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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
序章.桜
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後編

 話し合いの結果、とりあえず一応は楽曲らしきものは演奏しようということになった。


 当初の音楽マイナス適正の野郎の予定ではそれらしく楽器を鳴らして騒いで終了と考えていたらしいが、仮にも神様の前、そして高校生の自分たちが無遠慮に騒ぎ立てるのは外聞が悪いという美樹本の尤もな正論により却下された。


 せめて音楽はちゃんとしたものを演奏する、そう決めたはいいものの実力に開きのある俺ら四人、具体的には音楽の成績評定で二と五がいる四人で力を合わせて演奏しようというのが大分無理のある話であり、その点で話し合いは結構紛糾した。


 纏めた内容は演奏は俺ら三人が行うというあれな感じで、そして演奏曲は有名なドから始まる親しみのある曲で決定した。

 俺らはなんでここに来たのだろうか。

 高校生が四人も集まり小学校低学年の音楽の授業の真似事みたいなことをするこの現状を思うと涙が出てくる。


 今さら取り消しも出来ず据わった目の美樹本に捕獲されたままご神木を見上げる。

 ちなみに俺はリコーダーで美樹本は鍵盤ハーモニカ、桧山の奴はまさかのボーカルと相成った。

 いや、桧山は記述と楽器演奏が大きく足を引っ張っているが歌唱に関しては音楽教師も唸るほどの実力を有している。歌唱の一本だけで成績評価四を取るほどなのだ。

 だからこの場でせめてもと神に捧げるだけのクオリティを得るために桧山に歌わせるのは妥当な判断と言えるのだが。


 どうしてかどうしても納得がいかないのは仕方ないと言うしかないのだろうか。

 本当になんで俺はこの場に立っているのだろう。一度は諦めたとは言えやはり納得いかないことは納得いかないのだろう。

 だって立案者は一人ニヤニヤこっち見て笑ってるだけなんだもの。手拍子たけでも参加させるべきではないだろうか。


 まぁ、愚痴を言っていても始まらない。

 複雑な心境のままに演奏は恙無く終了した。小学校高学年の音楽の授業のような音色に合わせ音楽番組にて歌っていそうなガチな歌声が辺りに木霊し、やがて静かになる。

 楽曲は明るく楽しげなものだったのにどうして演奏した俺たちはこんなにも虚しく後味の悪い思いをしなければならないのか。全部嵩原が悪い。


 しばらく静かな境内で耳を澄ますも特にこれといった変化はない。

 誰かが怒鳴り込んでくることもなく奇異の目で寄ってくることもなく況して目の前の桜の木に何かが起こった訳もなかった。これといったレスポンスはどうやら頂けなかった模様。


「……無反応、だね」


「ハゲのままだな」


「うーん、失敗かな?」


 結果は失敗として纏められた。

 まあ、想定していた神様の反応も何もないんだから当然いや待てそもそも何を以てして成功とか決めていないんだった。

 発案者はもしかしたら反応があるかもとかぽやぽやしたことを言っていただけだし。


「君としては失敗という判断になるの?」


「何かの反応があれば成功、なければ失敗というだけさ。まあ、元々大分分の悪い賭けだと思ってたし妥当な結果じゃないかな?」


「じゃあなんで僕たちを引っ張ってきたのさ……」


 げんなりと美樹本は文句を言う。俺も同じ気持ちである。

 これはあれか、悪ふざけというものか。別に殴ってしまっても文句はないよな?


「いやあ、本当に本当、もしかしたら何かが起こるんじゃないかなって思ってさ」


 弁解のつもりか、言い訳を口にしながらチラリとこちらを見る。なんだ、助け船でも求めているのか。今の俺は機嫌が悪い、やれるのは泥船くらいでしかも顔面投球の構えだぞ。


「……そういった期待をするのはどうかと思うけど」


「不発だったんだからいいでしょ。まあ、元々の噂が噂だしね。やっぱりド素人が事前知識もなしに交信の真似事をしても真似以上にはならないか。分かりきってたことだしそこまで残念でもないけどさ」


