6.もし避難所生活が続き、不満が溜まってきたら
あの日から朝倉さんは毎晩、みんなが寝静まってから決まって一時間程度、こっそりと窓から屋根へ出て、今度はゾンビ達にビニール紐を括り付けたボールを投げつけている様でした。
ストレス発散でしょうか? 彼に直接声を掛けようかと思いましたが、ボールを投げている時の顔が、いつものぼんやりとした表情とは違って、少し怖かったので何も言わずに静かに自分の毛布まで戻りました。
――五日後――
この体育館に籠城を始めてからもう五日が経ちました。
「おいクソ教師! いい加減乾パン以外食わせろよ!」
「そうだそうだ! どうせお前ら大人だけちゃんとした食い物倉庫に隠して食ってるんだろ!」
「皆さん! 落ち着いて話を……」
「校長のハゲは黙ってろよ。どうせお前が一番いいもん食ってんだろデブが」
現在、体育館内では、山田さんを主体として暴動が起きてました。
騒音が得意ではない私は、生徒たちの声に耐えきれず隅で毛布を被り耳を塞いでいます。
一体なんでこんな事になってしまったのか……
思い返せば、最初の二日間は外部からの侵入も無く、徐々に全体の雰囲気も明るくなってきていました。
空になったペットボトルをピンに見立ててボウリングをしたり、騒々しくも楽しげに鬼ごっこをする人達も現れ始めました。
しかし問題は四日目。
夕方の食料配給も終わり、ぽりぽりと徐々に飽き始めた乾パンを食べ始めていた頃。
突然、体育館が真っ暗になりました。
急いで教師陣が照明の電源に向かいますが、何度オンオフを繰り返しても、照明は光を発しません。
同時にコンセントで充電中のスマホ達も通電が止まり、スリープ状態が解除され、暗闇の中で唯一光を放っていました。
スマホのライトを振り回して騒いでる人達の中
朝倉さんはさも当然かの様にカバンから取り出した懐中電灯で、水の入ったペットボトルを照らして即席のランタン※1 を作って食事を再開していました。
五日目。
乾パンに対して不満を漏らす人や、スマホの充電が切れ、声を上げて泣き始めた女子生徒達から目を逸らし、お手洗いに向かいます。
お花を摘み終わり、レバーを“小”の方に回す。
カタカタと音はなるものの、一向に水が流れません。
今度は逆に、“大”の方へレバーを回しますが変わらず。
私は急に嫌な予感がして、何度もレバーを動かしました。
けれど、水は流れず、レバーの操作音だけが個室内に響きます。
そういえば、トイレは背中側のタンクから水が流れる事を思い出し、意を決してタンク上部の蓋を外し、中を見ます。
そこには予感通り、水が少しも入っていませんでした。
断水している事に皆が気づくのはそれから数十分も掛かりませんでした。
幸い、飲料水は倉庫の分で最低限賄えますが、水道水が使えなくなった事でトイレの個室を一つ潰し、ホースなどを加工して作った簡易的なシャワーが使えなくなり、特に女子生徒達から不満の声が上がりました。
お手洗いに関しては、倉庫内に災害用トイレセットがあったので問題ないのですが、断水が発覚するまでにされたものの処理に悩む事になりました。
でも、朝倉さんはそれも知っていたような顔で、あらかじめ貯めていたバケツの水を使ってその……流してくれました。※2
そして、今日。
朝の食料配給の時間に、事件は起きた。
山田さんが突然壇上に上がり、叫んだ。
教師連中はまともでちゃんとした食べ物を隠してる。と
それと同時に、ポケットから個包装されているタイプのチョコ菓子を取り出して
これは倉庫で見つけた、他にも色々ある。と続けて言いました。
雑談をしていた生徒達も、これを聞いて皆静かになりました。
――ふざけんな
短い間の沈黙を破ったのは、ひとりの女子生徒の言葉でした。
それに続き、不満が爆発したのか皆思い思いの言葉を叫び始めました。
「大人ばかり卑怯だぞ!」「せめて乾パン以外を食わせろよ!」
確かに六日間、三食すべてが乾パン。
その上、数日前からは一日でも長く持つようにと一回の食事量を減らすように指示されていた。空腹とはいえ正直もう食べたくはないです。
水分をたくさん取って誤魔化そうにも、もう水道は使えません。身体も洗えなくて、汗ですごく不快です。
