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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
一章.縁切り
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8.発覚と第三回対策会議

 腹を括った翌日、いつものようにダルダルと登校した俺に待っていたのは男三人衆による屋上への拉致であった。

 あまりに手際が良くて碌に抵抗も出来ないままに連れ出されてしまったが一体朝からなんなのか。

 屋上の水捌けの良さそうなタイルに正座で座らされて、文句を言おうと上げた視線の先では般若こと美樹本が笑顔を浮かべていた。


「おはよう永野。早速だけど何か僕らに言うことない?」


 あ(察し)というものである。

 これ完全に昨日のことバレたなとチラリ秘密を知る男に目を向ければ、明後日の方向見て口笛なんて吹いていやがる。必死の誤魔化しなのだろうけどお前音出てないからな。

 ひゅー、ぷひゅーとか空気の抜ける音しか出さねぇで、何をテンプレなことしてるんだ。


「永野、聞いてるんだけど?」


 やっべぇ般若様がご立腹だ。ぐいと無理矢理視線を戻されて低音で脅される。

 美樹本は美の付く少年顔で美人は怒ると迫力があるを地でいくタイプだ。普段は気弱そうな感じだというのに怒るとどうしてここまで恐ろしくなるのか。

 あれか、垂れ気味な目が吊り上がるから般若に見えるのか。とにかく超怖い。


「お、落ち着け。なんの話か心当たりが」


「家とは反対方向のはずなのに一心不乱に全力で走っていた。自分にも気付かず倒れ込んだ所を支えてあげれば怯えた様子を見せた。動揺が激しく落ち着かない感じが、自分を見たら安心したように息を吐いた。……昨日の君の様子を桧山から聞き出して客観的に纏めてみたものだよ。これ聞いて君はどう思う? 何もなかったって判断するかな?」


 何その遠回しな言い方。美樹本がねちっこい感じに問い詰めてくる。

 と言うか昨日の俺は桧山にはそう見えていたのか。いや、自分でも出会い頭は全く取り繕えてなかったなと自覚していたから一応根回しはしたんだが、桧山の奴速攻ゲロったのかよ。ワンチャン大丈夫と思ったがやはり無理だったか。


「いやそれは……」


「その上付き添いを拒否。何もないなら一緒に帰ってもよかったでしょ? 永野は過保護だって嫌がるけど別に一人が付き添うくらいなら構わないと思っていなかった? 大袈裟になるのが嫌なだけで、自分を心配して来てくれた桧山を追い返すくらいならそれに乗っかる方が面倒がなくていいって普段なら判断するんじゃない? それなのに昨日はどうして拒否したの? 帰り道に何かあったからじゃないの」


 ヒエって情けない声が口から漏れた。ガチ探偵モードの美樹本がこっちの目をじっと見ながら追い込んでくる。

 こいつ、頭がいいからって憶測からそれっぽい理屈作り上げて、しかもそれがほぼ当たっているとか……! やっぱり怖いこいつ!


「さらに言えば桧山には明るい内に帰れって言ったらしいね。普段なら僕らの誰が遅くに出歩こうと気にもしない君がそう言うってことは、実際に注意しなければならない事が起きたんじゃないの? だから桧山を連れて行く訳にはいかなかった。違う?」


 落ち着いた尋問口調は訊ねている形式を取ってはいるが実態はただの確認だ。これが正解だろうてめぇと荒ぶる美樹本が透けて見える顔を前に何も言えずに固まってしまう。

 沸々と煮立つような怒りを感じていれば、ここまで静観していた嵩原が苦笑と共に口を開いた。


「聖、落ち着きなよ。心配しているのは分かるけどそんな威圧していたら真人だって何も話せないんじゃない? 話を聞きたいなら聖自身落ち着かないと」


 どうどうと宥めに掛かる。いつもは胡散臭い笑みとキザな振る舞いしか見せない嵩原は、この時ばかりは地獄に顔を出した仏のように見えた。


「嵩原……!」


「それに改めて尋問なんかしなくたって真人の意図はそれで決定で間違いないでしょ。不器用な頑固者がやらかすことは、口を閉ざしての自己犠牲って相場は決まっているからね。本当分かりやすい男だよ」


 前言撤回だこの野郎。

 本当、本当男に対しては、貶しから始めなければ会話も成立させない生粋のナンパ野郎がこの……!

 男の味方なんかするはずがなかった……!


