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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
一章.縁切り
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10.助けはボールと共に

 カッターの細長い刃に西日が強く差し込む。


「ひっ……」


 凶器参入に固まっていれば横から短い悲鳴が上がる。

 ああ、まずいと思えど最早手遅れ、しっかり朝日は目撃してしまったようで、横合いからガッツリと抱き付かれた。

 この状況でそれはまずいと頭の冷静な部分が弾き出すが、これも手遅れだ。視線の先で一年が顔面を鬼のように顰めていく。


「離れろ……っ、離れろよ! 彼女に触るな!」


 ぶんとカッターを持つ手を大きく振って叫ぶ。口角泡を飛ばす勢いで叫ぶが、問答無用で突っ込んでは来ないのか。それも時間の問題かもしれないが考える時間があるのは助かる。

 どうにか落ち着かせるか、もしくは時間を稼げばいけるか。


「落ち着けよ。さっさとその物騒な物しまえ。カッターだって立派な凶器なんだから、振り翳してたら捕まるぞ」


 忠告込みで説得を試みるが反応は芳しくない。こちらがビビっていると思っているのか、余裕そうな笑みなど浮かべてカッターをちらつかせる。

 俺に怯えた様子も見せていたのに武器を持ったらすぐにそれか。なんだかなと、場違いな呆れがため息として飛び出しそうになってぐっと堪えた。


 対して一年は実に愉しげで、目は見開き口許は笑みを浮かべるという器用な表情を作ってこちらを見据えて来た。


「怖いか……? 怖いんだろ? 偉そうなことばっかり言って、でも僕が本気になったら途端に怯えるんだな。はは、そうだよ、お前は臆病な奴なんだ。僕に敵うはずがない、僕の方が上だ、彼女に相応しいのは僕なんだ」


 はははと乾いた笑いを上げる。まるで勝利確定みたいなムーブをするが、正直今更カッターの一本くらいじゃそこまで恐怖も感じない。

 冷静にこれが所謂全能感に侵された人間……、と冷めた目で眺めるくらいの余裕はある。

 こちとらそんな細長い物など目じゃないくらいに長大な物を突き付けられた経験があるのだ、記憶の中のそれとの対比でむしろ憐れみすら感じる……。


 そこまで考えて何かが引っ掛かった。ん?と思わず声が漏れる。違和感というのか、ざらりと紙の鑢を撫でたような毛羽立った感じというか、そんな感覚が胸を過る。

 何か、思い出した記憶に気になる点があったような……? 必死に思い返すがどうにも捉えきれない。喉元まで来ているのに名前が出てこないという、あのもどかしい感じが去来してどうにも目の前のことに集中出来ない。


「お前もさっさと尻尾巻いて逃げれば良かったのに……。朝日さんが本気でお前を好きになる訳がないだろ? 何夢見てんの? 馬鹿じゃね? 縁も切ってやったんだ。何したってお前が朝日さんと結ばれるはずがない。はは、可哀想に」


「……あ? 今なんつった、お前」


 無視して聞き流していたが、無視出来ないワードが出てきた気がして思わず素で返す。

 今こいつ縁切ったとか言わなかったか? え、まさかこいつ手紙の差出人?


「は?」


「お前縁切ったって言ったか? 俺と朝日の縁を切ったのか?」


 一応勘違いであった場合を考えて曖昧に訊ねてみる。これだけだと心当たりがなければ意味が分からないだろう。でももし、手紙を差し出した犯人なら。


「……ああ、そうだよ。手紙、しっかり受け取ってくれたよな」


 心底嬉しそうに笑う。歪で不気味で、悪意を凝縮したような見てられない顔をする。この世の邪悪を煮詰めたような笑顔、なんて思うのは俺の被害者意識が見せる妄想か。


 つかお前かこの野郎! 声を張り上げ叫びたい。これまで感じたストレスを全てぶつける勢いで文句言いたい。

 唐突な犯人発覚に一気に怒りが沸き上がって来るが、冷静な自分がそんな場合じゃないと諌めてくる。忘れるな、お前は今一人じゃない、優先すべきはお前の事情じゃないと冷たく言ってくるのだ。

 分かってる、ここには朝日がいてそしてその保護は何より優先される。ここで朝日に危害を加えられるのも業腹だ。これ以上呪い掛けて来た奴の思惑通りになんてさせてやるか。


「手紙の差出人はお前か。よくもまあ、あんな陰険なことするな」


「黙れよ。それに怯えていたのはどこの誰だ? お友だちに泣き付いて常に守って貰ってて、情けないよな。僕はただ朝日さんとの縁が切れれば良かっただけだけど、お前の醜態も見れたのは僥倖だったなぁ。呪われて当然の報いだ、怖かっただろ?」


