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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
二章.凍雨
30/206

12.回想終了

『凍雨』ラストです。

 こうして一月近く降り続いた雨は無事に上がり、長らく勢いを殺していた春は無事最盛期を迎え、春らしい陽気を街全体へ振りまいた。


 謎の奇病により昏睡状態にあった患者たちも軒並み回復。これぞ正に大団円。見事、事件は一件落着となった――。


「……って、訳でもなかったんだよな、実際」


 約一年ほど前の出来事を思い返してそう愚痴る。時刻は昼。いつものように中庭でいつもの四人で卓を囲んでいる。


 あの雨が無事に上がったあと、それを喜ぶ間もなく俺たち四人は向き合わねばならない現実と直面した。

 そう、倒れたままの人物をどうするべきか。格好からして近くの学生らしい女子を取り囲み、全身びしょ濡れの俺たちは判断を問われることとなったのだ。


 このまま救急に連絡した方がいい、でもこの格好って怪しく思われたりしない?、わーパンツまでびしょびしょ、などなど。


 喧々囂々とやかましい三人の意識が倒れている人物に向いていることを幸いに、俺はそっと逃亡。見事に後始末の全てを野郎三人に押し付けることが出来たのは良かったのだが、制服を盛大に濡らしたのはまずく、帰った母に烈火の如く怒られた。

 雨続きで洗濯も自由にやれないような状況だったからな、そのストレスもあって、まー、例年にない怒髪天振りを招いてしまった訳だが。


 そして明けて翌日。快晴の下、生乾きの制服で以て登校した俺を待っていたのは置いていった三人の強襲と呼べる来訪だった。

 なんで先に帰ったなどという文句から始まり、男とのやり取り云々、どこから見ていた云々と事態は事情聴取の体に発展していき、それにのらりくらりと答えていればその日は休み時間毎に毎回突撃を食らい続ける羽目になった。

 教室から逃げ出そうとしても毎回美樹本が回り込んで来て阻止されたんだよな。女子を味方に付けやがってあいつ。あの時ほど、美樹本を恨めしく思ったことはない。


 幾度もの突撃を受け、事情を話せと迫られ、そうして何度も顔を合わせる内に「あの四人仲良いな」なんて一括りに噂されることが増えていき、そして今、こうして連むようになるまでに至るのだから人の縁とは不思議なものだ。

 この三人とは絶対どんな接点も生じないだろうなとか密かに思っていたんだけど予想が外れた形だな。


 で、だ。無事雨が上がった街はそれまでの停滞が嘘のように活発さを取り戻すこととなった。

 外出自体忌避されるような状況だったし、日が差さないことによる各所への影響もまた大きかった。

 それが春の訪れで払拭され天候も回復した訳で、その当時の世間の喜びようと言ったら正に上へ下への大騒ぎ。一時的とは言え街での消費が数倍に達したとテレビで報道が流れたほどだ、その乱痴気っぷりは推して知るべしってものである。


 勿論良いことばかりではない。長雨の影響は後々まで暗い影を落としもした。

 そう、作物の高騰だ。農産業に与えられたダメージは深刻で、暫くお母さんという家計を握る方々の財布の紐は非常に硬く結ばれることとなった。

 結局作物の値段は年の終わりまで高騰が続いた訳で、その間学生という身分である俺たちもまた無視出来ない影響を受けたのだ。暫く財布の中身は危険水域から全く離れられず、弁当のおかずにも苦慮していたっけ。


 そんな雨が止んだあとの諸々の事態に翻弄された結果、俺の中での公園の出来事は早々に記憶の海に埋没していった。

 なのでわざわざ話題に上るなりしなければ思い出すこともなく、桧山が口にしなければこの先も回想なんてしなかったんじゃないかなと思う。だからさっぱり心当たりも思い浮かばなかったんだが。