「好き勝手言うな。何を決め付けで話してんだ」


「あれ違ったの?」


「当たり前……!」


「じゃあどういう意図かちゃんと説明してね」


 否定しようとすれば真顔の美樹本が割り込んでくる。

 ハイライトが消えたように見える黒い瞳がこっちを無言で見てて、ちょっと、怖……。

 堪らず逸らしたその後ろでは嵩原がニコニコと胡散臭い笑みを浮かべていて、そのさらに後ろでは桧山が全力で目を逸らして立っていた。


「……」


 一対二って卑怯だと思う。押し負けた俺は結局洗いざらい吐かされ、怒られた挙げ句に詳しい話は昼休みにすると、女子二人も交えての公開処刑を宣言されてしまった。




 暗い気持ちで午前の授業を終えていつも通り屋上に集合。

 一緒に行動するのは目立つと女子二人とは時間を置いて落ち合って、昨日起こったことを美樹本が改めて説明する。


「何考えてるの。馬鹿じゃないの」


 話を一通り聞き終えた二岡の発言だ。せめて疑問系にして欲しい。馬鹿の決め付けは俺が傷付く。


「な、永野君、大丈夫、なの?」


 能井さんは顔を真っ青にして心配してくる。少し刺激が強過ぎたのかもしれない。馬鹿正直に腕くらい大きな鋏とか暴露してしまったからな。想像するとホラーゲームのクリーチャーにしか見えない。


「大丈夫だから呑気に学校にも来てるんだが」


「桧山と落ち合えたから追跡を諦められたのかな? 反対に言えば桧山が向かわなかったらどうなってたか分からなかったってことだし、ファインプレーだよね」


 苦笑しながら美樹本が補足する。

 追跡はされていたのかは分からないが、あそこで桧山と出会わなければ冷静になれるまで時間が掛かっただろうし確かに助かったな。


「亨もよく一緒に帰ろうって思えたよね。何? 野生の勘?」


「なんか気になった! 永野元気ないし一人で帰るのもどうだろって思えて、ついでに送ろうって後を追った! そしたら凄い走って来て驚いた!」


「やっぱり野生の勘なのね」


「でもそれで永野君は助かった訳だしね。ばっちりのタイミングだったんじゃないかな?」


 確かにその通りで、丁度俺が襲われたその日に引き返すなんてとんだ偶然もあったものだ。……偶然だよな?


「で、まあ昨日は何もなくて良かったって話になるんだけど、今後はどうする?」


 美樹本が真剣な表情で切り出し沈黙が広がる。考え込み、あるいは気まずそうに視線をさ迷わせる中、二岡が口を開いた。


「それは、警察に届けるべきなんじゃないの? 相手は凶器を持ち出して襲い掛かってきた。これは個人がどうこう出来る範囲を越えていると思う。公権力を頼らないと危険じゃないかしら」


 二岡の発言に能井さんも肯首して同意見だと主張する。まあ真っ当な意見だわな。


「それはちょっと難しいんじゃないかな? 目撃者はいなくて被害者当人もこれといった害を負ってはいない。これじゃ事件があったことの証明が出来ないから門前払いされて終わりだと思うよ」


 反論は嵩原だ。奴の言う通り俺は怪我の一つもしていない。奴を見たのは俺のみで、その存在を証明出来るものは俺の証言だけとか詰んでる。まずもって悪戯だと思われるだろう。


「実際襲われているのよ? 直接の関係は薄いかもしれないけど剃刀レターだってあるんだし、そこから不審人物に狙われているって話をすれば……」


「それ。それもネックなんだよね」


 二岡を遮って嵩原は困ったと続けた。


「確かに剃刀レターは嫌がらせの証拠にはなるよ? でもそれを持って警察に行くってことは学校内でのことを話さなければならない。つまりは警察に校内への介入を求めることになる。よしんば上手くいって事件が解決したとして、警察沙汰にまでなるほどのトラブルに巻き込まれたって喧伝したような真人の学生生活は、その後どうなると思う?」


「……まあ、浮くでしょうね」


 訊ねられ考え込んだ二岡は苦い表情で結論を出す。

 警察の厄介になるというのは例え被害者の立場であれ周囲からは一歩引いたように見られるものだ。一般的な俗世間でそうなら学校という狭い空間内で起こったらどうなるか。

 きっと様々な噂が立てられ、卒業まで俺は何かしらのレッテルを貼り付けられるんじゃないだろうか。


「だから俺としては警察っていうのは最終手段、もう少し追い込まれるまでは切らずにおいた方がいいカードだと思うんだよ。少なくとも現段階では警察に助けを求めるメリットよりも警察に介入されることによるデメリットの方が上だと思う。真人も本来は手紙を貰った時点で警察に通報しても良かっただろうに、それをしなかったのは騒ぎになるのを恐れたからじゃないかな? 今だって迷いがあるんじゃないかい?」


「……まぁ、そうだな」


 嵩原の指摘は遠からずも当たっている。今回の一連の騒ぎで俺が一番に嫌ったことは変に目立つこと、騒ぎになることだ。

 もちろん、単なる嫌がらせだと高を括っていた向きもある。学校の靴箱への投函だからな、犯人が学校関係者である可能性は非常に高い。その上でタイミングから言って生徒であるだろうと当たりも付けられた。同じ未成年という括りからそう酷いことにはならないだろうと、正直言えば甘く考えていた訳だ。我慢していればその内治まるだろう、そんな心境でもあった。


 とっとと警察に通報すればそりゃ事は解決出来たかもしれない、代わりに俺は警察沙汰になった人間というレッテルを張られることになる。校内での問題だから完全に情報を封鎖させることも無理だろう。

