19.もし新たな仲間が加わる場合
『50ページ 五章:仲間の存在
読者の中には“自分は一人でいい”“仲間なんて邪魔なだけ”と、思う人もいるかもしれない。
どんな災害が発生したか、状況によっては確かに一人でいる方がかえって安全な場合もある。
だが、原則として人が一人で出来る事は意外と少ない。
食糧の確保、瓦礫の除去、敵との戦い……あらゆる場面において、もう一人味方がいるだけで単純計算で二倍の効率を出すのだ。
更に、一人では行動のプランが正しいかどうか分からなくなる時がある。自分以外の意見を聞く事でプランをより完璧に近付けることが出来る。
また、災害に直面した際、人は大きなストレスを感じてしまう。
そんな時に気の知れた人とのコミュニケーションが、ストレスの緩和に繋がる。
「人は一人では生きて行けない」のだ。』
「えっと、どういう状況なんでしょうか……」
比嘉さんは状況が掴めず、困惑している。
それもそうだろう。つい数秒前までお互い本気で殺そうと構えていたのに、突然戦いをやめて名前を呼び合うのだ。
「突然ごめん比嘉さん、実はコイツ幼――ぐッ」
彼女――アキは突然俺に突進して、腹に頭突きを食らわせて来た。
「痛いじゃないかアキ」
「……四十一日だ」
「はぁ?」
俺の腹に顔を押し付けながら喋るので聞き取りづらい。
「約束の時間から四十一日も遅刻しやがって! アタシは、ずっと待ってたんだぞ!」
突然何を言い出すんだ。そう言い返そうとするが、何か引っ掛かる。
四十一日前……そういえば放課後にどこかへ出掛ける約束をしていた様な気がする。
サバイバル知識の考察に夢中になったり、爆発やパンデミックが起きたせいで、すっかりと忘れていたが、そうだ。確かに彼女と駅前で合流する約束をしていた。
俺が弁明しようとすると、彼女は痛いくらいに更に顔を強く押し当てる。
「もしかしたら来るんじゃないかと思って一週間も駅で待ったのに……お前は来なかった」
「家に帰ったのかと思って、止めてくる奴らとバケモノ共をブッ飛ばしながら来ても、お前はいなかった」
「何日経っても帰ってこなくて、まさかと思った。お前に限ってありえないと思った。
けど、いつまでもナオは帰ってこなくて、てっきりアタシは……」
アキの身体は震え、声には嗚咽が混じっている。
腹にじんわりとした熱を感じる。
俺はただ、ゴメン。と、謝る事しか出来なかった。
――――――――――――――――――
「さっきは恥ずかしい所を見せちまったな。アタシは藤宮 秋乃。桂琴高校二年。
ナオ――朝倉とは、まぁ幼馴染みたいなもんだな。
あ、ゼリーあるけど食べる?」
あれから十分程泣き続けたアキだったが、突然俺を突き飛ばして洗面台に向かった。
そして丁度三分で戻ってきて、ソファーにどっしりと座って比嘉さんに自己紹介を始めた。
「えっと……はい、食べます」
アキはキッチンの棚を勝手に開けて、貰い物のゼリーを物色し始める。
「ドラゴンフルーツ味、ドリアン味、オレンジ味があるけどどれにする? ヒ、ヒ――ヒカさん?」
「あ、比嘉千春です。朝倉さんとは同じクラスで――」
「ふーん、じゃ千春な。で、どれ食うの? どれでもいいならアタシが決めるけど」
「ち、ちはる……」
比嘉さんはアキのテンションについて行けず、戸惑っているみたいだ。
「ナオはもちろんドリアン味に決定な」
「いや、そもそも全部俺の物なんだけど」
「遅刻魔に選択権は無し! ほら千春、ドラゴンフルーツ味だ。結構美味いぞ!」
アキは豪快に蓋を引き剥がす。
当然中の液が溢れてしまい、彼女は慌ててティッシュを取りに向かう。
ふと、隣に座っていた比嘉さんが話しかけてくる。
「あの私、藤宮さんの事が少し苦手かもしれません……」
「まぁ少し情緒が不安定なところがあるけど、悪い奴じゃないから」
「いえ、そこではなくて無理やりドラゴンフルーツ味を渡してきた所が、です」
前々から思っていたが、比嘉さんは意外と食にうるさいタイプだな。
――――――――――――――――――
「――と、いう訳で俺は比嘉さんと一緒に市役所に向かおうと思う」
