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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
八章.コックリさん
148/206

22.恋心の生まれたとき

これにて第八章.《コックリさん》は終了です。

章のまとめともあって長いです(一万字オーバー)。上手く話をコンパクトに纏められるよう精進していかねば。

「……ふぅ」


 もう大丈夫だと思ったら勝手に息が漏れた。知らず詰めていたようだな。手を着き壁に寄り掛かる。

 悪魔は怒りに任せて処断してしまったが、果たしてこれで良かったのか。危機が去ったことを自覚すると共に迷いが胸の内から溢れてくる。悪魔を去らせたことについては望み通りなのでなんとも思わない。ただ手段が。もう少し冷静であるべきだったかもしれない。


「……永野……」


 か細い声で名を呼ばれて我に返った。はっと振り向けば座り込んだ二岡が不安そうにこちらを見上げている。やばい、最後の方はほぼほぼ意識から抜けてた。


「おい、大丈夫か?」


「……私は、なんとも……。永野は? 悪魔は、どうなったの?」


 慌てて駆け寄って訊ねれば視線をあっちこっちさせて説明を求めてくる。

 まぁ、理解不能か。安心させる意味でもきちんと説明はしておくべきだろうが、このままここで、というのはよろしくないよな。


「ちゃんと話す。ただ、この場で長く話すのはちょっとな。移動したいんだが立てるか?」


 手を差し出せば一瞬の躊躇いのあと掴まれた。ぐっと力を入れて立ち上がるけど、安心したのかなんなのか直ぐに足をフラつかせる。慌てて支えにいったが本当に大丈夫か?


「お前本当に大丈夫なのか? どこか怪我でもしたんじゃ……」


 心配して覗き込んだ顔は薄暗い中でも分かるくらい真っ赤に染まっていた。途端にフラッシュバックする悪魔の奴が見せてきた光景。

 あー。忘れてましたねぇ。悪魔の下衆っぷりにすっかりとその辺りは頭からどっかに消えてた。


 自覚すると共に凄く居たたまれない気持ちにさせられる。なんせ今密着してるし。あくまで二岡を支えることが目的なのであって、そっち方面の意図はさっぱりない。ないったらない。フラついたから咄嗟に助けただけなんだ。

 脳内でどこに向けた言い訳なのか分からん文句を繰り返し呟く。これあれだ、周りが暗くて静かだってのもよろしくない。嫌でも他に人はいないと理解させられるのが不利過ぎる。


「……あー。とりあえず校舎を出るぞ。もう昇降口も閉められそうだしな」


 顔は見ないようにして敢えてぶっきらぼうに宣言する。普段通りじゃんとか遠くから野郎三人のツッコむ声も聞こえた気がしたが無視だ、無視。

 実際、窓の向こうに見える空は夜空だって見え隠れしている。悪魔とのやり取りにどれほど時間を掛けたかは分からないが、あまり猶予はないと思った方がいいだろう。


 二岡も無言ながらこっくりと頷いたのでゆっくりと移動を開始した。ピッタリ貼り付くような体勢のまま階段を下りる。これ誤解されるとか、二岡離れてくんねぇかとかぐるぐる思考は回っていたりしたが、俺の上着を握る手が微かに震えているのを見たらもう何も言えなくなった。せめて誰とも会いませんようにと必死に願いながら暗い校舎を歩いていった。




 願いは通じて道中誰かと出会すことはなかった。本校舎歩いてる途中で二岡もどうにか一人で歩けるようになったので危機的状況からは早々に脱することが出来た。

 ただでさえ朝日とそっち系の噂立ってるのに、ここで二岡ともとなると本気で俺の学生生活終わる所だったから良かった良かった。


 昇降口も閉まる前になんとか外へと出る。見上げる空にはうっすらと星だって浮かんでいた。悪魔相手にどれだけ時間食ってたんだか。今更にどっと疲れがのし掛かってきたけども、このままはいさようならとはいかないようだ。


