4.もし避難所に逃げ込み、そこにゾンビが向かってきた場合
「きゃああああああぁあああ!」「ゾ、ゾンビだあああ!」
情報を咀嚼し終え、現実に戻ってきた生徒達は一様に悲鳴をあげた。
現状を把握して恐怖に呑まれるのはまぁ、いい。それは正常な反応だからだ。
だが、今はマズい。
現在、二階の窓は爆発の衝撃でほとんどのガラスが砕けている。
ゾンビと体育館には多少距離があるものの、当然悲鳴は外に漏れ出ているわけで――
ゾンビ達は外にいた教師陣を全て仲間に加え、ゆっくりと体育館へ向かってくる。
……このままだと侵入されるのは時間の問題だな。
俺は小さく呟き、扉を塞ごうと行動を開始――
「おい、このままじゃ入られる! 入り口を塞ぐんだ!」
と、俺のすぐ隣で大きな声で指示を出す男がいた。
三年生だろうか? 一、二年生よりも大人びた雰囲気を持ち、優しげだが力強い声で、冷静に下に居る生徒達に指示を送っている。
その声に落ち着きを取り戻した生徒達は、ゾンビが入ってこない様扉を押さえ、その間に体育館内の倉庫から持ってきたとび箱等で即席バリケードを完成させたのだった。
――――――――――――――――――――
六時四十五分
最初の爆発から一時間が経過
普段なら辺りは暗闇に染まり、学校は一部の部屋を除いて消灯される時間帯。
しかし、外では爆発で起きた火災は今も続いているようで、まるで花火大会の日みたいな不思議で、少し不安になる明るさが続いていた。
バン! バンバン!
打ち上げ花火ではなく、ゾンビ達がバリケードを叩く音がBGMに響くが、体育館内では緊急事態を乗り切った事ですっかり穏やかな空気になっている。
スマホを取り出してSNSを開く人、お互いを慰め合う二人組、果ては神経が図太いのかマットを敷いて寝始める者までいた。
俺は館内の隅っこに座り、本を読みながら先程の出来事を思い返していた。
……三十分前。
即席だが、ゾンビの体当たりをものともしない程度のバリケードを完成させた後。
俺たちは中央に集まり、さっきの男――生徒会長の長井 和久――の指示通り点呼を取っていた。
一年生:五十一名。
二年生:二十三名。
三年生:十五名。
教師:三名。清掃員一名。
計:九十三名。
全安高校には約五百名が在籍していたので、およそ五分の四は既に学校を出ていたので安否は不明だ。
友人は全員ここにいなかった。
SNSにメッセージを送ったものの、返答が無いため彼らの無事は祈るしかない。
教師は先の一件で五名が亡くなり、うち四人がゾンビ達の仲間入りを果たした。
体育館に残っていたのは校長と国語科の女性教師、理科の男性教師、清掃のお爺さんの4名のみだった。
点呼が終わり、人数の確認が出来たところで次の問題は今後についてだった。
現在、電話は繋がらなくなっていたが※1、各インフラは停止しておらずネットも辛うじて生きている。
そこでSNSで救助を要請して※2、助けが来るまでここに籠城するという運びとなった。
当然、家に帰りたいという声も上がったがゾンビ達のうめき声が聴こえると、すぐにそれも無くなった。
「救助はきっとすぐに来る! それまで我慢しよう!」
と長井が締めくくり、一旦は自由時間となった。
……現在。
本を読み続けていると、隣でスマホを操作していた比嘉さんがホッとため息をついた。
「家族と連絡取れた?」
「はい、みんな市役所の方に避難できたみたいです」
彼女はとても嬉しそうに、だけど控えめな笑顔でそう答えた。
「よかったな」
家族の無事を喜ぶ彼女を横目に、俺はそれを見て、そう答えることしか出来なかった。
…………
特にこれ以上話す事が思いつかなかったし、読みたい所も終わったので本をポケットに仕舞い、無言でボーッと天井を眺める。
あ、バスケのボール発見。
「……」
「……」
「……救助は」
比嘉さんは沈黙に耐えられなかったのか、急に話し掛けてきた。
「救助は……いつ、来るんでしょうか?」
「……ネットニュースによると、爆発は桂琴町だけじゃなく日本各地で起きているらしい。アレ、もな」
俺は体育館入り口を指差す。
彼らは音に反応して、今もバリケードを叩き続けていた。
「それじゃあ救助は」
「さぁな、情報が少ないからなんとも言えないが、多分最低でも一週間。いや、一ヶ月は来ないだろうな」
「なんで、なんでそんな事が分かるんですか? ニュースでは既に自衛隊による救助が始まってるって……」
比嘉さんは眉を顰め、少し声を荒げつつ聞いてくる。
彼女の疑問はもっともで、心情も手に取る様に分かる。
自分がこんなに危険な目に遭ってるんだ、ニュースでも救助を始めてると書いてたし、きっとすぐ助かるはず。
それなのになんでこの人はそんな事を言うんだろう。
大体こんな感じだろう。
だが
「確かに救助はもう始まってる。
それにここは東京だ。人口が多いし国にとっても重要な施設も多い、間違いなく優先して助けに来る」
「だったら、」
「だけど、ここは都心部からはすこし距離がある。
東京と一括りに言ってもかなりの広さだし要人救助のついでに、という訳にもいかない。
それに、さっきも言っただろ。爆発やゾンビの発生は全国で起きてる。都会なら特に。
全国民を救助する余裕なんてあるはず無い」
「そんな……」
…………俺が一通り説明し終えると、彼女はそこから何も言わなくなった。
俺も何も言わなかった。
少し、言い過ぎたかもしれない。
精神衛生的にも、今はポジティブな事を言って話題を逸らした方が良かっただろう。
しかし、なんとなくだが、比嘉さんにはそうやって誤魔化す事はあまりしたくなかった。
爆発の時は平然と嘘をついたはずなのに。なんだか変な気分だ。
数分ほどモヤモヤとした気持ちのままいると、比嘉さんは静かに呟いた。
「……お腹、空きましたね」
「そうだな」
「そういえばご飯ってどうなるんでしょうか?」
俺は腕時計を確認する。
秒針は六時五十七分一秒を指していた。夕食の時間にはちょうどいい時間帯だ。
俺の予想が正しければもうすぐ――
『みんな集まってくれ!』
――来たな。
予想が当たった事にほんの少しだけ嬉しくなる。
「行こう比嘉さん。多分その飯についてだ」
制服ブレザーのポケットに手を入れ、中にある本の感触を確かめながら、俺たちは立ち上がり体育館の中央に向かった。
※1.
・災害発生時、多くの人が家族などの安否確認のために一斉に電話をかけるので回線が混雑する。
・回線の混雑を予測して一般通話の回線を絞り、緊急通報に繋がりやすくする。
・災害で基地局やケーブルがダメになり、電波が届かなくなる。
※2.通信量が少なく、比較的繋がりやすいネット回線のSNSを使って救助を要請する。
実際の災害時も、Twitterで「#救助」「#救助要請」などの書き込みが多くされた。
(実際にはあまり役に立たなかったとの情報もありますが、それを鵜呑みにして電話が通じなかった時に何もしないのも良くないと私は思います。
本当に緊急事態なら、使える物は何でも使いましょう)
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