「ああ、怖い怖い。このご時世にマジで呪いとか言い出す輩が身近にいるんだもんな。悪態吐くとか暴力振るうとかじゃなく『呪い』って。斜め上過ぎて別の意味で怖かったわ」


「お前……!」


 分かり易く挑発すればあっさりと乗ってくる。

 俺の感情を優先させる場合ではない。分かってはいるが、だからといってこのまま対峙し続けても意味がない。

 せっかく差出人の方から正体暴いてくれたんだし、情報の吸い出しを兼ねて俺のストレス発散と誘い込みを同時にこなす。

 奴の脅威はぶっちゃけカッターのみ。武器さえ奪えば体格と年齢からいって俺の敗けはないはずだ。突撃させて、鞄あたりを犠牲にすれば武器の取り上げも難しくないはず。随分好戦的な判断だが助けが一向に来ないんだから仕方ない。


「呪いなんて仕掛けてくる奴は陰険か直接的手段を持たないって俺らの間じゃ分析されてたけど、正にその通りだな。何? 直接邪魔するのは怖かったから呪うことにしたの? どっかその辺の呪いの本から採用でもしたの? お前マジで呪いはあるって思いながら今回のことやったの? だったら物凄く暗いな。どうよ、手応えのほどは。人を呪った感想は如何ほどだ?」


「うるさい! 僕を馬鹿にしてるのか!? お前は呪われてるんだ! 縁切りの神が直々にお前の縁を切るんだよ! 神に呪われた気分はどうだ!? 調子に乗るから嫌われて呪われるんだ! 神はお前を許さないぞ!」


 随分オカルトに傾倒しているようで、最終的にはどこぞの信徒だとツッコまんばかりの発言をしてる。

 余程俺に対する恨みが深いのかと一瞬考え、その必死に神を口にする姿になんとなくピンと来るものがあった。


「神なんて関係ないだろ。お前がやりたくて始めたことだ。俺を呪ってるのはお前だろ、一年」


 思い付いたままに建前にも逃げの口上にも聞こえる台詞を打った切る。なんとなくこいつが呪いに手を出した理由が分かった気がする。

 結局この一年は小心者なんだろう。こいつにとって他人に危害を加える行為は冒し難い犯罪で、自分の手で行うことが恐ろしくてとてもじゃないが実行出来ない。

 だから代わりに執行してくれる存在にすがった。それが縁切りの呪いで神様なんだろう。

 信徒みたいな発言は心から信じ込んでいるから出たものじゃない。単なる言い訳だ。自分じゃなく神様がやったものだっていう、自分は悪くないと思い込むための隠れ蓑だ。


 理解してすっきりする。だからカッターを取り出した割りには襲い掛かって来ないのか。恐らくはまだ踏ん切りが付かないんだろうな。直接攻撃だと呪いを言い訳にすることは出来ないから。いや、縁切りの神がそうしろって言ったとか言い出すのだろうか。

 どちらにせよ凶器を持ち出すのは限りなくアウトなんだけど。大分手遅れだって、こいつは気付いているんだろうか。


「違う! 縁切りの神は実在する! お前は呪われたんだ! お前は許されないことをした! だから呪われて、だからお前が酷い目に遭うのは呪いの所為で……!」


「今俺に危害加えようとしてるのはお前自身だろ。それは呪いの所為なんかじゃない。お前の意思だ」


 あれ、だとしたら激昂させるのは悪手では? つい何も考えず反射で答えたけど俺これ態々突っ込ませる意味はあるのか? 放っといても突撃してくる可能性が低いならさっさと踵を返すのが正解では。


「違う! 僕は、悪くない!」


 思い至るが少々判断が遅かった。俺の指摘が急所を突いたのか、一年はカッターを握る手をブルブル震わせて叫ぶと勢い良く突っ込んで来た。

 カッターを振り上げて、決死の形相で駆ける姿は追い込まれた人間そのものだ。ああ、まずったと思えど今更どうしようもない。


 こうなりゃ当初の予定通り鞄を犠牲にしてやると身構えた、その時だ。


 迫っていた一年の頭が突如がくんと前に倒れて、そのままバランスを崩して倒れ込む。カッターが投げ出され、同時にポーンと高く跳ねるボールが夕焼けの空に飛んでいった。

 落ちてくるボールを見ればそれはまさかのサッカーボールで、まあ冷静に考えて人の頭にぶつけるなら柔らかさという点で他は選ばれないか。


「ストライーク!」


 ボールの行方を見守っていれば、倒れた一年のその背後にて仁王立ちする桧山の奴が高らかに宣言をした。

 色々とツッコミたいことが山のようにある状況だが、とりあえず気持ち良さそうに笑う桧山の顔を見て安堵のため息をそっと溢すことに止めた。


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