「ちょっと黙ろうか嵩原。僕、この胸に抱く怒りを発散したくて堪らないからさ」


 結局、神の存在を確認することも出来ず桜の謎を解くことも出来ずに検証は終わった。

 他に検証方法を用意していなかったようで俺たちはあっさりと撤収することとなった。元々、嵩原の奴はあまり今回のことにやる気はなかったようだ殴りたい。


「これは飲み物の一本でも奢ってもらわないと納得出来ない」


「またまた。綺麗な桜は見れた訳だしそれでとんとんでしょ? 俺は今度女の子と見に来るけどさ」


「桧山、嵩原の奴が皆にハンバーガー奢ってくれるってさ。何食べようか?」


「マジで! じゃあ俺期間限定のダブル焼き豚バーガーがいいな! 部活の奴がすんごいボリューミーとか言ってたんだよ!」


「え、それ確かハンバーガーだけで五百円以上する奴じゃなかったっけ。ちょっと亨?」


「よかったね、桧山。なんなら二個いっちゃってもいいって」


「ちょ、聖、待って」


 わいわいと嵩原を糾弾しながら撤収の準備を進める。とは言え楽器を片付けるくらいで直ぐに終わった。

 日も傾いてきたしとっとと引き上げると楽しそうに騒ぐ三人の後に続く。


 背後から微かな笛の音が聞こえた気がして思わず振り向いた。背後にあるのは花を着けない桜だけだ。その背後にも笛の音が出そうな何かは見当たらない。

 周辺に目を向けるも何も、俺たち以外の人影も木々以外のものもない。


 気の所為かとご神木に目を戻したらその影に隠れるようにして蹲っている人間がいるのに気が付いた。

 さっき見た時は確かに誰もいないと思ったんだが、よく見ればそいつは子供のようで小さく丸まっている姿に単純に見落としたのだと判断した。木の影にいて暗くなっていたのも見落としの原因だろう。


 普段であれば見ず知らずの子供に声掛けなんてしない。物騒な世の中だ、ただの注意でも警察沙汰にされるような現代で迂闊な行動は取りたくない。

 しかし、現在時刻はもう夕方、日も傾いてきている中、このまま放置していくのは憚られる。忘れていたがここは山中だ。麓に近いとは言え暗い中を帰らせるのは危ないだろう。


 それに先程からピクリとも動かないのが気になる。ひょっとして具合でも悪いのだろうか。だとしたら余計に放置はまずい。面倒だが声を掛けないという選択肢はなくなった。


 ご神木を囲う柵を越え子供に近付く。そもそもがなんだってこんなところにいるのやら。休むにしても隠れるにしても他に場所があるだろうに。これだから子供はと思いつつその肩に手を当てた。


「おい、どうした。具合でも悪いのか?」


 肩を揺すりながら声を掛ける。子供は相変わらず蹲ったまま。

 こちらの呼び掛けに顔を上げることもないのでこれは本当に体調が悪いのかとちょっと焦る。


「おい、大丈夫か。救急車を呼ぶか……」


 より顔を近付けて耳元で叫び、そしてそこまでしてようやく気付いた。

 俯いた子供の顔から微かに聞こえてくる音。規則正しく一定のリズムでもって刻まれるそれは間違いない、実に健やかな寝息だ。


 しばし無言で子供を睨む。

 面倒がなくなったのは単純に喜ばしいことだがこの心配した気持ちはどこへ向ければいいのか。

 渋面を作っていることを自覚しつつ子供を叩き起こすために再度呼び掛けた。


「おい、起きろ。もう夕方だ、そろそろ暗くなってくるぞ。ここは一応山の中なんだから明るい内に下山しろ。おい、起きろって」


 揺すっても声を張り上げても一向に子供は目を覚まさない。低血圧か。やっぱり具合が悪いのかと勘繰るも聞こえる寝息は本当に安らかで調子が悪いとは思えない。


 ただ単に寝汚いだけのように思えるが、目を覚まさないことには帰らせることも出来ない。

 最悪担いでいって警察に丸投げでもするしかないかと思ったその時、子供が何やらふにゃふにゃ寝言を言っているのに気が付いた。小声で不明瞭な発音だからよくよく耳を近付けないと聞き取るのは難しい。

