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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
最終章.古戸萩
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4.美樹本の選択

ここから話は美樹本を支点として進みます。

「はぁ……」


 机に肘を突き美樹本は深くため息を吐く。彼の憂いは騒がしい校内においてたった一人で机に懐いてる、この状況こそが原因であった。


 もう昨日のことになるが、嵩原が永野の望みに従い関わることを止め、反対に桧山はより積極的に話し掛けに行くと決めたことで二人は行動も目指すべき目標も完全に違えてしまった。そして有言実行なのか、昨日のその宣言のあとから二人は自分の発言に忠実に行動を開始したのである。

 嵩原は関係修復への意欲をなくして美樹本たちと連むことも止めて好き勝手に過ごしているし、桧山は休み時間の度に永野のあとを追い、終いには教室を飛び出すようになった。

 結果、どちらにも賛同しなかった美樹本だけが一人教室に残されてこうして憂いた息を吐く状況に追い込まれている。


 美樹本も悩んではいた。嵩原に桧山、両者の発言にはそれぞれに頷ける点がある。

 桧山の仲直りしたい、放って置けないという意見は美樹本も賛同するものであり、欲を言えば一日でも早く拗れを解いてまた以前のような関係に戻れればと願ってはいた。だから概ねは桧山の行動も容認はしたいのであるが。

 しかし嵩原の主張だって無視は出来ない。永野からは明確に拒否の言葉をぶつけられている。永野の自分たちへの好感度は恐らくはもうゼロ、いやマイナスになっているだろうことは確かで、なのにしつこく関与しに行くのは永野に嫌な思いをさせているだけではないか。

 永野との仲直りはあくまで自分がそうしたいからという我欲に過ぎないことを美樹本は自覚している。自身の身勝手な思いで永野を苦しめることは果たして正しいのか。その迷いがどうしても心から拭えなかった。


 この葛藤のために美樹本は現在どっちに振り切ることもなく中途半端な所で宙ぶらりんとなっている。桧山に迎合し永野に接触し続けるのか、それとも嵩原の言に従い鎮まるその時まで待つべきなのか。

 両極端の選択を見せ付けられ美樹本は決断を下せないでいた。


「……永野の態度がまた頑ななのがなぁ……」


 決断が躊躇われる理由には永野の反応も関係がある。昨日から桧山は露骨に永野を追いかけ回し始めたのだが、対する永野は追い縋る桧山をそれは冷たく追い払うのだ。話し掛ける桧山に言葉を返すことは稀で、大体は一瞥しただけで何も言わずにそのまま離れて行ってしまう。

 美樹本も桧山があしらわれる姿は何回か目撃した。ふいと永野が無言で体を背ける度にまるで自分がそうされたように胸を締め付けるものがあったが、当の桧山は怯むこともなく本日もまた永野への突撃を繰り返している。

 どれだけ手酷く袖にされようとも諦めずに食い付く様は実に桧山らしいとも言えた。直ぐに怖じ気付いてしまう美樹本とは違う。


「……でも、それで永野も追い込まれてる様子なのが……」


 そうやって突撃を繰り返し続ける桧山だが、そのためにどうにも永野が教室に留まることを嫌い出している節が見え始めていた。

 休み時間になればさっさと教室を出て行くし、なんなら自主休講を決め込んで戻って来ない場合もある。

 桧山はそんな永野のあとを追い休み時間になれば教室を飛び出して行くのだが、その桧山の行動に看過されて同じく永野に突撃をかます人間がクラスから出ているのがなんとも。男子女子の一部が果敢に声を掛けにいき、見事玉砕する姿もまた美樹本は何度か目撃していた。

 それがまた永野の頑なな態度を助長させているようで結果、永野の教室の滞在時間を減らしているように美樹本には思えた。


 誰が話し掛けても全くと許す気がない。それほどまでに永野の拒絶、恨みや怒りの感情は強いのかと恐ろしく思う一方で美樹本は焦燥感も募らせていた。

 永野は一直線に孤立する方向に向かっているように思えてならない。誰も許さず、誰も近付けさせず、自ら集団という輪から弾き出されようと頑固に振る舞っているようにしか見えなかったのだ。


 この流れは拙い。まだ美樹本を始めとした周囲の人間が原因である孤立なら、自分たちが態度を改めることによって解消も出来るだろう。だが永野が自分で理由を作り上げていっての孤立なら。その場合は自分たちがどうこうとした所で解決は難しい。

