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38.狩る者

連続更新3話目です。千が一最新話から飛んできてる場合はご注意下さい。

 

 時は少し戻り、数時間前。


 市役所から数キロ程離れた小さな町工場。

 ここは所謂(いわゆる)ブラック工場と呼ばれる会社であり、経営者は従業員に低賃金で労働基準法を超えた勤務時間を強いていた。


 作業員たちは過酷な労働に呻いていたが、パンデミックによって経営者共々呻き声を上げるだけの存在と化していた。


 建物自体も先日の大地震で一部倒壊を起こしていたが、ほとんどの部分は運良く亀裂が入ったりする程度で済んでいた。


「総長、そろそろ時間っス」


 工場内にある執務室の質の悪いソファに腰掛けている()()と呼ばれた男は、気怠げに立ち上がった。


「うっし……今日もやるべ」


 男はハンガーラックに掛けられた特攻服を羽織ると、ポケットからバイクの鍵を取り出した。


――――――――――――――――――――


 男は“八咫烏”六代目の総長であった。

 

 “八咫烏”はもともと狂走族ブームの到来とされる七十年ごろに誕生した歴史あるチームだ。

 創設当初は、各地で生まれ始めていた暴走族の中でも比較的穏健派で、他グループとの抗争を行わず、あくまで縄張りの範囲のみでの走行を楽しむだけだった。


 だが、周りのチームが解散し始め、暴走族自体も時代遅れのものになってきた頃。

 メンバーの高齢化が進んでメンバーが減り、五代目総長も病によって引退した事でいよいよ解散かという雰囲気が流れていた。


 その時、一人の男が手を挙げた。

 男は何処にでもいるような不良少年だった。


 男はチームの中でも最年少という事もあり、先輩たちに文字通り大変可愛がられていたため、誰も総長の立候補に反対する事はなかった。


 だが、それは大きな間違いだった。

 

 男は大きな野望を抱いていた。

 それは、家庭環境だけで劣等生のレッテルを貼りつける学校。

 それは、容姿だけでクズだと決めつけるクラスメイトたち。

 それは、小さな過ち一つで悪人だと罵る大人たち。

 それは、話を聞きもせずに否定にかかる社会。


 男は大きな野望を抱いていた。

 一方的に奪ってくるこの世界の全てへ。

 そして自分の存在を受け入れようともしない倫理(ルール)への復讐を。


 その為なら、唯一自分を認めてくれていた仲間を裏切る事も、食事に毒を混ぜる事も厭わなかった。


 総長の座を手に入れた男は、どんな手を使ってでもチームを大きくした。

 かつての仲間は何度も男を止めようとしたが、男がその手を汚さない日はなかった。

 

 やられたらやり返す。

 もっともっと、誰にも止められない程にチームを大きくして、この世界全てを破壊し尽くす。

 そして残った残骸の上で、自分の様な()()()()()でも受け入れてくれる新たな倫理(ルール)を作る。


 荒唐無稽な野望。

 だが、何も得る事が出来なかった男にとっては、それが全てだった。

 

 そんなある時、爆発が起きた事で、本来叶うはずもない野望は男が描いていたよりもずっと早く実現する事となった。


――――――――――――――――――――


 市役所への()()()()を告げ、八咫烏の臨時拠点である工場に戻ってきた男たち。


 男は戻って早々執務室のソファの上で横になる。


「あの、総長……」


 男はやる事もなかったので目を閉じていると、部下の一人が話しかけた。


「あ? なんだ?」


「いえ、その……ホントにやるんスカ?」


 目を開けて相手を見れば、“八咫烏”の中でも新参者の女がいた。

 

 彼女もある種テンプレ通りの人生を送っており、不良に憧れて“八咫烏”に入ったものの、現代の倫理(ルール)に適応して生きてきた彼女にとっては、六代目総長率いる新生“八咫烏”の想像を絶する悪行を受け入れられずにいた。


「当然だろうが。お前もいつまでも天井に穴の空いたここで暮らしてーのかよ?」


「それは嫌っスけど……」

 

「まぁアイツらが抵抗してきたら、あの壁に()()()()が空いちまうのはダリィよな」


 パンデミックによって家も家族も失った彼女にとって“八咫烏”は唯一の居場所だった。

 だが、善良な一般人を追い出してそこに住むなど、少女は耐えられなかった。

 

 受け入れる事も、逃げる事も出来ない。彼女は息すら詰まってしまいそうな気分だった。

 

「あの――やっぱりあーし、この作戦嫌っス……そもそも上手いこと()()出来るかも分かんねーし、それにあそこには何十人も――ッ!」


 そんな彼女は、ついに勇気を振り絞って言葉を発する。だが、それも総長の鋭い眼光が目の前に迫り、止まってしまう。

 恐怖心が全身を滅茶苦茶に圧迫して、ついには呼吸すら出来なくなる。


 このままでは窒息する――という寸前でフッと恐怖心が立ち消える。


「で、何て? もっかい言ってみろよ」


「なんでも……ない、です……」


 過呼吸気味の呼吸を繰り返したのち、彼女は自身の蛮勇を悔いた。

 恐怖という鎖で全身を縛られた以上、もう二度と反論を口に出すことはないだろう。


「俺はもう寝る。アイツらにも明日に備えるように言っとけよ」


 「はい……」


――――――――――――――――――――


 翌日の夕方。

 

 あるものは武器の具合を確かめたり。

 あるものはバイクの整備をおこない。

 またあるものは、チャック付きの袋からおもむろに錠剤を取り出して震える手で一錠取り出して飲み込む。


 “八咫烏”のメンバーは総長の男を除いて皆、緊張した様子で、斥候が帰ってくるのを待っていた。


 永遠にも感じられる待機時間は、外から聞こえた一台のエンジン音で終わりを迎えた。

 

「総長! お疲れ様です。総長が言った通り、アイツらはまだ壁の中にいます!」


 市役所の様子を見に行った彼は、見たままを報告する。

 それを聞いた男は立ち上がって壁掛け時計を見る。

 昨日警告を告げてから二十四時間が経とうとしていた。


「そうか……うっし、そろそろ時間だな。

 お前ら! 気合い入れていけ! 上手くいけば今夜は市役所の中で酒を飲みまくれっぞー!」


「ウッス!」


 総長の言葉を皮切りに、“八咫烏”の面々は戦闘準備を整えてバイクに跨る。

 

「おい岩井! ()()の誘導はテメェに掛かってる。必ず市役所まで来い! もしミスったりしたらぶっ殺すぞ! いいな!」


「はい!」


 岩井と呼ばれた彼は、軽快に返事をした。

 男も、フルフェイスのヘルメットを被り、バイクのスロットルを開く。

 耳が痛くなるほどに重厚で騒がしい音が辺りに響き渡る。


「行くぞテメェら!」


 総長の合図とともに、“八咫烏”はいっせいに走り出す。

 それが人生最後の走行とも知らずに――

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