 覚醒に役立つかと思い耳を済ませば何やら同じようなことをグルグルと繰り返しているようだった。


“――まだ、春じゃない”


 聞き取りなんじゃそりゃと言いたくなった。

 何か、春じゃないからまだ寝ていると? 春になったら起きるとでもいいたいのだろうか。

 お前は変温動物か。哺乳類はだいたい恒温動物だろうに、霊長類失格なことを言いよる。


 そもそも季節はとっくに春だ。春になったら起きると言っておいて実際春になっているのに寝こけるとはどういう了見だ。お前の中の春の定義は一体なんなんだと問い質したい。


 とりあえずアホなことを宣う子供の肩をがっしりと掴み、そのぬるまった脳が覚醒するよう声を張って言ってやった。


「アホなことを言ってんな。もうとっくに春は来ている。いい加減目を覚ませ」


 寝ている時に出されたら不快に思うだろう声量で耳元まで近付いて告げた。

 これでも起きなかったらどうしようか、もう放っとこうかなんて考えているとピタリと子供の寝息が止まる。

 おっと思う中、しばらく呻きを上げていた子供はやがて気だるそうに顔を上げた。ようやくのお目覚めらしい、遅いわこの野郎。


 半覚醒の状態か、ふらふらと安定しない頭でもって周囲を見回し状況の把握に努めているようだ。

 半分も開いていない目を何度も擦り必死に脳を巡らせているようだがこの子供寝起きが悪いな。

 小学生は全員寝付き寝起きは無条件にいいとか勝手に思い込んでいたがそんなこともないのだろうか。


 そんな寝惚けた眼がこちらを捉える。ピタリと動きを止めた子供はしばらくの硬直の後かくっと首を傾げてみせた。アンタ誰とでも言いたげだな。


「俺はたまたま通り掛かっただけだ。こんなところで寝ていたら風邪を引くぞ。もう直日も暮れるし起きたならさっさと帰れ」


 不審者だと騒がれる前にとっとと事情を話して帰宅を促す。

 寝起きで惚けた頭なら強く押せば流されてくれるだろう。

 俺も当初の目的は達成出来たので早急にこの場を離れよう。なんだかんだ付き合ってしまったしな。


 それではと踵を返す俺の上着が何かに引っ掛かったのかくんと引かれる。振り向けば子供が眠そうな表情で俺の上着の裾を掴んでいた。

 ちょ、あんま強く掴むな、皺になったらどうしてくれる。


「……何か?」


 もう用なんてないだろうになんで呼び止められたんだ。

 困惑する俺を尻目に子供はふらふらと頭を揺らしながら何やらぼそりと呟いた。

 聞き返してもぼそぼそと全く声量が上がらないので仕方なく耳を寄せて聞く。何が言いたいのかと思ったらどうやら礼をしたいらしい。


「……別に、気になったから声を掛けただけだ。礼を言われるほどのことはやっていない」


 助けた、と言うよりも注意をしたという認識だからな。注意をしたのに礼を言われるのはなんだか強請屋にでもなったような感じで微妙だ。

 だから気にするなと言い含める。それよりもさっさと服から手を離してほしい。


 また何かぼそぼそと呟く。今度は何よとまた耳を澄ませばお願いはないかとか言い出した。お礼に叶えてしんぜようってか? 生憎と子供に叶えてもらうような願い事なんてない。

