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39.狩られる者

連続更新4話目です。万が一最新話から飛んできてる場合はご注意下さい。


 別働隊の数名を除いて、ほぼ全員で城門の前までやってきた“八咫烏”。

 その目的は避難民の集まる市役所を乗っ取ってチームの拠点とするために他ならなかった。


「なんか変だな……静かすぎねぇか?」


 男は一人、違和感を覚える。

 昨日、確かに中にいる奴らに市役所を立ち退く様に警告をした。

 

 だが、あれほどの大所帯でここを出るにはリスクが高過ぎる。

 男もそれは理解はしていたが、無傷で楽にここを手に入れるには僅かな可能性でも試す必要があった。


 そして実際つい先ほどまで彼らは未だここに立て篭っているという情報も得ている。


(俺たちにビビって息を殺してるだけか? いや、何かがおかしい……まさかあの妙なコートの女が何かやってるとか? 考えろ、考えろ俺――)


 男は足りない頭を必死に回転させて考え始める。これはなんらかの罠ではないのか? 念のため一旦退くべきか……。

 だが結論に至る前に、その思考は城壁の内側からの声によって遮られた。


『薄汚い()()()()。聞こえるか?』


 男にとって聞き覚えのない声が拡声器を通して上の方から聞こえる。


 見上げれば、城壁に昨日までなかったはずの覗き窓の様なものが開いていた。

 そこには黒いライダースジャケットを着た高校生程度の少年が、拡声器を持ってこちらを見下ろしていた。


『誰だテメェは? 俺たちゃここの代表と話をしにきたんだわ。ガキは引っ込んでな』


『なら話が早い。俺が新代表の……あー、()()()()()()()だ。短い間だがよろしく』


『は? テメェ頭沸いてんの……あーはいはい、分かったよ。よろしくな』


 男はどうやら茶番に乗る様にした様だ。


 (()()が来るまで、このガキで暇つぶしすっか)


『えっ? マジか……そ、そうだな。よろしく頼むよ。それで、お前たちは何をしに来たんだ?』


 ジャケットの少年はまさか男が乗ってくるとは思っていなかったのか、明らかに動揺していたがなんとか持ち直して質問をする。


『おいおい、前代表から聞いてねぇのか? 本当に最後のチャンスだ。

 今すぐここを出ていくなら命までは取らねぇでおいてやる。だがそうやって立て篭もるようなら……分かってんだろうな?』


(女の代表には即拒否られてたが、このガキならワンチャンあるかもしれねぇ)


 男にとってもこれが無血開城出来る最後のチャンスだった。

 当然男は自分が負けるとは少しも思っていなかったが、楽な方法があるならそれに越した事はない。


『出て行かなかったらどうなるんだ? 逆に言わせてもらおうか――今すぐ立ち去って二度とここへは近づくな。さもないと……後悔する事になるぞ。()()()()()()


 ――ゴミ親からはクズの子供しか生まれないのね。

  ――君みたいな社会のクズがここで働けると思っているのかね?

 ――クズ野郎が、とっとと死んじまえ!


 クズ、屑、くず。社会の屑。


 幾度となく言われた言葉が、男の脳内を乱反射する。


『ハッ! どう後悔させるってんだよ。

 テメェらみたいな雑魚が! 安全な場所でそうやって見下す事しか出来ねぇのによ!』


 男は怒りのままに持っていた金槌を少年に向かって投げる。

 男の能力(スキル)――他者へ与える恐怖の増幅と、それを吸収して自身の身体能力を向上させる力――によって強化された膂力は、バイクに跨った不安定な姿勢にも関わらず、プロ野球選手もかくやといった速度とコントロールで少年の頭に迫る。


 当たれば命を落としかねないというのに、少年は頭を僅かに動かす。

 後数センチで直撃というところで、金槌は彼の右耳を掠めて背後の壁に突き刺さった。


『そうか、それがお前の答えなんだな。なら好きなだけ味合わせてやるよ――()()()!』


 突如、“八咫烏”の背後でとてつもない轟音が鳴り響く。

 いっせいに振り向けば、そこには来る時に通った筈の道路が砂埃で見えなくなっていた。

 

『スリング!』


「ぎゃ⁉︎」


 男の横にいた女性が悲鳴をあげ、バイクから転倒する。

 女性は頭から血を流しており、そしてその近くには血の付いた拳大の石が転がってるのが見えた。


「ウソだろ?――」

 

