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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
三章.河童
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5.写真の異変

 一通り池の周りを調べて何事もなく合流箇所に到着。あちらも何も発見は出来なかったか、桧山がしょぼくれた表情をしている。


「河童いなかったー」


「いやまぁ、陸上にいたらそれはそれで驚きだと思うよ?」


「痕跡の類はないね。田んぼの方から来た可能性もあるかなって思ったけどそれらしきものは何もなし。そっちは?」


「こっちもだ。何かが林から出て来たって線は薄いな」


 報告しあうが芳しいものは何もなし。野生の動物の見間違い説がかなり怪しくなってしまった。いや、別に俺たちは専門家でもないし、見落としの類はあるだろうから完全に言い切れる訳でもない。でもこれ以上はどうしようもないのは事実だ。


「外周から証拠は得られなかったか」


「こうなったら池を調べるしか……?」


 ぼそりと呟いたのに揃って顔を池に向ける。夕日の照らす池は水面が黄色く染められてあのヘドロ色も隠されている。どれだけ強い光が差してもやはり底など見通せず、かと言ってちょっと鼻を近付ければツンと刺すような生臭い臭気が仄かに立ち上った。


「挑むのは嫌かなぁ」


「同感。潜水具があっても指先だって浸けたくない」


「ここまで濁ってると水なのか泥なのかも分からないな」


 共通認識で池に入るのはやだ。俺たちの心が固く通じ合った瞬間だ。


「この池って深さどんくらい? 足着く?」


「「「いやいやいや」」」


 いや、一人乗り気な奴がいた。じっと水面を見下ろして今にも裾捲って入りそうだ。


「止めときなって桧山! こんな濁りきった所、どんな生き物が潜んでるかも分からないしどんな菌があ繁殖してるかも分からないよ!?」


「そもそも深さだって分かってないしね。何度か水難事故が起こってることを考えると安易に入るのは危険だよ。悪いことは言わないから止めときな」


「これ池と言うより沼に見えるし。足が底に届いたとしてもそれが泥だったら踏ん張りなんて利かないだろ。這い上がるのが難しそうだし止めとけって」


 総出で止める。強く引き止めないと桧山は突っ走る恐れがあるから俺らも必死だ。こちらの決死な説得に思い直してくれたみたいだが、それでも顔は残念そうに池からじっと目を離そうとしない。どれだけ河童捕まえたいんだ、お前は。


「そうしたら今日はもう撤収?」


「これ以上ここにいてもやれることはないだろ。流石に蘆屋先輩も水に入れとは言わないよな?」


「会長さんはそこら辺の安全基準には意外なほどに厳しいから大丈夫だと思うよ。まぁ、次の時に完璧な潜水具用意していそうだけど」


「そしたら俺が入るよ! 河童と一緒に泳ぐんだ!」


 話を纏めて今日は帰ることとなった。もう日も傾いてきたしな。あと一時間ほどで日も沈みそうだ。真っ暗になったらそれこそ事故に繋がり兼ねない。ここら辺が潮時だろう。


 とりあえず入り口側に戻って来がてら池の写真を何枚か取る。暗くなってきているとは言えまだフラッシュを焚くほどではない。美樹本が池に向かって何度もシャッターを切っているのを眺めつつ、元の場所まで戻って来た。


「さて、それじゃ帰るか」


「あ、ちょっと待って。ね、嵩原も何枚か撮っといてくれない? 僕の背だと全景を撮るの難しいんだよ。もうちょっと全体を入れた写真が欲しいんだ」


「ああ、いいよ。少し引きで撮ってみようか」


「あ! 俺も俺も! 水の底が撮れないか試したい!」


 帰る前にと二人にデジカメが渡される。河童の痕跡がさっぱり見付からなかったからせめて池の全容くらいは持ち帰らないとな。蘆屋先輩は寛容そうな雰囲気があるが、あの手の趣味嗜好に走る人間はそれ関係で不満抱えると酷く面倒臭いことになりがちだから油断は出来ない。


「大した情報は得られなかったなぁ……」


「お疲れだな、美樹本」


 はぁとため息吐きながら愚痴溢す美樹本を労る。いや本当大変だよな。これで調査終了となればいいのだが、嵩原がついつい溢したように次は水中の調査になり兼ねないのが本当怖い。頼むからそれだけは勘弁願いたい。


「本当に疲れるよ。どうして僕はオカ研なんかに所属してるんだか……。嵩原こそ入会すればいいのに」


「あいつは個人で楽しんでるだけっぽいからな。義務として関わるのは嫌なんじゃないか? 蘆屋先輩も会報がどうのと言っていただろ。同好会とは言え、やっぱり活動内容は学校側に提示する必要があるのか?」


「うーん、得にそんな話は聞かないかな? そもそもいくら同好会だからと言っても、会長と僕しか会員がいないんだから成り立つはずがないんだよね。本来なら人数の時点ではねられてるはずなんだ」