「……」


 無言の二岡を連れて、とりあえず人目のない場所はと話し合えそうな所を探す。もう日も沈むし、人目を避けるったって暗闇の中でこそこそ話し合うなんてのはなしだろ。せめて灯りくらいはある所がいいな。

 どうするかと思案に暮れてたらついと袖口引っ張られた。なんだと顔を向けたその先で、寄り添うようにして立ってた二岡がおずおずと口を開く。


「その、行く宛がないなら私が提案させてもらうけど」


 有り難い申し出に一も二もなく飛び付いて、そして俺たちはテニスコート脇のベンチに並んで腰を下ろした。傍には外灯も立っていて白い光が煌々と周囲を明るく照らしている。

 日が沈み、部活動だって終わった今の時間帯では俺たち以外の誰もここらにはいない。


「……」


「……」


 沈黙が気まずい。いざ話し合おうと思っても一体何から話せばいいのか。ここ最近の気まずさと、そしてこの一時間にも満たない間に起こった様々な出来事が頭の中でぐるぐる回って言葉が喉元辺りで渋滞起こしてる。に、二岡とはどんな風にやり取りしてたんだっけか。


「……ねぇ」


 どうにも切り出せずに悶々と考え込んでたら二岡が口火切ってきた。チラッと横目で確認する。二岡もこっちは見てなくて、俯いたまま肩を縮めて居心地悪そうにしていた。


「なんだ?」


「その……、助けてくれて、ありがとう。……あんたのおかげで最悪な契約なんて結ばずに済んだし、悪魔、とも関係が切れたみたいだからお礼、言っとくわ」


 一瞬躊躇いながらもそう感謝を告げてくる。言い淀んだのはまだ確信が持てないからか。二岡は当事者なんだし、何がどうなったのかきちんと説明してやらないといけないとは思うがその前に。


「最悪な契約で思い出した。お前もうあんな自己犠牲止めろよ」


「え……?」


「俺を解放するために云々だ。なんでも差し出すとかとんでもない条件口にしやがって。少しは自分のことも守れよ」


 じっと膝の上に置いてる自分の手を見つめてるその横顔にぶつけるように文句を言ってやる。

 直ぐに顔上げてこっち見てきたその唖然とした表情にも追撃かました。あれは本当になかった。今思いだしても若干腹が立つ。


「な、何言ってんの。あの時はああするしかなかったから……」


「いやもっと他にも何かあっただろ。もうちょっと絞った条件出すとか、あるいは鏡そのものに攻撃加えるとか。お前が犠牲になる以外の方法は絶対にあった」


「そんな危ない橋渡れるはずないじゃないの! っていうかあんただって自分を犠牲にして交渉してたじゃない。それ言うならあんたも少しは自分のこと……」


「俺は悪魔から名前聞き出すのが目的だったからな。自分を犠牲にしてそこで終わってたお前とは違う。本当に止めろよ? さっさと諦めるくらいなら必死に助け求めろ。そっちの方が俺だって何かしてやれる」


「!? ……」


 目の前で破綻しそうなまでに追い詰められる姿見せられるよりは、よっぽどそっちの方がマシだ。心の底からの訴えを口に出せば、二岡は一瞬息を呑んでそのあと顔を逸らしてしまった。