 本当にいいからとしばらく押し問答をしていた、ら。


「あー、いたいた永野ー。何やってんだよ、さっさと帰ろーぜー」


 声を掛けられ振り返れば三人が本堂影からこちらへと歩いてきていた。子供に構い過ぎたな、俺が着いてこないのに気付いて戻ってきたんだろう。


「ああ、悪い。すぐ行く」


「どうしたの? 何か落とし物でもした?」


 いや、と口ごもりそこで上着を引っ張る力がなくなったことに気付いてご神木へと目を戻せば子供の姿は影も形もなかった。

 いつの間にいなくなったのか、少々驚いた。


「あれ? 駄目じゃないか真人。その囲いはご神木を傷付けないためのものなんだから、勝手に中に入ったらいけないよ。根っこが傷んじゃう」


 俺を視界に入れた嵩原が得意そうに忠告を飛ばす。

 その程度の常識は俺だって知っている。やっていることがやっていることだからあからさまに反論は出来ないが、抗弁ぐらいは許されるだろう。


「ここに子供が寝ていたんだ。もう日も暮れるから暗くなる前に帰らせようとして中に入ったんだよ。悪戯心で侵入した訳じゃない」


「……子供?」


 説明すれば訝しんだ表情で俺をじっと見てくる。納得いきませんと態度で示されているのだがそんなおかしなことを言っただろうか。いや、常識的なことしか言ってない、はず。


「……子供がいたの? そこに?」


 おそるおそると美樹本が聞いてくる。何故そんな及び腰なのか理解出来ない。別に怪談でもなんでもないんだが。


「ああ、いたぞ。木の影に隠れて寝こけてた」


「木の影……って真人が立ってるその前? そこにいたの?」


「そうだ。子供だし小さいから気付かなかったんだろう。ああ、俺たちが結構騒がしくやっていたっていうのに寝続けてたのは凄いな。俺だったら絶対起きて文句言ってる」


「……子供なんていたっけ?」


 ん?と呟いた桧山を思わず見返す。不思議そうに瞬く目が見つめ返してきた。

 え?と思い他二人に目をやる。美樹本は何かを悟ったのか無表情、嵩原は笑顔だが口の端がひきつっていた。


 三者三様の視線に晒され居心地の悪い時間がしばらく続く。何か言い訳を求められているのだろうが生憎と俺が口に出来る答えは一つしかない。


「……いや、いたし」


 強弁に思えたかもしれないがそれが事実だ。




 絶対にいなかった、ご神木の回りは確認してたから誰もいなかったのは間違いない、途中から来たってどうやって俺たちにバレずに来れるの?などなど。


 あれからいたいないの応酬で時間を消費した俺たちは薄暗い山道を必死に下りてどうにか帰路につけた。

 結局子供の存非に関してはお互い譲り合うことは出来ずに平行線を辿ったがどれだけ否定されようと俺の答えは変わらない。絶対いたんだって!


 大方三人共俺と同じように見過ごしていたのにそれを認めず安易にオカルトな方向へねじ曲げようとしているのだろう。

 元々が不可思議な噂の解明のための集まりだった。なのでオチをそっちの方向へと持っていって自分たちの行動は決して無駄ではなかったと思い込みたいのではないだろうか。あの神社で俺たちが為したことって小学生の音楽演奏だし。


 何故だか最終的に孤立無援となった神社からの帰り道。

 そんな理不尽な出来事から数日後の昼休み、いつものように中庭にて弁当を広げていた最中、また唐突に嵩原が何か言い出した。


「桜、咲きました」


 時候の挨拶か何かかと一瞬嵩原の正気を疑った。それだけ突然の発言だった訳だがさすがにまだ日が浅いので直ぐにあのご神木の話だと思い至った。思い至りびっくり。え? 咲いたの?


「あのご神木のこと?」


 美樹本の確認に嵩原は神妙に頷く。


「ああ、なんでも俺たちが調査に行ったその次の日から急に蕾を着け始めてさらに翌日には一斉に咲きだしたんだってさ。なんで花が咲かなかったのかその原因が分からないままに異常なスピードで開花したもんだから結構な騒ぎになっているとか。まあ、たったの二日三日ばかりで零分咲きから満開になれば普通騒動になるよね」


 肩を竦め事の顛末を語る。

 俄には信じ難い話だがここで嵩原が嘘を吐く理由が分からないし、噂という不確実な話は語っても報告についてはきちんと事実確認をしてから告げてくるのが嵩原という男なのでおそらくは本当なのだろう。

 飄々としていながらその態度の端々からは困惑しているのが見て取れるのでおそらくは俺たちも巻き込んで道連れにする算段だな。それだけ奴にとってもこの結果は予想外だったと言える。


