28.もし神社に来たら
ここまでのあらすじ
一章
高校二年の四月。
朝倉 直希は放課後にトイレでイジメを受けていた同級生、比嘉 千春を助け出す。
その直後に繁華街で大きな爆発が起き、突如現れたゾンビが人々を襲い始める。
体育館で籠城を始めた生徒達だったが、統率を取り始めた生徒会長、長井 和久の言動に違和感を覚えた朝倉は独断で行動を開始する。
一ヶ月後。
一部の人間に発現した異能力――身体能力の強化や発火能力等、人によって様々な力がある――を使い、学校の敷地内の安全を確保した長井会長は、自身が持つ人心掌握スキルが効かない朝倉を邪魔に感じ、学校から追放する。
朝倉は、自身を庇った事で共に追放されてしまった比嘉にプレッパーである事を明かし、彼女の家族が避難した市役所まで連れて行く事を約束した。
二章
一度装備を整えるため、朝倉が住んでいるマンションに向かう。
家の中には朝倉を“ナオ”と呼ぶ少女、藤宮 秋乃が侵入しており、二人は強烈な再会を果たす。
その後藤宮も同行する事が決まったが、大雨により自宅での待機を余儀なくされる。
数日間降り続けた雨がようやく弱まり始めた頃、大地震が発生。
危険を感じた朝倉は、装備を持って建物を脱出。直後に発生した余震によりマンションは倒壊してしまう。
倒壊から救う事が出来た隣人の田中一家に、サバイバル知識を書きまとめた『プレッパー・サバイバー』の一冊を渡し、一向は市役所へ向かう。
道中、比嘉は要救助者を放置して先を急ぐ二人に違和感を覚える。
そして日没の少し前、朝倉が今日の宿泊場所に選んだのは――寂れた神社だった。
『3ページ 一章:生き残る運
例えアナタがこの本を一言一句逃さず目を通し、その全てを完璧に記憶したとしても。
“絶対”に生き残れるとは限らない。
3ページ目からこんな事を書くのは本書の意義と矛盾していると思うかもしれないが、これは紛れもない事実なのだ。
ツキ、天命、運命。
“運”という単語を調べてみると
「人の身の上にめぐりくる幸・不幸を支配する、人間の意志を超越したはたらき」※1
と、出て来る。
“意志を超越したはたらき”――あすの天気や、トランプの出目、出先の交通量や閉店間近のスーパーの惣菜コーナーに残っている品揃え。
世界規模から、日常生活で起こる小さな出来事。
ありとあらゆる場所、時間で個人の意志や努力ではどうにも出来ない事象が発生している。
それが運だ。
それは人の生き死にも同様。
もしかしたら突然雷が直撃するかもしれない。
もしかしたら突然背後から暴走した車が突っ込んでくるかもしれない。
防災対策をしていても、次の瞬間には倒壊した建物に飲み込まれていたり、極限まで身体を鍛えた武人でさえ不意に転んだ拍子に首の骨を折る事だってありえる。
どれだけあらゆる事態に備えても、死ぬ時は一瞬で死ぬ。
そこには年齢も性別も、何を成したかも関係ない。純然たる運によって生死が決定される。
あらゆる事態に備えるというのは、どうしようも無い運という不確定要素以外――或いはそれすらも含めて――生存確率の最も高い選択を選べるようにすると言う事である』
桂琴神社――住宅街からは少し離れた場所にあるこの神社は、一五〇〇年頃にこの地で起きた大きな災害を鎮めたとされる神様を祀る為に建てられ、長い歴史の中で幾度もの厄災に見舞われても、それらを全て跳ね退け今日まで残ってきた――らしいです。
“らしい”というのは、朝倉さんに解説されるまで、生まれてからずっとこの街に住んでいた私ですらこの神社の存在を全くもって知らなかったからです。
実はマンションを出発する際、朝倉さんは田中さん達に『桂琴神社に一泊する』と言っていたらしいのですが、彼女達もこの神社を知らなかったそうです。
何故ここまで知名度が無いのか。
そう疑問に思っていると、朝倉さんの眼がキラキラと輝き始め、楽しげに語り始めました。
人に教えるのが好きなんでしょうか。
防災グッズの使い方や、サバイバルに関する事を説明する時によくそんな眼をしています。
少々早口になっていますが彼の説明は分かりやすく、そして熱心に教えてくれます。
原因は主に二つ。
一つは付近にある別の神社の存在。
東桂琴神社。
ここよりも少し東、都心部の方に位置していて、築五十年という短い歴史ながらも商売繁盛、縁結び、厄除け、家内安全……ありとあらゆるご利益があるとされ、他県からの参拝者も多いとても人気がある神社です。