 数十、数百の石が、城壁から放物線を描いて“八咫烏”の頭上に降り注ぐ。


「ッ――一旦引くぞ!」


 男は早々に一時退却を指示する。


 男にしては賢明な判断だった。

 城壁を超える高さから落下してくる石が一発でも直撃すれば、まず行動不能になる。


 例えヘルメットを被っていたとしても、当たりどころが悪ければ死んでしまうだろう。


 即座にバイクをターンさせ、砂埃を突っ切って進もうとするが、先頭のメンバーが叫んだ事でブレーキを引かざるを得なかった。


「道が塞がれてる、出られねぇ!」


 砂埃が晴れ始め、ようやく見えた道は、瓦礫で塞がれていた。

 さっきの轟音と砂埃はこれが原因だったのだ。


「なにっ! 他の道は⁉︎」


 男はすぐに別ルートへ逃げようとするが――


「なんで気付かなかったんだ⁉︎ 道が全部塞がれてるじゃねぇか!」


 ゴッ! パァン!

 統率は既に意味をなしておらず、“八咫烏”たちは行き場をなくし、右往左往と逃げ惑う。

 だが、遮蔽物のない袋小路でいつまでも運が続くはずもなく、一人、また一人と身体に当たって倒れていく。


 男は、ここに至ってようやく自身が罠にかかった事を悟り、投石に当たって気を失うまで、無表情でこちらを高所から見下ろしてくる少年を睨み続けた。


――――――――――――――――――――


「死者が一人もいないなんて、運がいいじゃないか」


「ぅぐ……クソ、が」


 男は目が覚めると、まず自分の手足が縛られている事に気付いた。

 かなり強固に縛っている様で、男の強化された膂力でも解くことも引き千切る事も出来なかった。


 場所は変わっていない。周りでは男と同じ様に倒れている“八咫烏”が市役所の者たちによって縛られていた。

 気絶してからそこまで経っていない事が分かったが、今の男にとってはそんな事はどうでも良かった。


「クソがァァァ! ガキッ! よくもやりやがったな!クソガキィ!」


 雑魚のくせに自分を罠に嵌め、一瞬で“八咫烏”を壊滅させた自称、新代表の少年。

 彼は先程と変わらず無表情で男を見下していた。


 男はこの少年が憎くて仕方がなかった。

 自分がかつてして来た事、しようとしていた事。その全てを棚に上げ、思いつく限りの罵詈雑言で少年を罵る。


「語彙が少ないな。もっと本を読んだ方がいいぞ」


 少年には全く効いておらず、逆に煽られる結果となった。

 男は怒りのあまり頭の血管が切れそうになりながらも、迫真の表情で少年を睨みつける。


「おー怖い怖い……なんて言うとでも? この状況でお前の事なんてこれっぽっちも恐ろしくない」


「クソがッほざいてろ! どうせテメェらは終わりだ!――」


「はぁ、もういいよ。お前らの処遇は暁美さんに任せる」

 

 少年は止まらない暴言にうんざりした様で、男に背を向けて歩き始める。


「――ガキが……ツラは覚えたぞ! 絶対に許さねェ! テメェもテメェの()()も全員ぶっ殺してやっから覚悟しろよクソが!」


 負け犬の遠吠え。本来なら取るに足らない暴言だと一蹴して無視した筈の少年だったが、男は運悪く致命的な言葉を選んでしまった。


「今、なんて言った?」


 少年は立ち止まり、振り返らずに男へ聞き返す。


「あ? 何度でも言ってやるよ! テメェの事は絶対忘れねぇからな。テメェの大事なものを全て奪った後、痛めつけてからぶっ殺してやる――ッ!」


「そうか」


 少年が振り返る。

 彼の手には、いつのまにか男が投げた金槌が握られていた。

 あっという間に馬乗りになった少年は、男のヘルメットを引き剥がす。


「――()るか、()られるか。だもんな」


「――ナオ、待て!」


 遠くから聞こえる静止の声を無視して、少年は無防備な後頭部に思い切り金槌を振り下ろす――。




 男には野望があった。

 それは自分の存在を誰かに認めてもらう事――。

 

 【()るか、()られるか】

 そんな単純な弱肉強食だけが倫理(ルール)の世界でしか認めてもらえないと思い込み、既に叶っていた願いすら自らの手で壊した男の最期は、実に呆気ないものだった。

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