22.もし未曾有の大地震が発生した場合。前編
注意:地震とそれに準ずる災害の描写があります。
予防線:デリケートなテーマになりますので、私も出来る限り調べてから執筆しておりますが、万が一描写に間違いがあった場合、感想か誤字脱字報告で教えて頂けると非常に助かります。
また、もしも防災知識を得るために本作品を読んでいる方がいた場合、こんな小説よりも先に、東京都防災ホームページで読める「東京防災」をご一読いただけると幸いです。この作品の五百倍は有用です。
下記のURLからPDF形式で全文読めます。
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/content/kurashi_2/01tokyobousai.pdf
『80ページ 一章:地震について
1.地震発生のメカニズム
そもそも地球とは何か。
念のために明記しておくが、“地”の“球”だからといって保育園児が砂場で作った泥団子の様に、単純な土の塊を丸めた物では断じてない。
詳細は省略するが、内核を中心に外核、下部マントル、上部マントル、地殻。
といった風に、まるでミルフィーユの様にいくつもの層が積み重なったものが地球を構成している。
その中で地表近くの地殻(正確にはマントルも含まれる)――岩板と呼ばれる部分は、十数枚に分かれて、例えるならジグソーパズルの様に地球全体を覆っている。
何故地震が起きるのか。
それは上記のプレートが原因となっている。
各プレートは常に僅か(一年で数cm程度)だが動いており、その中でも海側のプレートが陸のプレートの下に潜り込んでいくが、大陸プレートの端はそれに巻き込まれて一緒に沈み込んでいく。
そして、その状態はいつまでも続かない。
限界を迎えた大陸プレートは反発して元の位置に戻ろうと大きく跳ね上がる。これによって生じる地震は海溝型地震と呼ばれている。
それとは別に、プレート同士は互いに押し合ってもいる為、徐々に圧迫されて歪みが起こり始める。
そしてこちらも限界を迎えるとプレート内部の弱い部分が破壊されて地震が発生する。
こちらは内陸地震(直下型地震)と呼ばれている。
分かりやすい例を出そう。
プラスチック製の定規を用意して欲しい(用意できなければイメージするだけでも構わない)
まずは用意した物の片側を動かない様に固定する。
次に反対側の端を指で上から押し込む。
そうすると押し込む力に合わせて沈み込んでいくのが分かるだろう。
そしてそれを離すと――大きく跳ね上がる。
あるいはそのまま押し込み続けると、いずれ定規は限界を迎え、真ん中でへし折れる。
跳ね上がるのが海溝型。折れるのが内陸型だ。
次の章では地震が発生しやすい――』
アキが珍しくピッチャーの水を補充しようと席を立って物資部屋に向かおうとした時。
ドドドドドドドドドッ!
なんの前触れもなく地面が大きく揺れた。
「地震だ!」
全員に動揺が走るが、地震大国日本に住むだけあって、俺と比嘉さんがテーブルの下に潜るのはほとんど同時だった。
下から突き上げる様な激しい縦揺れ――恐らく直下型か。想像以上に揺れがキツい。
立ち上がるのも到底出来ない程で、テーブルの足に掴まっているのが精一杯だ。
「――っ! ナオ!」
振り返るとアキが床に横になって俺を呼んでいる。スキルで身体能力が上がっているとはいえ動けない様だ。
「アキ! 伏せて頭を庇うんだ!」
彼女の位置なら何かが転倒したり落下しても身体に当たりはしないはずだ。ヘタに動こうとするとかえって危険だろう。
ドスン、ミシミシッ!。
キッチンの冷蔵庫や買ったばかりの薄型テレビが倒れ、ヒビが入る。
テレビ台の上でなんの役にも立たない耐震シートがプルプルと震えている。
頭上のテーブルからはガタガタ、びちゃびちゃと、カレーうどんの器やコップが踊っている音が聞こえる。
器――彼女の位置……マズい!