 ……あれ、冷静になって自分の発言思い返すと中々臭い台詞だった、か? 一歩遅れてぶわっと全身に脂汗出て来た。


「……」


 またもや沈黙の時が流れる。い、一度発した言葉はもう飲み込めない。そう、人間何事も諦めが肝心だ。もうそれはそれで切り捨ててしまってさくっと話を変え、本題に移ろう。


「えっと、そうだ。悪魔な。あいつなら多分もう外には出て来られないはずだから安心してくれ。お前にだって二度とちょっかいは掛けられないと思う」


「……そ、そうなの? 何か、いろいろとやり取りしていたけどあれは結局何をどうしてたの? 名前って、永野は気にしてるようだったけど」


 気を取り直して本題に戻れば二岡もぎこちないながらに同調してくれた。合わせてくれてる気配を感じるけど気にしない気にしない。

 求めに応じて詳細を報告。悪魔は真名で縛られる云々。だから名前言わせてやろう云々。普通に聞いても教えないだろうから契約に託けて云々と一通りを説明する。

 そして最後に鏡の奥の奥の方に閉じ込めてやったと結んだ。悪魔との完全な断裂狙って一方的な命令でなく対等な取り引きとして関係の解消を試みたが、効力があるならもう二度と悪魔は誰にも関われないはずだ。


「……そう。あの時のあれってそんな意味があったのね」


 詳細を聞いた二岡はどこかほっと安堵している様子だ。俺の拙い説明でも信じてくれたようで何より。


 俺から話せることはこんなもんだ。反対にどうして二岡が悪魔と関わることになったのか聞き出したいが、どうだろう。

 大体の経緯は再現映像と悪魔本人の語りで以て理解してはいるものの、解釈は完全に俺個人でのものだ。当たりかどうか分からんし確認取りたい気もしてるけど、果たしてこれ訊ねてもいいものなのか。いろんな意味で地雷とならないかと二の足を踏んでしまう。


「……そっちは話してくれたんだし、私も明かさないといけないわよね」


 もだもだしてる所から察せられたか、複雑そうな表情して二岡が切り出してくれた。本音ではそうなんだけど無理矢理話させるのもなんだよな。かなりデリケートな話だし嫌なら止めさせた方がいいか。


「いやいや。話したくないなら別に」


「そういう訳にもいかないでしょ? あんたは巻き込まれた側だし、真実を知る権利があるわ」


「巻き込まれたのは、そりゃお前も」


「私は違うわよ。原因、と言ってもいいでしょうね。……納得してないようだけど、まずは私の話を聞いて。今は違う、違わないを論じても仕方ないでしょ?」


 苦笑と共に諭されてしまった。二岡が原因だとは思わないが、本人が譲らないなら確かに言い合っても仕方ないかもしれない。二岡には二岡で意見があるようだし。


「大体は悪魔の奴が勝手に暴露した通りよ。私を見出して、そして願いを叶えると言い寄ってきた。……多分、目を付けられたのは七不思議の時なんでしょうね」


 こちらから視線を外し、二岡は遠くを見つめながらぽつぽつと語り出した。


 切欠は七不思議。怪談の一つであったあの鏡の検証に訪れた際、二岡は鏡に悪魔を見付けていたらしい。

 鏡の中に黒い丸がぽつんと浮いていたそうだ。野球ボールくらいの大きさで、二岡の顔の横にまるで寄り添うようにしていたから嫌でも目に入ったと。明らかな異常なのだが、自分以外には見えてなかったようなので黙っていたとのこと。


 確かにあの時、二岡は様子がおかしくなっていた。七不思議なんてものに巻き込んだための疲れか何かかと思っていたけど、まさかその時から悪魔の手が伸びていたなんて……。デマだと決め付けてもいたし、もう少し気を配っておくべきだったか。


 気付けなかったことを謝罪すれば、二岡もどうせ話はしなかったと否定した。まぁ、二岡にしか見えてなかったし悪魔を見たと言ってその場で信じたかというとちょっと。

 そう同意もしたのだがそうじゃないとまた首振られた。どういうことだ?


