25.もし油断した場合
修正報告:前話の回想時、何故か学年が小二になっていたので小五に直しました。物語に特に影響はありません。
数多くの誤字脱字報告ありがとうございます。
感想の方で指摘された矛盾点等々も、修正したりしなかったりしました。
こういった報告は非常に助かりますので、もしお暇があればジャカジャカ報告していただけるとありがたいです。
また、もし読みたい、知りたいシチュエーションなどがありましたらお気軽に感想欄でお教え下さい。
ティンと来る物があれば本編で採用します。
もし諸事情で感想欄以外で送りたい場合は、私のツイッターか質問箱(ユーザーページにURLがあります)からお願いします。
『直希――起きるんだ』
懐かしさを覚える声に呼ばれ、目を開けると俺は真っ白な世界にいた。
ここはどこだろう? あの声は……父さん?
でも、父さんはあの日に亡くなったはずなのに……。
なら、ここはもしかして……じゃあ、俺は……。
ボンヤリとした思考で、声の主について想う。
しかし、自分の生死について考え始めたところで意識がハッキリとしてくる。
(いや、違う。俺は死んでないはずだ)
滅茶苦茶になった記憶のカケラがだんだんと繋がり、何が起きたのかを思い出してきた。
そうだ、俺は倒壊するマンションから逃げ出して――
頭が痛い。どうやら地震の衝撃で転倒した時に、頭をぶつけて気絶したらしい。
我ながらなんと情けない。頭部への負傷は最優先で防ぐべきなのに、無様にも庇う事すら出来ずに転んでしまった。
身体の確認をしたところ、幸いどこも怪我をしていないが、今後は気を付けなければならないな。
ずっと続いていた揺れが小さくなってきた。
しかし、依然として何かが崩れる様な轟音が鳴り響き、マンションとの距離が近い事もあってそれ以外の音がよく聞こえない。
視界は、土埃によって前がほとんど見えない状況だった。ハンカチを取り出して鼻と口を覆ってはいるが、口内が砂っぽくてジャリジャリする。
マンションの瓦礫が原因だとは思うが、俺よりも後ろにいたはずの田中さん達は無事だろうか?
俺は無事な人達の無事を確認しようと起き上がろうとすると、右側でうっすら人影の様なものが動くのが見えた。
良かった。少なくともマンションの誰かは無事らしい。
俺は倒壊音で声がかき消される可能性を考え、人影に手を振って無事をアピールする。
その人は俺に気づいてくれたみたいで、俺の方に向かってくる。
まだ揺れは続いているので危ないと思うんだが――と、ここでなにか違和感を覚える。
(ん? 右側?)
位置関係を思い出す。
俺たちは正面玄関から、まっすぐに走り出した。
当然先頭はスキル持ちのアキ。
その少し後ろに比嘉さんがいて、遅れて俺。
更に後ろにマンションの住民達がいたはずだ。
管理者用入口から逃げ出した人? いや、厳重にロックされていたし、そもそもそれは左側だ。右側には壁だけだ。
更に思い出す。
俺たちが帰ってきた時、正面玄関には誰がいた?
ヴァ゛ァ゛ァ゛ッ゛
轟音でかき消されていたが、あの爆発の日から何度も何度も聞いた声が、確かに聴こえた。
どうやらヤツらは人影を認識出来たらしい。
生存者だと思っていた人物の正体に気付いた時には、既に目の前にまで来ていた。
(マズいッ――!)
ヤツは俺の喉元に喰らいつこうと大口を開き、一直線に突っ込んでくる。
完全に油断していた。俺は座り込んでいたので回避する事が出来ない。
こんな時のために準備していた道具達も――間に合わない。
俺にただ出来たのは、右腕をヤツの口に合わせ、致命傷を防ぐ事だけだった。
予測通り首を狙っていたヤツは、勢いをそのままに前に出した右腕に噛みついた。
「ナ……オ……」
アキの声が聞こえた気がするが、今はそれどころじゃない。
俺は突っ込んできたゾンビの勢いに負け、倒れ込む。
右腕が強く圧迫されるのを感じる。
ヤツは腕を噛んでいるのを理解してないのか、俺の首を狙って更に押し込んでくる。
俺はそれに負けじと右腕を押し返す。
力は拮抗し、一瞬だがお互いの動きが止まった。
(今だッ!)
俺はベルトに差していたナイフを抜き、ヤツの眼球目掛けて思い切り突き刺す。
ナイフは眼窩壁を破壊し、眼球や視神経を裂きながら奥へ進み、脳を貫いた。
ヤツは一瞬全身をビクンと震わせた後、電池が切れた人形の様に動かなくなった。
(ハァ、ハァ――今のはかなり危なかった……)
いつのまにか轟音は消え、アキの声が聞こえる。
俺は放心しながらそれに生返事した。
それにしても、相当肝を冷やされた。
今回の失敗は俺の慢心と油断が原因だ。
どんなに大きな地震が起きようが、ゾンビ共は活動を止めない。それに敵の存在を忘れたあげく、こちらの位置を教えてしまうとは何たる失態だ。
「ナオ!」「朝倉さん!」
急に目の前のゾンビが消え、身体を起こされる。
見回すと、ゾンビが数メートル先で転がっているのが見えた。
どうやらアキが蹴り飛ばしたらしい。
「朝倉さん、腕が――!」
起こしてくれた比嘉さんが、動揺しながら俺の腕を指さす。
ジャケットにはヤツの歯形がくっきりと残っていた。
「そんな……ウソだウソだ! ぁぁぁどうすれば――」
それを見たアキは比嘉さんよりも取り乱し、地面にへたり込んで、俺にどうすればいいかと何度も何度も聞いてくる。
「大丈夫だから二人とも落ち着いて」
俺は袖をまくって噛まれた部分の素肌を見せる。
そこには圧迫されて若干赤くなっているが、何の傷もなかった。
「噛み跡がない……本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、元々バイク用のジャケットは転倒時に怪我をしない様に頑丈に出来てるんだ。
それにほら、内側にプロテクターを仕込んであるから腕まで貫通しなかったんだ」
俺は噛みつかれた部分に、取り出した除菌スプレーを吹き掛けてから、コンコンと指で叩いて見せる。
ラジオの情報によれば、何故か噛みつかれさえしなければ体液に触れても感染しないらしいが念のためだ。
「ホントに? ホントに死なないのか? ……ハーーっ、ったく心配させやがって!」
先程の態度とは打って変わってアキは俺の肩を殴ってそっぽを向いた。
比嘉さんも安堵の表情を浮かべている。
実際の所、腕を盾にしたのは賭けだった。
いくらプロテクターとジャケットが頑丈でも、それはあくまでバイクの転倒事故を想定された物だ。
ゾンビの強化された咬筋力に耐えられるかどうかは完全に未知数だった。
それにしても火事場の馬鹿力が出ていたとはいえ、ヤツの力に拮抗できたのが意外だった。
個体差があるとはいえ、学校では大体二倍から三倍の力を出していたはずだ。
コイツが例外的に弱かったのか、地域差があるのか。とにかく機会を見て検証しておく必要がある。
倒れている虚な眼をしたゾンビを見やる。
何か一つでも違っていれば、その眼をしていたのは俺の方だ。今回はただ運が良かっただけ、偶然命拾いしたに過ぎない。
俺は、こんなくだらない失敗は二度と起こさないと心に……いや、魂に刻み付けるのだった。