私も家族で毎年初詣に行っている場所ですが、朝倉さん曰く。
「あそこは昔の桂琴神社の人気にあやかって建てられたレジャー施設に過ぎない」
と小馬鹿にしていました。
私はあまり信心がある方ではありませんが、それでも毎年祈りに行ってる場所を嘲笑されて少し不快な気持ちになります。
そんな私に気付いたのか彼は、落ち着いてコホン。と、小さく咳払いをしてもう一つの、そして最大の理由を話し始めました。
この神社が忘れ去られた理由……それは。
「立地が悪い」
……確かに。
ここに来るまで二時間程は歩いたでしょうか。
大通りはマンション跡を出発してから十分で見えなくなり、細い道路や未舗装の道路を行ったり来たり。
最初は道に迷ったのかと思いましたが、特に何も言わなかったので気にしていませんでした。
正直、ここから来た道を戻れる自信がありません。
そして迷路を越えてたどり着いた先に見えるのは、反り立つように私達の前に立ち塞がる石段です。
もはや山といって差し支えない丘の上にある本殿に辿り着くには、傾斜がとてつもなく急な石段を八十六段も上がらなければなりません。
確かにこれは東神社に人気を取られても仕方ありません。
ですが、それだけで誰も覚えていない程に忘れられるものでしょうか?
「そういう物なんだよ。どれだけ信仰していたって、もっと簡単で楽な方があるなら人はそっちに流れる。
それが数十年も続けば世代は移り、先人たちの思いは記録にも残らないんだ。
そして、忘れられる」
静かにそう言った朝倉さんの顔は、沈みかけている夕陽の影に隠れてよく見えませんでした。
――――――――――――――――――――
「さて、授業の時間は終わりだ。日が沈む前に早く本殿に行かないと」
朝倉さんは、そう言ってバックパックを背負い直し、石段の方を向きました。
「なぁ、マジでここに一泊すんのか?」
「ああ、そのつもりだけど。どうしたんだ?」
珍しく彼の行動に異を唱える藤宮さんは、私の顔をチラリと見る。
「アタシとナオはともかく、千春にはデカいリュック背負ってこの階段はちーっとキツくねぇか? 寝るだけならもっと他の場所だってあるだろ?」
「確かに少し急な階段だが、ここで無いとダメなんだ。比嘉さんの荷物は俺とアキで二人で持てばいい」
私を気遣ってくれている事が伝わります。それが精神的な重石となって、心にズンと乗せられていくように感じました。
「ナオがそう言うなら分かったよ。千春、アタシが持つからリュックをこっちに」
正直、ここに来るまででかなり体力を消耗しています。そんな中で藤宮さんの提案はありがたいです。ですが。
「……大丈夫です。一人でも登れます」
なんとなく、この壁の様な石段は私を試す試練の様に感じました。
この程度の壁すら超えられないようでは、この変わってしまった世界を生き残れないように思うのです。
「――そっか、ならいいや。アタシは全然ヨユーだから。ま、いつでも持ってやるから言えよな」
藤宮さんは私の目をジッと見て何か察したのか、あっさりと引いてくれました。
「はい、ありがとうございます」
私が言い終わるのを待たずに「じゃ、先行ってるぞ」と藤宮さんは階段を駆け上がって行きました。
大丈夫。歩き方のコツは朝倉さんから教えて貰っています。重要なのは重心と姿勢で、ペース配分さえ考えれば……
私は石段の正面に立ち、今第一歩を――
ぎゅっ――
「ふぇ?!」
踏み出そうとした所で、不意に左隣に居た朝倉さんに抱き寄せられます。
あまりにも不意打ち過ぎて思わず変な声が出てしまいます。
(え? 私、朝倉さんに抱きつかれて――)
現状を認識すると急に身体が硬直して、思い通り動かなくなって、胸の鼓動がいつもの何倍も速く脈打ちます。
彼の手から伝わる熱が全身を巡り、主に顔に集中していくのを感じます。きっと今の私は茹で蛸みたいに真っ赤です。
「な、なにを……」
説明を求める声も震えてしまいます。
「比嘉さん」
「は、はひ……」
「――鳥居の真ん中は神様が通る道だ、通る時は左右どちらかに寄らないと」
………………
「…………すみません」
さっきまで熱かった身体が一瞬のうちに冷めて行くのを感じました。
「通る時は一礼してから鳥居の外側の足を出すこと。じゃないと神様にお尻を向ける事になるからね」
「あ、はい」
※1.goo国語辞書より引用




