息の理由を誤解させてしまった。別に不安だなんだで気落ちした訳ではないのだが、心底心配している様子の美樹本と桧山に誤解だと告げるのはなんだか憚られるな。
そこまで過保護にならずとも、俺も大の男なので大丈夫なのだが。
こう言った場合にはどう声を掛けるべきか、口下手だと自覚のある己ではどうすればいいか分からずつい閉口した。




