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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
二章.凍雨
27/206

9.雨雲の下の男

 俺は嵩原を追っている。そしてその嵩原は美樹本を追っている。

 傍から見たら間の抜けた光景にでも映るのだろうか。それでも今更止める気にはならない。車の行き来さえなく、人もいなくてただ雨音だけがする通りを行く。


 更に激しくなる雨の中をえっちら進んでいたのだが、ふと顔を上げて空を軽く仰ぐことで気が付いた。俺は今、雨雲の中心に向かっている。


 雨雲の中心ってなんぞやという話である。台風の目なら分かるが雨雲なんて渦巻いているものではなく、厚い雲が席巻する様を眺めてどこが中心、なんて見分けが付くはずもない。


 普通ならそうだ。頭上に居座る雲は切れ間もなくそれこそ平坦に続いている。薄いも濃いもないのだから今見ている箇所が端なのか真ん中なのか、気象学もよく知らない俺が判別出来るはずもない。


 それでも、なんとなくあそこが中心なのだと理解する。説明が難しい。明確な違いを察知した訳ではない。ただ、パッと見たその印象で「あ、中心だ」と勝手に頭が理解したのだ。


 なんぞこれ凄く不思議。意味が分からないながらもとりあえず進む先は雨雲の中心だ。証拠に雨の降りも激しくなり気持ち気温も低くなっていっている。

 嵩原を確認するがやはり真っ直ぐに中心に向かっていた。となると、美樹本もそちらへと進んでいることになるよな。

 雨雲の中心と言えば連想されるのは当然元凶らしき男だろう。美樹本は知っていて向かっている? それとも偶然か?


 足を動かしながらもコンビニから見た美樹本の険しい表情を思い出す。今思い返せばあれは追い詰められた顔だったかもしれない。

 嵩原が何かするんじゃないかとそちらばかりが気になっていたが、ここに来て美樹本自身の危うさも気掛かりになってきた。


 これは絶対このまま進めば厄介事に巻き込まれるよなぁ。分かっていて足は止めない。俺も雨雲の下の男には用がある。接触が果たせるというならこれほどの好機もないだろう。


 男は実在するのか、しないのか。それがあと少しで判明する。この機会を逃せばもうチャンスはないのではないか。そんな逸る気持ちを抑えて雨雲の中心へ向かった。




 市街地を行き幾つか道を曲がり、そしてやって来たのは街中にある公園だ。雨が降りしきる中、ぼんやりと浮かんで見える遊具は閑散とした雰囲気と相俟ってどこか物悲しい。


 嵩原がその公園に入っていったのでこそっと遠巻きに観察する。空を見上げれば正しくここが雨雲の中心だ。つまりはここに美樹本と男がいるはずなのだが。


 公園を縁取る生け垣越しに中を覗く。どこにいるかなと視線を彷徨わせたが当人はあっさり見付かった。

 公園の真ん中に立ち尽くす小柄な制服姿は美樹本に間違いないだろう。こちらには背を向けているので表情は窺えないが、怪我などは負ってないように思える。

 良かった、健在かと安心する暇もなく、美樹本の周辺の様子が目に飛び込んできて少々頭が混乱した。


 美樹本は一人ではなかった。嵩原がいたとか男がいたとかそういうことではない。美樹本の前にずぶ濡れになりながら誰かを抱えているこれまた制服姿の男子がいたのだ。

 傘は脇に放られていて、代わりと言ったように大事そうに腕の中にいる人物を抱えている。え、どういう状況?


