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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
二章.凍雨
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3.邂逅

 徐々に不安が高まっていく中、それでもまだ他人事だと片付けられるだけの余裕が我が校の生徒にはあったのだが、そんな中で我がクラスにてちょっとした出来事が起こった。


 それはいつも通りの放課後、ホームルームも終わりさぁ帰ろうとクラスメートがガタガタ椅子を鳴らして騒がしく教室を出て行こうとしていた時のこと。


「やぁ。このクラスに美樹本聖っているかな?」


 ひょっこり聞こえて来たのは聞き覚えのない声に女子の黄色い悲鳴。

 なんだと顔を上げれば、教室の出入り口に高身長の人影が。見たことのない大層なイケメン野郎が爽やかな笑顔を浮かべてそこに立っていた。


「え!? 嘘、嵩原君!?」


「なんでうちのクラスに!?」


 ざわわする女子の囁きを聞いて、あれが嵩原かと胡乱な目をすっと向けてしまった。


 嵩原秋芳。同じ一年であり学年処か全学年通して有名な男。

 誰もが羨む高身長のすらりとしたスタイルに、顔はそこらの男性アイドルが同じ画面に収まるのを嫌いそうなほどに整ったイケメン。さらりとした薄茶の髪は生まれ付きのものであるらしいが、それを軽く掻き上げてからかまされる流し目に、落ちない女はいないとか噂される生粋のモテ野郎である。


 入学してまだ一月も経ってないのに、既に告白された回数は二桁に上るとか巫山戯た噂話が聞こえてくる野郎だ。そんな希代のリア充がなんでか我がクラスにやって来た。いや、要件は告げていたな。そっと名を出された男子生徒に目をやる。


 美樹本聖は同じクラスの生徒だ。名前は聖と書いてたからと読む。ちょっと芳ばしい匂いがするが、当人がまたそんな名前が似合う美少女のような美少年なために違和感は特にない。

 非常に整った顔面に、優しく気遣いの絶やさない性格から万人から受けがいい。特に年上勢が可愛い可愛いとチヤホヤしている、なんて話も耳にする。美樹本も嵩原と並び学年では有名人に当たるだろう。


 そんな美形のモテ男二人の突然の邂逅にクラス内は騒然としている。皆揃ってどんな関係なんだろうと興味津々に窺っているのが分かる。

 出歯亀染みた振る舞いは端から見ていてあまり気持ちのいいものではないな。教室を出ようとしていた男子が、取って返してドア付近に留まっていたりするのだ。そうまでして二人の会話を聞きたいのかと呆れが顔を覗かせる。


 俺も関係はないのだし早々に教室を出ていつもの日課をこなさなければならないのだが、生憎と今日は日直を言い渡されており日誌を書いて提出しなければならない。

 あとは今日一日の感想を書く程度なのだが、報告としての面もあるから適当に済ませることは出来ないな。もうちょっと内容を吟味したいので時間が欲しい。


 本当盗み聞きとか悪趣味だからさっさと教室を出るべきなんだけどなぁー。でも日誌書かないといけないからなー。仕方ない、致し方ないのだ。


「君が美樹本君かな?」


「えっと……、僕に何か?」


 そうしている間に女子の案内で嵩原が美樹本と対面したようだ。ほぅと溜め息が教室のあちこちから聞こえた気がする。

 学年を騒がせる美形と美形が揃い踏みしているからな。女子なんてうっとり見入っている姿が視界にちらちら映り込んでいる。結局男は顔か、けっ。


 二人は初対面らしく初々しく、だけどスムーズに自己紹介をして流れるように会話を始めた。縺れのないやり取りは美樹本の迅速な対応もさることながら、それよりも嵩原の奴が実にそつなく会話の誘導を行っているから実現しているのだと傍で聞いていて分かった。

 要所要所での合いの手は欠かさず、また会話が途切れそうになるとさり気なく自ら話題を振って気まずい時間が出来ることを避けている。嵩原と会話すれば落ちる、なんて特殊能力みたいに語られているのも聞いたことがあるが、あながち嘘でもないのかもしれない。


