37.もし敵を迎え撃つ場合
連続更新2話目です。百が一最新話から飛んできてる場合はご注意下さい。
『メモ 生存者の分類。
災害によって、文明社会の維持が困難となった場合、生存者は大きく三つのタイプに分かれる。
穏健派
彼らは以前までの生活を維持(あるいは取り戻そうと)するために、集団となって一定の場所で生活を行う。
かつての世界を忘れられない彼らは、現代社会に近しい倫理を有しており、集団心理によって比較的温厚な態度を取るが、決して無抵抗でも、完全平和主義でもない。
彼らは、自身と自身が暮らす場所を守るために、武器を持つことだって厭わないだろう。
放浪者
どこにも属する事はなく個人、もしくは少人数で定住の地が見つかるまで歩みを止める事はない。
穏健派と違い、“終わった世界”の倫理に縛られる事は無いが、無意味に破る事もしない。
穏健派と無法者のどちらにも染まる事も、染まらない事も出来る無垢なる存在。
無法者
かつての文明で培われた倫理を捨て去り、新しい世界を受け入れた者たち。
彼らは新たな信念――“自身の生存”を最優先に考え、それ以外の全てを障害と見做す。
単純ゆえに明確で、考える必要もない。文明社会に馴染めなかった者たちの集まり。
文明社会が復興するか、人類が完全に絶滅するまで穏健派や放浪者にとって、無法者の脅威が消えることはない。
何故なら人間は倫理に護られており、それが一度災害によって喪われてしまえば――』
「へぇ――随分面白いものを書いてるんだねぇ」
「いッ⁉︎ よ、宵櫻さん……いい加減、その急に現れるのをやめてくれませんか?」
バイカー共が去った後。
暁美さんと重役らしき大人たちは、奴らについて対策を練るために会議室へ直行していった。
宵櫻さんも是非来てほしいという事でそれについて行った。
部外者である俺たちは手持ち無沙汰になったが暁美さんが個室――と言うにはやけに広い部屋だったが――を用意してくれ、そこで休む様に言われた。
市役所内は発電機によって照明がついていたので、俺は久しぶりに“プレッパー・サバイバー”に追記しようと一人ペンを走らせていたのだが……。
毎度の様に突然気配もなく、背後に現れた宵櫻さんは俺の手元から本を抜き取るとペラペラとページを捲る。
「気配を消すのは癖になってるんだ、悪いが慣れてもらわないと……なになに、“プレッパー・サバイバー”ねぇ……」
未だ信用のおけない宵櫻さんに、俺の知識の結晶でもある本を見られるのは非常に不快だったので、やや強引に奪い返す。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ“プレッパー”クン――いや、現状拠点がないから“サバイバー”クンと言った方がいいのかな?」
宵櫻さんは半ばふざけた口調でそう言ってくるが、いい加減その態度にも苛々してくる。
「人の思考を読めると言う割に、人を怒らせるのが随分得意な様ですね」
柄にもなく、嫌味を返す。
仲間内でそんな事を言えば不和を生みかねないが、この胡乱な人物は仲間ではない。
「……すまない。実を言うと、いい歳した癖に人付き合いはあまり得意な方じゃあなくてね……。キミを怒らせる意図はなかったんだ。
確かに私は人の考え、思考を読めるがそれは感情ではない。
今みたいに、私は大した事はないと思っていても、相手にとっては触れてほしくなかった事だった――なんて事は数えきれないくらい経験したさ。
キミは私みたいになるな……って言っても釈迦に説法ってやつかな? ハハ……ごめんよ……」
いや、めちゃくちゃテンションの落差が激しい人だな……。
嫌味が効いたのか、いや、俺の思考を読んだのか。
宵櫻さんは急に俯いて、ボソボソと語り始めた。
その雰囲気に俺はすっかり毒気が抜けてしまった。
「もういいですよ……」
「ほ、本当かい?! いやーよかったよかった。キミの事はかなり気に入ってるからね。怒らせてしまったらどうしようかと思ったよ――」
……この人を好きになれる気がしなかった。
――――――――――――――――――――
「それで、キミはあの“総長”と呼ばれていた男……彼をどう見ているんだい?」
「急になんですか?」
「考えずとも分かる。キミはあれを見ていた時、何かを感じたんだろう? 私も考えてはいるんだが、キミの意見を聞きたくてね」
宵櫻さんが言っているのは、総長が金槌を仲間に向かって投げた時に覚えた違和感の事だろう。