「……悪魔だけじゃなかったの。あの時には、他にも映像?というか、一つの場面が鏡の中に見えてて。……あんたと春乃ちゃんが恋人みたいに仲良く寄り添ってる姿が見えて、それもあって動揺したの。その時は、なんで動揺するのか自分でも分からなかったわ。多分、無意識下ではもうとっくに自分の気持ちなんて固まってたんでしょうね」


 他人事みたいに呟く。それから二岡は自身の気持ちについて打ち明けていった。


 悪魔からの干渉、それにより二岡は俺への感情にも意識が向いていったそうだ。それまでは単なる手の掛かるクラスメートであって、概ね悪魔が暴露した通りの印象であったらしい。

 それが悪魔の嫌がらせで無意識を揺さぶられ、痼りとなって徐々にと心の中に残り続けた。モヤモヤとした感情が胸の内にあって、それを二岡はどうにか見ないようにして日々を過ごしていた。


「まぁ、あまり上手くもいってなかったけどね。夏祭りの時や文化祭でちょっと顔覗かせていたし。あんたも悪いのよ? 何いきなりプレゼントしたり、頼もしく慰めたりしてるのよ。そんなの、……そんなの取り繕えなくなるじゃない」


 睨み付けながらそんなこと言ってくる。二岡としても段々と己の感情が無視出来なくなっていたのだが、それでも違う、何かの間違いだと否定し続けた。なんでそこまで頑ななんだと思わず溢せば、どうやら関係性が変わってしまうのが嫌だったようで。


「あんたはあんまり他人に心開かないでしょ? 友だちっていう関係だって築けてないのに、いきなり恋愛関係に発展させるなんて無理筋じゃない。……それが分かってて、恐れてたんでしょうね。友だちって関係も築けなくなったら、そんなの後悔する処じゃないから」


 情けない評価を下されているがぐうの音も出ない。

 多分二岡の予想通りになる己の姿が想像出来て目を逸らす。構わずに二岡は続けた。


「そうやって自分誤魔化して見ない振りして、でも、私が否定したってどうしようもないんだって気付いたの。あんた、コックリさんやってその時に『運命の相手』がいるか聞いたのよね?」


 突然の質問にパッと振り向いてしまう。二岡は真剣な表情して俺を凝視していたけど、『運命の相手』だぁ?


「……ああ。そんなこともあった……、いや俺が聞いたんじゃない。嵩原の奴が調子乗って質問しただけ」


「まぁ、そうでしょうね。あんたがそんな恋愛方面に積極的になる訳ないって今なら冷静に判断も下せるわ。でも、教室で聞いた時にはそうは思えなかった」


 そう言って軽く息を吐いた。俺の評価ってどうなってんの?と問い質したい気に駆られるも、口出す前に二岡が話し出す。


「私は、あんたが誰かを好きになる、その可能性を全く考えてもいなかった。だから『運命の相手』を聞いたって知って、あんたもそういうのに興味あるんだって凄く驚いて、焦った。だって、これじゃ何もしなくてもあんたは遠くに行っちゃうじゃない」


 苦しそうに胸の内を語る。必死にこれまで目を背けてきた問題を突然眼前に突き付けられた気持ちだったらしい。

 二岡は衝撃を受けたまま思考も固まってしまい、話を聞いた夜は中々寝付けなかったそうだ。


 まんじりともせず過ごし、夜中になってやっと眠りに就いたその夢の中で話し掛けられた。

 ――叶えたい願いがあるなら叶えてあげるよ、と。


「それが悪魔の呼び出しなんて気付きもしなかったわ。自分が何に衝撃を受けたのかも理解したくなくて、誘われるままのこのこ出て行った。現実逃避でもしたかったんでしょうね。そしてあとは鏡でも見た通り、悪魔に良いように翻弄されてあんたたちを巻き込んで。……本当に、申し訳ないと思ってる」


 沈んだ声で謝ってくる。気付けば視線は外されて二岡はまたじっと自分の膝なんて見つめていた。

 酷く思い詰めて悄げてしまってる横顔を見ながら二岡の主張を頭の中で整理するも、やっぱりと俺には二岡が悪かったとは思えない。二岡はただ利用されて翻弄されただけの被害者としか思えなかった。