 え、二人だけ? もっと会員はいると思ってたぞ。


「二人って、それでよくこれまでやって来れたな」


「去年まではね、三年の先輩が三人ほどいたんだよ。でも皆卒業しちゃって現在は僕と会長の二人だけだよ。会長は黙っていれば美人だから入会を希望する人もちょくちょくいたんだけど、皆追い出されるか会長に着いていけなくて止めちゃった。結果僕しか残ってないの」


 それはそれは。先輩目当てに鼻の下伸ばした野郎共が不気味に笑う当人に追い出される様が目に浮かぶ。理屈をこねて論破とかやりそうだもんな、あの人。


「だとするとお前と桧山は貴重な人員になるのか……」


「桧山はあくまで助っ人で会員じゃないけどね。でもまぁ、なんだかんだ結構手伝ってくれてるし助かってるのは事実かな。本人が楽しそうにしてくれてるのがせめてもの救いだよ。君も仲間になってくれると心強いんだけどな」


「丁重にお断りします」


 オカルト趣味に巻き込まれるのは嵩原で間に合ってる。いや、嵩原だって良くはない。何を受け入れているのか自分は。


 ま、美樹本も冗談で言ってるだけだ。半笑いなのが何よりの証拠。分かっていてそれでも大袈裟に断るのはそれがノリであることと、あとはほんのちょっと本気が入ってるかもしれないので保険としてしっかりと断った事実を作っておきたい。そのためだ。


「ん?」


 後ずさった拍子に足にコンと硬い感触が返ってきて思わず視線を落とす。ボウボウに伸びた草の間に何やら白い物が見えた。


「どうしたの?」


「何か転がってる。これ……、看板か?」


 よく見ればそれは一抱えほどある看板だ。目を引くのは大きな赤いバツだな。文字も書かれているが、擦れているのと草に半ば埋まっていてよく見えない。


「古戸池の看板? バツってことは何かの注意喚起かな」


「文字はまだ読めそうだな。『…泳禁止。…亡事故、有り。夜…、…入禁止』……。これは……」


 飛び飛びでしか読めないが何を伝えようとしてるのかはなんとなく分かる。よくよく見れば赤いバツの下に青い波線と薄ら人型が描かれていた。輪郭くらいしか残ってないが、波線から顔と両腕が突き出されているのが分かる。


「……何件か水難事故があるっていってたね」


「ああ。これを見るにそれは事実らしいな。しかも死亡者が出てる」


 文字の擦れ具合から見てもそれなりに昔に立てられた物だろう。こんな草に埋もれるようにしてあるのは倒れてからもそこそこ時間が経っているのか。近くを探れば看板の足らしき木片が突き立ってるのを見付けたが、それも断面はボロボロで背丈の長い草に隠れてしまっていた。


 この池で誰かが死んでる。事故があったと聞かされた時から頭の片隅には入っていたと思うが、こうもまざまざと証明されると心に来るものがある。美樹本も神妙な顔を浮かべていた。


 なんとなく気まずい空気が流れる中、突然騒がしい声が聞こえてきた。振り向けば池の近くで桧山と嵩原が何やら言い合っている。美樹本と顔を合わせ、急いで二人の元へと向かった。


「どうしたの? 何を騒いでるの」


「ああ、いや大したことないんだけどね」


 聞けばどうやら桧山がやらかしたらしい。


「ある程度報告用の写真を撮ったから亨にカメラを渡したんだ。どうしても水の底が写るか確かめたいって言うからさ。そしたら……」


「フラッシュ暴発して驚いてカメラ落とし掛けた。マジ危なかった」


 水面を撮ろうとしゃがんだ桧山はシャッターを切り、そこで何故かフラッシュが作動、白く光ったのに驚いて手が滑り危うく池にカメラを落とし掛けたらしい。それ蘆屋先輩からの借り物なんですけど?


「亨もなんとか落とさずに済んだから良かったけど、最悪カメラも記録もおじゃんだったよ」


「危な……。ちょっと桧山、勘弁してよ。会長にこれ以上無理難題押し付けられたくないよ、僕」


「いやごめん。油断してた。なんでフラッシュ暴発したんだろ?」


「なんか変な所押さなかった?」


 回収されたカメラを受け取って美樹本は設定なんかを確認する。周囲は徐々に暗くなってきてるから、そりゃいきなりフラッシュなんか焚いたら眩しさで驚きもするか。その瞬間を見てはいないけど、多分一瞬池周りは眩しくなったことだろうよ。


「あれ……?」


 カメラを確認していた美樹本が何やら呟きを落とす。その声がどうにも呆然としていると言うか、少し震えて聞こえてきたので気になった。見ればじっと、デジカメの小さな画面を凝視している。


