40.もし人を殺めてしまった場合
連続更新5話目です。十万が一最新話から飛んできてる場合はご注意下さい。
「――ナオ、おいナオ!」
アキに腕を掴まれ、俺は我に返る。
金槌を握っている右手は総長の血が滴っていて、全力で殴打を繰り返したせいか少し痺れていた。
総長の頭部は原型を留めておらず、辺りに血と肉片が飛び散っている。
「ナオ! 何やってんだよ! 千春の母ちゃんが出来るだけ死傷者を減らしたいって言ってたろ」
「そ、そうだけど……くそっ……」
俺は総長だったものから降りて、頭を抱える。
半ば強引に防衛戦の指揮を任され、いくつかの作戦を立てた俺は、市役所内にいる方たちの協力もあって奴らが来る時間までに準備を整えた。
その甲斐もあって、作戦は見事に成功した。
面白いくらいにこちらの読み通りに“八咫烏”共が動いていくのは見ていて痛快だった。
やつらを全員無力化した後、複数人で奴らを拘束していた。
だが総長の言葉に俺はつい、カッとなってしまったのだ。
「くそっ……まだ人を殺したくはなかったんだ……」
元々投石で死人が出る可能性があると言っていたが、この大勢の“穏健派”が見ている中で抵抗できない相手を一方的に撲殺するのは、悪印象を持たれかねない。
現に周りの人たちも、俺の行為を見て呆気に取られている。
こうなってしまってはこれ以上ここに居られない。彼らは倫理違反をした異物の存在を認めはしないだろう。
(出来ればもう少しここに滞在したかったんだけどなぁ……)
「おやおや、初めて生きた人を殺したというのに自分の損得しか考えていないとはずいぶん薄情――いや、キミ風に言えば素質があるようだね」
宵櫻さんはいつものように突然背後から現れる。だが、今回は比嘉さんもその後ろについて来ていたので登場に驚くことはなかった。
「いや、俺も流石にゾンビとは違って……」
――人を殺すのは恐ろしい。
そう言おうとしたが、ふと自分が何も感じていない事を自覚して言葉に詰まる。
ゾンビの時もそうだった。罪悪感もない、ただ邪魔な存在を排除しただけ。
だが、今回は違う。
あくまで動く死体であるゾンビとは異なり、明確に意思を持った生き物を殺傷してしまった。
いずれ、生き残るためには必要だと分かっていたし、覚悟もしていた。
だが、自分がこれ程までに何も感じないとは思わなかった。
「どうやら気付いてなかったんだね。
言っとくけど大抵の人は、いまだにゾンビを倒す事すら出来ないんだよ。
だから安全圏を増やそうともしないし、外に出たがらない」
言われてみればそうだ。
学校にいた連中も、初めてゾンビを倒した時は皆少なからず動揺していた。
初めから躊躇なくゾンビの頭蓋を割れる様な俺が、人間相手でも変わらないのはある意味当然とも言えるだろう。
「まぁ良いんじゃないかい? そういう“素質”を持ってる人は意外と多い。選べる選択肢が多いのはキミにとっても損はないはずさ」
「こいつは何人も殺してる様な悪い敵だろ。それに相手が殺そうとして来たんならやり返すのは当然じゃないか?
でも流石にそこまでグロい殺り方はどうかと思うけど……って脳みそ踏んじまった! キモっ」
宵櫻さんとアキは俺を励ます様にそう言った。
確かに、この新しい世界で生き残るには、躊躇しない事が重要だ。
かと言って、出会うもの全て殺せば良いという訳ではないが、今回みたくこちらを害そうとする“無法者”が相手なら、容赦する必要はないだろう。
「気持ちの整理がついた様だね。ほら、立ちたまえ」
宵櫻さんは俺に手を差し伸べる。
俺は迷う事なく右手でそれを掴んだ。




