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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
最終章.古戸萩
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11.決心

 自分たちと永野に一体何が起こっていたのか。真実を知るためにと最後まで行動を共にしていた朝日に話を聞いたものの、結果は中途半端な形に終わった。


 成果が何もなかった訳ではない。自分たちの陥っていた状況にその原因、永野の身に起こっていた不幸。祟り神という常識の埒外のものの関与に恐らくは祟りは払われたとする結末。

 それら真実を知れたことは美樹本たち自身に更なる後悔や罪悪感を抱かせもしたが、同時に永野が体験した苦しみや覚悟の程を知るには充分なものであった。


 永野は美樹本たちを解放するべく祟り神にも挑みに行った。そんな永野が祟りは払ったと理解もしているはずなのに周囲の人間全てを拒絶するのは何故か。朝日もその中に含めているのはどうしてか。

 明確な疑問という形で整理出来たのは良かったが、しかしそこで止まってしまっている。朝日にしても永野の態度が豹変したその本当の理由を察してはいなかった。朝日は己が悪いと泣きながらに訴えたが美樹本も桧山も蘆屋も、誰もそんな主張を真に受けてはいない。永野が朝日を嫌うその理由がどうにも納得いかなかった。


「……やはり、永野君自身に心境の変化をもたらす何かがあったとしか思えないな」


 下校時刻を迎えてオカ研部室をあとにしたその道中に蘆屋がそっと囁いた。聞き届けたのは美樹本だ。桧山と朝日は少し離れた後方にてゆっくりと暗くなった校舎を進んでいる。


「朝日さんの理由は納得出来ませんか」


「それは君も同じだろう? もし本当に好意を煩がったのなら、永野君ならばもっと角を立てずに断りを入れるのではないかな」


「……多分、そうでしょうね」


 蘆屋の予測に頷く。美樹本の知る永野真人とは、ぶっきらぼうな面はあるものの徒に人が傷付くことは嫌う心優しい人間だ。もし朝日の好意を煩わしく思ったとしても、こんなあからさまに拒絶などせずきっともっと誠実に向き合うはずだと美樹本もそう思う。

 朝日に聞いた永野の態度の変化はあまりに急だ。それこそ、ハヤツリを鎮めたその後に何か意思を翻さなければならない事情が生じたのではないかと疑うくらいに。


「……我々はまだ至ってはいないようだ」


 足音が響くほどに静まり返った校舎で、そう蘆屋はどこに向けたでもない呟きをポツリと落とした。視線は美樹本には向いていない。闇の中に沈む長い廊下のその先を見つめている。


 独り言だとしてもその呟きの内容は脈絡がなさ過ぎる。肝心な部分を欠いた台詞は理解を難解とさせるが、でも美樹本には蘆屋が何について言及したのか瞬時に察した。


 永野の本心。起こった真実のその大まかな部分は互いに共有も出来ている。だが肝心の永野本人の意思、一番の被害者である彼の内心を図ることが全くと出来ていない。むしろ朝日に対する急な豹変に現在の誰をも拒絶する姿に何を考えているのかさっぱりと理解が出来なくなっていた。


 自分たちのやったことが許せないならそれはそれでいい。朝日以外の人間に関しては永野には糾弾するだけの理由がある。祟り神との対決も己の名誉回復のためだけに起こした行動であるならばそれだって当然のことだと美樹本は受け入れるつもりではいる。

 でも朝日は。朝日だけは本当に拒絶する理由が思い浮かばない。朝日への心証の悪化を疑うよりもそうしなければならない理由が永野には生じたのだとそう疑う方が余程可能性は高いと思えた。


 自分たちが永野に向き合うため、そんな自己本位な理由もあれど、でも美樹本はもし永野がまだトラブルの渦中にいるのであればとても放っては置けなかった。一人にさせてしまった後悔もあり、今度はきちんと傍に寄り添えられればとそう切実に願う気持ちが強くある。

 友人のために、今度こそ助けになろう。そう願う気持ちは誰に操作されたのでもない紛れもない美樹本の本心だった。


「……」


 どうすれば永野とまた話せるだろうか。問題の難解さを表すように外の暗闇が入る廊下の先は暗い。碌に先も見通せないその暗闇を眺め、美樹本はそっとため息を押し殺した。




「もうこれ特攻するしかないかな」


 気の重さが体にも表れたような怠さを引き摺り登校した明くる日。通常通りに進む授業の合間に桧山が唐突に一言零した。


「……ん?」


「いやさ、永野への突撃。こうなったら直談判して本音明かしてもらうしかないんじゃねぇか」


「いや、ちょっと落ち着こう、桧山?」


 どこか覚悟を決めたような顔で宣う桧山を美樹本は冷や汗を滲ませて引き留める。

 真っ直ぐこちらを見つめる桧山の目は据わっていた。既に覚悟は万全と訴え掛けてくる桧山の様子に、これは下手に流しては惨事になると美樹本は気を引き締めて向き合う。


「どうしたの突然。僕無理な特攻は止めようね、て話したと思うんだけど」


「ちゃんと真相を知ってから謝りに行こうって話だろ? それならもうハヤツリとか俺ら聞いたじゃん。何があったかは充分理解出来たんじゃねぇの? もう会いに行ってもいいんじゃね?」