「……まぁ、お前に何があったのかは理解したつもりだが、でもお前が謝るのは違う気がする。悪いのはどう考えたって悪魔だろ」


「原因になったのは私よ? 私が悪魔なんかに会いに行かなければ、あんたたちが煩わされることだってなかった。ううん、それだけじゃなくて、私がさっさと悪魔に願いを告げていたら……」


「アホ。そしたらそれこそ取り返しが付かなくなってたぞ。あのイカレ具合からして対価に何要求されてたか分からんのに気軽に言うんじゃない」


 また自己犠牲なのか強過ぎる責任感故なのか分からない発言かまして。ピシャリと叱ってやれば泣きそうな顔でこっち見てきた。俺が泣かしてるみたいじゃん。

 まぁ、どうしたって自分の所為だって思っちまうんだろうな、こいつの性格からして。


「二岡の所為じゃない。勝手なお節介から頼んでもないのに仲介役買って出て迷惑振りまく赤の他人の責任まで普通持つか? そんなの迷惑掛けた当人が払うもんだろ。お前が抱えるべきもんじゃない」


「でも」


「でもじゃない。悪魔は勝手に動いたんだ。お前は何も望んでなくて、むしろ関わるなって文句言いに行ってたろ。それで成果出せなかったって悄げてんのか? 相手は悪魔とかよく分からん生態のもんだぞ。一般人が、普通の女子一人がどうこう出来る相手でもねぇだろ、そんなの。成果は出せなかったかもしれないが、お前はお前で必死に俺たちのために動いてくれたんじゃねぇか」


「……」


「それで充分、つってもお前は納得しないんだろうな。でもな、俺は本当に良かったって思ってる。お前があんな碌でもないもんに捕らわれずにすんで、無事でいてくれて良かったって思ってるよ。意思の強い所がお前のらしさなのに、それがなくなるとか許せるはずもないからな」


「! ……な、何よ、それ……」


 からかい混じりに告げるが大いに本音ではある。大体はその押しの強さに辟易とするが、でも二岡の己の中に揺らがない芯を持っている所は素直に尊敬はしている。俺にはない強さだからな。


 慰める意図も含めて口に出せば、二岡は驚きに目を丸くしてそれから泣きそうに顔を歪めてふいと顔を逸らした。

 ……え。な、泣きそう? え、俺何か泣かせるようなこと口にしたか? そんな悪いことは口に出してないと思うんだけど。


「……狡いのよ。あんたの、そういう所が……」


 ぼそぼそっと何事か吐き捨てられた。そこまで? 俺また地雷踏み抜いたのか? 今度は自覚的じゃなくて無自覚の挙動、いやだからって許されるものではないけども。す、素直な感想だったんだけど?


 またもや気まずい沈黙が広がる。今度はやらかしに基づく気まずさなので嫌な汗も止まらない。

 何故こうも空振りが続くのか。あれか、上手く悪魔を騙せたその反動だとでも言うのか。


 周囲は秋冬らしく冷えた空気が満ち満ちているというのに、じわりと汗を米神辺りに浮かせながら必死にこの状況の打開を脳裏で思案した。でも良案は出ない。ぐるぐると頭ん中でいろんな感情が渦を巻いていてちっとも建設的な思考なんざ出来やしない。

 あれだ、説明は出来たんだしもう俺はこの場から退散してもいいのでは? 切羽詰まり過ぎてそんな投げ遣りな考えも飛び付いて採用した頭が、実現のためにと尻を僅かにベンチから浮き上がらせた所で、二岡がポツリと小さく何事かを溢した。


「……あんたがそうやって、なんだかんだ私のこと思ってくれてるみたいなこと言うから……」


「え?」


「……だから、私は、結局この気持ちを振り払えなくて……、いいえ、言い訳ね。……ただ、せめてあんたと春乃ちゃんに降り掛かる火の粉は、どうにかしたいって思って。それであんたたちくらいには本当のことを話そうって、様子を見に行って」


