23.もし未曾有の大地震が発生した場合。後
ドアを開けると既に二人は集まっていた。
「ナオ、アタシはいつでも出れるぜ」
「私も大丈夫です」
比嘉さんは自分の制服に着替え、バックパックを背負っている。
ブレザーの間からチラリと革のホルスターが見える。どうやら俺が渡したエアガンをちゃんと身につけているようだ。
アキはワイシャツを着て、袖を捲っている。手には拳保護のために指ぬきグローブを身につけていた。
拳骨の部分にプロテクターが入っているので、人を強く殴っても手を痛めることは無いはずだ。
当然バックパックを背負ってはいるが、俺が渡したはずの武器が見当たらない。
「あぁ、アレ? 重いし邪魔だから置いてきた」
まさかゾンビ相手に正面から殴り合うつもりだろうか?
だが、説得する時間も取りに戻る時間も勿体ない。ここは彼女の戦闘センスを信じるしかない。
「全員準備は出来たな。すぐにこの建物から離れよう」
そういって玄関に手を掛ける。
先程確認した通りに扉は開いた。無事に外に出られて良かった。※1
外に出ると、俺が予想していた通り通路は酷い有様だった。
壁や地面はあちこちで大きくひび割れしていて、地震の衝撃を物語っている。
マンションの住民たちは何事かと部屋から出て隣人たちと話をしていた。
「あら、朝倉くん。無事に帰ってきていたのねぇ」
ふと背後から声を掛けられる。
振り返ると、そこには隣の四〇三号室の田中さんの奥さんがいた。
「お久しぶりです。田中さんも無事で良かったです」
「ありがとうねぇ、旦那も朝倉くんの事を心配していたわぁ。あ、あの人は今、部屋で赤ちゃんの――」
田中さん夫婦は二人ともいい人だが、奥さんは話が長くなる事が多い。時間がないので「そんな事より」と話を遮って続ける。
「マンションが倒壊するかもしれません。すぐに避難した方がいいです」
「君、それはどういう事だ!」
話し声が聞こえたのだろう。同階の住民が割り込んで疑問の声を上げる。
俺はヒビの入った壁を指差す。
「このヒビはせん断破壊と言って、壁の中の金属が地震で切れてしまった事を表しています。
次に余震が来たらマンション自体が耐えられない可能性があります ※2」
「何だって⁉︎」
「なのですぐに最低限荷物と武器になる物を持って外に――」
「しかしなぁ……」
俺が倒壊の危険性について説明して、避難を促すが、話を聞いていた住民たちの反応は芳しくなかった。
――外に出るって……外にはゾンビがいるのに?
――確かにこのひび割れは危なさそうだけど、ここって新しく建てられたマンションでしょ? ホントに崩れるのかなぁ?
――よく見りゃ言ってる人ってまだ子供じゃん。なんか怪しいよな。
――もしかしたら私達が外に出たら食べ物を盗みに部屋に入るつもりじゃない?
確かに、必ず倒壊するかと言われると、正直な話分からない。
だが、せん断破壊が起きている以上危険なのには変わりはない。
だと言うのに彼らはゾンビという目先の恐怖に怯え、外に出るのを無意識のうちに拒否している。
「朝倉くん、それって本当なのぉ?」
場の空気が避難しない方に固まり始めていると、田中さんがふと問いかけて来た。
「はい。間違いなくとは言えませんが、ここに残るのは危険だと思います」
「分かったわぁ、すぐに旦那と子供を連れて出るわぁ」
貴方たちは先に避難してぇ。と言い、田中さんは部屋に戻っていった。
それを聞いていた内の何人かも、自分の部屋に急ぎ足で戻る。
「皆さんも危険なので早めに避難して下さい」
俺は未だ信じていない住民たちにそう言い残し、二人を連れて階段を駆け降りる。
警告はした。これでも避難しないのなら、それはその人の決断だ。
三階、二階、一階。
エントランス部分は、地震の影響でバリケードが崩れていた以外は特に変わりが無かった。
正面玄関のガラスもあちこちにヒビが入っているが、辛うじて壁として残っている。
俺は管理者用の扉に目を向ける。
侵入時には気づかなかったが、内側からも何重にチェーンロックが巻かれていて、鍵がないと開ける事は出来そうになかった。
針金を工具で断ち切って脱出するつもりだったが、これでは難しいだろう。
田中さん達もじきに降りて来るはずなので、侵入時のように壁を伝って出る訳には行かない。
だが、今から鍵を探すのも時間が掛かり過ぎる。
……仕方ない。
俺はバックパックのサイドホルダーからピッケルを取り出す。
これは登山用に作られた物で、全長は50cm程。スチールで出来ており、他の物よりも短めで軽い。
「二人とも離れてて」
俺は正面玄関のガラスをピッケルの先端部で思い切り打つ。
先端に集中した力によって、地震でダメージを受けていたガラスは限界を迎え、ガッシャァァンと大きな音を立てて崩れる。
よし、道が出来た。
二人に先に出る様指示し、俺は田中さん達を待とうとしたその時。
カタカタカタカタ。
地面が小さく揺れ始めた。
「走れ!」
俺はそう叫んでマンションから飛び出す。
背後から複数人の足音の様なものが聞こえるが、振り向く余裕はない。全力で走る。
揺れは一歩進む毎にどんどん強くなり、何度も転倒しそうになる。
一際大きな揺れが来ると、流石に動けなくなり、両手を地面に付く。
ドガァァァン!!
そして何かが崩れる様な轟音が鳴ると共に、視界が真っ白に染まり、何も見えなくなった――
※1.震度が大きい地震が起きた時、揺れの影響で扉が歪んだり、家具等の転倒で扉が開かなくなる場合がある。
特にトイレなどの出入り口が一つしか無い場所では、揺れを感じたら閉じ込められないよう扉を開けておきましょう。
※2.亀裂が入っているからといって、本当に倒壊するかは素人では判別出来ません。
実際に目撃した際は、必ず専門家の意見に従って下さい。