「嘘……、な訳はないよね。嵩原がそんな嘘を言う必要なんてないし」


「俺も聞いた時は嘘だって思ったよ。だから確認に神社まで行ってみたんだけどね、本当にご神木は満開に咲き誇ってたよ。あの寒々しい姿はなんだったんだろうって思えるような立派な大桜だったよ」


 思い出しているのか、どこか陶酔した様子で嵩原は感想を述べる。これで確定、か。

 一体何がどうしたのか、原因不明のまま花を着けなかった桜が俺たちの訪問直後に立派に開花してみせた。俺たちの行動の何かが起因となったのだろうか? まさかドの歌の効果? それとも桧山の歌声か?


 考え込んでいるとふと視線を感じたので顔を上げれば三人がこっちをじっと見ていた。数日ほど前に見た物言いたげな表情に頬の筋肉が軽くひきつる。


 そんな俺などお構いなしに三人は顔を見合わせると徐に嵩原が口を開いた。


「今回の騒動、真人が原因だと思う人ー」


 そう言ってスッと片手を上げる。何を言い出すのかと呆れて見ればまさかの他二人も揃ってスッと手を上げた。

 おい、なんだその俺以外の満場一致。俺が何をしたという。


「どう考えても最後の『子供』がキーマンでしょー。あの子供を助けたから桜が咲いた?」


「だとしたら子供はご神木と関係がある? まさか……、神社の神様、とか?」


「マジで? 永野神様と会ったの!? 凄いなー! 俺も一回会ってみたい!」


 呆けている間になんだかとんでもない話になっている。あの子供が神? んな馬鹿な。あれはどこにでもいそうな寝汚い子供だ。


「いや、神な訳ないだろ。あれはただのそこらにいるような普通の子供……」


「顔とか覚えてる?」


 聞かれはてと考え込む。そう言えばあの子供はどんな顔をしていたっけ。思い出そうとしてもなんだか霞が掛かったようではっきりとしない。

 おかしいな、正面から目を合わせて話したりもしたし、忘れるには早過ぎるのだが。


「だいたいの年齢は? 髪の毛の色とか長さは? 服装は? そもそも男の子? 女の子?」


 必死に思い出そうとしている最中にも矢継ぎ早に質問が飛んでくる。それに答えようとするもやはり記憶の中の子供は曖昧で今ではぼんやりとした姿しか思い出せない。

 なんだこれ、気持ちが悪い。まるで自分の中から記憶が抜け出て行っているようだ。嵩原当たりは自分の姿を残さないため、とか分析して言い出しそうだな。


 質問に答えられずうんうん唸っているとそれ見たことかという顔をされる。

 いや待て、あれが神とかそっち系の存在だと決まった訳ではないだろう。こう、認識を弄るとか催眠術的な可能性だってなきにしもあらず。


「オカルトの次はSF?」


「俺知ってる! 少し不思議!」


「仮にそうだったとしても変なものに出会したっていう事実には変わりないと思うけど」


 必死の抗弁も冷静に打ち返された。

 くそ、だが俺が出会ったあれは決して神なんて不穏なものじゃないぞ。あれは子供、多分近所に住んでる奴だ。それで隠れた昼寝スポットにしていたところを偶々出会しただけだ。きっとそうに違いない。


 俺が頭の中で葛藤している間に三人は俺が原因と決め付けてもう次の話題に移っていた。

 俺が会った子供がこの世のものではない談義も見過ごせないがなんで俺が全部悪いみたいに言われているのかも全く解せぬ。人を噂解明のオチにするな。


 ともあれそんな感じで咲かない桜の噂は解決。今度実際に見に行ってみようなどと話していると。


「あ、あのっ」


 すぐ側で声がしてそちらへと目を向ける。見ればかなりの美少女が緊張した様子でこちらを見ていた。

 テレビに出るアイドルにも引けを取らない、通りすぎれば十人中十人が振り返るだろう本物の美少女が目の前に立っていた。

 こんな生徒いたかとよくよく見てみれば胸元を飾るリボンは一年生を意味する赤色だった。ちなみに二年の俺らは緑色、三年は青色となっている。


 そんな超絶可愛い新一年生が声を掛けたのはどうやら俺たち二年生四人組らしい。

 ばっちりこちらを見ているし俺たちが占拠しているベンチの真横に立っているのだ、これで四メートル後方で飯を食ってるグループに声を掛けたんだと言われたらそれはそれで面白くはあるな。