「桧山! 大丈夫!?」


 雨音に紛れて美樹本の叫びが聞こえる。声を掛けた相手はびしょ濡れの男子生徒で、ああ、あいつが桧山なのか。遠いし雨も降ってるしでその顔はよく見えないな。


「来んな! 危ねぇから!」


 慌てて駆け寄る美樹本に今度は桧山が叫んだ。危ない? こんな公園の中にそんな危険物なんかないだろう。


 なんだと思って観察したら桧山は美樹本の方なんて見向きもしていない。じっと前方だけを見つめているようなのだが、そこには誰も何もないはず。


 そう思って目を凝らしていればぼやっとした灰色が突如薄暗闇の中に浮かんだ。

 驚く間もなく灰色は徐々に上へと伸びていき、足から胴体、胴体から腕、そして頭へと人影が雨の中に浮かび上がっていった。

 人影はスーツらしきものを着た男だ。傘も差さず、ただぼうっと雨の中に佇んでいる。


 そこまで認識してはっと空を見上げた。雲はあの男の頭上で中心となっている。雨雲の下の男。そいつだと直感で理解した。


 驚きに立ち竦んでいる間にも事態は動く。結局、桧山の制止を振り切った美樹本は傍まで寄ると男と対峙した。華奢な体躯がぼんやりと、雨の中不審な男の前に立つ。


「……お前……『雨……下の男』……?」


 強い雨音に遮られ美樹本の声は途切れ途切れにしか聞こえない。それでも、腹を括って男の前に立っているのはピンと伸ばした背中から察せられる。


 いよいよのご対面となった訳だが、美樹本の方は思うほど冷静に対応しているように見える。下手すれば対峙した直後に激昂して襲い掛かる可能性も僅かにはあったと思うが、そこはきちんと距離を取って声を掛けていた。そこは流石だと思う。


「……」


 対して男からは返事らしきものはない。俺の方まで聞こえて来ないだけかと思ったが、美樹本が一歩踏み込んだ所を見るにあまり芳しい反応は得られなかったみたいだ。


「……えろ。……くこの街に……降らせ…………に大き……乱を来したの……前か?」


「……」


 男からはやはりなんの反応も返らない。そもそも男は美樹本を認識しているのか? 体は正面を向いているようだが、顔の部分がぼんやりと影が掛かっているのでどこを向いているのかは分からない。仕方ないんだが、この距離がとうにももどかしい。


「……答えろよ! お前が謎の病気の元凶なのか!? お前の所為で僕の姉さんは倒れたのか!?」


 じっと目を凝らして様子を見ていた最中、焦れたらしい美樹本が吠えるように叫んだ。美樹本がこうも声を荒げる所なんて始めて見た。冷静だな、なんて評価は俺の思い違いだったようだ。


 美樹本はきっと必死に己の激情を抑え込もうとしていたんだろう。あいつは嫌がらせしてくる相手を真面に相手にしなかった。それは相手取ることで更に過熱化するのを恐れてもいたんだろうが、恐らくは自分は不当なことは何もしていないと周囲に示すことの方が意味合いは重かったと思う。

 冷静に堅実に、己に取って有利となる立ち回りを取ることが出来る。多分美樹本はそういう人間だ。


 あの嵩原相手に見せた激昂だって、言葉自体は辛辣なものであったがここまで感情に振り回されてはいなかった。ここに来てこれほど荒々しく詰め寄るなんて、相当な怒りを抱え込んでいたに違いない。


「ばっ! 止めとけ美樹本!」


 一歩前へと踏み出した美樹本に桧山が慌てて声を掛ける。今にも胸倉を掴みそうな勢いがあるが、それは良い手とは思えない。

 男は未だ反応を見せずその場に立ち尽くしている。これまで無言で通しているのが不気味で仕方ない。激発している人間を目の当たりにして、とうして平然とその場に立ち止まっているんだろうか。


 不穏な空気が高まりつつある中、そこで視界の端から真っ直ぐ突っ込んでくる男がいた。桧山の制止も振り切り、更に近付こうとした美樹本のその肩を現れた男が背後から掴む。


 嵩原だ。あいつどこに行っていたのかと思ったらこのタイミングで出て来やがった。


「落ち着いて。あいつが噂の当人っていうなら安易に近付かない方がいいよ。それこそ君が倒れることになるかもしれない」


 ばっと振り返った美樹本があんぐりと口を開けているのが分かる。まぁ、驚くだろうな。だって平常時にもまず顔を合わせたくない奴がいた訳だし。


「なんで、君が……!?」


 驚きからなのか批難からなのか裏返った声が聞こえて来た。今にも口喧嘩が始まりそうだが、それは嵩原の方であっさりと流される。


「今は些細なことを言い合っている暇はないと思うよ。いいかな、よーくあの男を観察してみて」


 年下に言い聞かせるような柔らかな口調だが互いに同い年だ。案の定、美樹本は馬鹿にされたと思ったらしく顔真っ赤にして怒りも露わとなる。


「こんな状況でもふざけたことを……!」


「ふざけてなんかないよ。寧ろ凄く真面目」


 その言い方がさぁ。そういうとこやぞとツッコミたい衝動が湧いてくるが、それを止めたのは桧山の短い声だった。


「あ」


 何かを見付けたと言わんばかりの声に美樹本と嵩原が桧山の方を向く。

 と言うか先程からいやに声が鮮明に聞こえてくるな。はてと周囲に目をやれば雨は変わらず降り注いでいる。ただ、音だけがどこか遠くになっているような……?