「んー、つまり桧山はその時に会った子だって言いたいんだね」


 弁当を広げた美樹本が桧山の考えを纏めて告げる。その顔は実に悩ましげだ。


「おう。多分そう。どっかで見たことあるなーって気がしてたんだけど、あれぶっ倒れてた奴だよ。目閉じてて顔色も悪かったけど間違いないと思う」


 惣菜パンの袋を破りつつ桧山も肯定を返した。そう言えば食費高騰の煽りに一番桧山が嘆いていたっけ。一個しかパン喰えねぇって悲しそうに呟いてた記憶が脳裏に蘇ったぞ。


 つまりはそう言うことだ。朝日と俺たちの謎の繋がり。それは雨の公園で助けた側と助けられた側というものであったんだ。

 世間は狭いとは言うが、いやはや、とんだ巡り合わせもあったものだな。


「あの時の子か……。言われてみれば面影はある、かなぁ?」


 うーんと腕を組んで唸る美樹本に、そう言えばと気になったことを聞いてみた。


「結局お前たちはあのあとどうしたんだ? 朝日が元気にしてるから、助けはしたんだろ?」


 途中でばっくれた俺はその後のことは何も知らない。事情聴取を受けていた際も俺のことを聞かれるばかりで、その辺りは全く触れられてなかった。

 すっかり忘れていたんだけど、どう収拾を付けたんだ?


「結構大変だったよ。彼女は気絶したままだし僕らは全身びしょ濡れで恰好も酷かったし。そのまま通報すると僕らに疑いの目が向く可能性もあったから、嵩原の伝手を頼って別の人に救急車は呼んでもらったんだ。当時は行き倒れもそこそこあったからね、どうにか誤魔化せたんだよ」


 大変、と口にした通り、その時のことを語る美樹本はげんなりとした様子だ。嵩原までもが苦笑を浮かべている。

 あの女子のためならば労力は厭わない嵩原すら無言の肯定を返すのか、早々にとんずら決められて良かった、なんて考えてたら美樹本に察知されてちょっと睨まれた。


「話を戻して。それで、朝日さんはその時に真人に助けられたからお礼を言おうとして告白になっちゃったと。でも、思い返すと真人と朝日さんって面識がないよね? どうして真人が助けたってことになっているんだろうか?」


「それな」


 嵩原の指摘に同意する。俺の記憶の中でも朝日と喋った、それ処か顔を合わせたなんて事実はない。当然助けたなんてなるはずもない。

 なのにどうして朝日は俺が助けたって断言したんだろう? 誰かと間違ってないか?


「助けたって言えるのは桧山、かな? 記憶が混乱してごっちゃになってる?」


「それでも真人と亨を取り違えるかなぁ? 顔も雰囲気も全然違うと思うけど」


「彼女はいやに断定的だったしねぇ。永野に助けられたって確定出来る何かしらの根拠が、朝日さんの中にはあるのかもしれないね」


 確定出来る根拠、ねぇ。それは一体なんだろうか。

 そもそも、朝日はどうやって俺が恩人だと判断したんだ? そこからしてちょっと謎なんだよな。


 悩みながらもチラリと桧山に視線をやる。結果として横から掻っ攫われたことになるんだが、当人はどう思っているのか。

 ここで不満そうな顔されたら複雑なんだけども。能井さん的な意味で。


 視線が煩かったか桧山がこっちに目を向けた。惣菜パンを口一杯に頬張りながら目だけで何?と問い掛けてくる。


「あー……、いや、お前が体張って守ったのに、俺が手柄挙げたみたいになってることをどう思っているのかなって」


「んん?」


 首を傾げながらも、桧山はもっちもっち咀嚼しゴクリと飲み下して言った。


「世間って狭いよな!」


 あ、はい。そうですね。お前ってそういう奴だよね。

 質問に答えてないとかその感想はもう俺が呟いてたとか、いろいろ、いろいろ言いたいことが頭に浮かんだけどなんかもう何も言えない。

 変に身構えていた所為もあってなんかもう気が抜けた。


「いやそうじゃなくて。亨が頑張って守ってたのに、真人のおかげにされたことについてどう思ってるのかって話でね?」


「んんん?」


 思わず追及を諦めてしまった俺の代わりに嵩原があとを引き継ぐ。そして質問に何故か首を傾げる桧山。


「永野だって守ってたろ。俺だけがあの女子庇ってた訳じゃないし、それなのに誰がやったとか関係ないじゃん。永野は一番前に立って説得してたんだしさ」


 おかしいと眉を顰めながら桧山はそんなことを言う。

 いや、俺はそんな大したことはやってない。そもそもが途中参加の乱入者だし、いろいろ好き勝手やらかしただけだから守ったっていう事実もちょっと違う。


 でも他二人はそういう印象ではないらしく。


「ああ。確かにそうだったね。情報を引き出したのは真人だったか」


「そうだね。あの男の本意を引っ張り出してくれたのは正直随分な助けになったよ。あの時、ああいう流れが出来てなかったら、あんなにも綺麗な形で終われてたかはちょっと疑問だね」