 一年生の身で二年のそれも男子四人の集まりに一人で声を掛けるなどなんとも勇ましいものだが、しかしそんな無茶をしうる理由にも複雑ながらに心当たりがあった。

 こんなことは初めてではないのだ。


「どうしたのかな? 俺たちに何か言いたいことがあるのかな?」


 爽やかに笑みを浮かべて嵩原が発進した。

 そう、俺たちのグループにはこの希代のモテ男がいるのだ。

 これまで四人で集まっていようが関係なく女子から呼び出されること数十回、その半数以上で告白をされるという全男の敵たるこいつがいるなら一年とは言え特攻してきたことにも納得がいく。

 おそらくはいつものように告白をするつもりなのだろう。

 こんな人目のある場所で、さらには昼休みというあまり落ち着けない時間帯ですることではないと思うが、これから思いを伝えようとしている女子が気にするとは思えないな。


「あ、え……」


「ここでは言いにくいことかな? だったら場所を移すけど、どこがいいとかある?」


 戸惑う女子に嵩原は慣れた様子でぐいぐい行く。

 数十回と経験を積めばさすがに堂が入っているな。端から見たら嵩原がナンパしているようにしか見えないけど概ねは間違ってないから問題はないな。

 美樹本も桧山も対応を嵩原に全部投げて食事に戻ってるし。このこなれた感が俺たちの付き合いの長さを物語っているようで実に複雑。


「いえ、その……」


「ああ、こっちのことは気にしなくていいよ。折角話し掛けてきてくれたんだからちゃんと付き合うよ。遠慮しなくていいからね」


「い、いえ、遠慮とか……。あの、用があるのはあなたではなくて……」


「え」


 !? 俺も弁当を食べようと食事に戻ってたら何やら聞き捨てならない台詞を聞いたぞ。

 あの、生粋の軟派男が、学年一のモテ男が、他校でも噂されるハンサム王子がフられた、だと!?

 びっくりし過ぎて首がぐりんってなった。決定的瞬間を逃したことが悔やまれる。


「あの嵩原が女の子にフられてる……」


 噛み締めるように呟くのは美樹本だ。驚愕のあまり口から溢れ出たって感じだろうがそうしみじみと呟くのは止めて差し上げろ。無意識に追撃を放つとか美樹本は素が中々に辛辣だ。


「あれ? 嵩原狙いじゃねえの? いつものやつだと思ったのに」


「ね。嵩原もすっかりその気だったからかなり驚いてるみたいだね。ちょっと話を引き継いでくる」


 言うや固まる嵩原を押し退けて女子へと話し掛ける美少年。如才のなさが何やら末恐ろしく感じるのは俺だけだろうか。

 時折見せる美樹本のこんな冷淡な対応には少々心臓がきゅっとなることがあるのは本人には内緒だ。素でいい奴って桧山しかいないんじゃ疑惑。


 話を戻して。女子は嵩原から美樹本へとバトンタッチがなされちゃんと対応された模様。嵩原狙いでなかったことは驚きだが、そうなれば他二人が本命となるだけだ。

 美少年美樹本と爽やかスポーツ少年桧山。年下に人気があるのは桧山だからおそらくは桧山が本命なんだろうな。あるいはショタ好きで美樹本か。

 どちらにせよ俺には全く関係ないことが確定なので背中が煤ける思いだよ、ちくしょう。弁当を食べ進めてやる。


「――と、ちょっと永野、聞いてるの?」


 弁当に集中していれば何故だか美樹本に肩を揺すられた。

 何よと顔を上げれば全員がこっちを見ていた。女子もだ。四対の目に見つめられ小さく肩が跳ねた。


「? なんだ、何かあったか?」


「何かあったか、じゃないよ。何度も呼んだのに全然反応しないで。この子が用があるのは永野なんだって。ちゃんと話を聞いてあげなよ?」


 そう言って一年女子を促す。え、マジか。まさかの俺?