あの後ティッシュを持ってきたアキとゼリーを堪能した俺たちは、リビングでくつろぎながら情報交換を行った。
先程も言っていたが、アキは爆発が起きた時、駅前にいたらしい。
爆心地の繁華街からは離れた駅だったので巻き込まれる事は無かったが、三十分後には化け物――ゾンビ共が大量に襲いかかってきた。
アキはすぐに付近の人と一緒に駅の中に避難。
だが、俺らのいた学校とは違って、駅の中には精々小さな売店が一軒あるだけだ。
食糧の奪い合いが始まるのに、三日と掛からなかった。中には食べ物を餌に性的な行為を強要する輩まで居たとか。
昔から柔道をやっていた彼女には、身体強化系のスキルが身に付いていたらしい。
後で検証した所、倍率は一・三倍とあまり高い方ではなかったが、それでも素の状態で下手な大人より強かった彼女に近づく者はいなかった。
それでも危険な駅に残り続けたのは、俺が約束通り来るかもしれないと思っていたからだ。
それを聞いて、俺は本当に申し訳なく思った。
下校時刻まで考察に耽る事なく彼女の下に向かっていれば、少なくとも一週間近くもひもじい思いをしなくて済んだはずだ。
その後限界を迎えたアキは駅を飛び出し、彼女曰くゾンビ共をブッ飛ばしながら俺の家にまで来たらしい。
「そういえば、何で俺の家に入れたんだ? 鍵はしっかり閉めていたはずだけど」
「えっ? あたし達の家と言っていたので、てっきり一緒に住んでるんだと……違うんですか?」
「いや、こいつは少し離れた場所に住んでるんだ。だから自分の家に帰ったとばかり思ってたんだけど」
予想してたのは、鍵を開けられる様なスキルだったが、アキは強化系だ。
現状スキルを一つ以上持っている例は聞いた事がないし、もし持っているなら言ってくるだろう。
「……前に来た時に、鍵を一本借りてスペアを作っておいたんだ」
「はぁ? なんで?」
「ど、どうでもいいだろそんなの!」
「不法侵入って言葉を知ってるか?」
「き、聞いた事もねーな。アタシの知ってる言語で話せよ」
長年コイツといて分かった事だが、こういう時のアキは、例え拷問しようが絶対に喋らない。
理由は気になるが、これ以上の追及は無駄だな。
「通報はしないでやるから渡せ」
「ヤダ!」
「ヤダ! って子供じゃないんだから渡せ」
俺が鍵を取ろうとアキに手を伸ばすが、彼女は信じられない速度でソファーから飛び退き、部屋の隅に移動して歯を剥き出してグルル……と、威嚇行動を取る。
「フフッ」
アキの犬のような威嚇に、比嘉さんは笑いを堪えきれなかったようだ。
「仕方ないな、待たせたお詫びって事で持ってても良いよ」
それを聞いた途端、先ほどとは一変していつもの勝ち気な表情に戻るアキ。
「っしゃ! じゃ、これからは好きに使わせてもらうぜ」
アキの行動原理は分からないが、もし鍵を複製していなければ彼女は食糧や安全な寝床を見つけられず死んでいたかもしれない。
そう考えると、そう悪くは感じなかった。
流石に好き放題家の物を使われるのは困るが。
「あ、あと市役所までアタシも一緒に行くわ」
「唐突だな、別にここに残っても良いんだぞ」
確かに強化系スキルを持ったアキがいればかなり楽が出来るはずだ。
だが、わざわざ安全で食糧も大量にあるこの家を、自分から出る必要があるのだろうか。
「もう失いたくないから」
「ん?」
「ナオ、アタシはもう、何も出来ずに大切なものを失くしたくないんだ。ナオなら分かるだろ?」
……
「お前の指示には従う。無理は絶対にしない。
だからナオ、連れていってくれ!」
普段は誰に対しても絶対に頭を下げないアキが、俺に頭を下げて頼み込む。
そんな姿でそんな事を言われたら断れるわけがない。
「――分かった。比嘉さんはアキが一緒でもいい?」
「よくわかりませんが、私は大丈夫ですよ」
「ありがとう――よしっ! なら早速出発だな!」
アキは頭をあげたかと思うと、すぐに出発しようと準備を始めた。いくらなんでも気が早過ぎる。
「待て、今日はもう遅い。
出発は、明日が晴れかどうか分かってからだ」
SS書いてた頃の癖で会話分ばかりになってる気がする……