「それは……」


 意外にも筋の通った主張を返されて思わず言い淀む。

 桧山の言い分も間違ってはいない。そもそも、永野への特攻を押し止めた理由は自身の過誤を理解しないままの謝罪に果たして意味はあるのかとそんな疑念があったからだ。

 美樹本たち自身が己の行動への理解と自覚が足りず、ただ悪いことをしてしまったと、そんな漠然とした認識しかない状態で口にする謝罪を永野に押し付けることを嫌がったためだ。


 誠心誠意の謝罪をするならばきちんと己のしたことと向き合ってから。反省の薄い謝罪を口にされた所で誰だって許す気にはならないだろう。

 ただでさえ永野の態度は全く余地も持たせない断固たる拒絶だったのだ。少しでも内に入れてもらえるようにと可能な限りの誠意を見せることは最早向き合うための前提条件とも言えた。


 で、あるなら。事の次第を確認し自分たちと永野の間に何があったのかを理解した今ならば、再度の謝罪に赴く条件も満たされたとみなすには充分とも言える。


「……」


 しかし、美樹本は渋面をその顔に浮かべた。特攻を留めた美樹本の思惑も半ばまではもう確かに達成はしているだろう。

 だがそれだけでは足りない。今の美樹本はそう理解している。桧山に声を掛けた直後の美樹本ならば、桧山と一緒に確認した己の愚行を謝りにも向かったかもしれない。

 でもそれだけでは片手落ちなのだ。頑なに他者を拒んでしまっている永野の心の内には迫れない。


 自分たちが把握していない事情が永野にはある。そう理解して、だから美樹本はまだ特攻は早いと思うのだけども桧山を止めることもまた難題であると思えた。


「桧山、あのさ」


「もうこれ以上誰に聞いたって永野の本心は探れないだろ。朝日だって本当の所はなんも知らねぇじゃん。だったらもう直接聞くしかないんじゃねぇのかよ」


「……」


 桧山の指摘は正しい。永野が何を考えてるかはもう永野本人に聞くことでしか知りようがない。一番永野に近い位置にいたと思われた朝日でさえ永野の心を誤解していた。朝日も翻弄されている側の人間であるならば一体誰が永野のその心の内を理解しているというのか。

 永野の心を知ってからの和解。それは最早叶いそうもない夢幻にも等しい。


「……」


「もたもたしてていいのかよ。……このままじゃ、永野、また冷たい目向けられちまう」


「桧山……」


 悔しげに口元を歪める桧山にただ焦れた訳でもないことを美樹本は察した。現在、校内にはまた永野の悪評が広まろうとしていた。内容は先の噂とそれから誰もを無視するその態度を悪し様に語ったものだ。

 噂に関しては美樹本たちに関するものが軸となっていて、そこから女性関係についての根も葉もない中傷が付随する。

 今の態度についてはクラスメート並びに二学年の人間ならば知らないはずもない。桧山など、何度も突撃しては素気なく拒否された姿など散々に晒していたのだ。美樹本の引き留めにより一旦永野から距離を置いたのも噂好きな人間の興味を浚ってしまった。

 桧山を始めとした冷たくされた人間の擁護のため、または単純に愉しみを見出して騒ぎ立てる人間の所為で校内には徐々に騒乱の気が見え出していた。


 だからこそ、とも美樹本は桧山の果断な決意の理由を推測する。今の永野の悪い噂の発生に自分も関わってしまったと責任を感じているのだろう。

 元より永野の態度を良しとしない人間はいた。なるべくしてなった、そんな諦観もあるにはあるが、だからといって黙ったままでいられるはずもないのは当然のことか。


「もう永野を一人ぼっちになんてさせたくない。俺は行くぞ。無視されたって拒否されたって食らい付いて今度こそ腹割って話すんだ。美樹本はどうする?」


「……僕は……」


 確かな決意をその目に宿す桧山からそっと視線を外した。美樹本だって永野の立場が悪くなるなど見過ごしてはいられない。これ以上静観を続けることで状況は悪化しても改善することはないのも理解はしている。

 でも、と胸を逸らせる落ち着かないざわめきに決断はどうしたって鈍る。それが永野と対面することへの恐れの表れなのか、あるいは一手を欠いた状態で向き合うことへの不安なのか。美樹本には判断が付かなかった。


 じっと桧山は美樹本の返答を待つ。沈黙する二人の周りではざわざわとクラスメートたちが束の間の休みに羽を伸ばしている。

 永野はいない。また授業をボイコットしてどこかに姿を隠してしまっていた。今や、クラスの皆も永野の不在をそう気にもしていない。


「……行くよ」


 すっと顔を上げて美樹本は短く告げる。桧山と視線を合わす際、若干と目が泳いだのはまだ迷いが残っていたからだが、それさえ振り払って腹を決めた。

 言い様のない胸のざわめきは確かにある。でも、それにかかずらって立ち止まっている暇ももうないと、そう急き立てる己の勘を信じた。


「一緒に永野に会いに行こう。それでちゃんと話し合おうって言おう」


「……おう!」


 美樹本の返事に桧山は満足そうに笑った。 

 こんな笑顔が再度浮かべられるような結果を得られるか。そんな弱気な本音など腹の底に隠して美樹本もぎこちなく笑みを返した。



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