26.もし応急手当を行う場合
『10ページ 一章:応急手当について
なんらかの要因で自分、又は他人が怪我をしてしまった場合。
まず最優先に確認すべきなのは周囲の確認だ。
負傷したのが誰であれ、必ず原因があるのだ。
更なる被害を受けたくなければ、速やかに安全な場所に移動する事。
つぎは出血の確認。
大量の出血は死に直結しかねないので、もし出血があれば止血を行う事。(止血方法については11ページを参照)
第三に意識の確認。
意識があれば、処置の補助や症状の確認、最期の言葉を伝えたり出来るが、意識が無いと思われる時は、肩を叩くなどをして呼びかける事で意識の有無を確認しなければならない。
その際、症状にもよるが基本的に頭を揺らさない様にする事。
「助けるつもりがトドメを刺していた」なんて状況になりかねないのだ。
次に確認――』
――――――――――――――――――――
「ほら、噛まれてないって分かっただろ。それよりも他の人たちは――」
俺はそう言ってマンションの方を見る。
背後から足音が複数聞こえたので、何人かが逃げてきたのは間違いない。
視界を遮る土埃はもう晴れていて、俺たちはハッキリと見てしまった。
数分前までそこにあったはずの、十階建てのマンションが消えて、向かい側に瓦礫の山が出来ているのを――
「……マジかよ」
「……」
二人は惨状を見て絶句していた。
俺だってそうだ。正直、一部は崩れても全壊はしないのではと思っていた。
だが現実はそんな妥協を許さず、マンションどころか近隣の住宅一帯を跡形も無いほど徹底的に破壊していた。
だが、そんな絶望と同時に、俺は自身の強運を噛み締めていた。
マンションのような縦に長い建物が倒壊する場合、その言葉の通り、倒れて壊れるのだ。
目の前のマンションも例に漏れず倒れたのだが、その方向は俺たちとは反対方向だった。
お陰で瓦礫による被害もほとんど無く、更に落下の衝撃で飛び散った破片も、こちら側に来るのは小さな物だけだった。
そして――
俺よりもマンションに近かったはずなのに、運良く巻き込まれずに済んだ人達が倒れていた。
「アキは周囲の警戒を、比嘉さんは左側の人に声を掛けて」
「わ、分かりました」
俺は二人に指示を出して、倒れている人たちの所へ向かう。
「田中さん! 大丈夫ですか?」
田中一家は全員意識が無かった。
田中さんの奥さん……確か、恵子だ。恵子さんは赤ん坊を強く抱きしめ、瓦礫から庇う様にうずくまっていた。
夫の哲也さんは大きなキャリアケースの隣で、額から血を流して倒れている。
先に出血している哲也さんの方を軽く見たが、ちゃんと呼吸もしていて、傷も恐らくは飛んできた破片で切っただけで出血量もほとんどなかった。
それよりも、赤ん坊の声がここまで聞こえないのが気になる。こんな状況なら絶対に泣いてる筈なのに。
「恵子さん、聞こえますか?」
恵子さんの両肩を軽く叩きながら声を掛けるが、反応が無い。
何度か呼びかけても反応が無いので、身体を横に倒して、抱きしめている赤ん坊を離させようとするが、子を守る腕が一切緩まらない。
「……この子、だけは、やめ……て」
赤ん坊を引き剥がそうと四苦八苦していると意識が戻り始めたのか、ぼんやりと言葉を発しながら、余計両腕に力を込める。
「恵子さん。俺です、聞こえますか?」
「あさ、倉、くん?」
「はい、朝倉です。意識はハッキリしますか? 何が起きたか分かりますか?」
「ええと……」
いくつかの質問と、身体や視界に異常がない事を確認させる。
今のところは問題ないみたいだった。
次に赤ん坊の確認をしようとすると、恵子さんは子供の様子を見てフフッと笑う。
「アラ、この子ったらまだ寝てるのねぇ」
どうやら地震が発生した時も、全く起きなかったらしい。
特に外傷も無いので本当に寝てるだけなんだろう。神経が図太過ぎる。
「朝倉さん! こっちに来てもらってもいいですか?」
比嘉さんが呼んでいる。何かあったみたいだ。
俺は哲也さんの事を恵子さんに任せて、比嘉さんの方へ向かった。
「ゔ……痛い」
比嘉さん側には三名いたが、そのうちの三十代位の男が左腕を押さえ、痛みのあまり涙を流していた。額には大量の汗が見える。
「大丈夫ですか?」
俺がそう聞くと、男は「腕が、腕が」と繰り返していた。
状態を見るために痛いと言っている前腕を見せて貰うが、外見に異変は無い。
聞けば転倒時、無理に左腕を地面についてしまったらしい。
「触りますね、痛かったら言ってください」
そう伝え、患部を指でほんの軽く押してみると、男は大きな声で痛みを訴える。
「骨折かもしれません。腕を上げておいてください」
心臓より上に腕を上げさせて、その間に辺りを見る。
するとすぐ近くに中に色んな物が入ったレジ袋を見つける。聞くとこの男の所持品らしい。
中身は……丁度いい。
俺は許可を得てからレジ袋をひっくり返し、中身を地面に出す。
ポテトチップス、求人雑誌、コーラ、財布。
いかにも爆発が起きる前にコンビニで買った物という感じだ。
その中から俺は求人雑誌を手に取る。
そして今度は俺のバックパックからダクトテープ※1 を取り出す。
そして雑誌を患部に巻いて、それをテープで止めて動かない様に固定する。
次にナイフでレジ袋を切って腕を通せる様に加工、三角巾の代わりにする。※2
最後に痛み止めを飲ませて、最低限の応急処置を終える。
「うぅ……ありがとう……ありがとう」
「人として当然の事をしただけですよ」
これで一通り危険な状態の人の確認は終わった。
俺はホッと一息ついて瓦礫の上に座る。
今は皆混乱しているが、時間は有限だ。落ち着き次第次の行動を開始しなければならない。
差し当たってはマンション跡から使えそうな物の回収か。それに、もしかしたら瓦礫の山の中に生存者がいるかもしれない。
次の行動を考えながら空を見ると、いつのまにか雨は止んでいる。
空を覆う雨雲の間からは、細い光が差し込んでいた。
※1.ダクトテープ……普通のガムテープよりも粘着力が高く、防水性がある。
主人公は持ち運びしやすい様に芯を外してコンパクトにして荷物に入れている。
※2.こちらのページを参考にしています。
『身近にあるものを使った、応急的簡易固定法
(スーパーなどのレジ袋が三角巾代わりになる)』
https://www.shadan-nissei.or.jp/gakujyutu/pdf/chiebukuropdf/3.pdf