 奴のモテの秘訣はその話術にあると見た。外見そしてこの相手を楽しませるという話術で以て、外と中身の両方から女子を満足させられるならそら告白回数も二桁行くだろうよ。

 俺が逆立ちしたって嵩原のようにモテることはないと大変よく分かった。クソが。


 クラス中から視線を向けられているだろう二人は、その視線を無視して和やかに世間話に興じている。注目されるのには慣れていますってか、けっ。

 普通に良好な関係を築いた男子同士といった風だが、しかしあの嵩原が世間話をするためだけに他クラスに特攻をかましたとは思えない。噂だとあいつ男子とはさっぱり仲良くしないとか聞くし。


 本題はなんなんだろうな。こちらのそんな疑問の声が聞こえた訳ではないだろうが、談笑が続いていた最中、嵩原の奴は唐突に訪問理由を切り出してきた。


「所で話は変わるんだけどさ、美樹本君、今不思議な病気が流行ってるって知ってる? この長雨に関係しているって奴なんだけど」


 嵩原の口から出たこの街の住人最大の関心事項に教室が一瞬しんとなる。

 直ぐにまた喧騒は復活したが、まさかあの嵩原から奇病の話が出るなんてと動揺している様子がそこらで見られた。

 胡散臭い噂話と貴公子然とした嵩原との繋がりがよく見えないからだろうか。俺としてはなんだってそんな話を美樹本にぶつけるのかの方が気になる。


 いきなり反応に困る話を振られた美樹本はどんな顔してるんだろ。気になって消しゴム落とした序でに二人の方をちらりと見てみたのだが、美樹本の浮かべていた表情はなんというか『無』だった。

 一目見た瞬間にあっこれやべぇって警鐘が頭の隅で鳴らされる。


「……へぇ。そんなのあるの? 僕知らなかったな」


 さっと机に向き直ったその背後で、普段通りの美樹本の声がそう答えを返す。俺が感じた危機感など気の所為だったかのような平常な返答にほっと胸を撫で下ろした。

 そうだよな。だって別に美樹本が怒るような話題でもないだろうし。


「あれ? そう? 今生徒間で持ち切りな噂話だと思ったんだけどな。雨に打たれた人間が意識を失って倒れ、まるで冬の屋外にいたような低体温が続く。それ以外に症状は見られないけれど、意識が戻らないことで衰弱が止められずにいるって。本当に聞いたことない?」


 嵩原の明るい声が美樹本に掛けられる。

 なんだろう、何か気になるぞ。まだ噂の域を出ないはずなのにやけに病症が具体的だ。まるで実際に倒れた人間を間近にしたような言い回しが気になる。

 それに訊ね方も意味深だ。嵩原の奴の声音は世間話を振ったようなトーンじゃない。本当に知らないのかと圧を掛けるように答えを求めているのが感じられた。


 嵩原の奴は美樹本が病気を知っていると確信があるのか? それを訊ねる理由はなんだ。あの病気は単なる噂話じゃなかったのか?


「知らないよ。そんな不謹慎な噂話なんて一々気にしないからね。新たに流行する病気が発見されたりなんかしたら、それこそニュースで取り上げられるような重大事項になるじゃないの? 僕色々な局のニュース見てるけど、病気が流行っているなんて報道見たことないんだけど」


 対する美樹本は実に淡々と論理的に答えを返す。美樹本の指摘も尤もらしくあり、言われてみれば確かに、病気が流行すれば注意喚起なりの報せは絶対ニュースで流されるものだろう。

 それがないということは奇病の存在はでまかせだと断じることが出来る、のか?


 この返しには、視界に入る人間の幾人かがそうだよねと言わんばかりに肩から力を抜く様子が窺えた。

 新種の、それもよく原因の分からない病気が流行るなど歓迎したいことじゃないからな。

 不安に感じていた人間からしてみれば、美樹本の指摘は縋りたいほど真っ当なものに聞こえたことだろう。


「へぇ、そうなの。君はそう考えるんだね」


 一部がほっと安堵する中、嵩原の意味深な呟きは尚止まろうとしない。なんだそのお見通しですよといった声色は。

 今、俺の中での好感度の推移は圧倒的美樹本優勢だぞ。発言内容も美樹本の方が好ましく思えるが、何より嵩原のその人を食ったような態度が非常に腹立たしく気に入らない。自分が主導権を握っているのだと、マウント取ってるつもりかお前。


「でも君のお姉さんはその病気に倒れたそうじゃない」


 ブーブー内心で文句を呟いていると、次の瞬間とんでもない爆弾が放り込まれた。教室内が騒然とする。狭い視野の中でも、盗み聞いていたことを忘れて二人を凝視する奴らが何人もいた。


