3.もし初めてゾンビと遭遇した場合
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m(_ _)m
大きな爆炎を見た俺たちは、呆気にとられ、しばらく何も出来なかった。
ッ!
ぼんやりしてる場合じゃない。まずは状況を確認しないと。
俺は床に置いていたリュックを背負うと、スマホを取り出してカメラを起動、出来る限り爆発地点の中心を拡大して映した。
スマホカメラの都合、かなりボヤけているが、映るのは逃げ惑う人々。
建物には火が上り、車や人がまるでオモチャの様にあちこちに転がっていた。
アレは……人、なのか?
爆発の衝撃で混乱しているのか、全身を真っ赤に染めた人がフラフラと歩いている。
しかもそれは一人だけでなく、何人も同じように不安定な足取りで歩いていた。
視点を少しずらすと衝撃で倒れたのだろう青いセーターを着た女性が起き上がり、辺りを見回している。
煙を吸ったのか大きく咳の様な動作をしているのが見えた。
すると突然、さっきまでフラフラと歩いていた人達が彼女目掛けて一斉に近寄って行く。
彼女は逃げようとするも行動が遅く、先頭にいた人にのし掛かられてしまった。そして……
「ウソだろ?」
何人もの人が倒れた彼女に群がり、しばらくすると急に興味をなくした様に人たちは散開していった。
倒れた女性は頭の辺りから血を流し、動かなくなった。
「あの、何か見えてるんですか?」
いつのまにか放心から回復していた比嘉さんは、俺のスマホを覗き見ようとする。
しかし気の弱い彼女にすぐ見せる訳にはいかない。
比嘉さんには少しだけ待ってもらい、もう一度カメラを同じ場所に戻す。
だが、女性の姿が見つからない。
場所が違うのか? 辺りを探してみると青いセーターの女性が――歩いていた。
まさか
彼女は先程の男達と同じように無意味にフラフラと歩き、そして道の真ん中で一人泣いている子供を見つけ……
「クソっ」
これ以上は無意味だ。俺はカメラを終了して、開いていたタブを全て終了してからスマホの電源を落とした。バッテリーは残り八割程。
「それで何が起きてるんですか?! 教えてください!」
比嘉さんは俺の表情からあまり状況が良くない事を察し、質問してきた。
「桂琴町の方で大きな爆発があったみたいだ。怪我人が出てる」
「そう、ですか……」
嘘を見抜いているのかは分からないが、彼女は少し悲しそうな表情をしていた。
『臨時放送です。ただ今、桂琴町の方角で大きな爆発が発生しました。爆発の規模は不明です。
安全のために在校中の生徒は下校せず、体育館に集合して下さい。繰り返します――』
非常事態を宣言する校内放送が、日常を非日常に変える。
窓から見下ろすと、混乱した生徒たちが避難訓練で散々聞かされた《おはし》※1 の意味も虚しく、前の人を突き飛ばし、走って、友達と話しながら我先にと体育館へ向かっていた。
――――――――――――――――――――
俺たち二人は一度自分の教室へ戻り、荷物を回収してから体育館へ向かった。
意外と皆迅速に行動できたのか、道中生徒とすれ違う事はなかった。
「朝倉、比嘉! お前らまだいたのか!
まぁいい、第一校舎から来たんなら他に残ってる奴らはいたか?」
体育館の前まで辿り着くと、そこには体育教師の原沢 重人がいた。
俺は質問に答え、教師陣の誘導に従い館内へ入る。
どうやら俺たちの到着はかなり遅かったらしく、中には既に百人程の生徒が集まっていた。
その大半は終礼後だった事もあり、何らかの部活ユニフォームを着用しており、各グループで固まって中央付近で雑談をしていた。
軽く見渡す限り、お互いの友達は既に帰宅していたのか、見当たらなかった。
中央に行って他のグループと話す気にもなれなかったので俺は体育館の端の方に身を寄せた。
比嘉さんも同じ心境らしく、ついて来た。
――避難完了から五分程度経っただろうか、外にいた原沢達が中に戻ってきた。
教師達は何やら軽く話し合った後、校長を先頭に台に登って声を上げた。
「静かにして下さい。…………よろしい。校内に残っている全ての生徒の避難確認が終わりましたのでお話させていただきます。
現在桂琴町で発生している爆発についてですが、残念ながら最新の情報がまだ入っていない状況です。
ですので、安全が確認できるまで生徒の皆さんにはこの体育館で待機してもらいます」
……えーいつ帰れんの〜
俺んち桂琴町と逆だし帰っても良くね?