 実際にもう永野への反発が生まれているという話も耳にする。桧山は教室外でも構わず永野に突撃をし、そして永野も衆目なんて気にせずに素気なく桧山をあしらう。桧山は校内でも有名人且つ人気があり、そんな桧山を粗雑に扱う様を見れば反感とまではいかなくとも面白く思わない人間は出るものだ。

 結果、事情を知らない、知っているに関わらず永野への不満を露わにする人間も出て来ているらしい。


 良くない流れだ。永野が孤立するその流れを止めるものがない。むしろ状況は刻一刻と永野にとっては良くない方に向かい出している。

 このままではまた永野が排斥される事態になってしまうのでは。永野に近付けないのも気掛かりだが、今は友人が退っ引きならない状況に陥るのではないかと、そちらの心配も美樹本の中では膨れ上がっていた。


「……どうしたら」


「あ、あの。美樹本君、今ちょっといいかな?」


 途方に暮れて吐き出せば不意に声を掛けられる。見れば能井が困った表情で目の前に立っていた。


「能井さん? どうかしたの?」


「その、ちょっと相談したいことがあって……。永野君について、なんだけど」


 言い難そうに呟かれた名前に自然と美樹本は身構えてしまう。それというのもこんな風に遠慮がちに永野の名前を呟きに来る人間はこれまでにもそれなりにいたのだ。


「うん……」


「あの、ね。私も、永野君には酷い態度を取ってしまって、それで謝りたいって思ってるの。でも永野君は話処か目も合わせてくれなくて……。怒ってるのは分かるの。噂を信じて酷いことしちゃったから。でも、どうにか謝ることだけでも出来ないかな……?」


 しょんぼりと肩を下げて能井は相談内容を語った。永野へと謝罪したいと話すその様子は心からの後悔に染まっているように見える。能井も安易に噂を信じた己の所業を悔いている人間には違いない。


 だけど、と美樹本は心の中で嘆息した。能井のように美樹本へと永野のことを相談に来る人間はこれまでにもいたのだ。

 桧山の行動に看過された一部生徒たちだ。皆永野へと謝意を伝えようと突撃をかまし、敢えなく撃沈したあとに美樹本にどうにかならないかと相談に来た。どうしたら永野は話を聞いてくれるかとアドバイスをもらいに来るのが大半であったが、中には仲裁をしてくれないかと頼む人間もいもした。


 難攻不落と化した永野に手を焼いて近しい人間にと助けを求めるその精神は分かる。美樹本だって同じ悩みを抱えている同士だ、どうにかならないかと足掻く気持ちは十全に理解も出来た。

 問題は美樹本も彼らとそう立場は違わないということであって。


「……ごめん。力にはなってあげたいんだけど、僕も永野には近付けないんだ」


「え……?」


「僕だって永野を突き放した側だから、謝りたくても話だって聞いてもらえないんだ。だからなんの役にも立てないよ……」


 申し訳なさを前面に出して能井に自分たちの内情を明かす。折角頼って来てくれたのにと思いつつも、ここで安請け合いなどしても結果は出せそうにない。

 これまで相談してきた生徒たち同様に正直に美樹本も現状の永野との関係性を語った。


「……そっか。美樹本君たちも……」


「うん……。本当にごめん。僕たちも正直どうしたらいいんだろうって困ってるくらいで……」


「ううん。謝らないで。桧山君が何度も突撃してるのは知ってるもの。もしかして、とは思ってたんだ。美樹本君たちも大変なのに私の事情を持ち込んじゃってこっちこそごめんなさい」


 能井はそう言って頭を下げる。素直に謝られて美樹本は居たたまれない気持ちになった。


「いや、いいんだよ。能井さんも永野とのことは本当に悩んでるんでしょ?」


「うん……。あんな噂どうして信じたんだろ……」


 ポツリと溢される呟きは少なくない人間と共通した嘆きであるだろう。美樹本も変わりない。


「……」


「永野君が酷いことをするはずないって知ってたはずなのに……。だから、せめて謝りたかったんだ。梓ちゃんも気にしてるみたいだったから……」


「え? 二岡さん?」


 そういえばと美樹本は能井の周囲に目をやった。ニコイチと言っても過言ではないくらいに能井と二岡は常に行動を共にしている。なのに今は能井しかいない。


「……気にしてるの? 二岡さんが?」


 本来ならば能井は二岡と共に自分に会いにも来たのではないか。個別に美樹本に相談するという画も思い付かない。それも二岡への相談も含めての訪問というのならば理屈は通る。