それなら、既に見当は付いていた。
「スキル……ですか?」
あの時は、かつて長井会長と相対した時にも同じ様な違和感があった。
見張り台から見ていたアキ達の他に、城門前で音しか聞こえていないはずの人達も皆一様に“総長”に対して恐怖を抱いていた。
「恐らくはそうだろう。“精神系”……それも人の恐怖心に影響するものだ。
キミや私が感じたのは、きっとそれを無効化した時の感覚だろうね」
人は恐怖を感じると緊張して思考が鈍り、思わず逃避行動を優先して考えてしまう。
恐らく奴はそれを意図的に発生させ、無意識下でも市役所を放棄させるよう誘導しているのだろう。
それに緊張は身体の動きも鈍らせる。仮に対等な条件で戦闘になったとしても、パンデミック前から場数を踏んでいる“八咫烏”の方が有利だ。
「私もキミと同意見だ。それで、どうするべきだと思う? 彼に言われた通りココを捨てるか……あるいは、籠城を続けるのか。
ちなみに暁美クンたちの議論では籠城が多数派だったよ」
宵櫻さんによれば、現在市役所にいるのは百人余り。その内八十人近くがゾンビとも戦った事がない人たちで構成されていて、戦闘経験があるのは俺たちを抜いても二十人に満たない。
ここを捨てる――ありえない。この大所帯ではどの避難所も受け入れてはもらえないだろう。
籠城を続ける――ジリ貧だ。
もし物資が尽きるまで続けたとしても、強固な城壁は圧倒的な魅力だ。奴らが諦める事はないだろう。
ならばどうするか――。
俺は少し考えて、宵櫻さんにいくつか質問をした。
その結果、俺は一つの結論に至る。
「俺がもし選択できるなら――襲ってくるバイカー共を返り討ちにします」
「ふむ、確かに人数差はこちらが勝る。だけどまともに戦える人は多くとも――」
「勝てますよ。何故なら――」
俺が思いついた作戦を宵櫻さんに伝えると、彼女はニヤリと口角を上げた。
「悪くないね――“八咫烏”程度ならその策でも十二分に倒せるだろうね」
「まぁ俺がそんな作戦を行う権利なんてないですけど」
これはあくまで宵櫻さんとの思考ゲームに過ぎない。
部外者である俺が、暁美さんたちの方針にとやかく言うつもりはなかった。
「そうかそうか、なら権利があればいいんだね?」
宵櫻さんは意味深な事を言うと、俺の腕を引っ張り部屋を出て、そのまま何処かへと連れて行く。
「あの、どこに……って」
どうやら俺は会議室に連れてこられたらしい。
部屋の中央にはありきたりなミーティングテーブルが置かれ、その周りに仏頂面をしたおじさんやフロントで俺を睨んできた男、そして暁美さんたちが一堂に会していた。
「宵櫻さん? 朝倉君を連れてきて一体どういう……」
宵櫻さんは会議室全体を一瞥する。
「キミたち、このまま籠城して事態が解決すると本当に思っているのかい?」
「……誰一人思ってる訳ないでしょ。それとも、また何か秘策を持ってきてくれたのかしら?」
暁美さんは宵櫻さんに期待の目を向ける。
「ああ、彼さ。彼の指示に従えばココを彼らから守る事が出来るだろうね」
その目がそのまま俺の方に流れ、懐疑の色に変わった。
「へ?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
(おいおいおい。宵櫻さんは何を言ってるんだ?)
「ちょっ……ちょっと何? 確かに朝倉君は千春をここまで連れてきてくれたけど、それとこれとは――」
俺の思いは暁美さんたちも同じだったらしい。
明らかに困惑しているのが分かった。
「いや、彼にとっては千春クンを連れてくる事も、“カラスたち”が二度とやって来ないようにする事も大して変わりはしないのさ。だろう? 直希クン」
そんな訳ない。
当然断られると思い静かにしていると、彼らは暫く悩んだ末、俺の想定外の反応を示した。
「ま、まぁ宵櫻さんがそこまで言うなら……他のみんなはどうかしら?」
「私も賛成です。あの宵櫻さんが言うなら、これほど安心できる事はないですよ」
「オレも同感じゃ。宵櫻さんとそこの坊主に任せたらええ」
あくまで信頼されてるのは宵櫻さんらしい。
他の人たちも、皆示し合わせた様に『宵櫻さんがそう言うなら』と、俺に指示を請うてきた。
宵櫻さんについて謎は深まるばかりだ。
「さぁ、直希クン。この市役所の命運はキミに託された。期待しているよ――」