 俺も、俺も二人の方に振り返りたいのだが、流石に百八十度体の向きを変えるのはハードルが高い。必死に日誌を書いている振りを続けているが、もうこんなの書いている暇があるなら二人の話に集中したいぞ。

 顔を向けられないから、必死に耳をそばだてて聞こえる声に意識を向けた。


「……何言って」


「そうとある噂で耳にしたんだよ。違うのかな?」


 戸惑いか、あるいは怒りか。固い声の美樹本に嵩原は飄々とそう答える。

 美樹本の反応はどう見るべきか。やっぱ声だけって無理あるわ。表情を確かめたい。


 やきもきするその矢先、ふぅと盛大な溜め息が聞こえて来たんだけど、そこに込められた冷めた気配に聞いてるこっちの体がぎしりと固まった。


「何その根拠のない噂。どこで聞いたのか知らないけど全くの出鱈目だよ。なんでそんな噂を信じるかな、君も」


 トゲトゲとした感情が透けて見えるような、侮蔑の込められた声で美樹本が答えている。

 あの誰にでも温和に丁寧に対応する美樹本が、嫌悪感を隠そうともしてないなんて。

 これ直ぐに分かったぞ。嵩原の奴、見事に美樹本の地雷踏み抜きやがった。


「ああ、そうなんだ。実際は違うって?」


「そう言ってるじゃない。人の話ちゃんと聞いてる?」


 背後から冷えた空気が流れて来て、もうね。完全に拒絶示しているだろう美樹本になんで嵩原は変わりなく声掛けられるの? お前男の空気は読まないとか誓いでも立てているのか?


「なぁんだ、てっきり関係者かと思ったんだけどな。噂は本当なのか確認取れるかなって思ったのに空振りだったか。残念」


 心底残念だと言わんばかりの声音だけど、この状態でそんな態度取れるって嵩原の奴実は馬鹿なんじゃないのか? お前のその態度はただ相手を不愉快にさせるだけだぞ。


「話ってこれだけ? もういい?」


「うん、これだけ。付き合わせちゃってごめんね、美樹本君」


「全くだよ。君に付き合って時間を無駄に消費した。本当下らない話だね」


 ひ、ひえぇー。容赦ない辛辣な物言いに聞いてるこっちがダメージ負うわ。

 これ完全美樹本の奴嵩原を敵認定しただろ。何がそこまで美樹本の逆鱗を刺激したのかは分からないが、変に出歯亀して教室に残ったのを後悔した。明日から美樹本にどんな顔を向けたらいいんだ。


「手厳しいねぇ。ま、時間をもらったのは事実だしね。そこは謝っとくよ。それじゃ、またね」


 嵩原自身は美樹本の辛辣な返しにも臆することなく、爽やかに告げて教室を出て行った。あいつの心臓毛が生えてるの?

 残された俺たちクラスメートはと言えば、何も言えない周囲の人間など気にも止めず、さっさと帰り支度をした美樹本が教室を出て行くまで、阿呆みたいに固まり続ける羽目になった。


 美樹本が教室を出てその背が視界から消えて、漸く教室内に音が戻ってきた。はぁーと重たい溜め息がそこかしこで上がりそれと共にさっきのあれ何、なんなのと困惑した声があちらこちらで上がる。


 そんなクラスメートの反応を確認して、俺もはぁと詰めた息を吐き出した。好奇心の赴くままに行動しとんでもない修羅場に遭遇してしまったな。

 こりゃあ、新たな噂話として拡散されるかもなぁと周囲の騒ぎようからほぼ確信を得る。


 なんだって嵩原の奴はこんな教室であんな質問をしたのやら。絶対身辺騒がしくなるだろうし、巻き込まれた美樹本が可哀相だと思わないこともない。


 でも、そう思えども俺に何が出来るって訳でもないのがな。美樹本とは同じクラスという接点くらいしかない。ぼっち貫いてる俺が動くのも反対に悪目立ちするだろう。

 他人事で申し訳ないが、美樹本には是非とも悪辣な噂などには負けないよう、頑張ってくれと影から応援することしか出来ない。


 まぁ、せめて日誌には書かないでおこう。結局一行も進んでいない日誌に目を落とし、さっさと行を埋めるべくペンを持ち直した。


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