 悪目立ちするのは火を見るより明らかで、今後の学生生活を針のむしろのように過ごすのは確定だ。それじゃはっきり言って俺は何も助かってないことになる。


 以前のような平穏な生活を取り戻す。俺にとっての解決はそれなんだ。


「も、もう駄目な段階じゃないのかな……? だって永野君襲われてるでしょ? 昨日は桧山君がいたから助かったけど、でも、その、もし次があったら……」


「能井さんの懸念は尤もだね。今後の生活への配慮も必要かもしれないけど今を台無しにしてしまえば元も子もない。そこら辺はどう考えているの? 永野も現段階じゃ通報する方がデメリットだって思ってる?」


 美樹本が水を向けてくるので改めて現状を思い返してみる。呪いだとか意味の分からない嫌がらせは凶器を持って襲い掛かるという実に直接的なものに変わって来ていた。

 能井さんの言うように次があるなら、今度は怪我を負うことにもなるかもしれない。


「嵩原はまだ通報は止めておいた方がいいってことだね?」


 考え込んでいれば美樹本が確認を取っている。通報反対派の意見を纏めようって所か。


「俺の意見はさっきの通りだよ。別に警察を頼るなって言いたい訳じゃなくて、ただ公権力を宛にすることのデメリットを提示したかっただけ。今回は問題の出発点が学校内っていうのがネックだよね。これが学校外だったら、さっさと通報して終わらせても良かったんだけど」


 やれやれと肩を竦める。さっきから嵩原の意見には同意しか返せない。

 手紙が自宅のポストへ来たのなら凶器送り付けられたって即行警察案件に出来たのに。それで同学校の生徒が逮捕されたってそれはそれで仕方ないって思えたのに。なんで校内でやらかすのか。いや、自宅に来た方が怖いけど。


「桧山はどう? 昨日のことも含めてどうしたらいいか意見が欲しいんだけど」


「ん? 俺?」


 今度は桧山へと訊ねる。腕を組んで考え出した桧山は、そう悩むこともなくぱっと顔を上げて答えた。


「永野が怖くなくなるのが一番だな!」


「怖く?」


「おう! 変な奴が付きまとってるから永野も困ってんだろ? そいつがいなくなるか俺らが付いててやれば永野も大丈夫だろ? だから俺らがそいつをどうにかしようぜ!」


「待っていきなりどうした」


 桧山の突拍子もない意見に美樹本が慌ててストップを掛ける。何か安易な足し算がされたような気がするが気の所為だろうか。


「なんでいきなり犯人を直接どうこうって話になるの?」


「犯人をどうにかする、俺らが傍にいれば安全、なら俺らが犯人をどうにかすれば全部解決!」


「馬鹿みたいな足し算してる!」


 思わず頭を抱えたくなる。これには女子二人組も驚くやら呆れるやらといった表情を浮かべている。

 嵩原は、なんかその手もありだなみたいな閃き顔してるが冗談だよな? さっきまでメリットデメリット語ってた人間がそんな無謀な選択は取らないだろ?


「危ないことは僕らも禁止です! 桧山の案は置いといてそれで永野はどうしたい?」


 無理矢理話を戻して聞いてくる。えーって顔する桧山はさておき、俺の意見か。


「……警察へはまだ通報しない。デメリット云々もあるが、現段階では動いてもらえない可能性が高いからな。無駄打ちにしかならないならしない方がいいだろ」


「でも実際にあんたは襲われてて……!」


「もちろん本当に身の危険を感じたら警察には行く。今は時期じゃないって話だ。俺だって無駄に怪我なんかしたくないし、早く平穏な日常を取り戻したいって思ってるよ。それには警察を頼るのが一番だって理解してる」


 本音で以て語っているのだが反応は芳しくない。

 思い詰めたような、何かこちらを探るような目を向ける皆の顔をなんでもないように見返す。下手に怪しまれるのは勘弁だ。一人だからこそ動き易い。


「……何か考えがあるの?」


 必死のポーカーフェイスだったがやはり通用しないのか。真剣な面持ちの美樹本に訊ねられてどきりとした。

 いや、きっと流れから察しただけだ。これでまだ静観続けるわというのは無理があったか。


「考えというほどじゃないけど。証拠があった方が警察も動き易いだろうし、今度は映像なり物的証拠なり手に入れればいいかなって……」


「さっき危ないことは駄目って言ったばかりだよね!? 何もう一回襲われることを前提にしてるの!?」


「あんたちゃんと危機感持ってるの!?」


 過保護代表が大激怒してる。

 いやだってと言い訳をしようにも、それさえ封じる勢いでぎゃーぎゃー喚かれて俺の入る隙間がない。

 他に助けを求めようにも能井さんは泣きそうな顔してて良心が痛むし、嵩原と桧山は何やら顔を寄せ合ってこそこそ話してて不穏だ。

 まともな二人にあっちの二人こそ注意しろと言いたくても、俺の話なんて一言も聞く気のない怒濤の説教に見舞われて、気付けば昼休みは終わっていた。


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