「ひ……っ!?」


 あれ?と首を傾げていると何やら短い悲鳴が聞こえてきた。パッと視線を戻せば美樹本が嵩原にしがみついて今にも倒れそうになっている。え、何が起こった?


 公園の外縁部に当たるここからじゃ、流石に中程にいる美樹本たちの詳細な様子は窺えない。まぁ、美樹本の視線が男に一直線に向けられている所から察するに、男の何かにそれほどの恐怖を感じたのだろう。それが何かはここからじゃちょっと分からないけど。


「な、なん……、ど、どういう……っ!」


「ああ、やっぱりこうだったか」


 動揺に震える美樹本に対して、嵩原はさもありなんと納得した風情でうんうん頷いている。何この温度差。

 疑問ばかりが積み上がる俺に対し、答えを提示してくれたのは桧山だった。


「あ! 首が明後日向いてる!」


 はい? 全く訳の分からない叫びだが桧山は真面目っぽい。指なんか指して男を凝視しているのだが、首が、明後日? 

 なんのこっちゃと俺もよくよく目を凝らして男を観察するが、相変わらず雨が邪魔だし男そのものもはっきりしない。美樹本たちの方は雨に濡れた姿が判別出来る一方で、ぼうっとスクリーンに映し出されたようにぼんやりとした像の男は、実在感といったものが欠如しているように思える。


 あれ? それっておかしくね?

 ふとそう思ったのがフラグだったか、それまでただ灰色のスーツを来た男としか認識出来なかったのに、急にピントが合ったように像がはっきりとし出した。


 靴は革靴。同色のスラックスも上着もシワが目立って全体的に草臥れた印象がある。中に着ているワイシャツもシワシワで汚れているようだ。首元には黒っぽいネクタイが引っ掛かっているが、明らかに結び目が緩くて下の位置に来ている。

 上背はそこそこ。ひょろりと細長く嵩原と同じくらいか少し低めか? やや猫背でその分背丈が低く見える。肩が少々前に出ていて姿勢悪く立つ様は、それこそ仕事疲れのサラリーマンといった風情であり、そこに違和感などは特に感じない。その点は、であるのだが。


 視線を上に上げて男の頭部を確認する。これまで影が掛かっていたようにぼんやりとした像であったのが、今でははっきりと輪郭も見える。その丸い形の頭部なのだが、なんでだか肌色の類が一切見えない。

 草臥れたスーツの上に見えたのは後頭部。そう、男の首はまるで梟のように完全に真後ろへと回っていた。


 どういうことなの。もう一回全体像を確認する。男の体の正面は美樹本たちの方に向いている。間違いない。

 足下に視線を移せば爪先もしっかり正面だ。服を前後反対に着こなすという、変態的行動を取っている訳ではないらしい。


 もう一度男の頭を見る。やはりどう見てもそれは後頭部だ。短めのボサボサの黒髪が丸い形で男の頭部に乗っかっている。

 ひょっとしてあれは奇矯な仮面か何かか……? 常識に依った可能性を弾き出すも、それは当の男本人によってあっさりと否定された。


 ぐるり。見ていた男の頭が突如半回転して正面を向く。振り返るような仕草で現れたそこには、しっかりと人間の顔があった。


「ひいぃーーっ!」


 美樹本の劈くような悲鳴が鼓膜を打った。

 無理もない。手品や奇術であっても、真正面から人の首があんな回転する様を見せ付けられたら普通に悲鳴ものだ。それが種も仕掛けもなく行われたようにしか見えないのだから尚更。


 あれはなんだ? あの男は生きているものじゃない?