 桧山に同意だと頷く。いや、男の説得なんてそれこそ勢いからの流れであって。

 しかも、雨を晴れさせることに意識が向いていたからお前らの安全確認とかどっか行ってた、なんて正直に言おうものなら四面楚歌になりそうだしここは黙っておこう。沈黙は金なり。


「うーん、でもまぁ、結局永野が直接助けたってことにはなりそうにない、かなぁ? 勘違いしているなら訂正……、した方がいいの? 僕ら? そこまで僕らが首を突っ込む意味ってあると思う?」


 言っている途中で迷いが生まれたらしい美樹本が嵩原に意見を求める。

 うーんとこちらも悩ましそうに唸りつつも、嵩原は答えを口にした。


「それは、そうだねぇ。好意の根っこの部分に助けられたって思い込みがあるなら無視するのもどうかとは思うよ? だからと言って俺たちがそれは勘違いなんですって訂正した所で当人が納得しないことには、ね。そもそもがあまりにも個人の事情に踏み入る事柄だし、他人がどうこうってのは出来れば避けたい所だね」


 嵩原らしい慎重な意見だ。奴が一番に気にするのは朝日の心情を無視してその気持ちを踏みにじること、かな。フェミニストらしい気遣いが見える。


「それに無理に訂正する意味ってある? これで真人が人の好意に付け込んで好き勝手やる下衆ならまだしも、利用する処か動きの一つも起こさないんだから放置していても問題なくない?」


 続く嵩原の見解は甚だ遺憾だ。その言い回しだとまるで俺がヘタレみたいじゃないか。その通りだけど。

 好意を利用? そんな難易度の高いこと、俺には無理だわ。嵩原じゃあるまいし。


 ヘタレって部分を否定したいけど否定の材料もなくぐぬぬしてたら、美樹本まで納得したように頷いているんだけども。

 ねぇ、俺の印象ってどうなってるの? 草食系の無害系? それとも意気地のないヘタレ系? 非常に気になるんだけど。


「それならとりあえず現状は静観でいい、かな? 問題解決にはなってないけど緊急性がないっていうのは有難いな」


 美樹本が疲れたようにそんなことを口走る。なんだなんだ、直近の一番の厄介事は片付いたと思ったんだがまだ何かあるのか?

 気になったらしい桧山が二個目のパンを食べるのを止めて声を掛けた。


「どした? なんか元気ないけど何かあんのか?」


「うん。ちょっとね」


 美樹本の返事は鈍い。肯定を返した上で詳細を述べることを回避するなんて、余程言いにくい厄介事か? 嵩原とも顔を見合わせ、少し様子を探ることにした。


「今回の騒動の影響が出たのか? 厄介事?」


「いや、うーん、厄介、とはちょっと違うというか」


「何かあるなら早めに言っておいた方がいいよ。今回の真人みたいに後出しして急遽対応を練らなくちゃいけないってなると大変だからね」


 あ、こいつ。人のこと引き合いに出しやがって。ぐうの音も出ないぞこの野郎。


 嵩原の言に少々悩ましげな様子を見せた美樹本は、暫く悩んでから「よしっ」と何かを決意して顔を上げた。


「初めに謝っとく。ごめん。多分皆を巻き込むことになると思う」


 いきなりの謝罪に俺たちの間にきょとんとした空気が漂う。

 不穏な出だしであるが、こちらがその真意を問う間もなく美樹本の方から話し出した。


「正確には僕の部活関係。恐らくだけど、皆には会長の頼み事に力を貸してもらうことになると思う。だからもう謝っとく。ほんとごめん」


 美樹本は潔く頭を下げるが、こっちはさっぱり事情が把握出来ない。なんで部活関係のことで頭を下げられたんだろうか。


 頭に疑問符を浮かべている俺とは違い、桧山と嵩原の二人は訳知り顔な感じで「「あー……」」などと納得の声を揃って上げていた。


これにて『凍雨』は終了です。お読み頂きありがとうございました。

次章『河童』は日曜日、17日から連載を始めたいと思います。

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