「比嘉さん!」
咄嗟に向かい側にいる比嘉さんを腕で抱いて内側に引き寄せる。
きゃっ! と胸から彼女の悲鳴が小さく聞こえる。
次の瞬間には、さっきまで彼女がいた場所に熱いスープの入った器が落ちるのが見えた。
危うく頭隠して尻隠さずを実証するところだったな。ともかく彼女が無事でよかった。
赤くなってる比嘉さんの耳を横目に、一刻も早く揺れが収まるのを祈るのだった。
――――――――――――――――――――
地震発生から一分と五秒が経って、ようやく揺れは収まり始めた。
床に落ちているラジオからは、遅れて地震速報のアナウンスが流れている。
「アキ、無事か⁉︎」
「ああ、大丈夫だ!」
「比嘉さんは?」
「朝倉さんのお陰で大丈夫です」
どうやら全員怪我なくやり過ごせた様だ。
しかし、直下型にしてはやけに長い揺れだった。まさか海溝型も誘発しているのか、だが――
「あの」
「うん?」
「あの、そろそろ離してもらっても……」
しまった。地震に集中するあまり比嘉さんを抱きしめているのをすっかり忘れていた。
俺はゴメン。と謝り、彼女を離す。
ぁ……。と小さく彼女の口から溢れ、顔を赤くしてうつむく比嘉さん。
ゲシッ
「チッ、地震はおわったんだから早く出ろよ」
背中を蹴られ、慌ててテーブルの下から飛び出る。
「なにも」「まったく、揺れがヤバすぎて家ごと崩れるかと思ったぜ」
なにも蹴ることはないだろ。と正当な抗議をしようとするが、アキに遮られる。
「はぁ……まぁここは新築のSRC造だし、そうそう崩れるこ、とは――」
立ち上がり、辺りを見渡すと、壁のあちこちがひび割れ。
柱の部分に大きくX字状の亀裂が入っていた。
「ん? うわ、壁がボロボロじゃねーか。ホントに大丈夫なのか?」
(マズい、マズいマズいマズいマズい!)
「二人とも、せん断破壊だ! ※1」
「せん……なんですか?」
「説明は後だ、すぐに外に――いや、二人は荷物をまとめて玄関前に集合。時間は三分以内、急げ!」
困惑している比嘉さんをアキに任せ、自室へ走る。
「了解。すぐに準備するぞ千春」
「え? あの――」
「ナオが珍しく焦ってる、きっと何か相当ヤバい事態なんだ。だからアイツの言う通りにするんだ」
「わ、分かりました……」
――――――――――――――――――――
玄関が開くかどうかを確認した後、自室に戻る。
室内は揺れで棚から物が落下したり窓が割れていたりと酷い有様だった。
だが、こんな事もあろうかと既に自分の荷造りは完了していてドア横に置いてある。
それを無視して部屋の奥へ進む。
足下に注意しながら、耐震ポールのおかげで転倒を免れたクローゼットへ辿り着く。
そして中からジャケット一式を取り出す。
「父さん……」
使い込まれた父のバイク用のジャケット上下とグローブ。特に装飾などはないがポケットがいくつかあって機能的だ。
本来は黒一色だが、胸の辺りに薄らと赤黒い汚れが染み付いている。
さっきまで着ていたズボンとパーカーを脱ぎ捨て、そこら辺に投げ捨てる。ガラス片の上に落ちたが構わない。どうせもう着る事はない。
少しサイズが大きいかと思っていたが、意外にもぴったりと着ることが出来た。
試しに屈伸や身体を曲げたりしても特に不自由はない。上下とも革なので少し暑いが、思えばあの日も夏なのにも関わらず、というか年中父はこれを着ていた。
個人的な感情を別にしても、この服はこれから必ず必要になる。多少の暑苦しさには慣れないといけないな。
さて、準備は終わった。一刻も早くここを出なければ。
バックパックを背負い、俺は自室を出るのだった。
地震のメカニズムの解説はこちらのページを参考にしています。
http://www.skr.mlit.go.jp/bosai/bosai/tounannkai/kisochishiki/tunamikankei/jishinnaze/jishinnaze.html
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/bousai/1000929/1000305.html
※1.せん断破壊……中の鉄筋が切れて耐久力が非常に低下した状態。柱の周辺などにX字状か、斜めに大きな亀裂が入る。