 大穴中の大穴がヒットって驚きなんだけど。まあ、告白のためだけに人に声を掛ける訳じゃないけど。


「なんで真人が……。どうして俺を差し置いて……」


 ぶつぶつ煩い嵩原を無視して女子と向き合う。

 改めてその整った顔面を見るも見覚えなどなく、だからこれから告げられるだろう用というのもさっぱり予想が付かない。悪いことでなければいいが。


「あ、あの……」


 女子が話し出すも緊張しているのか声は震えて先に続かない。小さな手でスカートをぎゅっと握る姿はいじらしさを演出すると共に見る者の庇護欲を掻き立てることだろう。


 これ俺大丈夫か? 周りから見て俺悪者になってない? 一年生の美少女を苛める酷い先輩っていう絵面になってない? 心なしか向けられる視線が冷たいような気がする。


「わ、私、一年C組の、朝日春乃って、言います。あ、の、せ、先輩は、その」


 必死に言葉を紡ぐが遅々として進まない。他三人に視線をやるも頑張れという生暖かい目しか返ってこない。

 これ俺がどうにかしないと駄目なの? マジで?


 一年女子――朝日に視線を戻す。

 非常にテンパった様子で何事かを告げようと頑張っている。いつの間にやら俯いていて綺麗な旋毛がこんにちはしている。このまま待ち続けるのも酷というものか。


「あー……、落ち着いて。言いたいことがあるなら話はちゃんと聞く。焦らず、ゆっくり話してくれ」


 なるたけ優しく聞こえるよう柔らかい声を意識して話す。男の猫撫で声など需要は皆無だと思うが、相手は今にも泣き出しそうな幼稚園生だと思い込んで頑張る。

 必死にご機嫌窺いをしている姿を見てか、役に立たない男三人がニヤニヤした笑顔をこちらに向ける。クソが! だからやりたくなかったんだ! 後で覚えていろよイケメン共。


 嵐の只中のような胸中であれど、身を削った甲斐はどうやらあったらしい。

 朝日は緊張に固くしていた体を震わせがばっと顔を上げた。見開いた目はそれでもクリリと真ん丸な印象が勝つような愛らしさで、引き結んだ唇も不格好というよりもその淡い桜色が目につくという美形って得なんだなという結果しかもたらさない。

 そんな美少女一年はどうしてだかそんな得な顔面を真っ赤にして俺を真正面から見詰めていた。え? 急に熱でも出た?


「ああああの、わ、わたし……」


 驚いて今度はこっちが固まる中、朝日は吃りを増して必死に喋る。呼吸出来ないのかと疑いたくなるような真っ赤な顔でうっすら汗まで掻いている姿は病気を心配したくなるほど切羽詰まった感がある。

 これ大丈夫? このまま立たせておいて問題ない?


「あ、あなたに、その、お、お、お、」


 帰らせた方がいいのだろうかと思うが、こうも懸命な様子で何かを伝えようとする姿を見るとそれも出来ない。さっさと用件を言わせるべきか。


 心配というか気遣わしげな視線を向けていたと思うが、いつの間にか視線が下がっていた朝日がはっと顔を上げ、そんな俺の視線と視線が合い何かを言おうと開いていた口が戦慄いたかと思えば、次の瞬間。


「先輩のことずっと好きでした! 付き合って下さい!」


 そう叫ぶように発しがばっと頭を下げたかと思えば握手のためか片手をこちらに差し出してきた。

 そんな姿を見て抱いたのは美少女にあるまじき実に豪快な告白だなという感想だ。ん? 告白?


「はあーーーーーーっ!?」


 正午過ぎの人目もたっぷりあった中庭の只中で、衆人環視にあったという事実をすっかり忘れていた俺は、あちこちから上がる驚愕の悲鳴にようやく現状を理解し、遠い目をするしか他に取れるリアクションはなかったのであった。


『序章.桜』以上で完結です。『第一章.縁切り』に続きます。

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