 すっと浮かんだ感想にまさかと否定する気持ちが湧く。しかしそれ以外にどう説明を付けたらいいのか。


「落ち着いて。相手は雨を操って謎の病気だってばらまくようなものだ。そもそも生きた人間である方が道理に合わないでしょ」


 混乱するこちらを落ち着かせようと嵩原の奴が努めて冷静に言い聞かせてくる。立つこともままならない様子の美樹本の背中を、存外優しい手付きで撫でてやってるな。

 思えば、奴は実に冷静に男の様子を観察していた。まるで始めから理解していたように。


「なぁ、あれって幽霊って奴?」


 声も出せない美樹本の代わり、という訳でもないだろうが桧山の奴が嵩原に質問を飛ばす。こっちはこっちで物凄く泰然としている。大物か?


「多分? もしくは妖怪って話もあったけど該当するものが見付けられなかったんでなんとも。でもスーツ着た妖怪はいないよねぇ」


「妖怪!? マジで!? 俺初めて見た!」


 和やか。初体験だと喜ぶ桧山の所為で和やかな空気が一瞬辺りに漂う。目の前に明らかに常軌を逸した存在がいるというのに呑気だな。


 これには嵩原も気が抜けたようだ。わざとらしく肩なんて竦めてやがるが、お前も大概だからな。超常の存在と理解していてどうしてそうも余裕綽々としていられるんだ。


「君、面白いね。まぁ、そんな余裕があるなら美樹本君のこと頼んだよ。俺も彼には用があるから」


 かと思えばそう言って一歩前に出る。縋り付く美樹本を桧山にそっと託す姿は、前日の暴言が霞むほどに気遣わし気に見える。やはりあれは本心ではなかったんだろうか。


「え?」


「あとこれ。男は比較的どうでもいいんだけど、女の子が雨に打たれたままっていうのはちょっと看過出来ないから」


「あ、ちょっ」


 ついでと桧山に持っていた傘まで差し出して雨の中前に出る。女の子、と言うのは桧山が抱えている人間のことか。


 庇うようにして前に出た嵩原は男の前で仁王立ちになる。そしてあっという間に全身が激しい雨に濡れそぼっていく。

 そこではっと気付くものがあった。男は全く濡れていない。灰色のスーツは濡れればその跡がよく分かる。それなのに男のスーツは斑も何もない真っ新な状態だ。

 もう既に全身が濡れている? いや、中のワイシャツは肌に張り付いているようには見えない。それは短い髪も同様だ。この豪雨の中で、男は一滴でさえ雨に打たれていないのだ。


 正に噂通り。驚きで麻痺していた感情が急に動いて肌が粟立つ。


「……さて、『雨雲の下の男』さん」


 雨に打たれながら嵩原はゆっくりと男に声を掛けた。男の方にこれといった反応はない。一歩も動かず首を捩ったままで嵩原を見つめている。


「あなたがこの雨を降らせて奇っ怪な病気を流行らせている本人? そうなのかな?」


 訊ねるが答えは返らない。そもそも会話は成立するのだろうか。嵩原は普通に話し掛けたが、男の見た目はとても理性的な会話が成り立つようには見えなかった。むしろ、今直ぐ逃げ出すのが最適解てはないかと思える。それだと、ここまで追ってきた意味もなくなるが。


「だんまり? 皆噂しているよ。あなたがこの雨を降らせているって。謎の病気は雨が降り出してから広まっている。あなたが雨を降らせているなら病気とも関係があると言えると思うんだけど、それについて何か言いたいことはないのかな?」


 問い詰めるがやはり男は無言だ。体も表情もピクリとも動かない。ぼうっと立ったまま、虚ろな表情を向けている。


 ふぅと唐突に嵩原が息を吐いた。緊張感を逃がすため? それとも沸き上がる気持ちを抑えるため?

 男に食って掛かる美樹本を見ていたからか、俺には嵩原までも深い怒りを湛えているように思えた。


「答える気はないと。ならこちらから指摘させてもらうけど、あなた、『春』を嫌っているよね? この雨も病気も、全ては『春』を遠ざけるためにあるんだよね?」


 語気を強めて問い掛ける。嵩原が確信を持って口にしていた推論だ。男の、この雨の狙いはそうだと、あいつは断言していた訳だが。


「そうなんでしょ?」


 果たして答えは。

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