 何に対する呟きなんだろうか。中腰だったのを元に戻してポツポツ呟く二岡を窺う。膝の上で組まれた両手は薄暗い中でも白くなるほど強く握られているのが見て取れて。まるで懺悔するように二岡は胸の内を語っていた。


「それで今日、放課後にあんたたちを見付けたから、だからもう全部話そうって、それで素直に謝ろうって。……嫌われても、いいから。せめてあんたに向き合えない人間にはなりたくなかったから。だから話し掛けようと、したのよ」


 今日。放課後。聞いてその時の野郎共とのやり取りが脳裏を過ぎる。とても人に聞かせられるような話ではなかったなと他人事のように思って、次の瞬間には二岡が聞いていたかもしれないと気付いて思わずと息を呑んだ。

 懸念は外れることもなく、二岡は震える声で小さく明かした。


「話し掛けようとして、それで、聞こえたの。……あんたが、春乃ちゃんのこと『嫌いじゃない』って言ってるのが……」


 今にも立ち消えそうな弱々しい声。内に抱えるいろんな負の感情が混ざったような暗い告白だった。


「……どうして、私が今日、悪魔に屈したのか分かる? あんたの気持ちを聞いて、それで悪魔の狙い通りに二人の距離が縮んでるって知って、もうこれ以上二人に仲良くなって欲しくなくて、だから私、悪魔に折れたのよ。もう余計なことはしないでって。春乃ちゃんとあんたの仲を、これ以上に進展させないでって。だから私は……」


 そこまで語って、あとは糸が切れたように声は途絶える。


 つまり何か、俺が朝日に好感持ってると、多分そん時付き合えばいいとかなんとか言ってた記憶あるからそれ聞いて心が折れたっていうのか。

 それで悪魔に屈した? あんだけ、毅然と悪魔を否定していた二岡が?


 再現映像では俺と朝日に関わるなって……、いや、そういう意味か? 俺と朝日を案じる気持ちは確かにあるんだろう。本人も申告していたし。

 でも、悪魔に折れた理由の最たるものが仲良くなって欲しくなかったからって……。


 悪魔相手に涙を浮かべて取り縋る姿が目蓋の裏に蘇る。凛と拒んでいたはずの二岡がああも形振り構わずに己を晒け出すなんて、それは、それだけ俺のことを想ってる証拠なのか? ……なんで、


「なんでそこまで……」


 苦いだけの感情をどうにか呑み込む。理解出来ない。俺はそこまでして想われるような人間では決してないのに。


「……信じられない?」


 ハッと顔を上げると二岡がこちらを見ていた。苦笑していて、でもどこか悲しそうな雰囲気を纏ってるのに深く考えず首を振る。最後まで言わなかったが察せられているような気がした。


「あんたからしてみれば馬鹿な理由でやらかしたって感じるかもしれないわね」


「い、いや、そんなことはねぇよ」


「自分でも時々思うもの。感情に振り回されて何やってんだかって。冷静になった時に死ぬほど後悔するの。それでも消せそうにも捨てられそうにもないのが恋の難しい所なんでしょうね」


「……」


 あっけらかんと自身の恋心を認めてしまった。正面切って口に出されるとどう答えていいのかも分からない。慰めるべきか? どんな言葉を掛けて? 二岡の語る恋心だって俺には信じられないのに。


「……俺の、俺の何に惹かれるっていうんだよ」


 結局、何を言ったらいいか分からなくて呑み込んだはずの疑問が外へと出た。本当に分からない。好かれる要素なんて何もないだろうに。


「……私の口から言わせるって、あんた酷いこと言ってる自覚ある? まぁいいけど……」


 じろりと非難の目を向けてくるが構わずに二岡はそのまま続けた。


「惹かれるというか、いいなって思った所はぶっきらぼうだけど優しい所。あんたは多弁じゃなくて人と接するのも凄く不器用で見ていてイライラすることもあるけど、でも本当は凄く優しくて他人を気に掛けてるってのが分かってるから。そんな所がいいなって思う」


