表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖竜王のサガ  作者: whisky
冒険の始まり
1/200

神隠し

アストリアス王国の東側における守護の要、神聖ヴェストファーレン帝国との境界近くに位置するベアトリックス伯領。

領主の居城であるエイボン城は、夜明け前から騒然としていた。


城主ベアトリックス伯リチャードの股肱の友でもある、ウィリアム・パーシー卿の息女アリシアが、居城の自室から忽然と姿を消してしまったのだ。

この数か月、領内各地で少女の失踪事件が続いていたのだが、昨夜はとうとう5人目、しかも貴族の娘が被害者ということで、近隣の騎士や郷士たちも招集されていた。


急を知らせる鐘の音で叩き起こされたヘンリーが、寝ぼけ眼をこすりながら大広間に向かうと、既に父であるベアトリックス伯や娘の身の上を案ずるパーシー卿をはじめ、数人の騎士達が大声で議論を戦わせている最中だった。

よほど慌てているのか、扉は大きく開かれたままであったので、ヘンリーは注意深く近くの柱の影に身を隠すと、しばし議論に聞き入った。


十分な情報を得たのか、やがて静かにその場を離れると階段を駆け下り、そのまま城門から一気に広場へと飛び出した刹那、なじみのある声に呼び止められた。

「ダニー! シンシア!」

振り向きざま、ヘンリーは友の名を呼ぶ。



ダニーことダニエル・ウッドワースは、血気盛んな17歳の青年だ。

エイボン城勤めの魔道師であるジョージ・ウッドワースの一人息子で、父に似た灰色の髪や瞳と渋めの顔立ちが優秀な魔道士を想起させるが、まだ魔道師見習の身だ。


シンシア・パレルモは、聖ロンデリアン修道院院長ロベルト・パレルモの長女で、16歳になる。明るい栗色の髪と碧色の瞳を持つ明朗活発な少女だ。ヘンリーが騎士となり遍歴の旅に出るときには、神官として付き従うことを幼い頃より夢見ている。


ちなみにハリーことヘンリー・ベアトリックスは、エイボン城主ベアトリックス伯リチャードの次男で17歳。

見事な金髪と光の加減によっては金色にも見える薄茶色の瞳を持つ、騎士にふさわしい体躯の青年で、パーシー卿に使える従騎士である。


本来は主従関係にあるパーシー卿の館で暮らすべきなのだが、剣の鍛錬にせよ、領地経営の勉学にせよ、ベアトリックス伯に学ぶ方が良かろうということで、小姓勤めを終えた後はパーシー卿に奉公することなく、エイボン城に戻って暮らしている。

あと2年もすれば、騎士叙任を受けることとなるだろう。



「ようハリー、早朝から騒がしいな。また女の子が神隠しにあったんだろ?違うか?」

「ああ、そうさ。父上達の話ではどうやら5人目が消えたらしくて、それもパーシー卿の御令嬢だそうだ。」

「えっ!アリスが?本当なの?」


パーシー卿の次女、アリシア・パーシーは、シンシアより1つ年下だったが幼い頃から仲も良く、間もなく花嫁修業のために聖ロンデリアン修道院の修道女となる予定だった。


「本当に神隠しなの?お父様は神様がそのようなことをなさるはずが無いっておっしゃっていたけど。」

親友の身の上を心配して不安そうな表情を浮かべるシンシアを見やりながら、ヘンリーが話を続ける。


「パーシー卿の話では、アリスは夕方6時頃に広間で家族と夕食を済ませ、自室に戻ったそうだ。9時頃になっても就寝の挨拶に来ないことを心配した奥方が部屋を訪れると、既に姿は無かったらしい。

彼女の部屋は2階で、階段は一つで広間とつながっており、誰も通っていないことはパーシー卿が証言している。窓から出た可能性もあるが、縄や梯子などは見つかっていないし、庭に放されていた番犬も騒がなかったそうだ。」



「なあ、俺の話も聞いてくれよ!ひょっとすると、ひょっとするぜ?」

ダニーがおもむろに進み出ると、少し得意げに胸を張って言った。

期待する面持ちのシンシアが、勢い込んでダニエルに問う。

「アリスがどこにいるのか、知ってるの!?」


「おいおい、何で一足跳びにそうなるんだよ?」

ダニエルは、祈るように両手を握り締めるシンシアを呆れたように一瞥して続ける。

「なあハリー、アリスが消えたのは昨日の夜、6時から9時の間ってことだよな?」

「そういうことになるな。」


「俺は昨日の夜、親父の言いつけで光苔を探しにロルトの森へ行ってたのさ。あれは帰り際だったから、10時過ぎだろうな。森の奥から一台の荷馬車が走ってきからびっくりしたんだ。」

ダニエルは一息つくと、真剣な表情で聞き入る二人に満足した様子で話を続けた。


「昨夜は新月だったろ?闇夜には悪霊がうろつくってんで、日没後は誰も出歩いたりしやしねえ。こいつは悪党に違いないと思ったんで、木陰に隠れて様子を見ていると、荷馬車は森の入り口で停まったのさ。

しばらくすると町の方から二人の人影が近づいてきたんだが、動作がぎこちなくてどうにも変な感じだった。

奴らは何かが入った長細くて大きな袋を担いでいて、そいつらを乗せると、荷馬車は森の奥に戻って行ったのさ。

おい、ハリー、何か匂わないか?」



「うーん・・・。つまりアリスはそいつらにかどわかされたのかもしれないってことか。確かに闇夜に出歩くのは変だ。けれどお前こそ、何でそんな所にいたんだよ。」

「言っただろ?親父の言いつけで光苔を探しにって。光苔は夜に自分で光を発するんだけど、月光を受けて光る月夜苔と区別が難しいのさ。それで駆け出し魔道師の俺としては、月夜苔が光らない新月の頃に探すしかないのさ。」