腹減ったよな、部活終わりなのになんか食えないのマジでダルいって……
和美たちカラオケ行くって言ってたけど大丈夫かな? 大丈夫じゃない? 避難とかしてるっしょ
一見すると、実に緊張感に欠けた言葉ばかりが飛び交っているが、内心では皆不安がっている。
その不安を打ち消すために、あえてズレた事を話したり、現実味のない返答をする。※2
教師陣はそれを分かっていないのか、静かにしろと何度も言っているが当然収まるはずもなく、声は大きくなるばかり。
「なぁ! なんか変な人らが学校に入って来てる!」
突如声が頭上から響く。
見上げると二階に上がっていた生徒の一人が窓の方を見て騒いでいた。
教師や一部生徒たちも二階へ上がり、彼が指さす方を見つめる。
原沢は校長に耳打ちしたのち、何人かの教師を連れて外に飛び出していった。
「みなさん落ち着いてください。校内に不審者が侵入した様です。ただいま先生方が対応に行っていますので決して体育館から出ない様にしてください!」
俺はざわつく生徒達を横目に二階へ上がり窓を覗く。
やはり予想通り爆発地点にいた奴らと似たような行動を取っていた。
カメラ越しに見るよりも鮮明に見える。
――身体の至るところから血を流し、フラついた足元。生気の感じられない瞳。
原沢が近づいて声を掛ける……すると先程の足取りが嘘のように一直線に突っ込んできた。
砲丸投げで鍛えたという恰幅の良い肉体で突っ込んできたヤツを押さえ込む原沢だったが、数の暴力には敵わない。
四体に囲まれて押し倒され、全身を噛みちぎられる。
後方で見ていた女性教諭は悲鳴を上げるが、それがいけなかった。
ヤツらは既に事切れた原沢を離して今度も一直線にそちらへ向かう。
筋力が足りず、呆気なく押し倒され、全身を喰らいつかれる。
彼女が解放された時には、既に身体の七割が無くなっており、四体だったはずのヤツらは五体になっていた――
生徒達はただただ無言になり、その光景を上から眺めているだけだった。
爆発時に目撃した時、俺は確証を得られなかったが、今度こそ間違いない。ヤツらは――
――ゾンビだ。
避難時には無理に自分の荷物を取りに行かないで下さい。避難優先
※1.阪神・淡路大震災の後、消防庁作成されたとされる避難訓練用語。全国の小学校で一度は習うアレ
お(さない)
は(しらない)
し(しゃべらない)
現在は、“も(どらない)”を加えた「おはしも」が標準となっており、更に数語加えた「おかしも」「おはしもて」なども存在する。(出典不明)
※2.いわゆる正常性バイアスの一種。
正常性バイアスとは
予期せぬ出来事が発生した時に、心が過剰に反応して疲れない様にする正常な人間の特性。
災害や事故などの緊急時、自分に被害が出ると予想できる状況でもそれを正常な日常生活の延長と捉えてしまい、自分に都合の悪い情報を無視したり、
「すぐに行動しなくても、自分や友達だけは大丈夫」などと過小評価してしまったりする。
また、心を保護するために災害が起きているにも関わらず、訳もわからず笑ったりしてしまう。
逃げ遅れ、二次被害の原因になる。