7.もし安全が確保され、時間的余裕ができた場合
投稿遅くてホントすみませんm(_ _)m
夢を見ていた。
『直希……そろそろ時間だけどまだ準備できないの?』
お母さんの急かす声が聞こえる。
七月下旬。
今日はお父さんの仕事がひさしぶりに休みになったので、ぼくがずっと行きたいと思っていた遊園地に泊まりがけで行く事になっていた。
それなのにも関わらず、ぼくは出発する時間になっても、いまだに持っていく荷物を決められずにいた。
『えーっと、これはいる。これもいる……』
お気に入りの服。大好きなおもちゃ。お父さんの車で移動中にやるゲーム、マンガ……
全部持って行きたいけど、お父さんが昨日言っていた。『荷物はリュックに入る分だけ』というルールがあるので、選択に迫られる。
『う〜ん……』
『直希、まだ行かないのかい?』
どうしても決められずにいると、外で車の準備をしていたはずのお父さんも、ぼくの部屋の前にやってきた。
『貴方――直希がまた準備に手間取ってて、さっきから急ぐように言ってるんだけどねぇ』
『分かった、僕に任せてくれ』
お父さんは足の踏み場も無い程に散らかったぼくの部屋の中へ慎重に入り、ぼくに優しく語りかけてきた。
『直希、流石に漫画とロボットの人形はいらないんじゃないかい?』
『でも、でもこの本は車でヒマになるから読みたいし、これも大切だし盗まれたら困るから持っていきたい! 全部持っていきたいからリュックに入るだけじゃすぐ決められないよ』
『昨日も言っただろ“遊園地に泊まりがけで行く。荷物はリュックに入る分だけ”だって。どうして前もって準備しなかったんだい?』
『それに、車内でヒマならカーナビでアニメだって流せる。おもちゃもちゃんと家に鍵を掛けるから簡単に盗まれない。心配なら鍵付きの棚に入れれば大丈夫。違う?』
『……ちがわない』
確かに、お父さんの言う通りだ。
お父さんはぼくの頭を撫でながら続ける。
『そうだね。いいかい、全部は持っていけない。
状況に合わせて取捨選択。分かりやすく言えば、
何が本当に必要か選ぶことが大事なんだ。
何をすればいいのか。
何を持っておけばいいのか。
前もってそれを考えて準備しておけば、どんな時だって安心。でしょ』
『うん!』
『なら、時間は待ってくれないよ。遊園地でいっぱい遊ぶために早く持っていくものを決めよう』
強くて賢く、悪い事をしたら厳しく叱ってくれて、それでも最後はいつも優しく諭してくれる父さんが俺は大好きだった。
そんな父に教わった事は今でも一つ残らず守っている。
それでも、もしあの時に少しでも反抗していれば
父は死なずに済んだのだろうか――
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一日目、深夜一時三分。
はっ!
目を開けると、そこは体育館の二階だった。
慌てて辺りを見渡すも、起きている者は誰もおらず、寝息がうっすらと聞こえる程度でとても静かだった。
自分で深夜に見張りになったのに、呑気に居眠りしてたのがバレていない様でほっと一安心。
外を覗くと、爆心地の火は燃えるものがなくなったのか、勢いがほとんどなく、最早うっすらと赤く光っているだけだった。
「準備しておけばどんな時だって安心、か……」
消えかかった炎を眺めながら、ひとりごちる。
なら、準備が終わっていない時はどうすればいいんだ? 父さん。
時計を確認すれば一時と十二分
交代の時間までまだ三時間近くある。
が、予定してた時間を過ぎていたので、俺は事前に体育館内の倉庫から回収しておいたピンポン球の入った箱を持って、急いで二階の窓から外へ出る。
外は少し風が吹いていて肌寒かったが、むしろ目覚ましには丁度いい。
下の玄関口を見ると、バリケードを叩くのを諦めたゾンビどもがバラバラに、ふらふらとした足取りで校内を徘徊していた。
すごくゾンビっぽい
小学生レベルの感想を抱きつつ、俺は準備を進める。
ピンポン球は十五個。
実際は倉庫内にもっとあるが今回はこれで十分。
リュックから取り出したビニール紐の先端に、ピンポン球を一つ括りつけ、セロハンテープで固定する。紐は五メートル程で切っておく。
軽く振り回して、球が外れない事を確認出来たら完成。
とはいえ、コレを使うのは後にしてまずは小手調べとしよう。
俺は風で飛ばされ無い様、作ったばかりのオモチャを制服のポケットにしまい、普通のピンポン球を一つ手に取って大きく振りかぶり……
もし最悪のタイプだったら俺、死ぬのか。
瞬間、嫌な想像が頭をよぎり、恐怖に全身が駆け巡る。
だが、このまま戻ってもどの道詰んでるんだ。やるしかない。
葛藤は一瞬で終わり、俺は右手に握りしめた球を思い切り投げる。
ピンポン球は風に煽られ、狙った地点から少し外れたものの、体育館から少し離れたコンクリートの床に落下した。
コツン、コツン。
球は軽い落下音を辺りに立てる。
さぁ、どうだ?
予想通り。
ゾンビどもはうめき声をあげながら一斉にピンポン球の方へ向かう。
奴らは興奮した様子で、ピンポン球の周りをウロウロしていたが、数分ほど経つと再び別方向にふらふらと辺りを歩きはじめた。
今度はさっきよりも手前に投げると、ゾンビは体育館側へ戻ってくる。
行動もさっきと同じだ。
そこでもう一度奥へ投げた瞬間、向かい風が大きく吹いた。
球は風圧にあっけなく負け、俺の足元へ落下した。
あ、マズ――
気づいた時には遅く、足元でコツン、コツンと大きく鳴り響くピンポン球。
ゾンビの仲間入りを果たした原沢先生と目が合う。
奴らは俺に喰らい付き、仲間に加えようとするが、屋根に登ることが出来ずに支柱に全身を打ちつけるばかりだった。
俺は伏せて身を隠し、静かに待つ。
一秒、二秒、三秒……安全だとは分かっていても心臓の鼓動が早く、時間の流れが遅く感じる。
結局、先程と同じく数分ほど経つと、奴らは俺を狙うのをやめ、徘徊へ戻った。
危機が去った事が分かり、大きくため息を吐く。
さっきのミスはかなり危なかった。
万が一ゾンビが上がってくれば間違いなく“終わって”いた。
二度と同じ失敗はしないと胸に刻む。
とはいえ、結果的に奴らの対処法が分かってきた。
ここまで来れないと分かってる以上、もう恐怖はない。俺は体育館から離れようとしている“元”原沢先生に、先程作ったビニール紐付きピンポンを直接投げつける。
球が先生の後頭部にぶつかった瞬間、左手で紐を思い切り引いて球を回収。即座に隠れる。
先生は一瞬興奮状態になり、首を振って辺りを見回す。
数分ほど経つと興奮状態が収まり、また徘徊を始めた。
何度か同じ事を繰り返しても、先生は学習する事なく、辺りを見回すのみ
「バリケードを作った時点で予想はしてたが、やはりAタイプか。運がいい」