8.もし避難所生活が続き、陰謀を目撃した場合
更にいくつかの検証を行ったのち、俺は静かに館内へ戻り見張りをしながら、ゾンビの性質についての考察メモを取った。
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ゾンビ
身体能力は生前と同程度と推測。
知性はなく、学習能力も完全に喪失している。
通常時はうめき声を上げながら不規則に徘徊を続ける。
人間を目視。ゾンビ以外が発した音を聞く。肉体に衝撃を与えると興奮し、警戒状態へ移行。
警戒状態では、通常時よりも身体能力がおよそ二、三倍となり、対象に向かって一直線に向かう。
興奮対象を見失うとその場に止まり首を振って周囲を見渡す動作を繰り返し、平均五分程で通常状態へ戻る。
ゾンビ化の要因は不確定。噛まれた後に死亡?
人以外への感染は未確認。小動物には最大限警戒
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しかし、予想していたパターンの中でも本当に典型的な、映画によくいるタイプで良かった。
もしも、知性のあるタイプならまだしも、飛んだり跳ねたりするタイプだと間違いなく死んでいただろう。
これなら何とかなるかもしれない。
そんな事を考え、しばらくの間考察をメモし続けた。
五日目、午前四時二十分
「ふゎ……おはよう、ございます……」
「おはよう比嘉さん」
交代の時間になっても中々起きて来ないので、どうしようか悩んでいた所でようやく比嘉さんが目を覚ましてくれた。
最初の爆発から五日が経った。
この数日間は、ゾンビの侵入も無く全くの平和……という訳ではなく、小さな喧嘩は何度もあった。
突然始まった不便な共同生活。プライベートな時間がほとんどない上、皆が皆気の許せる友というわけではない。
当然の事だ。
しかし、その度に長井生徒会長が解決するというお決まりのパターンが出来ていた。
意外にも図太いのか、比嘉さんは全く気にしていなかった。
「お腹、空きましたね」
「そうだな」
「せめてもう少し乾パンの量が多ければ良いんですけどね」
「昨日は食べ飽きたー。なんて言ってたのに?」
「そ、それとこれとは話が別ですっ!」
この体育館に備蓄されていたのはおよそ五日分。
長井会長はこれで百人を一週間以上持たせると言っていたが、乾パンをポケットに入れて叩いて二つに増やす。なんて魔法がある訳無く、当然行ったのは食事量の制限だ。
一日一缶と半分。水に関しては可能な限り水道水を使う事でまだ余裕があるが、昨日の停電を考えると時間の問題だろう。
それよりも気掛かりなのは長井生徒会長についてだ。
「なぁ、比嘉さん。長井会長についてどう思う?」
「長井会長ですか……うーん、みんなのリーダーという感じですね。いつも皆さんのために動いてますし」
「そうか」
確かに普通に見れば、まともなリーダーにしか見えない。
この災害より前から、生徒会長として積極的に一般生徒に耳を傾けていたし、意見も一貫していて分かりやすい。
だが
「長井会長を信じない方がいい」
「え?」
俺はそれだけ言って毛布に潜る。
最初に言っていた一週間まであと二日。
予想が正しければもうすぐ――
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同日、深夜三時頃
俺はゾンビの検証を中断して二階で侵入者が来ないか――ではなく、一階の生徒達を見張っていた。
既に電気は消え、月明かりだけが光源の館内では、いくら夜目がきいてもろくに人の動きは見えない。
それでもぼんやりと何かを待つ。
チカッ
すると、まるで夏の夜に、蛍が発光しているかの様に、暗闇の中に五、六個の小さな光が現れる。
消える光もあれば、静かに、ゆっくりと倉庫に向かう光が二つ。
その光は――――
「どこを見ている?」
突然、背後から声を掛けられる。
慌てて振り返るとそこにいたのは長井生徒会長だった。
「僕がお願いしたのはゾンビや侵入者に対して、つまり外の見張りだろ。君は今どっちを向いていた?」
月明かりに薄っすらと照らされた会長の顔は、いつもの笑顔ではなく、まるで能面の様に、人間味を感じず、普段は優しげな声もまたひどく平坦なものだった。
「すみません。でもどうしても暇だったもので、なんとなく一階の方を見ていました」
苦しい言い訳だが、他に思いつく事はない。
「そうか、確かに君には毎日見張りをして貰っている。良ければ明日からは別の生徒にお願いするけど……」
「そうですね。やっぱりこの時間帯は眠いんで、明日辺りにでも代わってもらえると助かります」
「分かった。生徒会長として必ず約束は守ろう。
それはそうと君、生徒会に興味はない?
知ってるかもしれないけど、実は体育館には生徒会が僕以外いなくてね。だから今臨時だけどメンバーを募集していて、五人は集まったんだけど最後の一人がなかなか……」
「嫌です」
話を遮る様で悪いが、ハッキリと断りを入れる。
会長は俺の返事を聞くと、僅かだが驚いた様な表情で絶句した。
「……は?
……特別に好きな役職に就いて貰っても構わない。それにここだけの話、乾パンじゃない“ちゃんとした”食べ物がある。君も食べたいだろう?」
「お断りします」
もし俺が、会長の言う通りに救助が来るまでずっと籠城していれば大丈夫。などと思っていたら生徒会に入るのも良かったかもしれない。
しかし、俺はそんな思想を持つことが出来なかった。
(せっかく僕が誘ってあげたと言うのに……)
「え?」
「いや、なんでもない。――気が変わったら何時でも言ってくれ」
会長は俺の肩を軽く叩き、一階への階段へ向かい始め、数歩進んだ所で立ち止まり、俺に向かって振り返る。
「ああそうだ、君の名前を聞いていなかった。なんて名前なのかな?」
「朝倉直希です」
「朝倉、朝倉君か、覚えておくよ」
そう言って、今度こそ会長は一階へ降りて行った。