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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
三章.河童
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7.接写

 怯えた様子で小さく訊ねられるのに思考が止まる。暫く考え込んでから慌てて画面を見た。画面中央に写る白いもの、そしてその両脇から伸びる腕。本体らしきものは分からないが、でも言われてみれば確かに宙に伸びる手は近付いて来ているような……?


「え、マジ?」


「……待って、前の写真に戻れるからそれで比較してみようか」


 さっと操作された画面を見せられる。画面には腕が一本、これは一個前のものか。

 ピッとボタンが押されて画面が変わる。パッと表示されたのは腕が二本、直前に撮られたものだ。見比べるも腕自体が結構変わっているので比較が難しい。


「近付いて、る?」


「腕が動き過ぎてよく分かんね。でも手が大きくなってるような? 」


「……」


 嵩原がパッパッと何度も画面を切り換える。コマ送りのようにして写真を見比べると、確かに真ん中の白い奴も腕も微妙に大きくなっている。単純にものが大きくなっただけか、それとも美樹本の言う通り近付いて来ているのか。美樹本はもう見たくないと言わんばかりに顔を逸らしてしまった。


「これは確認事項が増えたね」


「!!?」


 ポツリと落とされた一言に美樹本の顔に絶望が浮かんだ。愕然と嵩原を見上げるのみで、もう反論さえ口に出来なかった。


 それから続けて嵩原、桧山が一枚ずつ撮影したのを検証する。伸びた腕は二本。増えることはなくばたつくようにして上下に移動して、そして徐々に大きく、いや、こちらに近付いて来ていた。


「これこっち来てるね」


「その冷静さなんなんだ?」


「真ん中のも来てんのな!」


 見比べることでその変化が実に分かり易くなる。始めに撮ったものと比べても明らかに被写体は大きく、確実に俺たちの方へと近付いて来ていた。もう池の中央よりも岸側に近いだろうか。


「このまま撮り続けたらどうなると思う?」


 嵩原がニヤリと笑って嫌なことを口にする。相変わらず現実ではなんら変化らしいものは見られない。全て写真の中だけでのことだが、しかしこのまま静止画の中で移動を続けさせればどうなるか。何この這い寄ってくる恐怖感。


「……近付けさせてどうすんだ?」


「ひょっとしたら水から顔を出してくれるかも? 河童の正体が掴めるかもね」


 冗談っぽくそう返された。いや、それを狙ってるのかこいつは。

 唖然とした思いで見つめていれば嵩原は何故だか美樹本に向き直ってデジカメをポンとその手に押し付けた。必死に体毎池から逸らしていた美樹本は嵩原の突然の行動にえっと顔を上げる。


「次、聖、行ってみようか」


「なんで!!!??」


 渾身の叫びが静かな用水池跡地に轟く。嵩原、それは、それはあまりにも無体な。


「ここらで聖も一発行っといた方がいいかなって。真面目な話まだ検証はしている訳だし」


「なんでだよ!? もう嵩原と桧山が充分写真は撮ったじゃん! 僕がやる必要ないじゃん!」


「明らかにした条件はフラッシュを焚くことだけだよ。撮影者による違いがあるかもしれないし、写真を撮る角度や高さ、そう言ったものも引っ掛かってくる可能性は否定出来ない。一応、この場にいる全員で河童らしきものを一度は撮影しておかないと」


 激発する美樹本に嵩原はあくまで検証のためというスタンスを崩そうとしない。顔も言ってることも至極真面目ではあるのだが、果たして腹の中まで同じかどうかは分からないのがこの男の厄介な所なんだよな。


「そそそそれなら僕が撮る前に永野にまず撮らせて……!」


「お楽しみは最後に取っといた方がいいでしょ? それに……」


 そこまで口にして何やら嵩原は密談を始めた。美樹本と顔を寄せ合ってゴニョゴニョと囁き合っている。多分俺に関係のある話だよな。本人を前にして内緒話するって厚顔にもほどがある。