 空を見上げて俺の良い所?を二岡は挙げる。褒められている気がしなくて、同時に心当たりもない。

 それは俺のことを話しているか? なんだかフィルターか、もしくは覗き窓自体違ってるようにしか思えない。


「優しい? 俺が? そんなことないだろ」


「無自覚? それとも認めないつもりかしら? まぁ、私はそう感じてるってだけのことだから関係ないけど。……あんたは心配する時でもぶっきらぼうだし、素直に自分の感情を伝えるってこともしないから面倒な人間だなって思うけど、でもね、掛ける言葉には優しさが込められてるのちゃんと感じてるから。ああ、気遣われてるんだなって分かるのよね」


「え……」


 掛ける言葉? 感じる? 俺の話す言葉から優しさを感じたってことか? だから、好きになった……?


「……そんな、ことないだろ。それはお前の勘違い」


「別に、あんたに私の気持ちを受け入れてもらおうだなんて思ってない。聞かれたから答えただけよ。だから、……否定はしないでよ」

 

 沈んだ声で返されたのに自分が何を口走ったのか理解した。我に返って言い繕おうとするも頭が混乱して言葉が出て来ない。

 もたついている間に二岡は見切りを付けたか、パッとベンチから立ち上がるとそのまま数歩、歩いていく。


「元々、あんたと両思いになれるとは思ってないし、この気持ちも明かす気なんてなかったからいいんだけどね。自分に自信がない処か卑屈過ぎること言ってくるから反抗しただけ。だからあんたもあんまり気にしないでよ。元凶だって知っても、嫌わずにいてくれただけで私は満足なんだから」


 こっちに背を向けて嫌に明るく二岡は言って退ける。本当にそう心から思ってるのか。あんなに、今にも泣き出しそうな顔をしといてこんな簡単に切り換えられるもんなのか?

 分からない。あいつは俺の言葉に優しさを見出したようだけど、今の俺には二岡が何を思って発言してるのか、その心の中はちっとも見通せない。


 そのままこの場を離れそうになる二岡に腰を上げた所で顔だけ振り向かれて言われた。


「でも、ちょっとだけ我が儘聞いてくれるならさ、友だちではいさせて。お願い」


 明るく軽い声とは似付かわしくない、どこか縋るような申し出に思わず頷きを返していた。二岡は棒立ちの俺を見て小さく笑うと、くるりと前に向き直る。


「うん、ありがと。そうやって誰かのためなら受け入れちゃう所も好きよ。……今日は、助けてくれて本当にありがとう。また、学校でね」


 振り返って、そして二岡はこちらの顔を見ずそのまま駆けて行ってしまった。追い掛けようと一歩出た足は、その場に縫い付けられたように固まって結局あとは追えなかった。

 二岡も多分追って欲しくはないんじゃないかと思ったが、でも二岡の事情よりも己の受けた衝撃の方が強くて歩き出せなかった。


「……掛ける、言葉……」


 二岡に言われた台詞が頭の中でぐるぐる回る。予想もしていなかった台詞に嫌な予感が合わさって、体から力は抜けて気付けばベンチへと逆戻りしていた。

 どさりと力なく座り込んだベンチの冷めた温度が服越しに伝わる。すっかり日も暮れて日中の熱もどこかに消え去って寒い。もう十一月も終わる。冬に差し掛かろうとしているんだ、それは芯に届くような寒さだって感じるだろうな。


 冷えた空気が頭の熱も冷ましてくれるはずなのに、思考は散漫となっていて何も纏まらない。ぼんやりとした頭で空を見上げた。

 真っ黒な空には幾つかの星と、大分欠けた金色の月が東の空で煌々と光っていた。突き放すように冷たい色を放っている月を、暫く無言で見つめ続けた。



お読み頂きありがとうございました。

次章、第九章《流言飛語》は、来週日曜日7月3日から連載予定です。

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