31.もしゾンビと複数人で戦う場合
連続更新2話目です。いないとは思いますがブックマークの最新話から飛んできた際は注意して下さい。
「ふわぁ……まだつかねぇの?」
気の抜けた顔で欠伸をしながらアキはぼやく。
線路の上を歩き始めてから数時間が経過した。
足場が悪くゆっくり歩いたり、途中休憩を挟みつつだったので進行速度は遅かったが、安全かつ着実に市役所へと近づいている。
途中、アキが避難していた駅を通過したが、数人の遺体だけで物資も無かったので、全滅。あるいはアキと同じくどこか別の場所に行ったのだろう。
彼女も特に思い入れがある訳でもなかったので、そのまま歩みを進める。
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更にしばらく歩き続けて日が傾き始めた頃。
「おーい、そこの少年たち!」
もう後一時間ほどで市役所辺りに着くだろうかと考えていた時、明らかにこちらを呼ぶ声が聞こえた。
辺りを見渡すと、瓦礫の上でゾンビに囲まれた女性が手を振っているのが見えた。
「悪いんだが、見ての通りでね。少し手伝っては貰えないかい?」
「ナオ、どうする?」
アキが俺に問いかける。先程の気だるげな雰囲気ではなく、鋭い瞳がギラギラと輝いて見えた。
ゾンビは基本的に知能がなく、ちょっとした足場を登る事も難しい。
女性がいる瓦礫は人よりも少し高く、やつらの手が届く事も無いだろう。
仮に俺たちが助けなくてもすぐに襲われる事はない。
だが、視線が切れるほど高くもなく、一畳ほどの広さしかないので、諦めてどこかへ行く事もない。
俺たちがいなければ明らかに“詰み”な状況だが。
「ああ、別に無理にとは言わないさ。駄目なら私の事は忘れてくれて構わないよ」
彼女はなんともない様にそう言って見せた。
それが俺たちの様な子供に見せる優しさか、何か策があるのかは分からないが、なんだか少し焦っている様に感じられた。
「なんとかなりませんか?」
比嘉さんは彼女を助けたいらしい。
もとより俺も、そのまま見捨てるなんて事をするつもりはなかった。
「わかった、あの人を助けよう。作戦は――
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数分後。
俺はバックパックを下ろして、音を立てない様にゆっくりと女性の元に接近していく。
瓦礫まで残り二十メートルほど――十分に近づけたので付近の手頃な掩体に隠れる。
やつらの数は六……いや七体か。
結構な数がいるな。上手くいっても近接戦は避けられないだろう。
ジャケットのプロテクターに触れて、その位置を改めて確かめる。
右の方へ視線を向けると、少し離れた位置でアキが同じ様に身を隠しながら待機しているのが見えた。
俺はアキに合図を送ると、ボウガンを構える。
矢は既に装填済み。ゾンビの後頭部にしっかりと狙いを定める。
射撃経験は何度かある。距離も有効射程圏で、風も吹いていない。
狙う……狙う……狙う――今。
カシャン!
ボウガンの動作音と共に矢が発射され、ブレる事なく後頭部に命中。ゾンビは前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
残り六体。
その時、奥の方にいた一体が俺に気付いた様で、呻き声を上げる。
それと同時に残りのやつらも一斉に振り返って、俺の方へ一直線に進んで来た。
学校にいた時に検証して分かっていたが、どうやらやつらには共感覚の様な物が備わっており、一体に気付かれると付近のゾンビも対象を感知して向かう習性がある。
「アキ!」
作戦通りとはいえ、一体目で気付かれるのはツイてない。
俺は即座にアキに合図して掩体に身を隠す。
「おらっ! こっちだぞ掛かってきやがれ!」
アキは遮蔽物から身を乗り出し叫ぶ。
やつらは一瞬硬直した後、進路を変更して彼女の方へ向かう。
カシャン!
再びボウガンの動作音が鳴り、一体が地面に崩れ落ちる。
残り五体。
「ここだ!」
俺が叫ぶとやつらは再び一瞬硬直した後、俺の方へ向かってくる。アキの姿は既に見えなくなっていたので、もれなく全員だ。
「やるじゃないか、キミたち!」
あの人も作戦に気付いた様で、やつらの注意を逸らしてくれた。
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『――作戦は簡単だ。まず俺とアキ、二手に分かれてボウガンの射程圏内まで接近して、背後から狙い撃つ』
『気付かれたらどうすんだ? それにボウガンを持ってるのはナオだけだぞ』
『ああ、だからアキは少し離れた場所から叫んでやつらを誘導して欲しい』
『なるほど、お互いが交互に音を出せばゾンビたちは二人の間で身動きが取れなくなりますね』
『その通り、それにボウガンは装填に少し時間が掛かる。時間を稼いで可能な限り数を減らす』
『あの……それで、私は何をするんですか?』
『大丈夫、比嘉さんはここで待機していてほしい』
『……はい。分かり、ました……』
『よし、この作戦――いや戦術は“無限挟撃煉獄殺”とでも名付けるか』
『あーナオ、なんつうか……その、やっぱ何でもない』
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カシャン。カシャン。カシャン。
残り二体。
「アキ、矢が尽きた! 後は近接で行くぞ」
元々威圧用に持っていたボウガンなので、軽量化のために矢は五本しか持ってきていなかったが、この実戦で全弾命中させられたので十二分だ。
俺はボウガンを掩体の上に置いて、持ってきていたピッケルを構える。
「おらっ! アンタの相手はアタシだぞ!」
二体のうちの片方はアキに任せ、俺はもう一体に向かって走り出す。
ゾンビは大口を開けて俺に襲い掛かってくるが、問題はない。
やつの狙いは首。
咄嗟に身を守った時とは違い、今度はあえて左腕を前に出して受ける。
プロテクターを破れない事は実証済み。俺は押し倒されない様、地面を強く踏み締め――違和感を覚える。
(こいつ……弱い?)
これまで相対してきたゾンビのどの個体よりも……いや、ゾンビというか、外見通り鍛えていない成人女性程度の力しか感じられない。
個体によって差はあれど、これまでゾンビ化すると明らかに膂力が強化されていると分かる位には力があった。
簡単に押し返せる。
軽く蹴ってみれば、容易に口を離して転倒してしまった。
起きあがろうとしている所にピッケルを振り下ろす。
先端が頭頂部にめり込み、引き抜けばもう物言わぬ死体となっていた。
「弱すぎないか?」
噛まれた左腕を見ても、以前噛まれた右腕と違いジャケットに穴すら開いていなかった。
付着した唾液と血が不潔なので死体の服で拭った。
「そっちも終わったみたいだな」
既にアキも倒し終わった後の様でこっちに向かってくる。背後に倒れているゾンビの頭が、スニーカーの形にヘコんでいるのが見えた。
「なぁ、こいつら弱すぎなかったか?」
「ん? 確かに弱いけど単体相手ならこんなもんじゃね? とりあえずもう安全だし、千春呼んでくるわ」
彼女は不思議そうな顔で俺を見た後、線路へ小走りで行ってしまった。
俺のスキルが今になって目覚めたとか、俺が強くなったとかそんな感覚は一切ない。
(個体差なだけ、か?)
そうやって納得しようとするが、なんとなく引っ掛かる。
未知な現象を放置するのは危険だ。近いうちに調べないといけないな。