 なので美樹本は声を潜めて尋ねてみた。思い出すのは永野から明かされた二岡とのあれこれ。それが関係しているのかもと当たりを付けながらの問い掛けだ。


「うん。永野君の名前を出すとか、そういうことはないんだけど、でもね、凄く意識しているのは分かるの。何度も永野君の姿を目で追ってたりしていてね。でも近くに寄ろうとしないし話し掛けにも行かないし、ただ、時々凄く辛そうな顔するだけなんだ……」


 気遣わしげに明かされた二岡の態度は確かに普通ではない。あくまで能井の視点での話ではあるが、しかし二人の仲が拗れそうな理由にも心当たりのある美樹本としては否定は難しい。


「話し掛けには行かないんだ」


「うん。梓ちゃんもね、永野君に酷い態度を取ったことを後悔してるみたいなの。でも謝りにも行こうとしないし近付くのもなんだか遠慮してるみたいで。おかしい、よね?」


 問われて美樹本は眉間のシワを深めた。おかしいかどうかで言うなればそれはおかしいだろう。二岡は竹を割ったようなさっぱりとした性格の持ち主だ。己の非を認めてなのにまごついてるのは少々らしくないようにも思える。

 しかし永野への複雑な感情を考えれば行動が鈍るのも致し方ない面もあるかもしれない。無論、能井にその辺りのデリケートな話は明かせないが。


「えっと……。あんまり触れるべきかどうかは分からないけど、二岡さんはその、永野との噂も流れていたからそれで……」


「あっ。そ、そのことなんだけどね、私も梓ちゃんに噂を気にしてるのかなってそれとなく聞いてみたの。そしたら、自分との噂は全くの出鱈目だって」


「えっ?」


 パッと目を見開いて能井の顔を見る。能井はとても言い辛そうに、身を縮こまらせて美樹本の表情を窺っていた。


「ご、ごめんなさい。直ぐに話すべきだったよね? 永野君とは本当に何もなくて傷付けられるようなことはされてないって梓ちゃんが。噂が流れていた時はどうしても言い出せなくてそれで今まで本当のことも言えなかったって謝られたの」


「……そうなの?」


「うん。今まで黙っていてごめんなさい。私たちも噂を信じ込んじゃってて梓ちゃんに本当なのか確認を取ることもしないで永野君が悪いって決め付けちゃってたから。あ、あの、だから悪いのは梓ちゃんじゃなくて言い出し難くさせた私たちに非が……」


 顔色を悪くさせながらも能井は必死に二岡を庇うためか言葉を重ね続ける。

 永野を窮地に追い込んだ原因の一つだ、真実を明らかにしなかった罪悪感を今熾烈にその身に感じているのだろうが、秘密を明かされた美樹本は正直それ処ではなかった。


 何故二岡は噂は真実ではなかったと流れた当初に否定しなかったのか。先にも述べたように二岡は善悪ははっきりと示すタイプの人間だ。不誠実な行いも嫌い、自分と他者の違いもなくきっぱりと道理を貫く。

 そんな性格の彼女が嘘であると理解していてどうして永野が責められる原因を放置したのか。そもそもがおかしな話だ。当事者の片割れとして彼女は噂を否定して騒動の少なくない割合を沈静化させることだって出来たはず。何故それをしなかったのか。

 告白して、そしてフラれたことからの復讐? 有り得なくはないが二岡が取る行動としては違和感もあった。


 違和感。そう心の中で溢して美樹本は急速に立ち昇った不快感に額に冷えた汗を浮かべる。

 思えば目が覚めるようにして永野への嫌悪と噂への妄信がなくなってからこっち、どうにも頭の片隅にはどこかすっきりしないモヤモヤとしたものがへばり付いていた。それに意識を向けるとどうにも嫌な感覚がし、だからこれまで見ない振りをし続けて来たのだが。


 だが、と美樹本は思い直す。その違和感をきちんと直視しなければいけないのではないかと。

 頭を過ぎるのは嵩原の一言だ。『一度自分を立ち返って見た方がいい』。あの一言の本意とはつまりはこのことなのではないか。永野を排斥し嫌ったその一連の己の行動の子細。それらを今一度正確に把握する必要があるのではとそう思えたのだ。


「……あの……、だから、美樹本君……」


 深い思考の海から戻って来ると能井が今にも泣き出しそうな顔でこちらを窺っていた。反応のない美樹本に怒っているのだと勘違いしてしまったようだ。

 慌てて取り繕おうとし、口を開き掛けたそこで美樹本は思い直す。そして僅かな沈黙のあとにそっと思い付いた案を口にした。


「……能井さんにちょっと頼みたいことがあるんだけど……」


 それは確かな流れの変化のその始まりであった。



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