「……それ、本当?」


「これまでの傾向から言って恐らく。多分見込み通りになるとは思うんだよね」


 暫く談合してからようやっと両者が顔を上げる。密約はちゃんと結べたのかね? 話は纏まったようで渋々ながら美樹本はカメラを持って池の縁へと立った。


「厄日だ……。今日は一年で一番の厄日だ……」


「あれ、美樹本も写真撮るのか?」


「そう言うことにさせられたんだ。桧山、隣に立っててくれる?」


「別にいーぞー」


 美樹本と桧山が池の側に並ぶ。不本意ですと示す背中を眺めながら嵩原を問い質した。


「お前何言って美樹本を納得させたんだ?」


「俺の推測を話しただけだよ? 写真から見る河童らしきものの動きから、そろそろ縁に辿り着く恐れがある。恐らくはあと二回か三回か。ここで撮影を済ませればギリギリ接近されることは免れる、はずってね。それで聖は決起した訳」


 得意気に説明してるけど、お前それ……。つか俺なら接近されてもいいと言うつもりか?


「そこまでしてあいつに写真を撮らせる意味ってあんのか?」


「検証のためだもの。条件を探るには様々な試行を繰り返さないと正確な値は出ないものだよ。現場にいるのなら聖も協力しないとね」


 手厳しいな。残ると決めたのはあいつだけど、それでも一度は帰ってもいいって言ってたのに。


「俺も強制か……」


「期待してるよ、真人。正体が掴めないとしても真人で今日は上がることにしよう。流石にもう限界だしね」


 空を仰ぐ嵩原に倣いこちらも視線を上に向ける。大分日は傾いて視線の先の空は遠くがもう暗い。

 日の傾きに合わせてここにも大分影が掛かるようになってきた。周囲を囲む木々の影、その天辺が水面にも幾つか届いている。当然日の光も弱くなっているので、確かにそろそろ調査は限界だな。


 美樹本をラストに回さなかっただけまだ優しいか。池の縁でカメラを構える美樹本に視線を戻して、それなら直ぐに交代出来た方がいいかと足を一歩踏み出した所でフラッシュが瞬く。


 パシャと軽い音と一緒に視界が白く染まる。落ちた影さえ払うほどの強い光が一瞬池を照らし、そしてまた何事もなく暮れなずむ景色が戻ってきた。もうフラッシュを焚くのも適正な時間だな。脳裏に蘇るあの真っ暗な写真を思い出しながら、デジカメを覗く美樹本へ視線を向けた、瞬間。


「――ひぎゃああぁぁぁ!!!」


 空間を劈く悲鳴が目の前から上がる。声は当然のように美樹本。なんだなんだ、ついに河童が正体現したか。


「わぁ! 落ち着け美樹本!」


「やだやだやだー!!」


 見ればすっかり恐慌状態になった美樹本が急反転してこっち来た。その後ろで桧山が叫びながら放り出されたカメラを受け止めているけど聞いちゃいねぇ。あれほどデータが消えることを恐れていた美樹本がカメラ投げ捨てるって本当何事?


「永野ー!」


「うおっ!?」


 反転した美樹本はそのままの勢いで俺の背中側に回って隠れてしまう。何やら背中をぐいぐい押してくるんだけど、何? 俺に池に突貫しろとでも言うのだろうか?