「どうした? データ吹っ飛んでたか?」


「それは最悪だね」


 声を掛けながらひょいと横合いから手元を覗き込む。画面には古戸池らしき画が映り出されていた。データが消えた訳ではないようだ。


「え、データ消えた? お、俺の所為か?」


「いや、そう言う訳じゃ」


「ね、ねぇ。これ、なんだと思う?」


 焦る桧山を安心させるため答えようとしたその前に、美樹本が震える手でデジカメを突き付けて来た。怯えを滲ませる美樹本も気になるが、目は眼前に晒された画面へと吸い込まれるように寄っていく。


 表示された画はなんだかよく分からないものだった。異様に白く光ってるしピントが全く合ってなくて、全体が非常にぶれてぼやけている。

 なんぞこの写真と思い、そして慌てて回収した際に撮れたものかと予想を立てる。よく見れば古戸池らしき水面や生い茂る木々、それに茜色に染まる空など、この場らしきものが随所に写っていた。水面も画面の半分を占めるなどかなり低い位置での撮影っぽいから多分当たりだろう。桧山の奴、よっぽど慌ててカメラ掴んだんだろうなぁ。


 失敗写真だな。それ以外には特に目を引くものもない。美樹本は何を気にしているんだろうか。


「? これが一体何……」


「ここ、ここをよく見て」


 首を傾げ訊ねればつっと指先で画面の中央右を指す。んん?っと唸りながら顔を画面に近付けて凝視する。ボケて詳細なんか全く分からないが、それでも指定された箇所をじっと眺めていれば違和感に辿り着いた。


 ヘドロ色の濁った水面。暗色と夕日の色が混じるそこにぽつりと白色が浮いている。フラッシュの反射かと思うけど歪な上にどう見てもそれは光じゃない。水面から何か白いものが出ているようにしか見えなかった。


「……なんだこれ?」


「僕の方が知りたいよ……!」


 思わず訊ねれば泣きそうな顔でそう返される。

 何々?と顔を寄せる残り二人にも画面を見せた。件の箇所を指差して示せば、うわーと軽い驚きの声が上がる。


「何これ河童?」


「皿の部分? それとも頭頂部? ぼやけ過ぎててこれだけだとどうにも判断出来ないね」


 すっかり震え上がってる美樹本とは対照的に二人は興奮した様子で議論する。枝か何かを見間違えただけではと思い一応池を確認したのだが、水面から突き出ている物など特に見当たらない。凪いだ水面が変わらずそこにある。


「気になるね。これが河童の正体だとすれば是非とも確証を得たいね。もうちょっと調べてみようか」


「も、もう充分じゃないかな!? この写真だけでも立派な証拠になるんじゃないかな!?」


「立派な検証材料になるからこそ更なる調査を言い渡されるんじゃないかな? これだけ持って帰った所で会長さんは満足しないと思うけど」


「……」


 調査継続を語る嵩原に、美樹本は必死で食い下がるがあっさり言い負かされて俯く。俺もあの先輩ならもっと調べろって命を下すと思う。尻を蹴ってでも行かせると思うな。


「どこ見ても白いのはないなぁ」


「写真にだけ写ったのか、それとも一瞬水面から出ていただけか。どうすれば確認出来るだろう?」


 早速と再調査を始める河童絶対見付け隊の二人。何も言い返せずただ俯くしかない美樹本が哀れだ。


「適当に写真を連続で撮ればまた写るかな?」


「お? 撮ってみるか? よっしゃ任せろー。はいチーおわっ!」


「あ、フラッシュ焚く設定が継続してたね、そう言えば。と言うかオートになってるのかな?」


 桧山の気の抜けた掛け声と共にバシャッと一瞬視界が白む。フラッシュ強いなぁ。日が落ちてきているから一層白い光が強力に辺りを照らす。

 確かに油断してる時に目の近くに強烈な光があると一瞬怯むよな。日中であれば大して気にならない白光も、こんな夕方以降の薄暗い中で見ると非常に強く目を引く。ここは他に光源なんかもないし。


「今度は落とさなかった!」


「亨って反射神経いいよね。どれ、確認と。……ん?」


「……お?」


 え? カメラ覗き込むなり騒がしかった二人が急に黙り込んだぞ。肩寄せ合ってじっと画面を凝視している。

 何か写ったのか? チラリと美樹本に視線をやれば美樹本も俺の方を見ていた。気になるので黙り込む二人をそっと窺う。


「ど、どうしたの? 何か写った?」


 恐る恐る美樹本が声を掛けると、二人はチラリと画面から美樹本へと視線を動かし、そして向き合うと何事か目で会話を交わしたあとすっとデジカメを差し出した。


「え……」


 無言で渡されたデジカメを思わず受け取った美樹本は、そのまま画面に目を落としてピシッと固まってしまう。

 え、そんな? さっきよりも余程分かり易いリアクションを披露する美樹本に倣って、俺も画面を覗き込んだ。


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