気を紛らそうにも、百人が寝泊まりして、少し手狭な体育館では体を動かす遊びは出来ず、現代人らしくスマホを触ろうにももはや充電をすることは叶いません。
それに共同生活での小さなストレスも積み重なり、ある種この暴動は必然だったのでしょう。
山田さんは扇動を続け、声も次第に大きくなっていき、とうとう先生に掴み掛かろうとする人まで現れ始めました。
「みんな聞いてくれ!」
と、そこに生徒会長が壇上に現れました。
この六日間、彼はみんなの不満を聞き入れたり、配給量の説明などを分かりやすくしてくれていました。
そんな彼の声を聞いて、騒いでいた生徒達も一旦は叫び声を止めてくれました。
「山田くん。それは本当に倉庫から見つけたのかい?」
「あ、ああ。確かに倉庫で見つけた物だ。まさかこんな物があるとはな、あやしいと思って忍び込んで正解だったぜ」
「本当に忍び込めたのかい? 完全に密室な上、唯一の鍵は僕が管理しているのに?」
山田さんは目を逸らして何か言おうとしますが、うまく言葉に出来なさそうです。
彼は少し考え込む様な仕草を見せた後、急に声を荒げ始めました。
「は? だから何だよ、どうでもいいだろそんな事! うっせぇんじゃ!」
逆ギレ。誰がどう見てもそう見えるでしょう。
その後、数分ほど山田さんによる一方的な発言が続きましたが、生徒会長は静かにそれを聞き入れていました。
そうするうちに、罵倒のレパートリーが尽きたのか山田さんは喋るのを止め、会長を睨みつけました。
山田さんが静かになったのを見ると、生徒会長はようやく喋り始めました。
「君の言い分は分かった。それに気持ちもすごく分かるよ。本当はただ鬱憤を晴らしたかったんだろう。
それで自分が隠し持っていた食べ物を使って、先生達に嫌がらせを仕掛けたんだ」
山田さんはとても言いづらそうな表情で、小さく「……ああ」と呟いた。
「確かに倉庫の在庫は、生徒会長である僕と先生方しか見ることが出来ない状態だ。
これは校長先生が、生徒を不安にさせない様にと考えてくださった結果だが、僕にも考えが足りなかった。申し訳ない。
今後は、皆が見れるようにして、出来る限り状況を説明するようにする。だからそれで今回は矛を収めてくれないか? 山田くん」
「……分かった。悪いのは俺だしな」
「みんなも、嫌な事。不安なことがあったら、抱え込まずに僕に相談してほしい。
僕は生徒会長としてみんなの事を第一に考えてるつもりだ。だからこれからも、食べ物の事や、その他維持行為を僕に任せてくれ!」
会長はこちらを向いて、深々と頭を下げた。
パチパチパチパチ――
誰が始めたのか、ここに来て何度目かの拍手。
流石私たちの生徒会長。彼がいれば、どんな暴動もその話術でなんとかしてくれるだろう。
ドンっ!
拍手の音に少し紛れていましたが、確かに玄関口の方から何か大きな物音がしました。
まさかバリケードが破られた?
一瞬のうちに嫌な想像が湧き上がる。
それは全員同じで、みんな一斉に振り返るとそこにいたのはゾンビでは無く、そこには朝倉さんがいました。
そういえば、今日は見張りの交代の時以降、朝倉さんの姿を見ていません。
彼は目の前に落ちているダンボール箱を拾い上げ、こちらに向かってきました。
箱はずいぶんとボロボロで、ところどころ赤い液体か何かで赤黒く変色しています。
「“ちゃんとした”食料、持ってきたぞ」
彼は生徒陣の中心に立ち、ダンボールを床に置いて中身を取り出しました。
中から出てきた物は、私たちが今、一番欲していた――
――カレーライス
でした。
後書き
※1.水の入ったペットボトルを懐中電灯や、スマホライトで照らす事で、光が乱反射して即席のランタンが作れる。
警視庁警備部災害対策課のツイート
https://twitter.com/mpd_bousai/status/836797698321887232?s=21
※2.TOTO Q&A断水時のトイレの流し方は?
https://qa.toto.jp/faq_detail.htm?id=83589&category=1750&page=1