「え? 何? どうしたの?」


 嵩原も困惑した声を上げる。慌てて俺の背後に隠れる美樹本を覗き込んだ。


「どうしたの、聖。何かあった」


「嵩原の嘘吐きっ!!!」


「ええっ?」


 どうやら美樹本はご立腹らしい。涙声で嵩原を詰っているが、とりあえず喧嘩するなら俺の背中から離れてやって欲しい。背後でギャンギャンと喚かれるのはちょっと……。


「大丈夫かー?」


「あ、桧山。一体何があったんだ? 美樹本の奴えらく混乱してるようなんだが」


 こっちに来た桧山に事情を訊ねる。何があればここまで美樹本の奴が我を忘れる事態になるのか。


「俺も分かんね。写真撮ったと思ったら様子がおかしくなってな。それでデジカメで撮った写真確認したらいきなり悲鳴上げて」


「写真を?」


 なんだろう。なんだか非常に嫌な予感がするが、でもこれ確認しない訳にはいかないよな。


「桧山、カメラ」


「あ、うん」


 カメラを渡してもらいデータを確認する。最新は……、あったこれか。


 そして画面に表示させた写真は、これが中々、確かにゾッとするものであった。


「うわ……」


「……おぅわ」


 桧山と揃って画面を覗き込む。背景は変わらず。影が濃くなり薄闇が散見されるようになったが、まだ木々や草地に池など判別出来るレベルだ。


 多少視点は下がっているものの、全体的な風景は変わらない。だが、真ん中、と言うか写真中央より下半分、そこがもう見間違いでもなんでもなく明らかにおかしくなっていた。


 一番に飛び込んで来るのは白い影。ぼやけた白い靄のような影が写真中央より下にばっと広がっている。一見すると単なる煙かなと思えるが、しかしよく見ればその白い影が何者かの顔面、それも目元のアップなのだと分かる。

 白い靄の中に丸い区切りが二つ横に並んでいる。僅かに楕円に歪むそれは見開かれた目だ。楕円の中央には恐らく黒目、これも白く濁っているから始めは気付けなかったが、ぎゅっと縮んだ丸い点が真っ直ぐに正面を注視している。正面、つまりはこちらをじっと見つめているのだ。


 生気の感じられない目が写真の下半分をほとんど占めて並んで写っている。顔が触れあいそうなほどの近距離だ。目の横には手も見切れて入っている。うっすらと掌のシワが見て取れるが、その手には何か緑色の物が絡み付いているのか、所々に緑が滲むように浮いていた。こちらに掴み掛からんばかりに曲げられた指の一つ一つ、血の気なんて全く感じられないそこにも滲んだ緑がくるりと巻かれている。


 じっと見れば見るほどに、今にも写真を突き破って出て来そうなほどの圧迫感。それほどの迫真の、正に接写で撮られたような非常に接近したそれが画面の中にいた。


「……近いね」


 手元を覗き込んだ嵩原がそう感想を漏らす。再度美樹本の「嘘吐き!」という叫びが木霊した。


「いやでもこれ……。なんでこんないきなり接近して来たんだ?」


 画面を見ながら嵩原が混乱した様子で呟く。流石の嵩原も衝撃が強いか。見てると背筋がゾワゾワしてくるもんな。


「……近いなぁ……。これ美樹本の真ん前にいたのか?」


「怖いこと言うの止めてよ!?」


 ドン引きの桧山の台詞に美樹本ががっと噛み付いた。勢いはあるがそれでも俺の背中からは動こうとしない。未だショックは抜けないようだ。


「急に距離を縮めてきてるね。なんだろ? 何か変わったことでもしなかった?」


 嵩原が訊ねるもこれと言って思い当たることはない。精々が日の陰りくらいか。


「……辺りが暗くなってきた?」


「確かに日は落ちてきてるね。夜が近付いたから活発になったってこと? でもそれなら会長さんが出してきた写真もこのくらいアグレッシブなものでないとおかしくない?」


 このくらい、と画面をこつこつ指差して主張する。こいつ本当物怖じってしないな。


「そう言われても、俺だって確信があって言った訳じゃない」


「ま、そうだよね。明かりに反応して出て来たことを考えると、日が陰って相対的に光量が強化されたから一気に近付いた? こいつは明かりに寄って来るって性質なのかな?」


 これまでの状況証拠から推論を導き出した嵩原はそう纏めた。今の所、心当たりともなればそれくらいしか思い付くものはない。


 でも、何故光に反応するんだろう。思い出すのはあの濁った目だ。とても生きているとは思えない光を失ってしまっている目。あれが光を感知して、それで寄って来た? 光処か景色さえ写しそうにないあんな目で? しかし、確かに奴は真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「……」


 不可解な白いものの挙動。それを皆してどうにか解釈しようと沈黙が続いた、その時だ。


「こんな所で一体何をしているんですか?」


 唐突に知らない声が沈黙を破った。


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