シンシアはハリーの腕を掴むと、矢も盾もたまらずに叫んだ。

「ハリー、あなたのお父上にお願いして、すぐに後を追ってもらいましょう!」

「ちょっと待てよ、シンシア。まだそいつらが犯人だとは言えないよ。ダニー、他に気がついたことはないのか?」


ヘンリーに促されたダニエルが、よくぞ聞いてくれたとばかりに話を続ける。

「ああ、闇夜だったのにそいつらの動きが良く見えたのは、不思議だと思わないか?驚いたことに、そいつらはかすかに燐光を発していたのさ。」


「燐光を発し、ぎこちない動き・・・、まさかネクロマンシー?!」

シンシアは上ずった声で小さく叫ぶと、両手で口元を覆った。

「やはりそう思うよな。そう当たりを付けてみると、先の4人も全て新月の夜に姿を消しているのも肯ける。」


「ネクロマンシーって、何だよ?」ハリーが少しイラついた感じで尋ねた。

シンシアが伏し目がちに声を落として答えた。

「死者を冒涜する黒魔術よ。人の自我ソウルを破壊して、ゾンビと呼ばれる生ける屍とするの。術者はゾンビに単純な命令を実行させるのだけど、被害者は痛覚を麻痺させられていて、肉体の限界を超えて力を振るうことができるの。でも飲食しないから、十日もすれば死んでしまうそうよ。燐光を発するのは、生命エネルギーが漏れ出しているためとも言われているわ。邪教の中には、ネクロマンシーによるゾンビ創造や人体練成を教義とするものがあると、父様から教わっています。」


ダニエルが続ける。

「魔道師にも生体魔法を極めようとする者で、こいつに手を出す奴がいるらしいぜ。アストラル界から呼び戻した死者の思念を術者に従わせ、それを固着した粘体スライムを遺骸に取りつかせて、フレッシュゴーレムとする魔法もあるらしい。当然魔道師ギルドでは禁忌とされているけどな。そしてこの手の術は、新月の夜にこそ最大限に効力を発揮すると言われている。」



ヘンリーは深くため息をついた。

「そう言えば、下僕も二人姿を消しているとパーシー卿が言っていたな。男だから気に留めなかったが、ゾンビの正体は彼らか。だから犬が吠えなかったんだな・・・」


やがてヘンリーは顔を上げ、二人を交互に見遣りながら言った。

「さて、これまでの話をまとめると、どっかの邪教徒だか黒魔道師だかが、ゾンビにした人々に娘をさらわせているってことになるな。でも何で娘を集めるんだ?」


「邪神の生贄ね。」

「黒魔術の実験さ。」


ヘンリーは二人が間髪置かず同時に答えたのを聞いて、苦笑しながら再度二人に尋ねた。

「どっかの邪教徒だか黒魔道師だかが、ゾンビを操って新月の夜に娘をさらわせて邪神の生贄か黒魔術の実験に使っている、なんて話を誰が信じるんだ?父上に言上しても“ふざけるな!”って一喝されるのがおちだな。パーシー卿にも恨まれるぞ。」


呆れたように両手を広げて首を振るヘンリーに二人はなおも食い下がる。

「もし私たちの予想が当たっていたら、みんなの命が危ないのよ!」

「絶対間違い無いって!」


二人の真剣な表情に、ヘンリーはふと胸騒ぎを覚えた。

”自分達は、とんでもなく危険なことに関わろうとしているのではないだろうか?”

それは選ばれた者にのみ備わった直観、とでも言うべきか。

一方では、騎士道の教えに従えば、危難にある令嬢を救うことは、当然の行いであるとも思えた。


彼はベアトリックス伯の息子とは言え次男であり、家督は4歳上の長兄が継ぐこととなっていた。そのため騎士となって他家に仕官するか、修道僧となって司教を目指すか、いずれにせよ近々家を出て自活していかねばならない身の上だった。


彼自身は幼い頃より、王国の最高剣士チャンピオンである父親のような立派な騎士となることを夢見ていたし、父と元最高剣士という優秀な師範に仕込まれたおかげで、今では武術の腕前だけなら兄を圧倒し、父にさえ善戦できるまでに上達していた。


自信と希望に満ち溢れた青年が、騎士たらんと決断を下すのは、ごく自然な成り行きだったのかもしれない。

その決断が三人の運命を大きく揺るがし、やがて歴史をも動かすこととなろうとは夢にも思わずに。


「よし!俺たちで何とかしよう。ダニー、シンシア、お前達の呪文にゾンビや邪悪な魔道師に対抗できるものはあるのか?」

「何せ駆け出しだからな、ファイヤーボールくらいかな。俺のことは、爆炎の魔道師と呼んでくれ。」

「はいはい。私は治癒専門だから・・・ヒールくらいかな。あっ、でもバトル・ソングが歌えるわ。戦う者に勇気を与え、疲労を軽減する魔法の歌よ。」


「あの頭痛が起きる、音痴な歌のことか?」

密かに温めてきた二つ名を軽く流されたダニエルは、不服そうにシンシアを睨み付けた。

シンシアはと言えば、そんなダニエルなぞ気にも留めずに、ヘンリーに褒めてもらいたくてうずうずした様子だ。


しかし、ヘンリーはそんな二人の様子に苦笑しながら言った。

「ともかく一旦城に戻って装備を整える必要があるな。では各々準備万端整えて、1時間後に城の厩に集まろう。」

今度は肩透かしを食らったシンシアがふくれっ面をし、それを見たダニエルは幾分溜飲を下げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